377.岩山蛇と魔王
「気持ち悪い」
そう言い切ったドリノに、横のランドルフが目を細めつつうなずく。
二人の視線の先は、黒髪金目の美青年――黒い剣を風のように振り抜いては戻すヴォルフである。
剣の素速きこと風の如し、動きのぶれぬこと山の如し。
水色の空の下、その剣筋はいつにも増して冴えわたっている。
岩の隙間から飛び出てくる哀れな岩山蛇は、両断どころか三つ四つ切り。
その血飛沫が地面の上、赤い河を作りつつあった。
これまでも赤鎧として先陣を切り、その強さは隊員達も知るところ。
大変に頼れる仲間ではあるのだが――
「さあ、次!」
うふふ、と擬音を感じさせる血まみれの笑顔に、たとえ友でも声をかけたくない。
「控えめに見ても、まちがいなく『魔王』だな」
「言うな。俺はあのヴォルフと絶対に戦いたくないぞ」
自分達の後ろにいる先輩騎士達からも、ふりかぶって同意したい台詞が聞こえてくる。
ここは王都の東、馬で半日と少しかかる連なりの岩山、その裾だ。
急な要請で、魔物討伐部隊棟の待機者が早馬で来ている。
少し前、連なりの岩山の一つで、大型の岩山蛇が見つかった。
岩山蛇自体は、岩山から離れることは少ないが、街道を通る者達には恐怖である。
しかし今回の討伐は、正しくは魔物討伐部隊の仕事ではなかった。
岩山蛇は牙、内臓ともよい素材だ。
牙は痛みを一定時間麻痺させ、内臓の粉は痛み止めにもなる。
冒険者ギルドへは『大きめの牙』の依頼がきており、上級冒険者がこれを受けた。
その冒険者は、岩山蛇が口を開いたところへ強い火魔法を叩き込み、喉から肺を焼く形で仕留めた。
これで牙も欠けなく無事。あとは岩山蛇が息絶えれば解体して終わり――そのはずであったが、蛇種の魔物は、かなり呼吸が持つものもいる。
大型の変異種は長く暴れまくり、他の岩山蛇達もうねうねと出てきた結果、上級冒険者はあせって中域火魔法を使用してしまった。
結果、変異種とその場の蛇達は黒焦げとなったものの、周囲に潜んでいた岩山蛇は、熱さを嫌い、岩山から下り逃げた。
運搬のためにと待機していた冒険者達は、下りてきた岩山蛇と戦い、安全のために街道を封鎖した。
その戦いの途中、冒険者の一人が腕を囓り喰われてしまった。
幸い、すぐ神殿に運ばれて事なきを得たが、襲った個体は山裾の岩場に逃げ込んだ。
一匹が人の味を覚えた以上、群れとして覚えられてしまう危険性がある。
よって、広い岩場にいる岩山蛇、すべてを殲滅するしかない。
こうして、冒険者ギルド経由で魔物討伐部隊に討伐要請があった。
個別に逃げる岩山蛇は、冒険者と共に槍と弓を持つ隊員達が追い、岩場前には赤鎧と剣を持つ隊員が待機している。
魔導師と隊員の一部、冒険者達が山を少し登り、火魔法と風魔法を使って熱風を岩場に送る。
岩場の横と斜め前に土魔法で壁を作り、進める出口は一つだけ。
岩山蛇達はたまらず出てくるわけだが――
そこには黒い剣を持ったヴォルフが、笑顔で待ち構えていた。
赤鎧は先陣を切るのが役目だ。
よって、こういった戦いのときにも、最前列で戦う形が多い。
だが、ここまで出てくる個体出てくる個体と斬り捨てられ、一人が連戦したことはない。
後ろの者達にまるで出番がないのだ。
岩山蛇は、名前通りなかなかに硬い。
この大きさなら、通常、数匹も斬れば交替して剣交換だ。
それを、ヴォルフは剣にひっかけることも刃を欠けさせることもなく断ち切って行く。
遠征では初めて使うという剣は、刃先に金属を追加し、少しだけ重くした剣。
そこへ隊でよくある、耐久上げの魔法付き――
誰に付与してもらったかなど、その満面の笑みと大事そうな手つきですぐわかった。
先端に重心を移した剣は、攻撃力が上るが、取り回しはかなり難しい。
ヴォルフはそれを身体の一部のように使いこなしている。
正直、ドリノにはとてもとてもうらやましい。
顔に家柄に身体能力にこの器用さ――天はあの男に与えすぎである。
「あれ? もう出てこない……?」
残念そうに言ったヴォルフが、ようやく動きを止めた。
「ヴォルフ! お前、働き過ぎ!」
「交替だ、ヴォルフ」
