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435.九頭大蛇戦祝勝祭と赤い花火

 ヴォルフはダリヤと手をつないだまま、宿への道を歩いた。

 『魔物討伐部隊に乾杯!』『オルディネ王国に栄えあれ!』といった声はさらに増えており、来るときより熱気が増している。

 闇が濃くなっていく中、建物や屋台にも小型魔導ランタンが明るく灯り始めた。


 来た道を戻り、宿の通りに入ると、高い旋律が上がった。

 宿の近く、吟遊詩人が竪琴で明るい曲を奏で始める。

 木笛きぶえを持った者たちが、それに合わせるように音をつなげていく。

 道を歩く者達が足を止め、誰からともなく踊り始めた。


「この街では貴族も庶民もなく、祭で踊る。振り付けも決まりもない自由な形だ」


 後ろを歩いていたランドルフが、そう教えてくれた。

 ワルツに似ているが、少しだけ速めの曲調だ。

 一応、ペアになってのダンスではあるが、一人で踊ったり、三人で踊ったりしている者もいる。

 老若男女なく、ステップも動きもばらばらだが、皆、とても楽しそうだ。


「せっかくの祭だ。皆、踊るとしよう」

「くっ、ここにファビオラがいれば!」


 わざと悔しそうな表情かおをしたドリノだが、すぐに笑ってランドルフと手をつなぐ。


「俺達も踊らない?」


 ヴォルフはダリヤと手をつないでいたので、流れと勢いで尋ねる。

 自分を見る緑の目は一瞬だけまん丸になったが、すぐ笑んでうなずかれた。


 昨年、ジルドの屋敷で踊ったときほどの緊張はない。

 けれど、自分の手が彼女よりも熱くて、少し汗ばんでいるのが気になった。


 互いに何も言わないのに、ファーストダンスのときと似た動きになり、くるりと回る。

 近くでは、ドリノがランドルフの手を軸に後ろに一回転し、見学者をわかせていた。


 曲の途中から、吟遊詩人が軽やかに歌い出す。

 踊る者、手を叩く者、陽気な声援を送る者、道端に防水布を敷いて腰を下ろし、見学する者――

 辺りはますます明るい声と笑いが高くなっていく。

 その熱に酔っていくような感覚を覚えつつ、二曲目へと続いていく。


 周囲の建物からも人が出てきたらしい。踊る者達がさらに増え出した。

 ランドルフとドリノは、給仕をしてくれていた宿の男性達と手をつなぎ、ぐるぐると回り出す。


 ヴォルフはそのままダリヤと二曲目を踊っていた。

 今度は動きの決まったダンスではなく、両手をつないでぐるぐる回ったり、どちらかが片腕を上げ、その下でくるりと回ったりする遊びのような動きだ。


 周囲を見ながらその動きを取り入れたのだが、自分とダリヤでは身長差がある。

 彼女は精一杯腕を伸ばしてくれるが、その下でくるりと回るには、かなり姿勢を低くしなければいけない。


 そんなとき、近くの者がよろけて自分とぶつかりそうになり、咄嗟にダリヤの前へ立つ。 

 かつん、天狼スコルの腕輪が、ダリヤの金の腕輪にわずかに当たった。

 それはオズヴァルドから借りている安全を守るための腕輪であり婚約腕輪ではないが――当たった音が、妙に耳に響く。


「ヴォルフ?」


 動かない自分を心配したのだろう。ダリヤに声をかけられた。

 そこであわてて彼女へ向き直る。

 これぐらいであれば、腕輪に傷はないと思うが――それでも、彼女の安全に一点の曇りもあってほしくはない。


「ごめん、腕輪にぶつかってしまって。傷、ついてない?」


 思わぬほど近く、自分を見上げる澄んだ緑に、動きが止まりかけた。

 当たり前のように手をつなぎ直し、ダリヤが笑う。


「大丈夫ですよ」


 大丈夫ではないのは、自分の方。

 きっと飲み過ぎだ。ヴォルフは跳ねる鼓動を認めぬように目をそらす。

 そうしてまた踊り始め、ようやく二曲目を終えた。

 どちらからともなく手を離すと、彼女の名を呼ぶ声がした。


「ダリヤ嬢、一曲よろしいだろうか?」

「ランドルフ様、じゃなかった、ランドルフさんと、ですね」

「じゃ、ヴォルフは俺とだな!」

「――ああ」


 やってきたのは、ランドルフとドリノだ。

 二曲続けて踊ったのだ、次は相手を変えるべきだろう。そう判断し、彼女の隣を離れる。

 自分のいた場所には、ランドルフが立った。


 ヴォルフとドリノは、少し離れた場に移る。

 次に奏でられたのは、少しだけ遅い曲だ。

 吟遊詩人が歌うのは恋歌。海に出る恋人の無事を祈る歌である。


 流れ始めると同時に、ランドルフがダリヤの手を取り、ダンスが始まり――一回転しないうちに、その動きが止まった。

 ランドルフが額に片手を当て、うつむいて動かない。


「ランドルフ?!」


 もしや、九頭大蛇(ヒュドラ)戦の後遺症が今出たのか、心配になって慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですか、ランドルフさん?」

