308.冬祭りのプレゼント
馬車に温熱器が入るほどに寒い日、道を行き交う人は厚手の上着と共に、手袋やマフラーを身に着けている。
曇った空の下、ダリヤは機嫌よく馬車に揺られていた。
救護院に手紙を届けた夕方、イヴァーノの友人である大工がすぐ確認に行ったという。
屋根の傷んでいる部分は交換が必要なので、見積もりに近い値段にはなるが、雨が降り込まないようにするのはすぐできたそうだ。
院長先生に許可を取り、翌日には処置を終えたとのことだった。
そして昨日、院長先生であるモルテード子爵から丁寧な礼状が届いた。
盾を模した見事な紋章入りの封蝋にちょっと緊張したが、『これで安心して冬を迎えられます』という一文に、本当にほっとした。
いろいろと気になって、ついメーナに救護院のことを尋ねてしまったが、食事も衣服もきちんと支給があるそうだ。
モルテード子爵が一緒に住んでおり、礼儀と教育に厳しいので、子供達は就職先に困ることもないのだという。
メーナが実家を自慢するように教えてくれ、さらに安堵した。
馬車の速度が落ち、王城の白い石造りの建物群が見えてくる。
ダリヤはゆるんでいた表情を正し、座席に座り直した。
本日は王城、今年最後の魔物討伐部隊棟での打ち合わせ――名目はそれだが、実際は仕事納めの簡単な挨拶だそうだ。
イヴァーノは本日、書類を確認しつつ、服飾ギルドの使者を前に手紙の返事を書いていた。
同行しますかと聞かれたが断った。これ以上、彼の忙しさに輪をかけたくはない。
幸い、帰りはヴォルフが送ってくれるというので、メーナには戻ってイヴァーノの手伝いをしてもらうことにした。
マルチェラはスカルファロット家で、ベルニージから土魔法を教わっている。
生まれてくる双子は、すでに強い土魔法持ちなのがわかっている。
父親であるマルチェラが土魔法の制御を覚え、いざというときに備えるためだそうだ。
幸い、あの二人は気が合いそうなので、心配はしていない。
馬車の停まり場から通路を通り、途中の部屋で本人確認と持ち物検査を受ける。
今まで何度もくり返しているが、やはりここが王城なのだと緊張する。
その緊張感の中、部屋を出る際に、黒に銀の縁取りのローブを羽織った。
裏に五つの魔法陣が縫い込まれたそれは、魔物討伐部隊相談役の証である。
正直、まだ着慣れておらず、ちょっと落ち着かない。
「お待たせしました、ヴォルフ、ヨナス先生」
「いや、全然待ってないよ。ようこそ、ダリヤ」
「ごきげんよう、ダリヤ先生、本日もよろしくお願い致します」
許可を得た者が通れる通路の先、すでにヴォルフとヨナスが待っていた。
騎士服のヴォルフと、濃灰の三つ揃えに、自分と同じ相談役のローブを羽織ったヨナスと共に、魔物討伐部隊棟に向かう。
馬車の中、ダリヤはついヨナスの顔色を確認してしまった。
血色が悪いとは思えぬが、どうにも気にかかる。
「ヨナス先生、お二人ともお風邪をめされたと伺いましたが、お加減はいかがでしょうか?」
「……問題ございません、完治しております」
一拍、間があった。
グイードに氷蜘蛛短杖を、ヨナスに魔剣闇夜斬りを納品した翌日、二人がそろって風邪をひいて寝込んだと聞いている。
ヴォルフは心配いらないと言っていたが、風邪っぽく、疲れていたところに短杖と剣を渡してしまったのではないか、確認で魔力を入れたため、疲れで風邪が悪化したのではないか、そう思えて気がかりだった。
続く言葉はなく、軽く咳をして濁された。まだ本当は喉が辛いのかもしれない。
横に座るヴォルフが、同じく咳をした。もしかしたらうつったのだろうか?
