448.マグカップと大公
住川惠先生コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない~Dahliya Wilts No More~』6巻、8月31日発売です。どうぞよろしくお願いします!
・話の区切り上、昨日も更新しております。
「昨日の夕方、イデアさんがミズマリとアオマリ、その他の子を届けてくれたんです」
「その他の子?」
魔導具制作部三課へ向かう馬車の中、ダリヤの説明にヴォルフが訝しげな表情をする。
「イデアさんのところで四つになりまして、どれがミズマリとアオマリかに悩んでしまって……」
そもそも自分にはブルースライムのミズマリとアオマリ、その見分けがつかなかった。
その上、スライム養殖場でさらに分裂。
イデアの持って来た水槽の中、透明度高い青の四個体がふるふるしているのに、遠い目になってしまった。
ちなみに四個体とも一級品だそうだ。
「四つ……また増えたのか……」
「ええ、イデアさんにはミズマリの一、二とアオマリの一、二と説明されましたが、私はまったくわかりませんでした。なのであきらめて、ガラスに近づいて、先に寄ってきた二つを塔に置くことにしました」
「それって、反応したのは、ダリヤの手のブラックスラ――」
ヴォルフに貴族向けの笑みを向けると、言葉の途中でやめられた。
この手に付与されている『うっすらブラックスライム』のことは忘れてくれたらしい。
コホン、と咳をした彼が、声を改める。
「えっと、ドリノの結婚祝いパーティを、黒鍋ですることになったんだ、サミュエルが幹事で。それで、ダリヤもぜひ一緒にって」
「ありがとうございます。ドリノさんをお祝いできたらうれしいです」
黒鍋という名の食堂は、元魔物討伐部隊員のサミュエルが副店長をしている。
彼が幹事なら完璧だろう。
ドリノへのお祝いは、小型魔導コンロにプラスし、希望のスパイスと日持ちのする乾物関係もつけようか――そんなことを考えていると、ヴォルフが目を伏せているのに気づいた。
「どうかしましたか、ヴォルフ?」
「ああ、ドリノは新居が決まったら引っ越すから、兵舎で次の隣人は誰になるかなって考えてただけ……」
今、ヴォルフは兵舎住まい、隣室がドリノである。
魔物討伐部隊員が多い階だと聞いていたが、親しい友人が引っ越すのはちょっとさみしいのだろう。
「ドリノさんが引っ越すと、さみしくなりますね」
「そうかもしれない……」
ランドルフ、他の隊員もいるとはいえ、ドリノのあの明るさと細やかな気遣いを思えば、やはりさみしくなる日もありそうだ。
だが、ヴォルフには家族のいる家があるではないか。
「さみしい日は、家から通ってはどうでしょうか?」
「えっ? ダリヤの家から?」
「えっ?」
金の目を丸くするヴォルフに、ダリヤの目も丸くなる。
そして、はっとした。
スカルファロット家であれば『家』ではなく、『屋敷』と言うべきだったろう。
いや、ヴォルフが塔に来たら客間に泊まってもらい、王城に通うという方法もなくはなく――
待て、待つのだ。
ダリヤはおかしな方向に駆け出しかけた思考をぐるぐる巻きにし、必死に答える。
「ええと、ヴォルフのお屋敷からという意味でしたが、ドリノさんがいなくてさみしいときはいつでも塔に来てもらっていいので! 客間もありますから!」
早口で言い切ると、ヴォルフはうつむき、片手で顔を押さえた。
どうやら笑いをこらえているらしい。
「うん、大丈夫、俺は勘違いしない……ありがとう。さみしいときは屋敷にも帰るけど、ダリヤの家にも帰らせて。食材と酒と、指定の素材を持って行くから」
「身一つでいいですよ、ヴォルフだけで」
いつも食材や酒を持ち込んでくる彼にそう答えると、ぐっと小さく声を上げ、そのままの体勢で震えている。
何がツボに入ったかわからないが、笑いが止まらなくなるということはあるものだ。
そっとしておくことにした。
ヒヒン、と馬の声が響き、馬車の速度が落ちる。
どうやら三課の前についたらしい。
向かいの青年の耳が赤いことに、ダリヤは気づかぬままだった。
・・・・・・・
王城の裏門に近く、苔むした塔の前で馬車を降りる。
「ようこそ、ロセッティ男爵。今、案内の者をお呼び致します」
魔導具制作三課の入り口、警備の騎士は自分達の来訪を知っていたらしい。
ぎいぎいと鳴く金属扉を大きく開け、中に招き入れてくれた。
別の騎士に案内された先は、以前も来たことのある客間だ。
こぢんまりとしていて、茶系の調度品も落ち着いた感じである。
王城では一番くつろげそうだと、ダリヤはひそかに思っている。
ソファーに座っていると、ザナルディが護衛騎士とメイドと共にやってきた。