彼と代わるべく、ドリノとランドルフは前に出ようとする。
と、そのとき、岩場の横を迂回して走ってくる緑髪の青年が見えた。
「岩場の右手には五匹出てきただけで、ベルニージ様達が全部倒しました! こちらに手伝いはいるかと――うわぁ!」
ヴォルフのファンと言っても過言ではないカークが、その場で急停止した。
大型のものはいないが、地面にはすでに二十を超えるバラバラ死骸が散乱している。
ただの一匹も後ろに通していないのは芸術的ですらある。
だが、全身を赤く染めた上、血の滴る剣を見ながら、無駄に美しく笑うのをやめてほしい。
あと、ここまで俺らの仕事がまるでない。
ありがたいことに、給料は一緒だが。
「あ、あの、ヴォルフ先輩、何かあったんですか?」
「たまに隊であるだろ、剣に耐久上げの追加付与。あれをしてもらったんだと」
「あー、ダリヤ先生にですか。それで、やる気があふれまくってああなったと……」
流石、婚約者持ち、今年結婚のカークである。説明せずとも理解が早い。
いや、理解しているドリノには結婚も恋愛成就の予定もないが、何故だ。
「あとはいないようです!」
岩場の向こう側、眼鏡をかけた魔導師が声高く告げる。
少々熱すぎる風がこちらまで吹いてきたが、確かに出てくる個体はない。
念のため、周辺を再度確認したが、一匹も見つからなかった。
「ここからは解体だ! 解体分は魔物討伐部隊の痛み止めになる、無駄のないように!」
グラート隊長の声に、ドリノも解体へ向かうことにした。
当たり前のようについてこようとしたヴォルフは、グラートに止められる。
「ヴォルフ、水を浴びて休め。岩山蛇の血は弱いが麻痺毒がある」
「麻痺防止の魔導具を身に着けているので、大丈夫です」
休むことを拒否したヴォルフに、カークがひたりと近づく。
そして、くんくんとその身を嗅いだ。
「ヴォルフ先輩、岩山蛇の血がかなり匂います。鎧と身体、早く洗わないと染み込みますよ」
「これぐらいならタオルで拭っておけば平気。後で洗うよ」
「早めに落とさないと、石鹸を使っても数日残りますよ。女性はこういった匂いは苦手な人が多いですから」
カークに爽やかな笑顔を向けられると、ヴォルフが固まった。
すかさずグラートも、麻痺防止の魔導具に頼りすぎるな、疲れがあるかもしれないから休憩をと命じる。
ヴォルフは今度は素直に従い、馬車のある後方に下がっていった。
カークが行かなかったら、仕事を取りすぎるなと説教をするつもりだったのだが、出番はなかった。
ドリノは安堵して解体へ向かうことにした。
地に転がる岩山蛇、その胴体はドリノの太股ほど。
それほど大きくない個体ばかりとはいえ、頭数を考えればなかなか骨が折れそうだ。
「残念ですね、岩山蛇は食べられないですから」
「麻痺毒を解毒しながらなら、食せるかもしれないが――」
「今日、エラルド様がいらしていたらなぁ……」
このところ、魔物の食材化が進んでいるせいか、ついそんな話になっている。
なお、噂のエラルドは本日、神の前で結婚の誓いを行う神殿婚の神官役――副神殿長の本業である。
「――見事な斬り口だな」
グラートが、岩山蛇の断面へ、その赤い目を細めている。
赤い肉はてらりと光り、白い骨までもきれいに断たれ――腕のいい精肉店を思わせる仕上がりだ。
ヴォルフは先端に重心のある剣の使いこなしをものにしたのか、それとも一段腕を上げたのか、ドリノはまたも引き離されたらしい。
ひたすらに鍛錬を積んでも、魔力ポーションで魔力を上げても、なお、友の背中は遠くなるようで――
持っていた剣が、腕に一段重くなる。
内にため息を閉じ込めたとき、ぽんと肩が叩かれた。
「ドリノ、得意の解体だ。頼りにしているぞ」
いきなりのことに少し驚いていると、一段低く言葉が続いた。
「早く終わったら、少しばかりいい酒を飲ませてやろう」
「ありがとうございます、グラート隊長。即行で済ませます」
ドリノはつとめて明るい笑顔で答える。
剣の重さは、一気に軽くなった。
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