379.戦闘靴の報告会
日差しの暖かな午後、ダリヤは魔物討伐部隊棟の会議室に来ていた。
本日はスライムと革を合わせた戦闘靴の報告会である。
「こちらがスライム成形の戦闘靴の四式目です。前回までのものより、重量がさらに減り、耐久性が上がっております。前回は爪先と踵がやや弱いということで、そちらは内部を金属で補強しました。ご希望の方には、戦闘時のみ追加で金属を付けて頂く形も可能です」
ダリヤの向かい、王城魔導具制作部の副部長であるカルミネが目を輝かせて説明してくれた。
手元には墨色の戦闘靴。
廃棄革にブルースライム、イエロースライム、各種薬品を合わせた戦闘靴は、従来のものより軽量で丈夫だ。
「これはいいな。魔物を蹴りやすくなる」
「この軽さはいいですね。遠征の移動疲れが減りそうです」
同じテーブルのグラートとグリゼルダが同時に笑顔となった。
ダリヤの隣のヴォルフも、言葉には出さないが笑んでいる。
移動にも戦闘にも適したこの靴は、魔物討伐部隊になくてはならないものになりそうだ。
「問題は価格ですが――申し訳ありません。これに関しては、どうやっても一足あたり三割上がります」
カルミネが藍鼠の目を伏せ、残念そうに言う。
いくら廃棄革とはいえ、ワイバーンなどの高級革に、それなりに高い薬品を使用、そこに魔法付与も必要なのだ。仕方がない。
王城騎士団、まして魔物と戦うのであれば予算も豊富、そんなふうに思われがちだ。
魔物討伐部隊のことを詳しく知るまで、ダリヤもそう思っていた。
しかし、実際はきっちりと予算が組まれ、余裕はない。
大量に魔物が出たり、強い魔物で被害があったりすれば、追加予算の申請書類が束になるのだという。
前世といい今世といい、いい開発をしても最後の壁はこれらしい。
せちがらい。
「三割なら問題ない。魔物の販売利益と年末の寄付金で賄える。カルミネ殿、分割納品という形にしてもらえるか?」
「もちろんです」
魔物はそれなりにお高く売れたらしい。
嘆く大猪や、見たことのない森大蛇までもが想像で浮かんだが口にしないでおく。
「まずは赤鎧の分からですね」
「ありがとうございます」
グリゼルダの言葉に、ヴォルフが明るい声で礼を述べた。
「あとは、この場を借りまして――」
カルミネが二つ目の戦闘靴の木箱をテーブルに載せる。
先ほどの木箱は茶だが、こちらは赤茶。つやりと高級感のある箱だ。
「元々考案頂いたダリヤ先生に、魔導具制作部と職人達からです。『叙爵お祝い』としてお受け取り頂ければと」
正面からそっと箱を押し出され、慌てて立ち上がる。
グラートもグリゼルダもいい笑顔である。
隣のヴォルフは目を丸くしていたが――ダリヤもまったく聞いていなかった。
「事後承諾で申し訳ありませんが、サイズに関してはファーノ工房長から担当職人にのみ教えて頂きました。もし調整がいる場合は、こちらの靴工房の職人へお願いします。すでにそちらに話は通しておりますので。もちろん、費用はかかりません」
「あ、ありがとうございます。光栄です」
なんとか礼を述べ、勧められるがままに箱を開ける。
箱の上蓋部分には、靴工房の名が焼き印で押されていた。
中にあった靴は墨色ではなく、艶やかな深い赤。
魔物討伐部隊の戦闘靴と似てはいるが、こちらは繊細さを感じさせる美しいラインだ。
靴のラインもやや細めで柔らかなカーブ、踵は低めでしっかりしており、歩きやすそうである。
靴を持ち上げた瞬間、小さく、あ、と声を上げてしまった。
指にするりと薄布のような感触がわかる。
透明な布にも思えるそれは、確実に自分より二段は強い付与だ。
しかもどこに触れても均一で、ゆらぎを感じない。
完全な一枚層――芸術的なまでの付与である。
