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451.人工魔剣制作番外~黒風の魔剣・改

「本日はお世話になります、ロセッティ会長」

「こちらこそ、よろしくお願いします、コルンバーノ様」


 スカルファロット家の別邸で、ダリヤはスカルファロット家専属魔導具師であるコルンバーノと挨拶を交わしていた。

 工房には彼の他、男女四人の魔導具師がいる。皆、ダリヤより年齢は上のようだ。


 本日は、ヴォルフに以前作った黒風の魔剣、その付与を説明するためにやってきた。

 彼がこの場にいないのは、王城に呼ばれているためである。すぐ戻るそうだが、ちょっと落ち着かない。


「この度は男爵となられましたこと、心よりお祝い申し上げます」


 コルンバーノに丁寧な祝いの言葉を告げられる。

 それに定型の返事をしつつ、ダリヤは頬がひくつきそうになるのをなんとか止めた。

 すでに男爵になったわけだが、付け焼き刃も付け慣れず、貴族らしい笑みを作るのが難しい。


 ちなみに、叙爵の式典は二ヶ月程先になった。

 国境付近では九頭大蛇(ヒュドラ)戦の後始末と対応がまだあるし、王都に来ていた遠方の貴族が一度領地に戻り、予定をつけて王都に来るためだそうだ。


 それに加え、今回の九頭大蛇(ヒュドラ)戦で高い功績を挙げた者が、爵位や褒賞を贈られるであろうという話も出ている。

 九頭大蛇(ヒュドラ)の羽を落とした国境警備隊中隊長のエルード・スカルファロットや同隊の魔導師、魔物討伐部隊で先陣を切ったベルニージ達ではないかと言われているが、こればかりは国の判断なのでわからない。


 そして、叙爵の式典の延期に合わせ、スカルファロット家の侯爵への陞爵(しょうしゃく)、ダリヤとヨナスの男爵の叙爵、加えてエルードが男爵になる可能性が出たことで、お披露目はさらにその先になった。

 少しほっとしたのだが、式典もお披露目もなくなるわけではない。

 額に皺を寄せつつ、貴族の礼儀作法の本を毎晩読んでいるダリヤである。


「ロセッティ会長、こちらをどうぞ」


 黒風の魔剣の制作準備は、すでになされていた。

 作業テーブルの上にある長剣は、ヴォルフと共に行った武器屋、店長のお勧め品である。

 魔物討伐部隊の剣と似た黒塗りだが、はがねの鍛えが倍違うという。

 粘りがあるので、折れやヒビが少ないそうだ。


 今回は、魔法の付与をコルンバーノ達に見てもらうためのものだ。

 前回の黒風の剣と材質が大きく変わっては、付与がうまくいかない恐れがある。

 そのため、はがねのこれを選んだ。


 長剣はすでに分解されており、やいばつかに分かれている。

 その横には、輝く紅金こうきんの薄板に、赤深い炎龍ファイヤードラゴンのウロコの粉、鳥型の魔物である緑冠グリーンクラウンの羽根、一角獣ユニコーンの角の薄切り、首長大鳥くびながおおどりくちばしの粉。


