373.魔物討伐部隊の馬車とその後の魔鳩
おかげさまで『服飾師ルチアはあきらめない ~今日から始める幸服計画~』2巻、1月25日発売となりました。どうぞよろしくお願いします!
記念SSを番外編(https://ncode.syosetu.com/n6477gw/)にアップしました。
相談役となってから、ダリヤは魔物討伐部隊棟へ定期的に来ている。
会議室のテーブル、自分の左右に座るのは、ヨナスとヴォルフだ。
いつの間にかというか、当然のようにというか、魔物討伐部隊員のヴォルフは、ロセッティ商会とスカルファロット武具工房の『担当』になっていた。
連絡や進捗確認を行う係だそうだ。
ヴォルフは商会の保証人であり、スカルファロット家の子息でもある。
問題はないのかとちょっと心配したが、予算関係には入れず、発注権限は一切ない。
ある意味、伝書鳩のようなものだと、笑って教えられた。
会議室には、グラート隊長と数人の隊員、そして、財務部のジルドが揃っていた。
本日の定例会は、魔物討伐部隊の遠征用の馬車と馬具が話題である。
これまで、スカルファロット武具工房の魔導具師が、衝撃吸収材を馬車用のクッションにしたり、鞍の上の敷物にしたりと、各種試作品を納めている。
なかなかに好評で、特に遠征地と王城を行き来する伝令と、馬車に乗る魔導師に重宝されているそうだ。
ちなみに、最も快適だと言われるのは重傷者用の『治療馬車』である。
一部の者は『エラルドの住処』と呼んでいた。
「エラルドは神に届くまで祈りきったらしい。神殿に五台入ったそうだ」
「耳が痛むまで祈ったらしいな。折り返しで、もう五台祈ると言っていたが」
グラートとジルドの言葉に、周囲と共に笑いをこぼした。
怪我人や病人の搬送に役立つならうれしいことだ。
今後はますます衝撃吸収材の需要が高まりそうである。
その後は馬車の改良について話を聞いた。
魔物討伐部隊の馬車は悪路にも耐えるよう耐久性をあげているが、代わりに重量がある。
この為、これまでも車軸などの強化や軽量化魔法の付与などを行ってきた。
だが、魔導具制作部の方で改めて開発と改良が始まっているそうだ。
主導は王城魔導具制作部の副部長、カルミネである。
傷めやすい車輪は強度と弾力のある魔物の革の利用を、車体の金属や木材も見直しを、その上でより効率的な軽量化魔法の付与も試されていた。
素晴らしく早い進み具合だ。
そして、書類を見れば見るほど、付与を見学させて頂きたい。
「カルミネ殿のおかげで、伝言ゲームがなくなったな」
グラートのその言葉に、周囲の隊員がそろってうなずいた。
以前は魔物討伐部隊が書類で依頼や希望を上げ、担当の文官経由で王城魔導具制作部へ出されていた。
慣習だったそれを、より迅速な開発と制作のためにと、使う側の隊員、魔導具制作部の担当者、さらに職人までも同席させての話し合いに切り換えた。
担当の文官は、その案件の取りまとめを担う長となる形で、手当が付く。
日取りに人を集めること、会議室の予約、書類の準備、議事録・報告書の作成――そういったことを任せることにした。
結果、すべてが丸く収まった。
魔物討伐部隊員は聞き取り通りに、かつ早く仕上がったものが届くようになる。
魔導具制作部の魔導具師達は、開発と制作の速度を上げた上、書類仕事がかなり減る。
各職人は専門家として王城に招かれて意見を聞かれ、己の作った物の使われる先を見る。
担当の文官は取りまとめの長として、手当がつく上に名が残る。
それでも、慣例を破るのはとても大変だっただろう。
流石、王城魔導具制作部の副部長である。
「それと、『八本脚馬専用エクストラポーション』のおかげで、急な通達や運搬もしやすくなった。万が一の病人にも備えられる。この件は、私が冒険者ギルドと直に連絡を取ろう」
グラートが、自分とヨナスを見ながら言った。
ヨナスが無言で目礼したので、ダリヤもそれにならう。
