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396.魔物討伐部隊と魔羊

素敵なコミカライズにして頂いております。

『魔導具師ダリヤはうつむかない』(住川惠先生)、最新第27話「ぐい飲みと星空(後編)」

『服飾師ルチアはあきらめない』(臼土きね先生)、最新第七話

どうぞよろしくお願いします。

 太陽が空の中央で輝く中、ダリヤは王城の馬場で馬車を下りる。

 午前中は礼儀作法の教師に、立ち居振る舞いの最終確認をしてもらった。

 無事、及第点を頂いたので本当にほっとした。


 幸い、叙爵当日は子爵夫人であるガブリエラが付き添い人だ。とても心強い。

 なお、彼女は夫のレオーネに、魔蚕まかいこによるエメラルドグリーンのドレスを仕立てられたと言っていた。


 加えてアクセサリー、イヤリングとペンダントにいたっては、赤と緑の二種セットを準備されたそうだ。

 自分の色に合わせたのだろうと申し訳なくなった。

 だが、色は多種あると言われ、抑揚少なく続けられた。


『当日は緑の方を着けて、イヤリングの吊り下げ石とペンダントの一番大きい石は外していくことにするわ。重いんですもの』


 それは石が重いのか、愛が重いのか――

 疲労感漂うガブリエラに、なんと言っていいかわからなくなった。


 なお、商業ギルドの馬場ですれ違ったレオーネは、『久しぶりにガブリエラにドレスとアクセサリーが贈れた』と上機嫌だった。

 その上、礼を言うつもりが礼を言われ、そのまま馬車に乗り込まれてしまった。

 自分のとろさを反省していると、横のイヴァーノが肩を震わせながら言った。


『会長、気にしなくていいと思います。レオーネ様には本当にいいお礼でしょうから』


 やはり重いのは妻への愛らしい。

 ダリヤはそれ以上、考えることを止めた。


 そうして、商業ギルドから王城に来ての今である。

 いつものように持ち物検査を受けて通路を進むと、すでにヴォルフが待っていた。


 本日はマルチェラとイヴァーノも一緒だったのだが、倉庫へ防水布を運び込みに行くために別れた。

 魔物討伐部隊棟へ向かう馬車に乗るのは、二人だけである。


「ダリヤ、付与の疲れは残ってない?」

「大丈夫です。昨日は夕食を一緒にできなくてすみません」


 昨夜はちょっと疲れがあったので、ヴォルフとの夕食を断り、塔に帰って休んだ。

 おかげでとても心配されてしまっている。


「いや、あれだけ大変な付与だから当然だと思う。コルンバーノ殿も今日は休ませるってヨナス先生が――昨日、兄上専用の妖精結晶の眼鏡が完成して、義姉上あねうえは兄上の顔が見えたんだって。二人ともとても喜んでいたと、ダリヤに伝えてくれって」

