380.王城騎士団の剣
報告会が終わると、ヴォルフと共に会議室から廊下に出る。
そこには、先に部屋を出たカルミネが待っていた。
「ダリヤ会長、ウロス部長より、本日、騎士団の剣に付与を行うので、よろしければご覧になりませんかと。数本ですが、部長自らの付与ですので」
「ありがとうございます。ぜひお願いします!」
ヴォルフの魔剣制作の参考になるかもしれない。
それに、王城魔導具課、その代表であるウロスの付与だ。ぜひ拝見したい。
そして、はっとする。
王城魔導具課へ行くときは、ヴォルフも一緒のことがほとんどだった。
今回もそう願っていいものだろうか――だが、それを問う前に、カルミネがヴォルフへ顔を向けた。
「ヴォルフ殿も、ダリヤ先生の護衛騎士としてお願いできればと」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
ヴォルフが自分の護衛騎士扱いになっている。
本来はマルチェラなのだが、本日はスカルファロット家へ、土魔法の講習に行っている。
昨日、覚えなければいけないという基礎教本を片手に唸っていた。
もっとも、講師はベルニージだそうなので、おそらく心配はないだろう。
王城の魔導具制作部棟へ向かうため、三人で馬車に乗り込む。
外の景色が流れ出すと、向かいのカルミネが口を開いた。
「ダリヤ先生、剣に付与をなさったとのことですが、よろしければ見せて頂けないでしょうか?」
「それは――」
思わず隣に座るヴォルフを見てしまう。
彼はその金の目をすうと細め、カルミネを見た。
「カルミネ様、ダリヤには私の長剣に付与をしてもらったのですが、何か?」
布に包んだ長剣は今、ヴォルフの右側にある。
研ぎ終えた剣を自分に見せてくれるため、ちょうど持ってきていたのだ。
「そうでしたか。付与は個人ごとの癖というか、魔力のかけ方が違いますので、それを拝見したかったのです。他の方の付与を知ると、自分の付与にも幅が出ますから。もちろん、スカルファロット武具工房での秘蔵技術であれば、ご無理は申し上げません」
カルミネの言葉に納得した。
自分もオズヴァルドやレオーネの付与を見せてもらうことで、付与の方法や魔力調整の幅が広がった。
それにしても、魔力が低く、技術力も下である自分の付与がカルミネの参考になるのだろうか。
「特別なことはなく――耐久性上げと、それに強化の金属を先にわずかに貼っただけなので」
「そうでしたか。騎士団の護衛職向けの強化と同じですね」
「護衛職の方ですと、どのような金属をお使いになるのでしょうか?」
「強化と共に付与を行うので、ミスリルや紅金の薄板を貼ることが多いです」
やはり王城魔導具制作部である。
自分が試行錯誤したものなど、とうに制作済みだった。
ヴォルフのための強い魔剣は、まだまだ遠い道らしい。
「ダリヤ……」
隣からささやくように名を呼ばれて、はっとする。
落ち込んでいると心配させてしまったかもしれない。
「ええと、ヴォルフ――剣を見て頂いてもいいでしょうか? 改善できるところがあれば知っておきたいので」
「わかった――カルミネ様、こちらがその剣です。馬車では狭いので、後でご覧頂く形でもよろしいでしょうか?」
ヴォルフの言葉に、カルミネが笑む。
「ありがとうございます。付与の改良でしたら、部長が一番詳しいのでご相談なさってみてはいかがでしょう? 残念ですが、私は剣や槍への付与が不得意なものですから」
「カルミネ様でしたら、高魔力の丈夫な剣ができそうですが……」
カルミネの魔力は十九。それだけあれば、きっと折れない丈夫な剣ができるだろう、そう思える。
だが、彼は残念そうに首を横に振った。
「打ち合いができないと苦情が来まして――」
「そうでしたか……」
打ち合うには相手の剣も同じように丈夫でなければいけない。
耐久性の違いすぎる剣はだめなのだろう。