『外部に知られないよう、中間をはさまないで自分がやるって』
隣のヴォルフが書類の端に書いて見せてくれた。
意味を理解できなかった自分を反省しつつ、定例会は終わりを迎えた。
受け取った書類を鞄に入れていると、横にグラートが歩み寄ってきた。
「ロセッティ、叙爵まであとわずかだな。準備は進んでいるか?」
「はい……」
一応肯定したが、目が虚ろになっているのは自分でもわかる。
礼儀作法はガブリエラが手配してくれた家庭教師から教わっている。
男爵は元々が庶民扱いなので、叙爵でも大目に見てもらえるそうだ。
必要なのは、失礼のない装いと受け答えだけ――教師にはそう言われたが、それができたら苦労はしない。
貴族女性の場合、男性とは別の礼儀作法、あとは独特の言い回し、対人対応もある。
今後を考えたら覚えていて損はないと言われ、必死に学んでいるところだ。
ドレスと靴はルチア――正確にはフォルトと服飾魔導工房が作ってくれている。
昨日、仮ドレスを合わせたが、サイズはぴったりだった。
しかし、デザインは大枠で聞いているだけで、実際のドレスは前々日まで刺繍の予定だと言う。
友として服飾師として、大輪を咲かせると燃えているルチアに、黙ってお願いすることにした。
「そう気負うことはない。一番目立つのはグイードだろうからな。グイードが侯爵に上がり、男爵は四名、いや、『王城外』を合わせて十三名か……」
グラートが男爵の叙爵者に対し、『王城外』と言ったのには訳がある。
男爵に叙爵するのは、功績を上げた者の他、国に貢献して亡くなった者なども含まれる。
魔物討伐部隊や各所の警備を担う騎士などだ。
ダリヤが王城の魔物討伐部隊を知ってから、隊で亡くなった者の話は聞かない。
だが、王都の外、各地で魔物や獣、盗賊などとの戦い、災害や事故の救助などで亡くなる者はいる。
そういった者すべてが爵位を得られるわけではないが、高い功績があったと判断されれば、男爵位が贈られるそうだ。
残された家族への配慮もあるのだろう。
ヴォルフが言いづらそうに説明してくれたのを思い出し、ちくりと胸が痛んだ。
「グラート、子爵に上がるゾーラ男爵を忘れているぞ」
こちらも近くにやってきたジルドが、ぼそりと告げる。
「ああ、オズヴァルドも子爵に上がるのだったな。冷風扇に氷風扇、あとは船員の救助用の鏡だったか――だが、領地は断ったと聞いたが?」
「自家では管理できないからと辞退し、ゾーラ商会として、『王族御用達』の名を受けた。王城の魔導具師達と研鑽しあえることだろう」
カルミネを含む王城魔導具制作部が体制を変えつつあるのは、もしかするとオズヴァルドの影響もあるのかもしれない。
「二爵上がりに領地の辞退、王城魔導具師にはならずに『王族御用達』の名――本当に話に事欠かぬ男だ」
「……やはり大変なのでしょうか」
言ってしまってから後悔した。
ダリヤが男爵になるのですら、それなりのやっかみを受けているのだ。
一人で二爵上がりをするオズヴァルドが、風当たりの弱いわけがない。
「ゾーラ子爵なら笑って受け流すだろう。それと――『やっとですね』、妻がそう言っていた」
ジルドが一段声を落として教えてくれた。
彼の妻であるティルは、オズヴァルドに対して高評価らしい。
考えてみれば、ゾーラ商会では貴族にも多く魔導具を販売している。きっと味方も多いだろう。
「ロセッティ、ヨナス、やりたいことがあるなら、爵位は便利なものだぞ――まあ、私は当主で爵位があっても、弟に丸投げだがな」
明るく笑うグラートだが、本当にそれでいいのか。
一瞬そう思ってしまったが、ジルドが突っ込みを入れないところをみると、冗談らしい。
ダリヤは微笑んで、ヴォルフとヨナスと共に会議室を後にした。
・・・・・・・
ヨナスはこれからグイードの元へ向かうというので、ダリヤの送りはヴォルフとなった。
魔物討伐部隊棟を出ると、彼がふと空を見上げる。
