383.王城魔導具制作部三課
大公の誘いは流石に断れない。
ダリヤはヴォルフと共に、王城魔導具制作部三課へ向かうこととなった。
係の者は当然の如く、ザナルディと、ダリヤ達それぞれ、二台の馬車を用意した。
だが、ザナルディが一台でかまわないと言い、そのまま同乗する。
王城の馬車の中、話しかけられぬかぎりは口を閉じるにしても、目線は一体どこへ向ければいいのか、迷うことばかりである。
隣に座るヴォルフも、表情は整っているのだが、気配は石のようだ。
そんな自分達を気遣ったか、向かいのザナルディが口元をゆるめた。
「私など名ばかりの爵位ですし、グイードよりは年下なのですから楽に――そう申し上げても難しそうですね」
形だけで大公というのは、家を放置して王城で魔導具研究をしているせいだろう。
それにしても、グイードより若いということは、まだ二十代のはずだ。
だが、青白い肌と黒枠の眼鏡のせいで、年齢がわかりづらく感じる。
その薄灰のレンズの奥、空色の目がヴォルフに向かって細められた。
「ヴォルフレード君、私は君に親近感を持っていまして。同じ『五要素無し』でしょう?」
えっ、と声が出かけたのを、ダリヤはなんとか止める。
大公の地位を持つザナルディが、五要素魔力がないとは思わなかった。
五要素魔力とは火魔法・水魔法・風魔法・土魔法・治癒魔法のことである。
貴族では重要視されやすい魔法で、後継となるにはそれがないと致命的――ヴォルフからはそう聞いている。
「ザナルディ様は王国に貢献なさっておいでです。私は一介の騎士に過ぎず――」
「赤鎧の君の方が、はるかに貢献していると思いますよ。私など血筋だけですからね。屋敷にいても邪魔にされるだけなので、叔父が王城に部屋をくれたのです。ヴォルフレード君はご存じでしょう?」
「――ザナルディ様が才豊かなことから、オルディネ王が近くにお望みになったと伺っております」
ヴォルフがうまく濁しているが、外部魔力なしのため、家に居場所がない。そのために王城に住んでいるとも受け取れる。
しかし、『叔父が王城に部屋をくれた』ということは――
「母が王の姉というだけですよ。私としては形だけの肩書きなど、さっさと次に譲りたいのですが」
言葉にかぶせるように、隣の騎士が咳をした。
ザナルディはそちらを見ることはないまま、視線をダリヤに切り替える。
「不敬があってはならない、ロセッティ君が緊張しているのも、そんなところでしょう?」
「……はい」
この返事自体が不敬ではないのか、そうも思えるが、どうにかうなずくので精一杯だ。
「早い方がいいですね」
ザナルディは内ポケットから黒革の手帳を出すと、さらさらと何事かを書き付ける。
ページを二枚、手でびりりと破くと、横の騎士に手渡す。
渡された騎士が、ヴォルフに一枚、自分に一枚と捧げるように渡してきた。
ヴォルフにならい、馬車の中だが、半分立ち上がって受け取る。
『ダリヤ・ロセッティの言動に不敬を問わない。
セラフィノ・オルディネ・ザナルディ』
文面は短い。しかし、名前が重い。
そして思い出す。
ヴォルフと会って間もない頃、『ダリヤ・ロセッティを対等なる友人とし、自由な発言を許し、一切の不敬を問わない』という書類を公証人付きでもらっている。
貴族のマナー本に記載はなかったが、もしかしたら、こういったことはよくあるのかもしれない。
だが、その思いは横のヴォルフの凍えた笑みに打ち砕かれた。
「大変光栄に存じます」
声と態度の両方から緊張が伝わってくる。
隣に座っているので、その手元は見なくてもわかる。名前違いで文面は一緒である。
「ここからは気軽に話してください。そのためのものですから。三課と仕事関係で必要な者へはすべて書いています。グイードにも渡していますよ」
「兄に、ですか?」
「ええ。グイードと最初に会ったとき、水と氷の魔石の説明をしてもらったのですが、緊張で噛んで――今のは聞かなかったことにしてください。笑顔で氷の魔石を減らされそうです」
「はい……」
ヴォルフの緊張が一段ほどける。
どうやら、ザナルディにとってはよく渡すものらしい。それに少し安堵した。
「ロセッティ君も、疑問やご意見があればご遠慮なく。三課は私の名において、言動での咎め立ては一切ありませんから。そもそも言いたいことが自由に言えない環境で、いい物が作れるわけはありませんからね」
「はい、ありがとうございます……!」
なぜ大公なのだ? それよりも開発関連の理想的上司ではないか!