全部丈夫にするにはきっと予算や誰が使うかなどの問題もあるのかもしれない。
切り換えられる話題を探していると、ちょうど馬車が止まった。
王城の魔導具制作部棟は、白い石造りの四階建て。
魔導具制作部一課、魔導具制作部二課と、道をはさんで向かい合う形だ。
正面の入り口、一課には赤、二課には青、それぞれ大きな旗がある。
描かれているのは魔導具制作部の紋章――満ち欠けする八つの月を背後に、翼を広げる鳥だ。
春間近の風に、勢いよくはためいていた。
受付に挨拶して荷物を預けると、そのまま四階へ上がる。
奥の鈍い銀色のドアが、魔導具制作部長の作業室の入り口だ。
今までに何度か来ているが、それでも魔法陣の刻まれたドアを見る度、少し緊張する。
「失礼します、カルミネです。ダリヤ会長とヴォルフ殿をお連れしました」
「入ってくれ。ちょうどよかった」
中に入ると、ウロスが作業机に向かっていた。
黒のローブを肩に、手には乳白色の粉が入った小瓶を持っている。おそらく本日の付与素材だろう。
「忙しいところ、急な誘いになってしまったな」
「いいえ、お声がけ頂き、ありがとうございます」
ダリヤが礼を述べると、ウロスは後ろの従者に振り返る。
ドア前の番を命じられた従者は、すぐ廊下へと出て行った。
作業室はダリヤの他、ヴォルフ、ウロス、カルミネの四人だけとなった。
「以前、付与の途中、急ぎの書類でドアを開けた者がいて、目を回したのだ。頭に痛そうなコブを作って――あのようなことは避けたいからな」
人払いにも思えたが、安全管理のためかと納得した。
ウロスの魔力はかなり強い。以前、自分もウロスの付与でめまいを起こしたことがある。
もしもを考えれば必要なことだろう。
「本日は、こちらの剣への付与だ」
ウロスが作業机の上に並べたのは、やや厚みのある短剣三本だ。
片刃で艶無しの鈍い銀色、持ち手まで金属の一体型である。
だが、謎なのはギザギザというか、一定間隔で彫り込みのついたその刃だ。
これでは敵が斬れないのではないだろうか? 不思議に思っていると、ヴォルフが口を開いた。
「ウロス部長、こちらは、護衛用の『剣壊し』でしょうか?」
「ああ、ヴォルフ殿は知っていたか。若人は今風に、『剣破壊』と呼ぶらしいが――」
「部長、そちらが今の正式名称ですので」
カルミネの言葉に、ウロスが軽く咳をした。
魔剣の名称については、王城でもいろいろとあるらしい。
しかし、このギザギザの刃でどうやって剣を壊すのか、ちょっと気になる。
じっと見ていると、ヴォルフが説明してくれた。
「このへこんでいるところで相手の剣を受け止めて、そのまま横に回転させるんだ。薄刃だと折れる。このへこみの間隔より太い剣には効かないけれど」
「なるほど……」
「太い剣でも刃こぼれはするぐらいに硬質化をかける――それが今日、私が目指す仕事だな」
ウロスが立ち上がり、黒いローブの前を合わせた。
「こちらは、鋼にいろいろと入れ込んだ剣、とだけ教えておく。そこは鍛冶師の領分なのでな。刃先にミスリルの薄板を貼ってある。そこにこれを付与する」
最初に手にしていたガラス瓶を持ち上げ、乳白色の砂のような中身をさらさらと揺らした。
「牛頭鬼の骨だ。持ち主の身体強化の増幅になる」
「身体強化の増幅……」
魔物図鑑にも記載のなかった効果である。
思わず食い入るように見ていると、ウロスが言葉を続けた。
「当たっただけでも普通の剣ならばヒビは入る。何回か打ち合えば折れるだろう。薄刃の剣であれば、襲撃者より騎士の腕がよければまず折れる。使い切りなのが惜しいが――」
「え? 使い切りなのですか?」
「これが、使い切りですか?」
もったいなさすぎる、ヴォルフと同時に聞き返してしまった。
「襲撃者の剣も柔らかくはなかろう。もっとも、出番の滅多にない剣だからな。今回も襲撃想定訓練で傷めた分と予備だ」