 昨年までは夢でしかなかった素材が並ぶ光景は、魔導具師として胸が躍る。

 ただし、この鼓動の速さは、期待ではなく緊張である。

 自分より年上で、魔力量も技術も高い魔導具師の先輩方へ付与を教える――これで緊張しないわけがない。


「では、始めたいと――コホン」


 声が上ずりかけ、軽く咳で濁す。

 けれど、作業テーブルにそろう魔導具師達は、誰もそれを気にしてはいなかった。

 彼らの暗緑や青の目は興味と期待と興奮をないまぜにしており――皆、子供のような輝きだ。


 ああ、何も気負うことはないのだ。不意に納得した。

 魔導具師の先輩方へ、自分が付与を教えるなどと思うから緊張するのだ。


 確かに、スカルファロット家の魔導具師は自分よりずっと魔力も技量も優れている。

 けれど、新しい魔導具や製作方法にわくわくするのはきっと同じ。

 ならば、自分のやり方はこうです、と、方法を見てもらうだけのこと。


 次は先輩方がもっと凄い付与を考え、教えてもらえるかもしれない。

 そう思ったら、緊張は解け消え、むしろ楽しくなってきた。


「では、始めます」


 前回と同じく、小さな紅金こうきんの薄板に、炎龍ファイヤードラゴンのウロコの粉を小さじ半分ほど載せた。

 そこへ人差し指と中指から細く細く魔力を流していく。

 そうして、蝋のように溶ける紅金こうきんを、剣の先端にまとわせていった。


 続いて、鳥型の魔物である緑冠グリーンクラウンの羽根、その根元部分で弱い風魔法を付与した。

 必須の付与ではないが、前回、ヴォルフと作った黒風の魔剣に、できる限り近い条件にするために行った。


 黒い剣の先端を赤く光らせる紅金こうきんの付与は、なかなかかっこいい色合いだ。

 しかし、そう思ってしまうあたり、自分もだいぶヴォルフに影響されてきたかもしれない。


「ここからはくり返しの付与になります。最初はできるだけ絞った魔力で、その後に少しだけ強い魔力で重ねます」


 そこからは、本日一番の目的――ミルフィーユ付与である。

 一角獣ユニコーンの角の薄切りを持ち、剣の上に透明な薄紙――前世のビニールのような魔力をまとわせていく。

 これは魔力遮断の付与になる。

 抜けがないように均一に、わずかでも薄いところは糸のように細い魔力を足す。


 完全に包み込んだら、その上に首長大鳥くびながおおどりくちばしを砕いたものを使い、硬質化の魔法をかける。

 同じく薄紙だが、一角獣ユニコーンの付与よりも気を使う。

 同じくちばしでも部分で違うのか、砕いた個体によってわずかに強弱がつくからだ。

 それを自分の魔力でできるだけ平らにならし、剣を包む。


 あとは魔力遮断と硬質化を交互に上掛けしていく。

 魔導具に対する付与の上掛けは、法則がある。

 八の上には九、その上には十。魔力が高ければさらに包んで上乗せできる。

 抜けがあると付与自体が失敗するか、そこだけ脆く仕上がる。

 命を預ける武器には一番怖いことだ。


 ダリヤはじっと刃を見続ける。

 祈ることはいつもと同じ、ヴォルフの無事と勝利だけ。

 あせらず、ゆっくり、確実に――最初に最小限にかけた魔力の上、それよりもわずかに強く、薄紙を巻くように包んでいく。

 途中、コルンバーノがグラスに入れた魔力ポーションを渡してくれたので、ありがたく飲んだ。


「これでできあがりです。何かご質問は――」


 丁寧に製作したため、前回より時間がかかってしまったが、無事完成した。


「お、お疲れ様でした!」

「ロセッティ会長、まず、椅子に座ってお休みください!」

「今、紅茶をお持ちしますので!」


 だらだらと汗を流すダリヤは、よほど疲れていると思われたらしい。 

 質問の前に、皆に椅子を勧められ、休ませられてしまった。

 前回よりも時間をかけており、魔力ポーションを分けて飲んだので負担は少ないのだが。


 それでも、心遣いはありがたい。

 ダリヤは礼を述べ、壁際のテーブルで休憩する。

 代わって作業テーブルに向かうのはコルンバーノだ。


 魔物討伐部隊と同じ剣をテーブルに置き、素材の確認をする。

 紅金こうきんの薄板に炎龍ファイヤードラゴンのウロコの粉を難なく扱う彼に、やはりスカルファロット家専属魔導具師なのだと思えた。


 続く一角獣ユニコーンの角での魔力遮断、首長大鳥くびながおおどりくちばしでの硬質化――こちらも呆気なく成功した。


 コルンバーノの高い魔力による、毛布で一気にくるむような付与。

 わずかに緑がかった魔力で包みきるそれは、抜けの確認すらいらない。