「ヴォルフ、風邪ですか?」
「いや、違う……ちょっと、むせただけ……」
「この時期は風邪が流行りますから、気をつけてください」
前世も今世も、冬になると風邪が増える。
特に今世で怖いのは、『流行り風邪』、前世のインフルエンザに近いと思えるものだ。
数年に一度流行し、死者も出ることがある。
よく効く薬があり、かかり始めに飲めばよく効くという。
だが、風邪と流行り風邪の違いがわからない、薬がそれなりにお高い、薬の有効期限が短いなどから、流通が完全ではないのが現状だ。
「ダリヤ先生、馬車の中で恐縮ですが、こちらをお受け取りください」
不意に、ヨナスに白い封筒を渡された。
封のされていないそれを勧めにしたがって開けると、月毎に二種類のワインの銘柄が並んでいた。
「グイード様と私からのお礼で、家にストックしてあるワインです。一度にお送りすると場所を取りますし、銘柄に合う季節もございますので、ヴォルフ様に運んで頂こうかと――頼めるな、ヴォルフ?」
「もちろんです、ヨナス先生!」
語尾を呼び捨てに切り換えて言った彼に、ヴォルフが笑顔で答える。
「これでは足りぬかと思いますが、『冬祭りのプレゼント』として、どうぞお二人でお楽しみ頂けますよう」
「あ、ありがとうございます」
断る間もなく受け取りが決まってしまった。
ワインの名を見ても一つしか知らない。それもヴォルフが持って来たもので値段がわからない。
後で酒の販売所で値段を確認しておこう、ダリヤは内でそう決めた。
・・・・・・・
魔物討伐部隊棟の大会議室では、隊長であるグラート、副隊長のグリゼルダをはじめ、多くの隊員がそろっていた。
中央にいくつか並んだテーブルの上、赤と白のワイン、そしてオレンジジュースに炭酸水が並んでいる。
全員が立ったまま、それぞれ好みのものでグラスを満たした。
片手に渡されるのは、薄切りの小さな白パン、上にチーズが載っている。
一つのパンを参加人数で割り、上にチーズを載せたものを分けて食べる――それで親睦を深める、そして仲間であるという意味合いがあるそうだ。
この人数なので、おそらく同じ釜で焼いたパンだろうが、隊の一員になれたようで、ちょっぴりうれしかった。
「毎年のくり返しになるが――来年も戦えることに感謝を、旅立った者へ感謝を、応援者に感謝を! オルディネ王国に栄えあれ、乾杯!」
「「乾杯!」」
「栄えあれ!」
グラートに続き、口々に声を出し、全員で乾杯する。
そこからは歓談となった。
倒した魔物の話、活躍した者の話、武器の話――魔物討伐部隊ならではの話題を明るい声で話している。
森大蛇や大猪、首長大鳥のおいしさの話も聞こえるが、そっとしておくことにする。
「本日の『反省会』に、ジルドも呼ぼうと思ったのだが、この時期、財務部は戦場でな……」
ダリヤの横に来たグラートが、苦笑しつつ言った。
王城も年末決算があるのだ、当然だろう。
その上、王城関連の寄付もあるのだから、大変忙しいに違いない。
「今は一番お忙しい時期ではないでしょうか」
「昨年よりはだいぶ良いとか。財務部はポーションで乾杯しているそうですよ」
青い目をゆるませた副隊長の冗談に、周囲から笑いがこぼれた。
それを見計らったかのように、グリゼルダは話を続ける。
「さて、魔物討伐部隊相談役のお二人には、今年、大変にお世話になりました。隊で相談し、お二人に冬祭りのプレゼントをお贈りしようと決めました」
「え?」
「は?」
突然の話に、ヨナスと二人、つい声が出た。
思わず向かいのヴォルフを見れば、大変いい笑顔でこちらを見ていた。すでに知っていたらしい。
「ダリヤ先生は、東ノ国の調味料を好まれるとのことですので、その目録を、ヨナス先生は牛肉がお好きとのことでそちらを。ご希望のときに随時、店より届けさせる形にしております。どうぞお納めください」
