370.魔鳩対策相談会
食事が済むと、天板の上を片付け、紅茶とクッキーを置く。
ここからは魔鳩に関してランドルフから教わることになる――メモ帳を出して気を引き締めていると、彼が座り直し、背筋を正した。
「ヴォルフ、ダリヤ嬢、先に言っておきたいことがある。家は兄が家督を継ぐと決まり、自分は魔物討伐部隊に入るために王都へ来た。それ以降、帰ったことはないので、それまでの知識になる。少し古いかもしれない」
「かまわない。わかる範囲で教えてもらえればいい」
「私も同じです。生態を教えて頂けるだけでもありがたいです」
二人でそう答えると、ランドルフはうなずいた。
「では、基本的なことから――」
そうして、魔鳩の基本的な生態、魔力による身体強化を使って飛ぶこと、個体によって隠蔽魔法を持つこと、群れで二カ所の住まいを持つことなどを説明された。
それに続き、好みの餌についても教えてもらうことになった。
「魔鳩は雑食で、通常の鳩と同じ餌も食べる。魔力のある植物、小動物型・虫型の魔物を特に好む。飛行時に魔力を使うので、補充したいのだろう。ポーション用の薬草なども食べるが、国境の森に生息する黒苔、隣国の谷の谷苔、あとは魔蚕や谷苔虫の幼虫なども好む」
「……谷苔虫……」
脳裏につやりとした黒い昆虫――前世の足の速いカサカサしたものが浮かんだが振りきった。
やはり魔鳩は魔力のある餌を好むようだ。
「魔鳩をなるべく来させない方法などはありますか?」
「糞はとことん掃除をし、羽毛の一本も、匂いも残さないことだ。強い酒で匂いを消しておくのも一定の効果がある」
アルコール消毒に一定の効果があるらしい。
ダリヤはメモ帳にせっせと書いておく。
「一羽目が来た時点で対策をとるのが一番いいが、被害が大きくならないとわからないものだ」
「確かに……」
「だが、魔鳩の場合、すでに餌場認定していることが多い。群れで餌場の情報共有を行うためだ」
大変まずい話になってきた。
スライム養殖場のグリーンスライム干しは、魔鳩に餌場として共有されている可能性が高い。
「ランドルフ、鳥害対策で鳥の死体を下げておくって、本で読んだことがあるんだけど、魔鳩には効く?」
「やめておけ。場合によっては、魔鳩と戦になる」
「い、戦ですか?」
「報復らしく、群れで糞害攻撃を行うことがあるそうだ。隣国では過去に年をまたぐ被害記録がある」
魔鳩は復讐心旺盛だった。しかも長期持続型である。
思わずヴォルフと顔を見合わせてしまった。
「魔鳩について、王城の外で聞きたいとヴォルフに言われた。魔導具関連で守秘内容があるのだろうか?」
「ああ」
「魔鳩飼育は家の――正確には、家と隣国の伯爵家の共同事業になっている。両家は国境の森をはさんで魔物の情報を頻繁にやりとりする必要があった。それが鳩から魔鳩になり、各地に納めている。問題が出ているようなら、聞かせてもらえる範囲だけでもお願いしたい。必要ならば自分が神殿契約を――」
「いらないよ。ランドルフは信用できるから相談したい。ヨナス先生にも許可はもらってきた」
「ありがたく思う」
そこからはダリヤが書類を持ってきて説明した。
グリーンスライムの干したものが魔鳩に狙われること、野生だけではなく、貴族所有の魔鳩も交ざっていること、くり返し来ること――
ランドルフは紅茶にもクッキーにも手をつけることなく、真剣な表情で聞いていた。
「グリーンスライムの干したものを好む……なるほど、薬草煎餅の元であれば、魔鳩の被害を受けるわけだ。血が濃くならぬよう、野生の若い魔鳩を森の黒苔を干したものでおびき寄せることがある。生よりも効果があるそうだ」
