333.鍛錬中の知らせと打ち合い
王城の訓練場では、魔物討伐部隊員達が鍛錬と打ち合いをしている。
その中、模造剣でありながら、真剣のように激しい剣戟の響きを上げている二人がいた。
紺色の髪の青年が立て続けに打ち込むのを、茶金の髪を持つ中年の騎士は手際よく受け流している。その右手が義手とは思えぬ動きである。
「若いとはじつにいいのう~、大変に動きが素直で」
「うっさいわっ!」
ドリノは笑んだ中年騎士の剣を上から思いきり打ち下げ、その懐に勢いよく飛び込む。
だが、下がった剣は地面に落ちることはなく、きれいにV字に戻った。
それに膝を打たれたドリノは体勢を崩しかけたが、即座に軸足を代える。しかも、その際に剣まで左手に持ち替え、真横に剣を動かした。
その素早い攻撃は相手の右腕を見事に打ち――模造剣にヒビの入る、バリンという音が響いた。魔導義手の硬さに、模造剣が負けたらしい。
「すまぬなー、先輩。なにせ、この手はとても丈夫でのう――」
にやりと笑った中年の騎士に、ドリノはいつものような軽口を叩かない。
ただ、無言で剣呑な光を目に宿す。
そのまま視線を動かすと、近くにいた緑髪の隊員が、自分の模造剣を彼に捧げ渡した。
試しに二度振られた剣は、音高く風を斬る。
「新人、続行っ!」
「応とも、先輩!」
激しさを増した戦いに、周りの者が少しだけ距離をとった。
どう見ても鍛錬と言うより戦闘である。
「なかなか頑張っておるのう!」
「怪我をしなければいいのですが……」
ベルニージの向かい、黒髪の青年がタオルで汗を拭いている。なんとも画になる男である。
こちらも連続で打ち合って、一息ついたところだ。
しかし、あの紺色の髪の騎士――剣技の成長がめざましい。
それが楽しくてたまらずに教えているのだろうが、あのからかいはもう少し控えてもよかろうに、そう思いつつ、自分も汗を拭く。
そこへ、ガツンガツンとひどく重い音が聞こえてきた。
「おお、豪腕対決が始まったな」
「音だけで魔物が逃げそうですね」
訓練場の端、大盾と大盾で打ち合っているのは、ランドルフと白髪片目の騎士である。
魔物との戦闘の一つに、大盾で殴打する方法がある。
大盾が重ければ重いほど効果があるが、その取り回しは力が要る上に難しい。
ランドルフの左下から右上への大盾の跳ね上げを、上からガツンと押し止める。
一際高いその音に、魔物討伐部隊棟のあちこちの窓がガラガラと開く。見物人が増えたようだ。
「魔導義手というのは、まこと良き魔導具よ!」
自分と同じ出戻り新人騎士は、高笑いと共に、大盾でランドルフを押し下げようとする。
しかし、対する彼もまた全力でそれに抗い、大盾を介しての二人の力比べとなった。
大盾同士の打ち合いもなかなかだったが、すれ合う大盾を金属音に鳴かせ、足元の土が抉れる程に押し合うのも、なかなか見応えがある。
一見互角に見えるが、受け流しもフェイントもかけぬあたり、まだ余裕はあるようだ。
あやつはギャラリーにサービスのしすぎである。
「今日も盾の修理担当が泣くでしょうなぁ……」
「人員を増やして頂くよう隊長に願っておきます。いくらなんでも酷でしょうから」
近くで騎士達が話し合っている。自分からもグラートに伝えておくべきだろう。
恥ずかしながら、職人を大事にすること、そして話し合いの重さはこの年になって――魔導義足によってよくよく理解したばかりだ。
「鍛錬中に失礼致します」
声の方を見れば、ヨナスが近づいてきていた。
騎士服に腰元の赤い剣が、なかなか様になっている。
もっとも、従者服より似合うと褒めたところで、この男は喜びそうにないが。
「ヨナス先生、何かありましたか?」
「ヴォルフ様にお伝えしたいことが――神殿にいるマルチェラのところにさきほど、赤子が生まれたそうです。男子二人、母子ともにお健やかとのことです」
瞬間、ベルニージは全力で顔を固めた。
ヴォルフの隣、笑み崩れてはならない。マルチェラが自分の孫ということは秘密なのだ。
「ああ、よかった!」
ヴォルフが一瞬だけこらえるようにうつむき、すぐ満面の笑みとなる。
ヨナスも笑んだまま、言葉を続けた。
「六日目となりましたら、どうぞ祝ってやってください」
「もちろんです! 教えに来てくださってありがとうございます、ヨナス先生!」
ヴォルフは今すぐ行きたそうな勢いだが、自分も内心同じである。
妻子ともに無事であること、それこそ何より幸いだった。