「ダリヤ、あれ。この前、ジャンさんが捕まえてた魔鳩」
視線の先、魔物討伐部隊棟の屋根の上、ぽつんと魔鳩がいた。
周囲には魔鳩も小鳥もいない。
「ランドルフに聞いたんだけど、仲間からとことん避けられてるって。魔鳩小屋にも近寄れないらしい」
ジャンによる燻りワイバーンの匂い付けは成功したらしい。
しかし、鳥なのに、寂寥感が漂っているのは気のせいか。
見つめている自分の横を、まだ冷たい風が吹き抜けていく。
「あれ? 小屋に入れないなら、夜はどこで寝ているんですか?」
「夜は予備の小部屋。病気の鳩を置く場所なんだけど、そこに一羽で休ませてるって」
「寒くないでしょうか?」
「世話の人が魔石カイロを用意したから、その側で寝てるって。餌もあまり食べないらしい」
改めてよく見ると、スライム養殖場で見たときよりも丸みがなく、羽根の艶がない。
うなだれ気味の首が、妙に人を思わせる。
「あれ、完全に心が折れまくってるよね」
「つ、翼を折るよりは……」
心がぐさぐさ痛む。
しかし、翼を折るよりはましだと――あの姿を見ると言い切れない。
「ダリヤはやっぱり、魔物討伐部隊の相談役で、魔物の宿敵だよね……」
「ヴォルフだって、魔物討伐部隊員で、魔物の怨敵じゃないですか……」
無意味な言い合いをしつつも、本当にどちらがいいのかわからなくなってきた。
そろって無言になっていると、魔物討伐部隊棟からランドルフが出てきた。
自分達にその赤茶の目を向けると、そのまま足早に歩み寄って来る。
「ちょうどよかった。ヴォルフ、ダリヤ嬢、先日の件で父とやりとりをしている。関係者へお礼を伝えてくれとのことだ。正式な挨拶はいずれ――」
「ランドルフ、何かあった?」
自分にはわからぬ変化だが、ヴォルフにはわかったらしい。
話の途中で、心配そうに問いかけた。
ランドルフは一度口を閉じ、言葉を選ぶように話し出した。
「今、手紙を受け取ったが、国境の森から小鬼や牙鹿の群れが多く出ているそうだ。ここ数年、気候が温暖だったせいで増えたのかもしれないが、家畜に被害が出た」
「それなら、俺達の出番が――いや、国境警備だから、エルード兄上か……」
「すでに隊全体で対応に協力してくださっているそうだ。それと、国境警備隊のスカルファロット様はご壮健とのことだ」
ランドルフは実家が、ヴォルフは国境警備の兄が心配なのだろう。
家族がいれば当然だ。
「早く落ち着くといいのだが……」
そこまで言ったランドルフが、視線を屋根へ向けた。
「今日も来ているのだな」
「昨日もいたよね」
仲間から避けられた魔鳩は、魔物討伐部隊棟の屋根を居場所に選んだらしい。
屋根の上はここよりも風が冷たいのだろう。
その身をふるりと震わせるのが見えた。
「あの、もう洗ってあげてはだめでしょうか……?」
あれからスライム養殖場にも行っていないと聞いている。
もう十分ではないだろうか?
「そうだな。ヴォルフ、あの魔鳩を捕まえられないか?」
「たぶんいけると思うけど、係の人に渡して洗ってもらう?」
「係の者は一度噛まれている。自分が洗う。あとは匂いが取れるかどうかだ」
「それなら、小型魔導コンロを使うときに使う、室内用の消臭剤でしたら効くかもしれません。人体に害はないので、魔鳩にも大丈夫だといいんですが……」
「ああ、それなら俺の部屋と、兵舎の食堂にもあるよ」
「魔物討伐部隊棟の一部の部屋にもあるな」
あっさり言われたが、どこで干物やその他を焼いているのかが丸わかりである。
そういえば、消臭剤はスカルファロット家にも魔物討伐部隊にも多く納品したと、イヴァーノが言っていた。
「じゃあ、他に行かないうちに捕まえよう」
ヴォルフが手袋を身に付けつつ言うと、ランドルフが止めた。
「待て、ヴォルフ。ダリヤ嬢、すまないが、ヴォルフが少し離れたら、ここで共に手を打ってもらえないか? 魔鳩の気をそらしたい」
「わかりました」
「ヴォルフ、魔鳩がこちらに注意を向けたら捕まえてくれ」