「それはよかったです!」


「ダリヤが付与を教えてくれたおかげだと、コルンバーノ殿からもお礼の言葉があったって」

「いえ、コルンバーノ様は知識も腕もある方なので。むしろ、私の付与をお見せしなくても大丈夫だったのではないかと……」


 昨日、あの後にすぐ制作して納品とは、流石、スカルファロット家専属魔導具師である。

 仕様書さえあれば、ダリヤの付与をコルンバーノに見せる必要はなかったかもしれない。

 付与を見てもらおうと先に言い出した自分が、ちょっと恥ずかしいほどだ。


 けれど、ローザリアがグイードの顔を見ることができて、本当によかった。

 きっと、二人で笑い合えたことだろう。

 そう思うと、どうしても笑みが浮かんでしまう。


「ヴォルフも見せに行きます?」

「いや、今日の夜にでも、兄上にお祝いをかねて行こうかと思ったんだけど、ヨナス先生に待てをかけられた」

「え、どうしてですか?」

義姉上あねうえが兄上の顔を見られた感動を薄めないよう、一、二日待てと」

「その感動は薄まるんですか……?」


 ローザリアであれば、義弟おとうとの顔を見ても素直に喜びそうだが。


「考えたら、俺よりグローリアの顔を見せるのが先だよね。コルンバーノは、今日グローリアの分を作ろうとして、皆に止められていたそうだけど」

「早く作りたくなるのは、わかる気がします……」


 コルンバーノは連日制作を予定していたのか、本当に苦もなく作っているらしい。

 ちょっぴり悔しいと思うのは、自分の未熟さだろう。


 できることなら、なかなかうまくいかない水の魔石に関する魔導回路の短縮化について、コルンバーノに相談したい。

 もっとも、スカルファロット家の専属魔導具師にそれを尋ねるのは失礼になるか、守秘もあると思うので聞けないのだが。


「それで、今回のお礼として、家から魔導具の本を一冊贈らせてもらってもいいか聞いてくれって」

「……ありがとうございます」


 一拍迷ったが了承する。

 王都の本屋で見かけた一番高い魔導具全集でも、確か金貨二枚。それより高いということはないだろう。

 そういった本一冊なら、スカルファロット家の負担にはなるまい。


 むしろ、仕様書分と付与の指導料を支払うと言われたのを断っているので、本を受け取らないとより重いものがきそうだ。

 話が区切りとなったとき、馬車は魔物討伐部隊棟に着いた。


「あら?」


 魔物討伐部隊棟の前、ランドルフが白くふわふわした羊を胸に抱いていた。

 金色の短い角に、つぶらな黒い目――その姿には見覚えがある。三課の魔羊まようだ。


 視線をずらせば、少しだけ距離を空けたところに白衣の青年がいた。

 三課で飛行研究をしている魔導具師である。

 互いに挨拶をした後、ヴォルフがランドルフに顔を向けた。

 

「ランドルフ、これから毛刈り?」

「ああ。三課からご依頼頂いたので、これから訓練場の端で刈ろうと思う」

「この度はお世話になります」


 そう言った白衣の青年は、大きな布袋とハサミを二種持っている。

 どうやら二人でこの白い魔羊まようの毛刈りをするようだ。


「おお、ダリヤ先生ではないか!」


 明るい声に視線を上げると、魔物討伐部隊棟から出て来る者達がいた。

 隊長であるグラート、いつもその隣にいる騎士のジスモンド、副隊長のグリゼルダ、そして、年を重ねた新人騎士達である。

 自分に声をかけたのはベルニージだ。


「今日は隊の仕事にみえられたか」

「はい、打ち合わせと納品に参りました」

「そういえば、新しい防水布はより表面が滑らかになりましたね。敷くときの指触りがよくなりました」

「ありがとうございます。そうおっしゃって頂けると、担当の者が喜びます」


 防水布はオルランド商会に出している。付与はきっと兄弟子だ。

 魔導具師でないジスモンドが違いに気づくほど、魔導具師としての腕を上げている――自分も負けられないと強く思う。 


「おや、毛刈りですかな。ランドルフ殿、私もお手伝いしましょうか?」

「メェーッ!」


 ダリヤにもわかるほど、はっきりした拒絶の声が響いた。

 あと、羊も逆毛は立てるらしい。


「すまなかった、フランドフラン。今度は刈りすぎぬようにするから」


 新人騎士――とはいっても、おそらくは五十代であろう片目の騎士が、魔羊まように対して謝罪している。


「レオンツィオ殿、以前、フランドフランの毛刈りをしたことが?」

「はい、魔物討伐部隊に戻るまでは、羊牧場で魔羊まようを飼っておりましたので。王城に二頭納めたうちの一頭がフランドフランです」


「もしかして、『フランドフラン』の名付けはレオンツィオ殿ですか?」

「ええ、一番白い毛並みでしたので、『白の中の白』という意味合いで名付けました。王城にいるもう一頭は、『闇のごとき黒』という意味で、『ノワルスール』と名付けました」