 しかも重ねがけを続けても、彼は額に汗することすらなかった。


 なんて、うらやましい――どうしてもそう思ってしまう。

 生まれ持っての魔力値は仕方がないことだ。

 この先、魔力上げをしてもダリヤは十二まで、こればかりは変えられない。

 父やオズヴァルドのように、魔力が高くなくとも凄い魔導具師はいる。

 すべてわかっているのだが、やはり憧れるものだ。


「流石、コルンバーノ様……!」


 他の魔導具師の感嘆の声が響いた。

 ダリヤも紅茶のカップを手にしたままで見とれてしまう。


 そんな自分達を気にすることもなく、コルンバーノが次の首長大鳥くびながおおどりくちばしを手にした。

 わずかに緑がかった魔力が剣を包みかけ――パチン! 小さく音が響く。

 剣の周囲、魔力がはらりと花弁を落とすように消え去った。


「っ! ここまでですね。私は魔力制御が甘いようです。六掛けで限界とは……」


 振り絞るように言ったコルンバーノが、ダリヤを見る。

 オリーブグレーの髪から首筋へ、汗が流れていくのが見えた。


 高い魔力を持つ者は、魔力を弱く絞るのが難しいとされる。

 ダリヤは水差しからグラスに水を入れるのに対し、彼らは大きなバケツや浴槽から注ぐようなもの。

 そうそうできることではないのだろう。


『魔力が高いせいで、制御が甘いのではありません。六掛けできれば充分です。他の魔導具師の方と分担して上掛けすれば、問題なく作れます』

 目の前のコルンバーノに対し、そうフォローするのが正しいのだろう。


 けれど、ダリヤを見る暗緑あんりょくの目には、悔しさが滲んでいた。

 それは、何度となく、鏡で己の目にも見たことがある。


 魔導具師なのだ。

 難しい作業も付与も、できる限りやれるようになりたいではないか。

 作れない魔導具は作れるようになりたいではないか。


 数人での分担が悪いというのではない。魔力の大小もとりあえず横だ。

 今以上にできるかもしれないことを、このままあきらめるのはもったいないだろう。

 魔力値を無理に上げるような危険はないのだ、納得できるまで挑戦してもいいではないか。


 作業後の高揚感が己の背中を押していることに、ダリヤは気づかない。

 紅茶のカップを置いて立ち上がると、作業テーブルに近づく。


「コルンバーノ様、失礼ながら――作業について少々よろしいでしょうか?」

「もちろんです、ロセッティ会長。どうか忌憚きたんなくおっしゃってください」


 わずかにうつむいていた顔を上げ、コルンバーノが自分をまっすぐ見た。


「最初の付与の魔力が高すぎると思います。魔力を思いきり絞れませんか?」

「思いきり、ですか?」

「はい。魔力をご自身の限界まで弱くするのと、時間を短く切り上げるよう心がければ、ある程度は可能かと」

「なるほど、最初の絞りから足りませんでしたか。続けての上掛けでコツはありますか? 私は魔力値を刻むのが下手で――」


 一般的な魔導具師は、『八』、『八.五』など、〇.五刻みほどでかけることもできるとされる。

 魔力が高くない上、家電系魔導具作りで鍛えたダリヤは、約〇.二か〇.三での刻みが可能だ。

 コルンバーノは〇.四前後の刻みのように思えた。

 高い魔力であればそれでも凄いことだが、彼が求めるのは違うだろう。


「今が厚めの布のような魔力なので、それをさらに薄くする感じで、それが難しければ、魔力を線状にすればいいかと思います」


 今の布のような魔力をリボンか糸状にすればいい。

 そう告げると、コルンバーノが小さく復唱した。


「魔力を線状……」

「あの、横から失礼します。それですと、線と線の間に隙間ができてしまうかと思うのですが、ロセッティ会長はどうやって埋めているのですか?」

「私は足りないところにこう、糸のような感じで魔力を足しています」

「あれって魔力の反射ではなかったのですね。申し訳ありません、失礼な勘違いをしておりました」

「いいえ、私の説明不足でした」


 他の魔導具師の言葉に、ダリヤは口頭での説明が足りなかったことを認識した。

 素材の箱の中、小さな鉄板を取り出すと、首長大鳥くびながおおどりくちばしを手に、魔力を乗せていく。


「最初から魔力を絞るのは大変なので、太くから徐々に細くにしていくとやりやすいかと。皆様は魔力が私より高いと思いますので、これを目安にするのではなく、今の魔力の半分、その半分というようにお考え頂ければと。そこで隙間や点抜けがあったら、そこに魔力を追加する形です」


