43.人工魔剣制作1回目~魔王の配下の短剣
二人で一階の作業場に下り、短剣を準備する。
「では、始めましょうか」
「このときを待っていた……」
なんだか壮大な運命が始まるような台詞だが、ダリヤの魔法付与では、かなり効果の弱いものにしかならない。
もし一本の剣に複数付与が成功したら、手順をヴォルフに伝え、魔導師か錬金術師に相談してもらう方がいいだろう。
そう思いつつ、彼に濃紺の作業着を差し出した。
「服が汚れるかもしれないので、これを着てください」
「これ、ダリヤのお父さんの?」
「いえ、父の物ではヴォルフに袖が足りないので」
「後で支払うよ」
「じゃあ、力仕事のときに助けてください。冷蔵庫で助かったので」
「結局、俺の方が毎回もらう形になっていない?」
「気のせいです。それを着たら、これを分解してください」
ヴォルフが少し不満そうだが、短剣の分解を頼むと表情が戻った。
短剣は分解され、刃、鍔と、柄、鞘の4点になる。
「刃は硬質強化か、包丁と同じで研ぎいらず、どっちがいいです?」
「この短剣だとそれなりに厚みがあって強いから、研ぎいらずがいいかな」
聞きながら、鉛色の刃にむけて指先で研ぎいらずの魔法付与をしていく。ほぼ包丁と同じ感じで入っていくが、魔力量は多めに必要だった。刃の厚さと材質の違いかもしれない。
「鍔に水魔法で洗浄ができるようにして、柄に風の魔石で速度強化、鞘に軽量化、でいいでしょうか?」
「ああ、それでお願いしたい」
「じゃあ、やってみます」
鍔に魔導具用で小型に加工された水魔石をセットできるように作り替え、赤い柄の下の部分を切り、小型の風の魔石を入れた。
その後にそれぞれに魔力を流し、固定する。
ここまではスムーズに進んだが、鞘に風の魔石で軽量化を入れようとして、つまずいた。
ダリヤは軽量化の魔法が得意ではないので、そのせいもあるのだろう。
まるで鞘にはじかれるように魔力が入らない。
「なかなかに難しいですね……」
「鞘だけ、そのままでもいいんじゃないかな。他は付与できたわけだし」
「その方法もありますが、もうちょっと粘ってみます」
鞘の向きを変え、刃をしまう内側に魔力を向けてみた。
今度は、一定の魔力を込め続けているのに、底なしに呑まれている感じがする。
「ダリヤ、なんか、鞘だけすごく魔力が入ってるように見えるけど」
「魔石を使ってないせいですね。私の魔力だけになると、弱いので時間がかかります。あと、私は軽量化が下手なので」
軽量化の付与は父が得意だった。指先の虹色を、魔導具をくるりくるりと回しながらかけていた。
「あ、もしかして……」
鞘を動かしながら、外側をくるくると包むように魔力を入れていく。リボンのように巻き付いていく魔力は、茶色の鞘をきれいに包み上げた。
「流すんじゃなくて、包まなきゃいけなかったみたいです」
「見ているとすごく面白いけれど、ダリヤ、疲れてない?」
「大丈夫です。ただ、組み立ては力が要りそうなので、お願いします」
そこからまた魔力で調整し、ようやく鞘の軽量化が終わった。
「鍔、柄に小型魔石がついた分、ちょっと重くなりますね。鞘もがんばったわりにあまり軽くなりませんでした……」
「いや、充分だよ。本体は、俺としてはこれくらいか、もっと重くてもいいくらいだし」
ヴォルフは言いながら、刃に柄を入れ込もうとし、首を傾げた。
「魔法付与でサイズは変わらないよね?」
「ええ」
「じゃあ、もうちょっと力がいるってことか」
青年が手に力を込めたところ、刃が跳ねるようにテーブルの上を滑り、勢いよく落ちた。
「ヴォルフ! 大丈夫ですか?!」
「ああ、平気。ちょっとイキのよさに驚いたけど」
拾って再度試すが、両方が反発しあって、組み立てができない。
ヴォルフが途中から身体強化をかけて組み立てようとし、柄からミシミシと音がしたので止めた。
「まさか、組み立てられないとは思わなかった……」
「今までないということは、それなりの理由があるんでしょうから、簡単にはいかないですよ」
がっくりしているヴォルフだが、魔導具制作でこれぐらいの試し作業は数にも入らない。
「魔導具と一緒で、魔力付与の相性が悪いのか、私の魔力か、素材か、考えられる可能性を出して、気長に試していくしかないですね」
「魔導具も魔剣も、作るのって大変なんだね。魔剣への道のりは始まったばかりか……」
ヴォルフが物語的にまとめようとしているが、実際、その通りである。