グリーンスライム干しは、完全にいい餌の見本だった。魔鳩が寄ってくるわけである。
「あと、魔鳩を捕まえて『威圧』をかけても三日で忘れるそうです」
「いや、おそらく魔鳩は忘れたのではない。威圧されても危害は加えられないと理解したのだろう。むしろ若い魔鳩の雄は好奇心旺盛なので、再挑戦に来るかもしれない」
「肝試しか……」
ヴォルフが納得したように言った。
そんな肝試しはやめてもらいたい。
怖がらせても怪我をさせまいとしているジャンの気遣いを理解してほしい。
それこそ鳥なので無理なのだろうが。
「『魔鳩避け』というものはないんでしょうか?」
「魔鳩の天敵であるワイバーンの脱皮した薄皮や皮を下げておくと、その匂いで避ける。ただ、王都の魔鳩などはワイバーンに会ったことのない個体が多く、やや効果は下がるが。一番はワイバーンを近くに置いておくか、隔週で立ち寄ってもらうことだが、オルディネでは難しいだろう」
「ダリヤ、ここはハルダード商会からワイバーンを……」
「ヴォルフ、その話は終わってます」
金の目をちょっとだけ輝かせて言うヴォルフに、笑顔を固めて答える。
それでも勧めるなら、責任をもってロセッティ商会の龍騎士になってもらいたい。
「すでにくり返し来ているのであれば、早めに対処するべきだ。魔鳩の被害は長期化するほど厄介になる。隣国では魔蚕の飼育場が年単位で襲われた記録がある」
「そんなに長く? 被害はどのぐらい?」
「魔蚕での税収が二割減ったと聞いた」
「かなりですね……」
魔蚕は、絹よりもずっと高い魔布の糸を吐く魔物だ。
飼育業者も国にも大打撃である。
「ランドルフ、そのときの魔鳩はどうしたの?」
「野生の魔鳩だったので、群れごと殲滅した」
本当に戦だった。
しかし、できるならばその方法は避けたい。
今は人と共存し、連絡手段として役に立ってくれている魔鳩でもある。
「何か、グリーンスライム干しをきっぱりあきらめてくれる方法があればいいんですが……」
「一応ある。個別対応で金額はかさむが、関係者のみとして、内密に願いたい」
「わかりました。必要関係者のみに伝えます。どんな方法でしょうか?」
いい方法があるらしい。ダリヤは期待をこめて続きを促す。
自分を見る赤茶の目が、一段冷えた。
「魔鳩の翼を折った後、ポーションをかけて治して帰す」
「うわぁ……」
「ああ……」
ヴォルフとそろって微妙な声を上げてしまった。
「翼を折る者は、基本、威圧と身体強化持ちだ。折った後は様子を見つつ、時間をとってポーションをかけ、完全に治ったのを確認して放つ。亡くなった個体はいないそうだ」
「す、すみません! もうちょっと穏便な方法はないでしょうか?」
確かに二度と来ないだろう。魔鳩にとってはトラウマものだ。
あまりにかわいそうである。
「むごいとは思う。だが、共存していく以上、管理は必要だ。飼育する人間が魔鳩達のリーダーだ。数羽の被害で全羽の殺処分もありえる」
静かな声で告げるランドルフに、動物と共に生きる者の覚悟が見えた気がした。
安易にかわいそうなどとは言えないのだと、ダリヤは認識を改める。
「ええと、それは最終手段と考えない? もし報復に群れでこられても困るし……」
「これで報復の記録はないが、確かに避けたい方法ではあるな」
翼が完全に治っている以上、被害はなしになるのかもしれない。
魔鳩に残るのは恐怖だけである。
「恐怖……ランドルフ様、魔鳩にワイバーンの他に、嫌いなものとか、避けるものってないでしょうか?」
彼は顎に手を置き、赤茶の目を伏せて考え始めた。
「空蝙蝠の肉は飢えても食べない。だが、空蝙蝠の皮などを下げても避けることはないそうだ」