 ダリヤは話しながら、魔力の幅を絞っていく。

 太い幅のリボンを細幅に、細幅のリボンを毛糸の幅に、そして絹糸の幅へ――

 皆に少ない魔力の手元を見られるのは、ちょっと落ち着かない。

 けれど、幅の絞り方と工夫について、なんとかわかってもらいたかった。


「布を半分に裂いて、細くしていく感じで……いや、糸にしてほどいていくのかも……」


 コルンバーノもぶつぶつとつぶやきながら、鉄板を手にする。

 布のような魔力を半分に切ろうとしているのか、向かう先で二つに割れかけ、途中で消えた。

 二度目は、布のような魔力がなんとか二つに割れ、途中で四散した。

 三度目は、二つに割れるところまでは一緒だが、幅が左右で違い、片方が極太幅のリボンに近くなり――やはり四散した。


「これは、また……」


 付与していた手を下ろしたコルンバーノが、口元を歪める。

 そのこめかみを、汗がつたい落ちた。


 彼が魔力の幅を絞り続けるのは、かなり難しそうだ。

 けれど、一枚目の鉄板より、二枚目、三枚目の方がまちがいなくできている。

 失敗しても、つい笑ってしまいたくなるだろう。


「楽しいですよね。できることが増えるようになるのは」

「――ええ、楽しいですね、魔導具師は」


 コルンバーノが、一拍遅れて大きく笑う。

 やはり彼も魔導具師だ、そう思えて、ダリヤも笑ってしまった。

 互いに笑い終えると、彼が自分へ向き直って目礼する。


「ロセッティ会長、私のことは『コルン』とお呼びください。どうか『様』もなしで」

「ありがとうございます、『コルンさん』。それでは、私のことも『ダリヤ』とお呼びください。『様』や『先生』はなしでお願いします」

「――光栄です。お言葉に甘えさせて頂きましょう、『ダリヤさん』」


 言い慣れぬのか、コルンバーノがちょっとだけ微妙な表情かおになっている。

 身近な魔導具師仲間ができたようでうれしい――そう思っていると、ノックの音が響いた。

 入ってきたのはヴォルフとドナだ。王城の用事が終わったらしい。


「ダリヤ、平気?」


 ヴォルフに開口一番で心配された。


「平気です、ちょっと汗をかいただけですから。それより、黒風の魔剣の二本目ができていますので、確認をお願いします」


 汗だけでも心配されるのがわかっているので、すかさず魔剣話に切り換える。

 彼はダリヤの願い通りに作業台の長剣に向かうと、金の目を思いきり輝かせた。


「これが、『黒風の魔剣・かい』……!」


 珍しくひねらない――いや、同じ作りなので合っているのだろう、素直な命名となった。

 そこはかとない独特さはあるが、あえて聞かないことにする。


「付与は前回のものと一緒です。あ、ここから、コルンさんに仕上げの付与をしてもらった方がいいですか? 硬質化を強めに」


 最後に魔法の付与をコルンにしてもらえば、より丈夫になるだろう。

 ダリヤより魔力は上だし、仕上げの一回だけであれば、魔力の相性を気にすることもそうない。


「ダリヤさんがそうおっしゃるのでしたら、もちろんかまいませんが……ヴォルフ様?」

「――いえ、俺は、このままがいいです!」


 考え込んでいたらしいヴォルフが、強く止めた。

 そうして、ちょっとだけ迷ったように自分を見る。

 金の目に揺らぐ光に、ダリヤはようやく理解した。


「気づかなくてすみません、ヴォルフ。ある程度、使って馴染んでいるから、いきなり付与が強いと、使いづらくなるかもしれませんよね……」


 前回の黒風の魔剣は、九頭大蛇(ヒュドラ)戦でヒビが入ってしまった。

 だから次の遠征には、この黒風の魔剣・改を使いたいだろう。

 あまりに大きく違っては、性能が上がっても慣れが追いつかないかもしれない。


「大変失礼しました、ヴォルフ様。いろいろと考えが至らず……」


 続けてコルンバーノも謝った。

 魔導具師と騎士は視点が違う。そこに思い至らなかった。


「いや、二人とも、気にしないでいいから……」

「ヴォルフ様、そろそろ、本邸に行く準備がいるんじゃないですか? 女性は化粧直しの時間もいりますから、余裕を持たないとまずいですって」


 ドナがヴォルフへ呼びかける。

 後半はささやく口調で言っているが、丸聞こえである。

 確かに白粉おしろいは完全に落ちてしまったので、塗り直したいところだ。


「ええと、ダリヤ、準備に行こう。俺も荷物があるから」

「はい、お願いします、ヴォルフ」


 ダリヤは彼の案内に従い、工房を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まっつんさん 前回の黒風の魔剣と同じなら16掛けでは?
[一言] 違うよダリヤさん。 ヴォルフはダリヤさんが作った魔剣に他の人の手を入れたくないんだよ。 その上急に名前がさん付けになってるから嫉妬してるんだよ。
[一言] 本邸での用事って何?って思ったけど 「445.豚肉の生姜焼きと山芋のグラタン」で話が出てましたね。
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