「わかった」
ヴォルフが何気なさを装って建物に近づくと、ランドルフと共に拍手のように手を打つ。
パチパチと続く音が気になったか、魔鳩が首をこちらに向けた。
瞬間、ヴォルフが魔物討伐部隊棟の屋根に向かって飛ぶ。
一度だけ壁を足で蹴り、魔鳩に一気に飛びついた。
「ポウッ?!」
こちらを見ていた魔鳩はヴォルフに気づくが、飛び立つ途中で捕まえられた。
黒髪の捕獲者は危なげなく着地すると、そのまま自分達のところへ駆けてくる。
「はい、捕まえてきたよ!」
満面の笑みのヴォルフに、はっとする。
彼が今、身に着けている黒い手袋は、魔物討伐部隊員向けの強化品。
しかも衝撃吸収材を入れた特別製で、一部にワイバーンを使用しており――ダリヤは慌てて魔鳩を見る。
「ヴォルフ、あの、その魔鳩……」
「案外おとなしいよね」
いや、それは違うと思う。
力なくだらりとした体躯と、恐怖や驚きを通り越し、すべてをあきらめた表情。
最早、その目に自分達は映っていない。
「……ごめんなさい……」
思わずつぶやくが、魔鳩の表情は変わらなかった。
「見事だ、ヴォルフ。受け取ろう」
「ランドルフ、素手で大丈夫?」
「身体強化をかければ問題ない。これから洗ってくるから、お前はダリヤ嬢を送ってくるといい」
「洗うのを手伝おうか?」
「私も手伝えればと……」
「二人の気持ちはありがたいが、かえって警戒されるだろう。これでも子供の頃は魔鳩の世話もしていたのだ。自分に任せてくれ」
ランドルフはヴォルフから魔鳩を受け取ると、魔物討伐部隊棟へと戻っていく。
ダリヤはあの魔鳩が群れに戻れることを、心から祈った。
・・・・・・・
「怖がられて当たり前だな……」
魔物討伐部隊の一室、ランドルフは魔鳩にがぶがぶと指をつつかれていた。
魔鳩は身体強化があるので、その嘴は硬い金属のようだ。
だが、ランドルフは自身の指に思いきり身体強化をかけると、そのまま待つ。
血を滲ませても離されぬのがわかったのか、魔鳩はつつくのをやめ、あきらめて首を戻した。
「これから石鹸で洗って匂いをとる。その後に消臭剤をつければ、匂いは取れると思う。そうすれば、お前は群れに戻れるだろう」
魔鳩の丸い目が、疑いを込めて自分に向いている。
ランドルフは幼子に言い聞かせるように続けた。
「今まで共にいた仲間がいるのに、一人は、さみしいだろう」
「……ポー……」
低く応え鳴くような声に、ランドルフはこくりとうなずいた。
その後、消臭石鹸をよく泡立てて二度洗った。
室内用の消臭剤を付けた後、少し時間をおいて洗い流す。
柔らかなタオルで拭き上げて乾かすと、鳥用の艶出し油を丁寧に塗った。
結構な時間がかかったが、魔鳩はされるがままになっていた。
これでワイバーンの匂いが消えていればいいのだが、ランドルフには艶出し油のわずかな甘い香りしかわからない。
後は神に祈るしかないだろう。
夕暮れ時、ランドルフは白い布手袋をはめた手で、魔鳩を運んでいた。
人間である自分の香りがつかないようにするためだ。
鳩小屋まで来ると、係の者に挨拶をし、魔鳩を地面にそっと置く。
魔鳩は自分から鳩小屋に入ろうとはしなかった。
仲間の方をちらちらと眺めているだけだ。
だが、匂いがなくなったせいか、それとも艶を出された羽根のせいか、一羽、二羽、三羽と近づいて来る。
翼をパタパタと動かして応える魔鳩は、とてもうれしげに見えた。
そうして、魔鳩は無事、仲間と共に鳩小屋へ入っていく。
ランドルフはほっと息を吐き、心から笑った。
これより後、ランドルフが鳩小屋の近くを通ると、一羽の魔鳩が全力で近づいてくるようになった。
やがて、餌もやらぬのに肩に乗るようになり、周囲を驚かせることになる。
そうして、すでにある二つ名に、『魔鳩使い』も追加されるのだが――
それはまだ少し先の話である。
(ランドルフの二つ名は、番外編「騎士ランドルフと白き魔羊」をご覧ください)