「『闇のごとき黒』で『ノワルスール』……すごくかっこいい名前だ……」


 名付け親のはずなのだが、ここまで嫌われているのは何故なのか。

 あと、安定のヴォルフについては触れないでおく。


「育てた割りには、警戒されておるようだぞ、レオンツィオ」

「毛刈りのときに、ちょっと短くしすぎ、背中を赤くしましてな」

「メーッ!」

「それは刈りすぎです」


 フランドフランとランドルフから同時に抗議の声が上がった。


「柵を越えて逃げられたので、半日ほど草原で追いかけっこをしたのですが、避けられるようになりまして……」

「『三騎さんき男爵』に追われたら、儂でも逃げるぞ」


 『三騎男爵』というのはレオンツィオの二つ名だそうだ。

 一人で三人分の働きをしたという意味が込められているのだという。

 本人は買い被りが過ぎる名だと笑っていたが。


「フランドフランはまだ若いですからな。反抗期もあるでしょう」


 名を呼ばれた魔羊まようは、レオンツィオを完全に無視し、ランドルフの胸にぴたりと顔を付けている。


「フランドフランはいくつなのですか?」

「六歳です。人間でいうと十代前半ぐらいになりますか」


 魔羊まようの年齢にぴんとこずにいると、ランドルフが説明してくれた。


「羊の寿命は10年から13年ほどと言われている。だが、魔羊は20年から30年。長く生きる代わりに子羊はあまり産まれず、簡単には増えない」

「そうなんだ……」

魔羊まようは賢く、身体強化に優れている。人は羊毛を得る代わりに、食事と住居を提供する、居心地が悪いと脱走する。捕まえるのは至難の技だと言われている」


 思わずレオンツィオを見てしまったが、彼は穏やかに笑っているばかりだ。

 案外、フランドフランも追われるのを鬼ごっこのようなものとして楽しんでいたのか――

 いまだランドルフの胸に顔をつけた彼女には、あまり楽しいものではなかったような気がする。


魔羊まようが高額なのも納得だな。だが、羊種だろう、外敵に襲われたりはしないのか?」

「大丈夫です、隊長殿。魔羊まようは一頭でもそれなりに強いですし、群れを襲うものへは連携で立ち向かいますので。うちの牧場もはぐれの狼が入り込み、子羊を狙ったことがありますが、牧草地が大変に荒れ――広範囲が赤くなり、掃除に難儀なんぎしました」

「……な、仲間思いですね」


 浮かんだ怖い想像は振り払う。

 周囲にも乾いた笑いが連なる中、伝令役の騎士が足音強く駆けてきた。


「魔物討伐部隊へ、魔鳩にて応援要請が参りました!」


 途端、辺りは緊張感に張りつめる。

 伝令に捧げられるように渡された白い紙を、グラートが読み始める。

 だが、怖いほどに厳しいその目は、途中から明るくほどけていった。


「承った。本日、準備ができ次第出立すると返答を送ってくれ」


 伝令はその言葉を復唱した後、駆け戻って行った。


「第二騎士団より、隣国より護送していた若い魔羊まようを乗せた馬車が横転、東街道四区を九頭が逃走中。隣国からの贈答品なので、できるかぎり殺さずに捕まえたいとのことだ。なお、逃げ回っているものと、木に引っかかっているものがいるそうだ」