いつもながらの青白い顔に、また貧血ではないのかとちょっと心配になってしまう。
ヴォルフと共に立ち上がり、挨拶をしようとすると、黒手袋の手をひらひらと振られた。
「二人とも、ここでは楽にしてください」
勧め通りソファーに腰を下ろすと、メイドのモーラがテーブルに黒い箱を置く。
ダリヤに一番近いそれに、ザナルディが水色の目を向けた。
「ロセッティ君、それをヌヴォラーリ君へ渡してください。同行の御礼です。ああ、部下に渡す前に、中身を確認してもらっていいですよ」
彼にうながされ、ダリヤは中型の黒い箱をそっと開ける。
中に入っていたのは、黒革のベルトバッグだ。
それほど大きくはない、シンプルな四角いタイプで、装飾はほとんどない。
かぶせ蓋が金の金具で止まる、その金色がアクセントになっていた。
これならば騎士服に付けても、それほど目立たなそうだ。
カークが緑馬をもらったと聞いて身構えてしまったが、マルチェラも問題なく受け取れそうである。
なお、贈り主がオルディネ大公ということは横に置いておく。
「お心遣いに感謝申し上げます。マルチェラに代わって御礼申し上げます」
「飴でも入れておくといいですよ」
自分はザナルディに子供扱いされているのかもしれない、そう思いつつも、ダリヤは笑顔で受け止めた。
そこからはモーラによって、テーブルにコーヒーが並べられた。
本日はカフェインの取りすぎかもしれない、そう思いつつも、ダリヤはありがたく頂くことにする。
そして、場を借りてザナルディへお礼を伝えることにした。
「ザナルディ様、この度は国境へお連れくださったことからここまでに、心より感謝申し上げます」
「言葉は受け取ります。ですが、お礼はむしろこちらが言うべきことですよ。ロセッティ君は、もう少し謙虚を削った方がいい。ヴォルフレード君もそう思うでしょう?」
「同意致します」
「謙虚を、削る……?」
お礼を伝えるはずが、何かおかしなことを言われてしまった。
あと、ヴォルフはうなずきながら同意しないでもらいたい。
「ところで、ロセッティ君、ヴォルフレード君、次の九頭大蛇対策について、ちょっと思うことがあるのですが」
突然のザナルディの言葉に、ダリヤはヴォルフと共に背筋を正す。
「次の九頭大蛇対策ということは、もしや、次の兆候が確認されたのでしょうか?」
「いいえ、二度あることは三度あると言うではないですか。備えについてです」
九頭大蛇戦の備え、それは絶対にしておかなければいけないことだ。
どうしても手に力がこもってしまう。
「すでにクラーケンテープと魔物寄せは国境の倉庫に備蓄が終わっています。もう一度出てきたところで乗り切れるでしょう」
あっさりと言うが、彼が言うとその通りに思えるから不思議だ。
「より確実性を求め、次までにクラーケンテープで大きい網を作って保存。魔物寄せと共に、私の血を冷凍したものを地面に積み上げ、近くに大きな網を準備。食べ始めた九頭大蛇へ、弓騎士が上から網を放ち、グイードのような魔導師が遠距離魔法で周囲をぐるりと刺して凍らせる。これなら素材を傷めず無駄がないと思いませんか?」
「……小鳥の籠罠……」
ダリヤの隣、ヴォルフが小さく言った。
「っ……!」
咄嗟に上着の袖を口に、吹き出すのを耐えた自分を褒めたい。
小鳥の籠罠は、籠や鍋を棒で斜めに持ち上げ、下にパン屑などを置き、雀などが来たら棒の紐を引いて捕まえるものだ。
つい、頭の中、巨大な籠罠にかかる九頭大蛇を想像してしまう。
クラーケンテープ製の籠のような網をかぶせられ、反撃しようと魔力をまとい、ぎゅっと締まって動けなくなる九頭大蛇。
その周囲に無情に突き刺さる氷柱、できあがる氷漬けの白い小山。
魔物討伐部隊が死闘を繰り広げた相手である。
あれほどに恐ろしく、絶望的にさえ思えた戦いである。
でも、次に出てきたらそんなふうに即行で終わるように――願いはそのまま声になる。
「ぜひ、そうして頂きたいと思います」
「ぶっ……! し、失礼しました!」
吹き出してすぐ謝罪したのは、護衛騎士のベガだった。
ここまで小鳥の籠罠に耐えていたのを押してしまったらしい。
今はひたすら空咳をしている。喉が痛くなりそうだ。
「ベガは喉を痛めているようですね。モーラ、ぬるめのコーヒーを」
「あ、ありがとうございます……」
ベガが赤い目を泳がせて礼を言う。
隣のヴォルフが無言で頭を下げていた。
ダリヤも申し訳なさを感じ、なんとか話題を変えようとする。
ふと目に入ったのは、手元のコーヒーカップだった。
「あ、あの、ザナルディ様! 当方の商会で九頭大蛇戦勝記念のマグカップを作る予定でおります。もしよろしければ、お手元にいかがでしょうか?」
いらないと言われればそれまで、いると言われれば記念にお贈りしてそれまで、賄賂扱いにならぬ金額なので問題なし。