「ありがとうございます……」
「ありがたくお受け取り致します」
ヨナスと共に一礼し、礼をのべて白封筒を受け取る。
ダリヤは本日二通目の白封筒だ。
目録には、味噌に醤油。そして、酒塩、辛油、魚卵味噌、キノコ粉など、見たことのない調味料が並ぶ。
大変に興味深い。つい笑顔になってしまった。
ヨナスはどうだろうと見れば、目録を見て固まっている。
どうしたのだろうと思ったら、目録をそっと傾けて見せてくれた。
牛、牛、牛……並ぶ文字はひたすらそれだけで、横に希望部位を書くための欄がある。
牛どこでも食べ放題らしい。
豚肉や鶏肉の選択肢はないのかと思いかけ、ヨナスが生に近い肉を好むのを思い出した。
おそらくは、ヴォルフが指定してくれたのだろう。
「ありがとうございます。満足するまで食べられそうです」
笑んで返したヨナスに、グリゼルダは満足そうにうなずく。
「お二人とも、足りない場合はご遠慮なくおっしゃってください。来年も大変お世話になる予定ですから」
来年は今年よりも頑張ろう、そしてさらに隊に貢献できるようにしよう――そう思いつつ、ダリヤは目録をそっと封筒に戻した。
本日歓談した後は、半数が休み、半数が急な魔物討伐に備えて待機だという。
このまま飲みに行く者、王都の外の家に帰る者もあるそうだ。前世の仕事納めと似ているらしい。
部屋の人数が半分ほどになったとき、グラートが赤ワインの新しいグラスを渡してくれた。
「ロセッティ、今年はいろいろと世話になった。それと――多大な気遣いにも感謝する」
声をひそめ、寄付の礼をのべられた。
ダリヤは無言で笑顔を返すだけにする。これはオズヴァルドに教わった。
寄付をした先には基本、何も言わぬのが貴族の優雅さというものらしい。
教わっていなかったら、礼をのべられた時点であわてていただろう。
「来年は遠征に八本脚馬と遠距離攻撃用の魔弓を増やす予定だ。それと、ワイバーンの鎧を改良して、赤鎧に着せられないかも検討中だ」
声を戻したグラートが、そう言って笑った。
輸送力に遠距離攻撃、そして赤鎧の安全、それらすべてが向上するなら、隊員達も少しは楽になるかもしれない。そうであってほしいと思う。
「いつか、隊全員でワイバーン鎧になればいいですね!」
そう言ったのは若い緑髪の隊員である。
着ぐるみのようなワイバーンの鎧を思い出し、魔物討伐部隊員全員が着たところを想像し――大変にインパクトがありそうだ。
魔物は見ただけで逃げてくれるかもしれない。
ワイバーンは寄ってくるのかもしれないが。
「ヨナス先生、今度はぜひ攻撃力のある槍をお願いします!」
「いや、それならば剣にさらなる威力を!」
「待て、弓のさらなる改良が先だ!」
「弓騎士はもう魔弓があるのだから、いいだろう!」
ヨナスが隊員達に囲まれたが、それなりに楽しげに話を聞いている。
流石、貴族男子の余裕である。
そろり、隊員達に囲まれぬ内に壁際にくれば、ヴォルフが赤ワインの瓶を持って隣に来てくれた。
幸い、他の隊員達は歓談に夢中でこちらに近寄ってくることはない。
「冬祭りのプレゼントが増えたね、ダリヤ」
相談役二人のプレゼントを選んだであろう彼が、黄金の目を細めて笑う。
一番先にもらった冬祭りのプレゼントは、今、耳につけている雪の結晶のイヤリングなのだが――それを口にするのはどうにもためらわれた。
「ありがたいです。来年はもっといい魔導具を作ろうと思います。それと来年は……」
ヴォルフと会ったのは春の終わり。来年は今年よりもっと一緒にいられることを願って――
グイードから贈られるワインに、隊からの調味料の目録が、脳裏をよぎる。
「今年よりたくさん飲みましょう!」
「ああ、もちろん! 楽しみだ!」
耳をそばだてていた者達が深く肩を落としたのを、二人が気づくことはなかった。