「戦闘靴ですので、身に着けることはないかもしれませんが、記念にと」
「いえ、ぜひ履かせて頂きます――こちらは、カルミネ様が付与を?」
「はい、重量軽減と耐久性上げ、耐熱、汚れ防止は私が。靴底の硬質化付与はウロス部長がなさいました」
あっさりと言うが効果違いの四重付与である。
魔物討伐部隊員の戦闘靴よりすごいものになっているではないか。
本当に自分がもらっていいものなのか、そう思っていると、副隊長と隊長に続けられる。
「大変に良いものを頂きましたね。ダリヤ先生は近隣の遠征に参加して頂くこともありますので、これで足元は安全です」
「春先は水場の点検がまたあるからな。鎧蟹は春にとれんのが残念だが」
確かに昨年の秋、水場の点検には同行させてもらった。
だが、魔物と戦えない上、馬にもろくに乗れず――ダリヤは乗馬の練習を増やすことをこっそり誓った。
「あとは野菜ジュース向けの粉砕機ですが、こちらも大型が稼働となりました」
こちらも昨年から動き出した魔導具だ。
粉砕機は何度かカルミネに模型や図面を見せてもらい、意見を聞かれていた。
遠征時の野菜不足を補うための野菜ジュース、そのための野菜の粉砕機である。
前世であればミキサーに近いが、今世のものは電力ではなく風の魔石が動力だ。
できたジュースは一回分毎に冷凍したり、状態保存で日持ちがするようにした革袋につめる。
長期間の遠征の際は、いい栄養補給になるだろう。
「今後は紙作り、布の繊維関係にも大型粉砕機の技術を下げていく予定です」
王城の技術を一般に公開することは、『下げる』というのだそうだ。
ダリヤはオズヴァルドに教わって知っていたが、こうして聞くと少し新鮮である。
「王城の正式書類も、春からは羊皮紙から紙か――時代の流れを感じるな」
グラートのしみじみとした声に、一同で納得し、しばらく羊皮紙と紙の話が続く。
そうして、本日の報告会は終わった。
帰り際、靴の入った箱に手をかけようとすると、ヴォルフが代わりに持ってくれた。
軽いので大丈夫だと言ってみたが、ダリヤは書類ケースを持つのだからと返される。
その上、グラートが塔まで送って休暇に戻れとヴォルフに命じてしまった。
本日、ヴォルフは遠征分の休暇なのだが、ダリヤに付き合ってくれた形である。
その上、荷物持ちをしてもらうのだから、今日は何かおいしいものでもご馳走せねば――申し訳なくも、ちょっとだけうれしく思っていると、グラートが続けた。
「ああ、聞きたいことがあったのを思い出した。ヴォルフが遠征で使っていた剣だが、ロセッティが耐久上げを?」
「……はい」
ダリヤは一拍遅れてうなずいた。
何かまずいことがあっただろうか? ちょっとだけそう思う。
だが、ヴォルフは遠征前にヨナスに剣を見てもらっている。
高魔力ではない、切れ味はいいが魔力なり。
先端の紅金に緑冠で少し速度のつく付与はあるが、目立つほどではない。
紅血設定をしているので、ヨナスには使えない。
なので、ヴォルフが目の前で試し切りして見せたが、問題はないと言われたそうだ。
「あれはいくつの付与だ?」
「十一くらいかと。私ではそれが限界なので」
「そうか。隊の剣は八なのだが、今後はもう少し上げた方がいいかもしれん。また予算との兼ね合いになりそうだが――」
隊長が攻撃力増強と予算の板挟みに悩む横、グリゼルダがにっこりと笑った。
「グラート隊長、値のいい魔物を――主に爬虫類種を沢山狩りましょう」
・オーディオブック配信開始のお知らせを活動報告(3月16日)にアップしました。どうぞよろしくお願いします!
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