「ランドルフ、医者か神官に診てもらおう。俺がおぶっていくよ!」


 ダリヤと同時に言うと、彼は首を横に振った。


「――酔いが回っただけだ。すまないが、代わってくれ、ヴォルフ」

「いや、休んだ方がいい。宿まで付き添うよ」

「これくらい、座っていれば治る。それより、踊りかけて止めるのは縁起が悪い。後は頼んだ」

「ランドルフは俺が付き添うから心配すんな。とりあえず踊った踊った!」


 ドリノはそう言うと、ランドルフの手を取って道の端へと連れて行く。

 幸い、ランドルフの状態は軽いようで、近くの防水布に腰を下ろし、水を受け取っていた。


「大丈夫そうだね。ええと……お祝いなので、続きを踊ろうか」

「はい」


 オルディネには、いいことが途中で止まらぬよう、お祝いのダンスは途中でやめず、踊りきるという縁起担ぎがある。

 そのまま、ダリヤと三曲めの途中からを踊ることになった。


 貴族が三曲以上続けて踊るのは、恋人か婚約者。

 もちろん、この場ではそんなことは関係ないだろう。

 人数もばらばら、男女、男性同士、女性同士、老いも若きもない祭のダンスである。


 それなのになぜか頭に浮かんでしまうのだから、自分も貴族の端くれということなのか――

 ヴォルフは雑念を振り払い、ダリヤと三曲目を踊った。


 曲が終わったとき、宿の方がにぎやかになった。

 やって来たのは、魔導部隊のダフネ副長とシュテファン、そしてヨナスだ。

 ダフネが宿の者と言葉を交わすと、周囲でうれしげな声が上がった。


「王城の魔導師様だってよ、花火を上げてくれるそうだぜ!」

「この街でも見られるのね!」


 期待のまなざしの中、彼らは宿の中へ入っていく。

 そうしてしばし後、宿の屋根の上にその姿を現した。


「裾の長い服なんで、手間をかけるね」

「いいえ、淑女をエスコートできるのは誉れです」


 笑うダフネを抱き上げるヨナスが、軽い足取りで屋根を歩く。

 二本の長杖ロングスタッフを持ち、そろりそろりと続くのはシュテファンだ。

 思わぬことに、ダリヤと二人、ただ屋根を見上げてしまう。


 長い屋根の中央付近までくると、ヨナスがダフネを下ろす。

 彼女はシュテファンから、赤光りする黒の長杖ロングスタッフを受け取ると、コンコンと二度、屋根に打ち付けた。

 隣のシュテファンは袖を少しまくると、濃茶の長杖ロングスタッフを両手に持つ。

 ダフネをはさむ形で立ったヨナスは、魔剣闇夜斬りのつかに手をかける。

 横並びの三人が、夜空を見上げた。


「シュテファン、ヨナス、派手に行くよ!」

「「はい!」」


 二本の長杖ロングスタッフから、炎の粒子らしきものが舞い上がり始める。

 ダフネ、シュテファンと続いて杖を振ると、夜空に鮮やかなだいだいと赤の花火が上がった。

 それに続き、ヨナスが魔剣闇夜斬りを空に振り抜く。

 まっすぐ線状に伸び飛んでいく紅蓮ぐれんが、鮮やかに闇を切り裂いた。


「わあぁ!!」


 人々から大きな歓声が上がる。

 彼らはそれに応えるかのように、鮮やかな赤、だいだい、ワインレッド――赤さの違う花火を次々に上げた。

 赤い光は風に流れ、花が咲き、そして散るように消えていく。


 そうして一区切りついたかと思ったとき、ダフネが両手で長杖ロングスタッフを構えた。


「これで最後だ! 出し惜しみなしだよ!」


 魔力の大きなゆらぎが辺りを包み、人々から声が消えた。

 ダフネとシュテファンの長杖からの鮮やかな赤、ヨナスの魔剣闇夜斬りからの深紅。

 それは空を駆け上り、巨大な画を描き出す。


「なんて大きな鳥!」

不死鳥フェニックスだ!」


 確かに、描かれた巨大な線画は、童話の死なずの鳥――不死鳥フェニックスのよう。

 夜空に長く赤い尾を引くその姿を、皆が息も忘れたように見守っている。

 そんな中、ヴォルフの横、ダリヤの気配が動いた。

 彼女に視線を移すと、小さくささやかれる。


「綺麗ですね……」


 自分を見て微笑んだ彼女の方が、はるかに――


「綺麗だ……」

「ええ、本当に綺麗です」


 こぼした本音は、夜空を見上げる彼女に花火と受け取られたらしい。

 その横顔からようやくに目をそらし、ヴォルフも再び空を見上げた。


 死なずの鳥は、夜空を赤々と焼き焦がし、ゆっくりと消えていく。

 その赤さが長く目に残った。


 けれど、それよりも目に残る赤を、ヴォルフは認識する。

 隣に立つ、赤髪の魔導具師。


 自分の長い闇夜は、ダリヤによって明けた。

 だから自分も、彼女の憂いをはらえるよう、守れるほどに強くなりたいと思ってきた。


 よこしまな想いなく、彼女を傷付けることなく、ただ友愛と尊敬だけを持って隣にあろう。

 誰に何と言われてもこのまま、心を変えずにいよう。

 初めて塔に行ったあの日、ダリヤと、友であると約束した通りに。


 けれど、九頭大蛇(ヒュドラ)戦の間に考えていたのは、家族よりもダリヤのこと。

 もう一度会いたいと、その隣には自分が在りたいと、この手を離したくないと――


 周囲から花火へ拍手喝采が上がる中、落ちるつぶやきは誰も拾えない。


「……なんて、身勝手だ……」


 胸の内、消せぬ赤い火は、とうに灯っていた。

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― 新着の感想 ―
今気づいた。もしかしてヴォルフ、いままでダリヤと外出する時はいつも妖精結晶の眼鏡かけてた? このお話の前に外でメガネ外して一緒に歩いたのって、もしかして最初の方の、妖精結晶が作られた日が最後?? 妖…
長かった!! 自覚した、ようやくだよ!! おめでとう!
とうとうヴォルフが自覚した…!! 机があったらバンバン叩きたい! ヴォルフ、そのままだよ、変に身を引こうとか考えちゃ駄目だからね! ダリヤはヴォルフしかいないのだから!
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