368.スライム養殖場の魔鳩対策
(すみません、不調のため短めです。次回以降で挽回します)
「お忙しいところ、お時間をありがとうございます」
挨拶をしつつ、笑顔を浮かべる空色の髪の女性――イデアリーナ・ニコレッティ、スライム養殖場の研究主任だ。
まだ若いが、主任の役職がつくほどスライムにはくわしい。
その彼女が商業ギルドのロセッティ商会部屋を訪れていた。
数日前、冒険者ギルドから相談された魔鳩対策のためである。
本日は白衣ではなく、桔梗色のワンピースに、同じ色の上着を羽織っている。
おしゃれな装いではあるのだが、目の下の隈の方が目についた。
テーブルに着いているのは、イデアとダリヤ、そしてフェルモとイヴァーノ、メーナだ。
初顔合わせのフェルモを紹介後、書類を見つつ、説明を受けることとなった。
「スライム養殖場でグリーンスライムを乾燥させるエリアには、以前から様々な鳥がそれなりの数来ていました。それで、嫌う匂いをスプレーしたり、金属プレートで音を立てるといった鳥害対策を行っていたのですが、冬から野生の魔鳩の他、王城や貴族の連絡用の魔鳩が交じるようになりまして」
「なるほど、駆除できないわけですね……」
テーブル端にいるメーナが、低くつぶやく。
オルディネ王国では、飼育された魔鳩――足輪のある魔鳩は原則として、捕獲・駆除してはいけない。
怪我をしている魔鳩や、死骸を見つけた場合でも、足輪を外さず、そのまま各所へ届けるのが決まりである。
重要な文書を運ぶことが多いのでそう決められたのだろうが、野生か飼育されているかは、ぱっと見ではわからない。
「ただの鳥害だと判断していたところ、冒険者ギルド長から、『王都から東への風の流れがいいところ、その真下、ちょうどいいところにスライム養殖場がある』と。ワイバーンで飛ぶ際、風の道のようなものがあるそうです。実際、少しずつ魔鳩の数が増えていまして」
スライム養殖場は、王都を出て東側すぐの草原にある。
耕作に向かないそこを整備し スライムを安全に管理するため、広い敷地と堅牢な建物を整えた。
だが、そこが気流の関係で連絡用の魔鳩の通り道になっているなど、誰も予想していなかっただろう。
「イデアさん、話の途中で失礼します。冒険者ギルド長のウォーロック様がお戻りになられてたのですか? それでしたら、一度うちの方でご挨拶に――」
「申し訳ありません、イヴァーノさん。ギルド長は一年ぶりに戻ったその日にイシュラナへ、大竜巻後の魔物の討伐に行かれました。次にいつお戻りになるかはギルドでもわからないのです」
冒険者ギルド長は、自分のワイバーンを持つ上級冒険者と聞いている。
どうやらとても忙しいらしい。
それにしても、災害ですぐイシュラナへ向かわれるとは、すばらしい行動力だ。
では、また次の機会に、とイヴァーノが区切ったので、話は魔鳩に戻った。
「とりあえず今は、ガラスの屋根をかけ、四方に細かめの金網を張っています。それで他の鳥はほぼあきらめるのですが、魔鳩は身体強化で金網に穴を空ける個体がいます。あと、自分の空けた穴ではないのに通ろうとし、怪我をするものもいまして――」
「そこまでですか……」
「捨て身だな……」
自分が驚きの声をあげるのと、フェルモがつぶやいたのが同時だった。
イデアはその青藤の目を細め、笑いともあきらめともとれる表情をする。
「通常の鳩であれば、金属音、匂いの強いもの、羽根を傷めそうな糸などは避けるそうなのですが、魔鳩は基本、大雑把と言いますか、そういったことにまったくこだわりません」
こだわりのない鳥、魔鳩。
それなのにどうしてグリーンスライムの干したものにそこまで執着するのか、謎である。
「私の地元だと、鳥避けに畑にきらきらと光る屑ガラスを置いていましたが、魔鳩にそういったものは効きませんか?」
「魔鳩は、光り物もいろいろな色の物も平気なようです。鏡はむしろ興味津々でした」
「エリア内に鷹とか猫を置いておいたらだめでしょうか?」
「魔鳩は鷹より速いですし、猫より強いです」
「いっそ夜犬を置いたらどうです?」
「これは実家の薬草畑のお話になりますが、夜犬は鳥に対しては力加減が難しく、高確率で仕留めてしまいます」
イデアの青藤色の目が遠くなった。仕留めてしまったらそれはそれで問題になってしまう。
「ニコレッティさん、薬草畑に魔鳩は来ませんでしたか?」
「野生のものはたまに来ていましたが、王都から距離もある山際でしたので。警備員と夜犬で対応していましたし……」
「それですと、今はグリーンスライムエリアの魔鳩はどうなさっているのですか?」
魔鳩は個体にもよるが、隠蔽魔法に身体強化、そして動きが速い魔物である。
かなりの数の警備員を置いているのか、グリーンスライムエリアの金網にくっついたところを捕まえ、遠くへ逃がしているのだろうか、そう思いつつ尋ねると、イデアは説明を続けてくれた。
「今は信頼できる警備員の他、一カ所を細く開けて、入ってきた魔鳩をジャン所長が捕まえて、一羽ずつ『威圧』をかけて返しています。元上級冒険者なので、隠蔽は見破れますし、身体強化も問題ありませんので」
流石、元上級冒険者。ダリヤが感心していると、イヴァーノが安心した笑みを浮かべた。
「それなら、同じ個体は二度と来ないですね」
「いえ、昨日、四日目で再挑戦して来た個体がいたそうです……」
「鳥頭なところだけは一緒か……」
フェルモの低いつぶやきに同意する。
三日で忘れる鳥頭を、ここで発揮しないで頂きたい。
「それで魔導具でどうにかできないかと――無理なお願いとは承知しておりますが、ご相談となった次第です。もちろん、すぐどうにかできるものではないとわかっておりますし、しばらくは中級冒険者が交替でつくことになっておりますので」
「わかりました。確約はできませんが、力を尽くさせて頂きます」
そうして、イデアは挨拶後、スライム養殖場へと戻って行った。
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