261.学術的魔導具と草ノ王
王城魔導具制作部の副部長、カルミネの許可を受けたことで、ダリヤも大型粉砕機の制作に関わることとなった。
王城の魔導具師と言えば、魔導具師の待遇・環境としては最高峰、エリートと言われる。
高等学院の魔導具科では、最も憧れられていた就職先だ。
確か、受験資格で魔力が十以上、保証人が三人といった大変さだった。
ダリヤは父の元で働くつもりであったので、考えもしなかったが。
魔導具制作部では、自分など足手まといにしかならぬかもしれない。
だが、魔物討伐部隊の健康につながるであろう魔導具だ。精一杯できることをやろう――ダリヤは内でそう決意していた。
「ロセッティ会長、よろしければ、この後、魔導具制作部棟をご覧になりませんか?」
「ご迷惑でなければ、ぜひお願い致します」
即答してから、はっとする。
自分は魔物討伐部隊の相談役である。隊長の許可も得ずに答えてどうするのだ。先に了解を得るべきではないか。
「あの! グラート様のご許可が得られればですが」
慌ててその顔を見れば、笑いを耐えた顔でうなずかれた。
「ザナルディ副部長、魔物討伐部隊のロセッティへの案内、こちらでも願いたい」
「もちろん、喜んでご案内致します」
「一つ確認だが、今日の見学は魔導具制作部の一課と二課で間違いないな?」
「はい、本日は一課に部長がおりますので、できればご紹介をと思っております」
「そうか」
どうやら魔導具制作部は、二課以上あるらしい。
いくつかに分かれているとは聞いていたが、どんな魔導具を作っているかとても気になる。
その後、大型粉砕機についての話を再開し、試作ができあがった時点で再度打ち合わせをすることとした。
王城内の関係者、業者に関する調整は、隊と財務部の方で話を通してくれるという。
イヴァーノの負担にならぬようでほっとした。
打ち合わせが終わると、カルミネが歩みよってきた。
「ロセッティ商会長、では、これから従者の方もご一緒に――」
「イヴァーノは少々、次の納品について相談したいのでな。ヴォルフ、代わりにロセッティに付け」
「はい!」
「……私も魔導具制作部に予算関連の用向きがある。同行しよう」
王城内、しかも初めて行く場所である。ヴォルフが一緒なのは大変心強い。
だが、なぜジルドまでついてくるのだ。目立つことこの上ないではないか。
そう思った直後、今までのジルドとのことを振り返る――彼はロセッティ商会の保証人として、気を遣ってくれているのかもしれない。
ヴォルフも自分も王城の礼儀作法で苦労した前歴がある。いまだ完全とは言い難い。
しかも自分は庶民である。内定したとはいえ、まだ男爵位があるわけでもない。
きっと何も説明してはくれないが、ジルドは色々とフォローしてくれようとしているのだろう。
「……ありがとうございます、ジルド様」
隣に来たジルドに、小さく礼を告げる。
彼はこちらを見もせずに、同じく小さく返した。
「些細な、ついでだ」
相変わらずわかりづらく――いや、この応答はジルドらしいのかもしれない。
ありがたく同行して頂くことにした。
「ロセッティ会長は、魔導具制作部について他からお聞きになったことはおありですか?」
「いえ、ございません」
「王城の魔導具制作部は三課に分かれています。一課は騎士団関係、武具や防衛に関する魔導具、二課は生活関連魔導具を、それぞれで開発・保守しております。三課は――魔導具師や錬金術師が、一課二課に当てはまらぬ学術的魔導具研究を各自で行っております」
「学術的魔導具、ですか?」
「はい」
カルミネの藍鼠の視線が、空を見るように遠くなった。
「人が自由に空を飛ぶ方法や、人の命令で動くゴーレム、動物の言語の翻訳器、潮の満ち引きの制御器、首無鎧の動力源研究など――いまだ一つとして、日の目を見ておりませんが」
「夢のような研究ですね……」
想像して、思わずため息が出てしまった。
なんという浪漫だろう、自分が作っている家電的魔導具とは別の方向、まさに前世のファンタジーと呼べる研究ではないか。
かぎりなく難しそうだが、実現したら素晴らしい魔導具ができそうだ。
もしかすると自分が生きている間に、そんな幻想的な魔導具を見ることができるかもしれない。