「使えなくなった方も、魔力を抜いてから鍛冶師の元へ戻しますので、別の物になっているかと思います」
言われて納得した。
相手も硬質化をかけていたら折れるに決まっている。
あと、やはりそういった訓練は実剣でやるらしい。やはり王城の警備というのは大変そうだ。
「では、付与を行おう。三本同時なので、少々強めにいく。壁際にいてもらえるか?」
ウロスの言葉に従い、ヴォルフとカルミネと共に、部屋の壁まで移動した。
ウロスはガラス瓶の蓋を開けると、牛頭鬼の骨を短剣の上に撒いた。
コショウを振るのと大差ない無造作さに見える。
薄く積もった粉に向け、右の手の平を向ける。
そこから白い光がじわりとにじみ、粉を白い液体に変えた。ちょっと牛乳っぽい。
「牛頭鬼だから牛乳色なんだろうか……?」
ヴォルフのかすかな一人言に、なんとか笑いを堪える。
その通りのようにも思えるが、牛乳のようなそれは短剣の刃先――ミスリルを貼った部分がぬれたように色を変え、しみ込むように見えなくなった。
魔力で包むのではなく、しみ込ませるような付与というのは、とても興味深い。
ダリヤにはまだできない付与である。
「これで先端は済んだ。ここからは耐久性上げ――十五ほどでいく」
ダリヤは咄嗟に体に力を入れ、前側に魔力を集めるようイメージする。
魔力酔いで倒れぬためだ。この方法は、父の魔導書にあった。
ウロスがその両の手の平を剣へ向ける。
指先がちょっとだけ曲げられ――ぶわり、強い風が吹いたかのように錯覚した。
「……っ!」
前からの強風で体を強く押されるように感じたが、幸いにも後ろは壁。
縫い付けられたように動けないが、続く付与を必死に見る。
赤さを帯びた透明な魔力は、三本の剣を完全に包み、ゆらゆらとその姿をぼやけさせた。
陽炎のような強い魔力に、呼吸が浅くなっていく。
だが、ウロスが拳を握り込んでいくと、魔力も同時に収束する。
付与はそれであっさり終わった。
「終了だ。皆、椅子に座るといい」
そう言われても、ダリヤは壁に昆虫標本のように張り付き、体が硬くなっている。
左右の二人が平然としているので、素直に言い出せない。
目が合ったヴォルフが気づいてくれたらしい。
エスコートを装って手を取られ、ぎくしゃくとした動作で椅子に座った。
「このまま定着までしばらく待つか――」
ウロスは朱色の目から片眼鏡を外すと、ハンカチで拭う。
その額にはうっすら汗がにじんでいた。
流石にあの高魔力の付与は疲れたらしい。
「年を感じるな。昔は四本は同時にいけたものだが。今は心臓が先に休むやもしれん」
「ウロス部長……」
心配を越して、恨めしげな声が出た。
怖いことを言わないで頂きたい。つい、父カルロを思い出してしまったではないか。
だが、それ以上言わぬうち、向かいの部長に苦笑された。
「心配はいらぬ。四本試してあちらに渡りかけても、王城では治癒魔法の使い手が連れ戻してくれるからな」
「ウロス部長、それは……」
ヴォルフもなんともいえない表情になる。
治癒魔法以前に渡りかけないでもらいたい、そう思っているのがわかる。
「部長、王城錬金術師から試作のエクストラポーションを預かっておりますので、持って参りましょうか?」
「遠慮しておく。空蝙蝠以上にひどい味で、丸一日のたうつまずさだと言うではないか……」
渋い表情になっているが、生死がかかっているときにまずさも何もないだろう。
しかし、魔物討伐部隊員が力説していた空蝙蝠よりもひどい味とは、ちょっと辛い気がする。
あと、笑顔で問うたカルミネだが、その藍鼠の目はうすら寒く――
「いえ、ぜひこちらに常備しておきましょう。『何事も実践と経験』、普段から部長がおっしゃっていることではないですか」
王城魔導具制作部長に一番怒っているのは、どうやら副部長らしかった。
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