「先輩、マルチェラ殿って、ダリヤ先生の護衛騎士の方ですよね。鎧蟹の討伐でお目にかかった――」
「ああ、家の騎士でもあるんだけど、双子が生まれたんだ」
「双子! 大変だったと思いますけど、二倍おめでたいですね!」
マルチェラは隊員達にも知られているらしい。
思えば、鎧蟹の討伐のあの日、自分も彼に初めて会ったのだった。
わずか数ヶ月前のことなのに、己の魔導義足はすでに馴染み、ここにいるのが当たり前のように感じていた。
これこそが奇跡のようなことだというのに、力に寿命に手の長さにと、欲しいものが増えていくばかりだ。
まったく、自分は強欲である。
「それにしても――皆様、とても熱心に鍛錬なさっているのですね」
周囲を見渡したヨナスが、うらやましげな声を出した。
この男にしては珍しく、ついつつきたくなる。
「楽しいぞ! 腕の立つ先輩ばかりだからのう。そうであろう、『ヴォルフ先輩』?」
「おやめください。ベルニージ様にそうおっしゃられると、兵舎に逃げ帰りたくなります」
ヴォルフが笑顔で返した言葉に、思わず笑い声が出てしまった。
自分が同じ年の頃よりは確実に強い青年は、謙遜がすぎる。もう一段、いや二段は上がりそうな感じがするのだが――まだ底の見えぬ男である。
「ベルニージ様、魔導義足の調子はいかがですか?」
「すこぶるよいぞ。そちらの魔導具師に改良してもらってからは、まったくずれぬようになった」
「それはよかったです。衝撃吸収材の貼り替えがご入り用の際は、いつでもお声がけください」
言い終えて、錆色の目、中央の昏い血のような瞳がじっと自分を見る。
どうやら、自分にまだ用事があるらしい。
「ベルニージ様は、魔物討伐部隊に正式に復帰なされたとのこと。お話の一つに打ち合いをお願いできませんか?」
「よいぞ。この魔導義足の性能を確認したいのであろう? 武具工房仲間だ、遠慮はいらん。まあ、流石に真剣で打ち合うわけにはゆかぬが」
ヨナスは魔物討伐部隊の武具を開発する武具工房長、魔物討伐部隊相談役という立場もある。
二人の会話に、ヴォルフを含む周囲が納得していた。
「邪魔にならぬよう、あちらへ行くか。少々広く動き回って見せた方がよかろう」
「ありがとうございます、ベルニージ様」
赤い剣をヴォルフに預けると、ヨナスも模造剣を持つ。
二人、訓練場の奥、広く空いている方に歩み出した。
「ベルニージ様、失礼ながら、『神殿送り』にさせてくださいませ」
己の隣、咳をするように口元を隠したヨナスに、自分しか聞こえぬ音でささやかれた。
今、神殿にはマルチェラとその妻子がいる。
そこに送られるというのは大変心惹かれる提案ではあるのだが――内容的に素直にうなずけぬ。
鼻下の髭を整える仕草で、唇を隠して聞いてみた。
「魔導義足と長い休暇のおかげで、加減が下手になってのう……儂がお前を神殿に送って、その付き添いではどうだ?」
魔導義足を試すよい機会である。
それに、スカルファロット家武具工房仲間、あのグイードの護衛であるこの男。
少々本気で『性能確認』をしても、互いに壊れはすまい。
「それはご命令でしょうか?」
「いいや、儂はお前の主ではなく、ただの仕事仲間だ。打ち合った結果がどちらでも、儂はかまわん。ただ、手を抜くのも抜かれるのも面白くないだけだ」
「大変魅力的な提案ではございますが――」
錆色の目、その赤が一段濃くなった。あと一押し、か。
口元の髭を再度撫で、唇を隠して言う。
「曾孫が生まれた喜びをちょっと発散させてくれ。でないと、訓練場で踊り出しかねぬのだ」
応じる声はないが、彼の肩がわずかに震え、口角が上がった。
それを確かめつつ、ベルニージは思いきり笑む。
「ヨナス、『グイード侯』の護衛であれば、今一段、目立て。その方が安泰になる」
己の隣、魔力がゆらりと揺れた。
魔物討伐部隊相談役、春には叙爵、何より次期スカルファロット侯爵の護衛騎士。
魔付きだろうが母の身分が低かろうが、強さとは別の話。表舞台に出すには頃合いだ。
髭から手を離し、ベルニージは声を一段上げる。
「では、一戦願えるか、ヨナス? 一切の遺恨なし、騎士の剣に誓って遠慮はいらん」
「お受け致します」
その口が、赤い笑いに裂けた。
コミカライズ『魔導具師ダリヤはうつむかない ~Dahliya Wilts No More~』、本日発売のコミックガーデン様6月号は「兄弟と悪夢」、ヴォルフとグイード回です。こちらもどうぞよろしくお願いします。