 その言葉に、周囲の緊張も霧が晴れるように消える。

 応援要請は怖い魔物の討伐ではなく、話題の魔羊まようの捕獲であった。


「隊長、私が希望者二十名ほどと行って参りますので、このまま予算会議へどうぞ。相談役もお待ちかと思います」

「頼む。しかし、相談役の弟がいれば、私が会議に出ずとも問題ない気がするのだが」

「グラート様、本当に弟君に領地にこもられますよ」


 問題がありそうな発言が聞こえたが、相槌も打てないので黙っておく。


「隊長というものは身軽ではありませんからな」

「まこと、役付きは難儀なんぎですのう」


 新人隊員達が口々に言う。

 ぽんとベルニージが手のひらに拳を当てた。


「グラート隊長、そんなに会議が嫌なら、いっそ一度隊を辞めて新人になってはどうだ? 会議もない上、書類仕事をせんで済むし、灰手アッシュハンドで魔物斬り放題だ」

「なるほど、その手が!」

「ベルニージ様、なんということをおっしゃるのですか! グラート様も、冗談でも納得するところではないでしょう!」


 いつもグラートの傍らにいる騎士が、厳しい声で抗議する。

 普段物静かなだけに、より一層の迫力があった。


「す、すまぬ、ジスモンド……」

「すまん、ジス……」


 二人が声をそろえて謝った。

 見てはいけない気がして、ダリヤはとりあえず目はそらす。

 ふと見れば、隣のヴォルフも同じ方向に目をそらしていた。


「さて――では準備をすることに致しましょう」


 グリゼルダがそう言うと、レオンツィオが右手を軽く上げた。


「私もお手伝いに行かせてください。新人ですが、脱走した魔羊を捕まえるのは慣れております」

「自分も同行を。羊の扱いは多少知っておりますので」

「俺も行きます」


 レオンツィオに続き、ランドルフとヴォルフも参加を希望する。


「ヴォルフ、あなたは間もなく休暇でしょう。残った方がいいのではありませんか?」

「いえ、俺も行きます。ドリノもおりませんし、馬で一日ほどです。早馬でしたらそれより早く――休みは明後日の午後からの予定でしたから、捕まえて戻ってくればちょうどいいかと」


 ドリノは魔物討伐部隊棟の中にいるのだろうと思っていたが、違ったらしい。

 何かあったのだろうか、その思いが顔に出たのか、ヴォルフに説明された。


「ドリノは大伯母様の葬儀で休んでるんだ」

「緊急ではないのだから、呼ぶ必要はないだろう。今回は迷子集めだ」


 そう言ったランドルフは、抱き上げていた白い魔羊まようをそっと地面に下ろした。

 片膝をつくと、視線を下げて語りかける。


「フランドフラン、すまないが延期だ。帰ってきたら毛刈りをするので、待っていてくれ」

「メェー」


 フランドフランは一声鳴くと、自ら三課の方向へとことこと歩いて行く。

 一度振り返ったところで、ランドルフは片手を上げて応えていた。

 どうにも彼があの魔羊の飼い主のよう――いや、友人のようにも見えるが。

 なお、三課の係の方も、隊の皆に一礼し、魔羊まように続く形で歩いて行った。


「今回は剣ではなく、ロープと網、夜犬ナイトドッグもいた方がいいだろう。夜犬ナイトドッグは借りられるだけ連れていけ」

「わかりました」

「隊長、できましたら小麦と野菜を、向こうでおびき寄せの必要があれば使いたいと思います」

「許可する。ランドルフの裁量で構わん」


 遠征の準備内容が決まっていくのを、ダリヤはただ見ているしかない。

 とりあえず、今日のグリゼルダとの打ち合わせは延期だ。


「ダリヤ先生、お約束を守れず申し訳ありません。今夏から秋の魔導具に関する希望納品に関しましては、後で書類を届けさせますので」

「任務ですから、お気になさらないでください。どうぞお気を付け――いえ、ご武運を」


 ダリヤは慌てて言い替える。

 騎士に気を付けるように言うのは失礼に当たることがある。

 任務の成功と無事を祈る意味で、『ご武運を』というのが正しいそうだ。


 それぞれが準備に向かう中、ヴォルフが小声で言った。


「ダリヤ、明後日には戻ってくるから、今月のワインを持っていっていいかな? 叙爵の前祝いに」


 彼もこれから遠征である。

 だが、今回は魔羊まようの捕獲だ。そう緊張はない。

 いつもの声、いつもの笑顔、それに安堵しながらダリヤはうなずく。


「はい、楽しみに待っています」

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― 新着の感想 ―
>いや、あれだけ大変な付与だから当然だと思う。コルンバーノ殿も今日は休ませるってヨナス先生が―― ここはヨナスがそう言ってたよの意味合いだから殿が付いててもいいけど(若干違和感。 >「ダリヤが付…
自己評価が低い理由考えてたんだけど学院卒業してから同じ年齢、実力の魔道具師がいないんだ…… 塔では兄弟子と2人だし、普段は塔で1人、相談役になってからは王城関連と上位貴族関連しか魔道具師に会ってない…
[一言]  悪く言うと、ダリヤより知識と腕がある人ってめちゃくちゃいるから、発想の転換ができた自分を褒めていい。  どんなに先人が天才でも新しい方法を作った人も褒められるべきで、褒められたら「ありが…
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