とてもとても興味深い。
「ダリヤ嬢、参りましょう」
想像して内で心を躍らせていると、ヴォルフに名を呼ばれた。
珍しく貴族モードの彼に、はっと我に返る。
すでにカルミネの背が、ドアを過ぎようとしていた。
・・・・・・・
ダリヤ達が出て行き、会議室から皆が退室する中、ずれた椅子を軽く直す。
別にドリノの仕事ではないのだが、実家の食堂での癖がつい出てしまう。
ランドルフは大盾のスペアの件で、イヴァーノと副隊長と共に出向いている。
隊長と先輩騎士、そして椅子を直していたドリノだけが室内にいる形となった。
一体どこまで魔導具が好きなのか――さきほどのダリヤを思い出すと、くつくつと笑いがこみ上げてくる。
魔導具制作部の見学に期待し、夢物語としか思えぬ魔導具の話に心を躍らせている横顔は、まるで玩具を前にした子供のよう。部屋を出ようとするときに、慌てて隊のローブをはおっていた。
そんな彼女が幻滅しなければいい――それがドリノの正直な思いだ。
グラートが魔導具制作部の一課二課と念を押し、三課を入れなかったのは自分でもわかる。
『学術的魔導具研究』とは、なんともうまい言い方だ。
三課には高位貴族の子弟で高魔力の者達がいるが、胡散臭いものばかり研究しているという話だ。
魔力暴発やボヤ騒ぎがあったりと、評判も安全性も低い。
問題児ならぬ問題人物の集まり――しかし、文句も言いづらい。
隊長がヴォルフをつけたのは、ダリヤの緊張を取るためだろう。
ジルドが付いて行ったのは、侯爵の地位と、いざというときの盾役か。
以前、ふざけんなと思った男ではあったが、今はそう悪くない。
あのわかりづらさと格好つけは好きではないが。
「グラート様、お加減は――本当に問題ありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
「吐き気があるようでしたら、紅茶か水を持って参りますが」
「不要だ。もう少しすれば茶の時間だろう」
ドアの手前、グラートに念を押す騎士の懸命さに、ドリノは首を傾ける。
確かにまずい緑の野菜ジュースも多いが、以前の遠征での食事を思えば、それほど差があるとは思えない。
それに、以前の隊の食事会では、グラートがサラダに手をつけていた記憶がある。
「隊長、そんなにまずい野菜ジュースだったんです? 死ぬほど苦いのに当たったとか?」
「ああ、七転八倒し、その後にトイレに籠城した。どこで飲むにしろ、外では腕輪を外すなよ、ドリノ」
魔物討伐部隊の希望者には、解毒の腕輪や指輪が貸与される。
遠征中はもちろんだが、日常でも外部での食事では着けるように指示されている。
名目は体調管理だが、魔物討伐部隊は人気がある分、やっかみも受けやすい。
過去には酒や食事へ下剤を入れるといった嫌がらせもあったそうだ。
解毒の魔導具は、貴族であれば持っていて当然だが、下町の庶民には少しお高い品だ。
ドリノもありがたく借りている。
しかし、隊長が腕輪を忘れるとは珍しい。
それに腹を下すほどひどい野菜ジュースとは、腐りかけの野菜でも使ったか、野草でも混ぜたか――侯爵家のグラートが、一体どこでそんなひどいものを飲んだのか。
「気をつけます。でも、隊長がそんなものを、どこで?」
「……まだ青い時分、衿を緩めた場で出された。東ノ国から入って来た草が混じっているものをな」
グラートが苦く笑い、空になったグラスに振り返る。
彼が若い時分に衿を緩めたのは、気の置けぬ女のいる場か、花街か――そこで飲んだ緑のジュースは、なかなか堪えたらしい。
東ノ国の薬草といえば、風邪などに効くものから疲労回復、滋養強壮までと幅広い。
いつもの調子で流そうと、ドリノは明るく笑った。
「その草、森大蛇の親戚かなんかです? 隊長、効きすぎたんじゃないですか?」
「ドリノ!」
少々軽口が過ぎたらしい。黒茶の目の先輩に、声だけで叱られた。
「確かに効いた。その後に緑の汁物がだめになるほどにな。それと、確かに『緑の王』つながりではあるやもしれぬ」
グラートは笑んだが、そこにいつものぬくみはなく――
その赤い目が、困った生徒を見る教師のように自分に向いた。
「飲まされたのは『草ノ王』――臓腑を灼く毒草だ」