そう考えつつ、マグカップの説明をすると、ザナルディが楽しげに笑った。
「それはいい記念になりそうです。お言葉に甘えて、三つほどお願いできませんか? 私とベガとモーラに」
「「セラフィノ様っ?」」
護衛騎士とメイドが同時に高めの声を上げた。
「ベガは一緒に九頭大蛇戦へ行きましたし、モーラはこちらで連絡係をはたしてくれました。私が参戦したとしたら、あなた方も同じでしょう」
その言葉に、ベガは唇をきつく噛み、モーラは口に両手を当てた。
主の言葉がしみているのだろう。
ダリヤは大きくうなずく。
「もちろんです! 九頭大蛇のマグカップは、底にお名前入り、通し番号、何も入れずという形がございますが、どれがよろしいでしょうか?」
「そうですね。せっかくですので、私は名前入りで。ベガ、モーラ、どうします?」
「名前入りでお願いできましたらと!」
「同じく、名前入りでお願いできましたらうれしく……」
答える二人に対し、ダリヤはメモ帳を出し、名前を書いてもらう。
口頭では、文字の綴り間違いがありえるからだ。
ベガルタ・ディルディナと、モーラ・ディルディナ。
兄妹のようだと納得しかけたが、目が合ったモーラに小さい文字で追記された。『二人とも養子です』と。
王位継承第三位の王族でもあるザナルディの護衛なのだ、そういったことも必要なのだろう。
先程までの咳はどこへやら、いつも無表情なベガの口角がゆるんでいる。
なるべく早めに届けられるようイヴァーノへ相談しよう。そう考えていると、ザナルディがぽんと両手を合わせた。
「ロセッティ君、一つ追加させてください。名前なしで、できれば通し番号の少し若いものを。名前の刻めない方にお渡ししたいので」
「名前の刻めない方というと、エラルド様でしょうか?」
神官は姓を名乗れぬと聞くから、おそらく彼のことだろう。
そう予測したが、向かいの大公は声をささやきに変えた。
「クラーケンテープに巻かれた功労者です」
「はいっ! 番号一番をお持ちしますっ!」
全力で答えてしまった。
ザナルディは、お願いしますね、と言っただけで、やわらかな表情を崩さない。
その後ろ、ベガとモーラは自分からそっと視線を外している。
隣のヴォルフを見れば、両手を半分だけ上げ、心配そうに自分を見ていた。
クラーケンテープで功労者を巻いた件については、なかったことにして頂きたい。
あと、王にも完全に忘却して頂きたい。
マグカップを贈ることで、それができなくなりそうだが――
いや、これは直接会わないで済む貴重な謝罪の機会である。
大公経由でお渡しし、少しでも心の平和の確保を目指そうではないか。
「エラルド君といえば、お二人とも、何か聞いていませんか?」
唐突なザナルディの質問に、ダリヤはヴォルフと顔を見合わせてしまう。
自分は何も聞いていない。彼も目で否定してきた。
「いえ、何もお伺いしておりません。あの、どうかなさったのでしょうか?」
「神殿に手紙を送っても返事がないのです。神殿からは休暇中とのことですが、謹慎になっている可能性がありますね」
「エラルド様が、どうして謹慎になるのでしょうか?」
ヴォルフの疑問はもっともだ。
九頭大蛇戦功労者の一人であるエラルドが、なぜ謹慎になるのだ?
功績を褒め讃えられるならばわかるが、何も悪いことはしていない。
「神殿の許しなく、銀襟の神官が神殿を空けた、長距離移動、上位治癒魔法を多く行使した、そのあたりの罪ですかね。神官を管理する規律は、なかなか厳しいそうですから」
「我々を助けてくださったエラルド様に罪など……! 失礼致しました、ザナルディ様、どうかエラルド様へのお力添えをお願い申し上げます」
「私からもお願い致します」
二人そろって頭を下げる。
だが、ザナルディは片手を上げ、それを止めた。
「二人とも頭を上げなさい。願う必要はありません。神殿には私が無理を言ったと伝えてあるのですが、足りなかったようです。エラルド君に不利益にならぬよう、王から神殿長へ礼状を出してもらいます。ああ、私の責の範囲ですからね、ここでお礼の言葉は不要ですよ」
ありがとうございますと言いかけていたダリヤは、慌てて口をつぐむ。
ヴォルフはお礼の言葉の代わり、金の目を尊敬に輝かせ、ザナルディを見つめていた。
魔導ランタン昼型――ザナルディの二つ名は、ある意味で合っているのかもしれない。
彼は昼夜を問わず、このオルディネ王国を照らし続ける光のように思える。
「それでも神殿でエラルド君の罪を問うというなら、私が神殿へ頭を下げに行きましょう。名ばかりでも継承三位なので、護衛に近衛、王城騎士団がついてきてしまうことになりますが――誠意は伝わるでしょう」
笑んだ彼は、まちがいなく王族の表情をしていた。