空蝙蝠の肉は渋柿のような苦さがずっと続き、食べ物の味がわからなくなるという。
魔力がある程度あっても、流石に魔鳩も避けるらしい。
「空蝙蝠の肉の粉を、干しスライムの表面に塗ったらどうだろう?」
「そうですね。罠みたいな餌として、一部の干しスライムにまぶせばいいかもしれません」
不純物を最低限にしたい干しスライムなので、全部には無理だが、使えるかもしれない。
一度つついただけで次に行かれる可能性もあるが。
「魔鳩に限らず、鳥であれば風が乱れるのを嫌う。魔鳩は飛び立とうとするときに翼に魔力を通すので、風が急に変わると動けなかったり、方向が狂うこともある。狭い谷などで風の流れが複雑なところは避ける個体も多い」
「なるほど……」
送風機であれば魔導具の範疇だ。
魔鳩が嫌う風の流れが作れるかどうかはわからないが、試す価値はあるだろう。
「ああ、だから隊の魔鳩はドライヤーで乾かそうとしたら暴れたのか」
「あれは熱かったからだろう?」
「雨の中を飛んで来て、身体が冷えてたから、つい……でも、ミロ先輩が手で持っているところに向けたんだから、そう熱くはなかったと思うんだけど」
「手袋をかなり囓られていたな。弓騎士の大事な手袋だというのに」
二人の話に、さらに考える。
この際、温風と冷風を取り混ぜてみるのもいいかもしれない。
そして、ふと思い出す。
疾風の魔弓を使いこなす、弓騎士のミロレスタノ。
彼の手袋は確か、牙鹿にワイバーンの皮を張って加工したもので――
「魔鳩って、自分にワイバーンの匂いがついたら、どうなんでしょうか?」
「え……それは嫌じゃないかな。怖い匂いが自分からするわけだから」
「匂いが消えるまで他の魔鳩にも避けられるだろう。魔鳩は嗅覚がいい。とことん水浴びをするかもしれない」
「じゃあ、捕まえた魔鳩に、ワイバーンの皮などをしっかりこすりつけて、匂いをしっかりつけて帰したらどうでしょう? ここに来ると群れの魔鳩に嫌われると思って、来なくならないでしょうか?」
「……ダリヤ……」
「……ダリヤ嬢……」
二人そろって、得体の知れないものを見る目を向けないでほしい。
翼を折られるよりはいいではないか、たぶん。
「それ、翼の代わりに心が折れない?」
「折れそうだな。しかし、その方が安上がりだ」
なんだかとても悪人になった気分がする。
しかし、あくまで仮説である。ここまできたらトライアンドエラーしかない。
「とりあえずですが、ワイバーンの脱皮した薄皮や皮を近くに置く、干しスライムに空蝙蝠の肉の粉をまぶしてまずい罠を作る、送風機で室内に風の流れを温風と冷風で作ってみる、あとは捕まえた魔鳩にワイバーンの匂いをつけてみる――これが試せるかをイデアさん達と相談してみようかと。実際にやってみないとわかりませんから」
一気に言い切ると、目の前の二人も了承してくれた。
続けて提案してきたのはランドルフである。
「今後を考えれば、お互いに情報を共有する方がいいと思う。スカルファロット武具工房長であるヨナス先生の許しが得られれば、正式な情報提携と秘密保持契約を結ぶよう、父に進言したい」
「ありがとうございます、ランドルフ様」
「許可を得られ次第、父に手紙を飛ばす。ああ、その魔鳩もグリーンスライムの干物を食べに寄り道するかもしれないのだな……」
苦笑する彼につられるように、ヴォルフと共に笑ってしまう。
ありえる話である。
「でも、本当は魔鳩をどうこう言えないよね。人間もおいしいものには弱いから」
「その通りだな。うまいものに人は釣られる。好きならば余計に」
二人の会話を聞きながら、ダリヤは湯気の消えた紅茶を飲む。
頭の中では、魔鳩対策の提案書の項目が並び始めていた。