話の通じぬ上役に部署毎の壁、前世の記憶を総動員で思い出し、つい拳を握ってしまった。
今世は王政、身分制度があるので、ザナルディの言葉はより新鮮である。
もっとも、高位貴族の建前という可能性もあるので、鵜呑みにしてはならないだろうが。
ダリヤはもらった手帳のページを、書類ケースに丁寧にしまいこんだ。
やがて馬車は止まり、護衛騎士、ザナルディが降り、ヴォルフと共に続く。
ここは王城の正門の反対側――裏手ともいえる場所に近い。
他の建物よりは低め、それでもそれなりの大きさの塔が目の前にあった。
緑の塔のように蔦に覆われてはいないが、表面は苔むしている。
魔導具制作一課や二課とは構造も雰囲気も異なる塔は、ここだけ時間を止めているように見えた。
「古くて驚いたでしょう。昔は問題のある王族を押し込めていたそうですが、ここ数代の王族は品行方正で使わず、もったいないので借りました。王城の端なので、多少うるさくしても苦情はきませんから、実験向きですよ」
塔に続くレンガの道を進みながら、ザナルディが説明してくれる。
塔の前まで来ると、護衛騎士が金属扉に両手をかけた。
ギイィっと、重い音がして、扉は大きく開く。
「ようこそ、三課へ」
中は思わぬほど明るかった。
窓からの光かと思ったが、壁に一定距離で魔導ランタンが取り付けられている。
そのすべてが昼間から煌々と光っていた。
まっすぐ続く通路の左右は灰色のレンガの壁、そこに木を金属で補強したドアがいくつか見えた。
足元は少しだけ毛足のある黒い絨毯だ。
塔の中は古びていたが、やはり王城魔導具制作部だと納得した。
「三課が何を作っているかはご存じですか?」
「――有能な魔導具師や錬金術師の皆様が、学術的魔導具研究をなさっていると伺っております」
ダリヤは失礼のないよう、必死に言葉を選んで答える。
「それは叔父、カルミネ副部長の説明ですね」
「叔父、様ですか?」
カルミネはそんなに年上だったのか、そう思ったとき、ザナルディが言葉を続けた。
「ええ。年は似たようなものですが、彼はザナルディ家の先々代の末の子で、私は先代の長男です。もっとも、彼の方がずっと有能で、十六の誕生日に王城魔導具師になりましたが」
叔父と甥の年が近すぎるように思えるが、貴族ではそうおかしい話ではないのだろう。
それにしても、カルミネは若い頃から素晴らしい才能だったようだ。
「話を戻しますが、三課は基本、個人で研究をしています。動物や魔物の飛行を研究している者、鳥や亀などを飼い、動物の言語研究をしている者、魔法による金属造形を人形で極めようとしている者、ポーションの改良を研究している者など、様々です」
こちらもカルミネから聞いていた。
ダリヤは自作では家電的魔導具に重きを置いている。
だが、そういった幻想的魔導具もとても興味がある。
「最初に、飛行研究をしている――」
説明しながら歩くザナルディの近く、ガタガタと扉が揺れる。
護衛騎士が咄嗟に前に出るのと、ヴォルフがダリヤの前に立つのは同時だった。
「べふっ……!」
白い綿埃を頭に付けた男性が、転がるように出てきた。
「どうしました?」
「跳躍力解明のため、魔羊の毛を少し刈ろうと、餌に睡眠薬を混ぜたのですが、途中で目を覚まされ、蹴られました……」
壁に手をつく青年の白衣には、くっきりと蹄の痕がある。
骨が折れていないか心配だ。
「彼女は気位が高いですからね。怪我はありませんか?」
「問題ありません。お客様がいらしているところ、失礼しました」
挨拶をする青年の後ろ、とことこと白い魔羊が歩いてきた。
毛がふわふわでとてもかわいらしいが、その短い角は金色。つぶらな黒い目は赤みを帯びて光る。
ただの羊ではなく、身体強化に優れた羊型の魔物である。
魔羊はザナルディの少し前で止まると、くいと顔を上げた。
「『フランドフラン』、眠っているときに失礼を」
「メエェ」
言葉がわかるのか、『フランドフラン』と呼ばれた羊が小さく鳴き返した。
そうして、自分達を迂回すると、とことこと出口に向かう。
「ベガ、扉を。彼女にドアを開けさせると、修繕費がかさみます」
護衛騎士が音もなく走り、入り口を開ける。
魔羊は再度小さく鳴くと、当たり前のように塔を出て行く。
ダリヤ達は無言でその背を見送る形になった。
その後、ようやく羊毛を頭に付けた青年と自己紹介をし合う。
「私は三課で飛行研究をしております。先ほどの魔羊は魔力も強く、跳躍力があるので――以前、押さえて毛刈りをしようとしたときは、騎士二人を跳ね飛ばし、金属の扉に蹄をめり込ませましたので……」
遠い目になった彼に、先ほどの白い羊に扉を開けた理由を理解した。
なお、彼女は自ら塔の裏手の住まいに帰るそうだ。お行儀はいいらしい。
「毛刈りをするときは、魔羊に慣れた羊飼いを呼ぶしかないでしょう。そうでなければ、冒険者ギルドで魔羊を倒したことのある者を呼ぶか――」
「ザナルディ様、あの魔羊の毛刈りであれば、隊の者がお手伝いできるかと」
声をかけたのはヴォルフである。
なるほど、魔物討伐部隊であれば魔物慣れしているから、毛刈りも平気なのかもしれない。
「それはありがたい。魔羊の扱いに慣れている方がいらっしゃるのですね。そういえば、『フランドフラン』と名付けてくれたのは、元魔物討伐部隊員の方だとか。グラート隊長経由で相談依頼を出すとしましょう。もちろん、時間外手当はこちらで出しますよ」
三課の長、そして、大公という地位のザナルディが、隊の業務のついでにせず、きっちりと労力に対する報酬を掲示する――
当たり前のことかもしれないが、尊敬の念がわく。
そして、三課の魔羊の毛刈りは、魔物討伐部隊への依頼ということでまとまった。
『フランドフラン』の初登場は番外編のこちらです。
https://ncode.syosetu.com/n6477gw/31/