「剣は付与できるものだから大丈夫だと思うんだけど、魔力付与の相性だと……ああ、魔力干渉だったかな? 身体強化魔法を使いながら水魔法を使うのが難しいって、副隊長が話してた」
「魔力干渉ではじかれる……」
魔力干渉を起こしているのであれば、間に魔力をカットする素材を挟めばいいのではないだろうか。
「ヴォルフ、そういえば、ブラックスライムって、火と水と風が全部効きづらくて、剥がしづらい、って言ってましたよね?」
「……言った覚えはある」
「魔力をカットできるかもしれないので、ブラックスライムの粉を外側に塗布してみましょう」
「ダリヤ、それはやめよう! 安全を優先させよう!」
なぜか立ち上がって止められた。
「大丈夫です。手袋の耐久性もきちんと考えますし、ヴォルフがいるから、心配ありません」
「……わかった。何かあったら、俺が君を全力で神殿に運ぶ」
なぜ神殿行きを前提で話されているのかがわからない。
きちんと手袋はすると言っているのに、目の前の男は心配性である。
とりあえず魔法付与の手袋を着けてから、ブラックスライムの粉と薬液をガラス棒で混ぜる。監視するように見ている青年が少しばかり気になるが、作業に集中することにした。
銀のバケツに黒い液体を入れ、そこに刃、鍔と、柄を鞘とそれぞれを浸す。その後にひとつずつ定着魔法をかけた。
「定着はしたので、組み立ててみてください。まだ反発があるようだったらやめてください」
ヴォルフに父の作業用手袋を渡し、短剣を組み立ててもらう。
「今度はいけそうな気がする……」
短剣は問題なく組み上がった。
黒い刃に黒い鞘に黒い鍔、そして赤黒い持ち手。
たいへんに魔剣的なビジュアルである。
「なんか……違う意味で魔剣っぽくないですか?」
「いや、これはこれでかっこいいんじゃないかな、こう、魔王の配下が持っていそうな感じ?」
それは本当にかっこいいと評していいのか、王国の騎士よ。
あと、魔王の配下ではなく、持とうとしているのはヴォルフだ。
ふと、黒い剣と黒い鎧を装備し、魔王の一段下で高笑いするヴォルフを想像した。
意外に違和感がないと思った自分は悪くない。
「切れ味もそれなりだし、水も出る。振ったときに結構速度がのるし、鞘はきちんと軽い。どれも付与はきちんと入っているよ」
短剣を器用に扱っているヴォルフだが、微妙に気になることがある。その手元から薄く煙が出ている。
「……ヴォルフ、ちょっと短剣をこの銀の板に載せてください。それで、手袋を見せてください」
「あれ? なんだか毛羽立ってる?」
「これ、一歩間違うと手が溶けるんじゃないでしょうか? ちょっと、お肉の端っこを持ってきますね」
その後、冷蔵庫から持ってきた2センチほどの薄切り肉を、黒い刃の上に載せてみた。
黒い刃の上でじりじりとゆっくり溶けていく生肉――二人でそれを無言で見守ること約2分。
生肉はすべて赤黒い液体となった。
たいへんホラーな剣ができてしまった。
「確実に火傷しますね……これはあきらめて、次に新しい短剣で試しましょう」
「いや、これも強めの魔法付与の手袋をつければ持てるよ。移動は魔封箱に入れればいいし」
「危ないですよ。そもそも何に使うんですか?」
人を火傷させる人工魔剣というのはどうなのか、しかも使いどころがわからない。
「魔物で試し斬り」
ヴォルフはきっぱりと笑顔で言いきった。
「……私、今、初めて魔物に同情しました」
斬られて、後、融解。いくらなんでもそれは嫌すぎる。
「これは移動も危険なので、魔封箱に入れて、魔導師を呼んで魔法を抜いてもらいます。短剣は処理屋に持って行って鋳つぶします」
「俺が王城に持っていって、魔導師に処分してもらえばいいのでは?」
「ヴォルフ、『王城に呪われた魔剣を持ち込みし者』とか呼ばれたいですか? あと、その前に絶対に門の荷物検査で止められますよね?」
「ああ、確かに……」
言いながらも、彼の目は黒い短剣から離れない。まだ魔物で試したいのかもしれない。
「ダリヤ、その……危ないのはわかるんだけど、魔封箱に入れて、しばらくでもとっておくわけにはいかないだろうか?」
「え? これをですか?」
「うん。せっかくの魔剣第一号なので、記念に、もう少しだけ」
「わかりました。でも、これが魔剣第一号……」
確かに複数の魔法付与はしているが、魔剣としてはかなり微妙な気がする。
ダリヤが考え込んでいると、ヴォルフが少年のような笑顔で言った。
「魔剣第一号、名称は『魔王の配下の短剣』、だね」