456.一魔物討伐部隊員の剣捧げ
赤羽にな先生によるコミカライズ『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』(FWコミックスオルタ様)9月15日から配信開始です。
どうぞよろしくお願いします!
コーヒーを飲み終えると、ダリヤはヴォルフと共に魔物討伐部隊棟へ戻る。
彼は自分を客室へ送ると、鍛錬へ戻って行った。
イヴァーノは増えた注文分の材料確保のため、すでに各ギルドへ出向いたという。
客室で書類の準備をしてくれていたマルチェラから聞いた。
テーブル上、ずらりと並ぶ書類は防水布、遠征用コンロなどの追加注文に関するものだ。
ダリヤは内容を確認し、契約書に署名をしていく。
インク多めの文字は、マルチェラが書類用ドライヤーで乾かしてくれた。
八枚すべての署名を終えたとき、客室にグリゼルダがやってきた。
彼は契約書を確認した後、財務部への申請書に署名をする。
「魔物討伐部隊長、代行……書き慣れない文字はバランスがよくありませんね」
彼は書き終えたばかりの文字に、ちょっと眉を寄せた。
財務部への申請書は重要なものだ。
そこに隊長のグラートではなく、副隊長のグリゼルダが代行としてサインをする――
つまりは次の魔物討伐部隊長として正式に決まったのだろう。
この場合、お祝いの言葉を告げていいものか、ダリヤが迷っていると、碧の目がこちらに向いた。
「次期隊長はまだ仮決めです。私は物覚えがよくありませんので、引き継ぎは十年ほどかけて頂くよう、隊長へお願いしておりますので」
相手に安心感を与えるその笑みに、ダリヤも笑み返した。
・・・・・・・
その後、皆で魔物討伐部隊の訓練場へ向かう。
新しい鎧が入ったので、隊員はそれを付けて鍛錬中だ。
「魔導具制作三課で付与して頂いた鎧が、本日届きました。サイズや肩回り、裏に衝撃吸収材を合わせて調整を、それが済み次第、表面にたっぷりと空蝙蝠の粉を塗る予定です」
グリゼルダの説明に、ザナルディが九頭大蛇戦の報奨としてくれたのだと理解した。
そして、空蝙蝠の粉。
九頭大蛇も吐き出すほど苦いそれで、今後は隊員全員が魔物に囓られずにいてほしいものだ。
そんなことを考えつつ、訓練場に立つと、グラートとザナルディ達がやってきた。
新人騎士の顔合わせのためだろう。
ダリヤは相談役として、グリゼルダの隣にそろうこととなった。
「全員集合!」
グラートのかけ声に、訓練場の隊員達が駆けて来る。
そして、目の前に整然と隊列を組んだ。
「これより、新人騎士の紹介を行う!」
新人騎士と思われる者が見えないので、皆、ちょっと不思議そうだ。
ゆったりとした歩みでグラートに並んだのは、ザナルディと黒いローブ姿のエラルドである。
大公の登場に緊張感が漂う中、グラートの隣に二人がそろう。
「このたび、私の息子が魔物討伐部隊にお世話になることになりまして」
笑顔のザナルディの言葉に、皆がその背後、そして、魔物討伐部隊棟の方をちょっと見る。
当然、誰も来ない。
そんな中、エラルドが黒のローブを肩からするりと外す。
左手にそれを持つと、隊の騎士服があらわになった。
「はじめまして、エラルド・ザナルディと申します。この度、魔物討伐部隊への入隊を許されました。先輩方、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
その流暢な声に、訓練場がしんと静まりかえる。
目をまん丸にした者、瞬きを忘れた者、口をぱかりと開いた者、唇に拳を当てた者――
こらえた沈黙の後、止めきれぬ困惑がこぼれ出す。
「は? エラルド様……?」
「ザナルディ大公の、ご子息……?」
「いや、養子にしても、年齢が逆では……」
ささやきがざわめきに変わっていくのを前に、ダリヤはひたすら表情を整える。
ヴォルフがなんともいえない目を自分に向けてきたので、同意を込めて浅くうなずいた。
「さすが、ダリヤ先生、動じておられぬのう」
隊列の端のベルニージに、しっかりした声で言われてしまった。
それを聞いた数人の騎士達も、感心したように自分を見る。
これに関する動揺はもう三課で済ませてきました、そう言うに言えない。
しかし、ダリヤへ目が向けられたのは数秒だ。
グラートがざわめきを止めるべく片手を上げると、静寂が戻る。
すべての目はザナルディとエラルドに向いた。
視線を向けられることに慣れきった大公が、とても真摯な表情となる。
「息子のエラルドがお世話になります。私は魔物討伐部隊でのことに一切口は出しません。ただ、私の大切な息子です。死ぬことはないよう、お守りください」
願った彼は、頭を下げて半礼した。
「ザナルディ大公! お戻りください!」
グラートが強い声を出す。
同時に隊員達からも、どよめきが上がった。
大公に頭を下げられたら、皆、狼狽して当たり前である。
けれど、それはザナルディの心からの声のように思え、ダリヤは納得していた。
姿勢を戻した彼は、いつもの捉えどころのない表情となる。
「ご子息をお預かり致します、ザナルディ大公」
「頼みます。子供の職場に親が長くいるのもなんですから、あとはお任せで――おっと、忘れるところでした」
振り返ると、護衛騎士のベガが銀色の剣を両手に捧げ持つ。
それを受け取ったザナルディは、エラルドに向き直った。
「ここから魔物討伐部隊員として育ててもらい――いえ、違いますね。望みの騎士に成れるよう、励みなさい、エラルド」
「はい、父上。私のわがままを聞いてくださり、ありがとうございました」
剣と言葉を受け取ったエラルドが、曇りなく笑う。
「馬車の中でも説明しましたが、その剣はミスリル製です。結構すぱっといきますので気をつけて」
「わかりました。その際はすぐ治癒魔法をかけますので、ご心配なく」
待ってほしい、その前に怪我をしないよう注意するのが先ではないか。
ダリヤとしてはそう思えるのだが、にこやかな親子の会話に、口は閉じておく。
そのまま、皆で大公とその護衛騎士を見送った。
「さて、紹介の通りだ。本日をもって、エラルド・ザナルディが魔物討伐部隊へ入隊となる。見習い期間はなし、騎士と共に隊の治癒魔導師としての正式配属だ!」
「ありがたい!」
「よくぞ来てくださいました、エラルド様!」
声高く言ったグラートに対し、それ以上の声で訓練場が沸いた。
「試験免除はずるいぞ、エラルド殿!」
「我々とて、新しい魔物の特性と最新出没地域を必死で覚えたのに!」
「寝言で言うほどやりましたな……」
皆が喜びの声を上げる中、一部、高齢の新人騎士達から苦情が上がっている。
エラルドはダリヤの隣に来ると、真面目な表情で言った。
「夢が叶いましたが、ここは絶対に追い出されない努力をしなくてはいけませんね」
「おめでとうございます。それと、エラルド様であれば絶対に大丈夫です」
ベルニージ達のあれは、わざとである。
今は笑っているし、皆に諸手を挙げて喜ばれているではないか。
そう思ったとき、エラルドが装飾の多い銀の剣を少し持ち上げた。
「ところでダリヤ先生、このミスリルの剣は、カルミネ様に軽量化の付与を思いきりかけて頂いたものです」
「カルミネ様に、思いきり……」
王城魔導具師であるカルミネも、ザナルディの姓を持つ。その関係で付与したのだろうか。
それにしても、思いきりとは、かなり強いに違いない。
「他にもありまして――ダリヤ先生、ちょっとお耳をお貸し頂けますか?」
高級な武具の付与に関しては内密にすることもある。
ダリヤが了承を返すと、エラルドは少しだけ身を寄せ、耳元でささやく。
「二度は言いません――死者は蘇りません。過去を遡って生き直すこともできません。私も、あなたも」
「……!」
エラルドが話し終えたというように体勢を戻す。
思わず身を固くしたダリヤを、緑琥珀の目がまっすぐに見ていた。
もしかしたら、自分の前世をその緑琥珀に見抜かれているかもしれず――
「この人生を謳歌しましょう、ダリヤ先生!」
ああ、この人は知っているのだ、自分に前世があることを。
そう確信したが、不安はなかった。
エラルドが誰かに言うことは、きっとない。
だから、ダリヤは思いきり笑い返す。
「ええ、そうしたいと思います!」
自分の返事に深くうなずいたエラルドが、言葉を続ける。
「さて、かっこいい剣も手に入りましたし、守護霊騎士・エラルドとして、名付け親のダリヤ先生に剣を捧げたいところですが、私も我が身はかわいいので――グラート隊長!」
「なんだ、エラルド? あまりダリヤ先生に迷惑をかけるなよ」
グリゼルダと話していたグラートが、こちらに向き直った。
「グラート隊長! 今ここで、『剣捧げ』をしたいので、立会人をお願いします!」
「はぁっ?!」
ちょっと形容しがたい声があがった。
グラートのこんな声を聞くのは初めてだ。
『剣捧げ』は、主と決めた者に対し、己の剣を捧げて誓いを立てるものだ。
エラルドが今ここで、グラートに希望したことに驚いたのだろう。
しかし、彼はエラルドを見た後、なぜかダリヤを見る。
「待てっ、エラルド! よくよく考えるのだ! その、なんだ、『剣捧げ』には準備もいろいろとあるだろう!」
「待てません! 準備は結構です。父には自由にしろと言われておりますし、剣はここにあります」
必死に止めるグラートに対し、エラルドが銀色の剣を持ち上げる。
「まさか、グラート様、剣捧げの立会人を断ったりはなさいませんよね?」
「お、応とも! こんな名誉を譲れるか!」
動揺で口調を崩したグラートが、一段高い声を出した。
「え、剣捧げ?!」
「エラルド様、まさか?!」
「うわ! ちょ、ヴォルフ!」
その声に、エラルド入隊に笑い合っていた隊員達が、こちらへ集まってきてしまった。
その隙間を縫うように、ヴォルフがこちらへ進んでくる。
「騎士、エラルド・ザナルディ。捧げ持つ剣に誓いを!」
エラルドの正面に立ったグラートが固い声を響かせたのと、ダリヤの斜め前にヴォルフが立ったのは同時だった。
エラルドはその場に左膝をつく。
ゆっくり抜かれる細身の剣は、銀に青の光を宿していた。
その鞘は、ジスモンドが目礼の後に預かった。
エラルドは抜き身のそれを横に寝かせ、右手で柄を持ち、左手に刃を乗せる。
「エラルド・ザナルディが誓います。我が忠誠・我が敬愛・我が勇気を剣に込め――」
陽光に輝く刃に想いを告げるよう、その声は続く。
「我が剣、我が魂は、オルディネ王国王城騎士団、魔物討伐部隊に捧げます」
「エラルドっ……!」
ある意味、立会人も捧げられるのもグラートである。
そのわずかに震える右手が、捧げられた剣の中央に重ねられた。
「エラルド・ザナルディ、その剣、その誓い、魔物討伐部隊が確かに受け取った!」
高らかに答えた魔物討伐部隊長は、とても大きく笑った。
「エラルド・ザナルディの剣は、オルディネ王国王城騎士団、魔物討伐部隊に捧げられた。このグラート・バルトローネ、立会人としてしかと見届けた! 心よりお祝い申し上げる!」
「立ち会いに感謝申し上げます」
エラルドはジスモンドから鞘を返されると、ゆっくりと剣を戻す。
結構すっぱりいきますと言うだけあって、扱いがとても慎重だ。
つい一歩離れてしまったのは許して頂きたい。
エラルドが立ち上がると、ジスモンドが最初に拍手をした。
続いて魔物討伐部隊員、ダリヤも全力で拍手に加わった。
「魔物討伐部隊長として礼を言う! そして、弟分として祝ってやる!」
拍手の中、グラートがエラルドを固く抱擁した。
感動に目を潤ませていると、悲鳴に似た声が上がる。
「グラート隊長、痛いです! みしみし音がします!」
「ヒビが入ったら自分で治せ!」
両手で新人騎士をきつく抱きしめたまま、グラートが少年のように笑う。
「やったな! 本当に、ようやく、こちらに来たではないか、エラルド!」
「だから、痛いと……!」
エラルドの目に涙がにじんでいる。
感動というより怪我をしそうで、ダリヤはあわあわと両手を上げた。
と、ヴォルフがグラートの腕をひく。
「グラート隊長、ここは、乾杯のご許可を!」
「もちろんだとも! 本日は王女誕生の祝いもある。それに、剣捧げの酒は王城内でも認められているからな。皆で祝杯だ!」
ようやく腕をほどいたグラートは、上機嫌で酒の出庫票を出しに行った。
これは隊長代行にも任せぬようだ。
「助けて頂いてありがとうございます、ダリヤ先生、ヴォルフ殿。本気で肩の骨が危なかったです」
「エラルド様……」
少し目の赤いエラルドに言われた。
正直、己に治癒魔法をかけ、光り出さないかと心配だ。
「グラート隊長、とても喜ばれていましたね」
「隊長も、剣を捧げたのが魔物討伐部隊なのですよ。赤鎧に希望してもなれない代わりだったそうです」
「そうだったのですか……」
先程のグラートの喜びようが少しわかった気がする。
そして、ここから祝いの乾杯が決まった隊員達が、にぎやかに話し始めた。
「エラルド様、入隊おめでとうございます!」
「今日はとことん飲みましょう!」
「養子の件も、ぜひくわしくお教え頂きたく!」
すでに隊の一員だ。
陽光のように明るい声が、エラルドに降り注ぐ。
彼は隊員達に向かって踏み出していったが、数歩先で振り返った。
「隊に剣を捧げたので、首になる確率は減ったと思いませんか、ダリヤ先生?」
満面の笑みで告げられた声に、ダリヤは笑いを止めることができなかった。