227.鎧蟹と魔王
早朝に出発した馬車は、西街道を進み、昼近くに川沿いの馬車置き場に止まった。
ここまで、隊はいくつかに分かれて、水場の点検へ出向いている。
合流場所を整えていると、遅れなく隊員達がそろった。幸い、どこの水場も問題なかったらしい。
ここからは山際の岩場へ行くため、馬と徒歩で移動である。
いつもならばすぐ移動となるのだろうが、今回はその前にダリヤの仕事がある。
「皆さん、行き渡りましたか?」
こういうときに『声渡り』の魔導具は便利だ。
音量を少し上げ、弱い拡声器的に使うことができる。
流石に風の魔石を複数使ったスピーカーのように大音量にはできないが、少し多い人数に説明するにはちょうどいい。
しかもこれは男声に調整してあるので、いつもより通りがいい気もする。
男装で『声渡り』の魔導具をつけていても、隊員達はダリヤだとわかっている。このため、不思議そうな顔をしている者も多かった。
「では、全員、携帯温風器を持て!」
隊長であるグラートの声に、場が一気に引き締まる。
隊員達は箱に入っていた携帯温風器をそれぞれ手にした。
「こちらを背中に背負う形で着けてください。背中の中央ではなく、首の後ろや腰に合わせることもできます。固定ベルトでお好みの位置にずらしてください。温かさと風はそれぞれ三段階ありますので、二本の紐を引いて調整、その後は紐がひっかからないよう、必ず上着の下にしてください」
ダリヤの横、上着を脱いだヴォルフが携帯温風器を着けて見せている。
携帯温風器は身に着けるのも操作も簡単だが、やはり目の前で実演される方がわかりやすい。
「背中だけで足りない場合は、お腹側にもう一つ着けて頂いてもかまいません。ただ、こちらでも低温火傷をすることはありますので気を付けてください」
ダリヤの説明の後、隊員達の背中や腰、腹に携帯温風器が着けられる。
体格のいい隊員達の背中、ちょこんと載るミニミニコタツ――その様にどうしても『コタツムリ』の単語が脳裏をよぎり、耐えるのが辛かった。
上着を羽織り、紐を引くとほとんどの者がそのままぴたりと動かなくなる。
そして、それぞれの表情がふわりとほどけていく。
「暖かい……ちょうどいい温風だな」
「ぬくぬくで気持ちいいな……」
隊員達からこぼれ始める笑顔に、なんともうれしくなった。
一部、最初から風力を上げすぎたらしく、くすぐったさに地面を転げ回っている者がいたが、気にしないでおく。
「これはいい。火の魔石のカイロと違って、一部分だけが熱くならない」
「快適な温度だ。この感動は、微風布以来だ……」
「紐にもう少し太さがほしいところだな。これはすぐ切れそうだ」
「いや、その方が万が一ひっかかったときに安全じゃないか?」
「戦闘中に調整の紐が上着から出ないように気を付けないと……」
ダリヤは耳を澄ませて声を拾う。
後で感想と改善希望を聞くつもりだが、ここでぽろりとこぼされる声の方が、本音が出やすそうだ。
確かに、紐が切れても、戦闘の邪魔になっても困る。
上着の下にするだけではなく、他の方法も考えなくてはいけないだろう。
「ヨナス殿も、携帯温風器をお試しになりませんか?」
「すでに使用させて頂いております。背中側が風、熱ともに中、腹側がどちらも弱で設定しております」
壮年の騎士の問いかけに、ヨナスが上着を開けて逆に説明している。
一度背中の中央で試した後、腹や腰に着ける者など、自分に合わせた場所を模索し始めた。
「う、鎧の臭さが上がってきた……!」
近くでうめきに似た声を聞き、ダリヤは慌てて振り返る。
声の主は紺色の髪の青年だ。己の首元をくんくんと嗅いでいる。
「前回、鎧の乾かし方が足りなかったとか?」
「それならば魔導具のせいではない。鎧の手入れ不足が原因だ」
「俺は汗っかきだから仕方ないんだよ!」
ヴォルフとランドルフの冷静な指摘に対し、ドリノが噛みつくように言い返す。
「ドリノ、それより早風呂すぎるのが原因じゃないかな?」
「体臭が気になるなら、臭い消し付きの石鹸で毎回きっちり洗うことを勧める」
「お前ら、遠回しに俺が臭い臭いと言っているだろ?」
ダリヤはヴォルフから『匂いで見つけた』と言われたことを思い出す。
あれは結構ショックだった。
自分の匂いの話をされるのは、どうにもいたたまれない気持ちになるものだ。
「あの! よく動くのですから、鎧に汗の臭いがつくのは当たり前だと思います。革や布製品向けの消臭剤がありますから、今度王城に持っていきます。あと、汗対策に秋冬も微風布と併用して頂く方法もありますから」
「ありがとう、ダリヤさん!」
ドリノがぱっと笑顔になる。
救われたようなその表情に、ダリヤはようやくほっとした。
「あ、鍋が来たね」
ヴォルフの視線の先を見れば、灰色の布に包まれた大きな物体が、川原の防水布の上に置かれようとしていた。
「あれが、お鍋、ですか?」
「ああ、大物用」
布が解かれて現れたのは、銀の大鍋だった。一歩間違うと金属製の浴槽にも見える。
「今日の鎧蟹の足は焼き蟹で、胴体はあれで煮る予定です。どうせなら入りきらないくらい大きいのがとれたらいいですね!」
跳ねるような声で言う緑髪の青年に、今度はダリヤが笑顔になった。
・・・・・・・
馬車を守る一部の騎士を残し、一行は山際の岩場へ向かった。
ちなみに、ダリヤは馬に乗っている。
まだ一人で馬を操ることはできないので、ハンドルのついた初心者用の鞍にまたがり、壮年の騎士に馬を引いてもらう形だ。
本当は一緒に歩くつもりだったが、こうして馬を勧めてもらって本当によかった。
隊員達はかなり足が速い。自分では確実に足手まといになっていただろう。
ぬかるみに砂地に坂道、悪路を難なく進む騎士と馬に感心してしまう。
護衛役のマルチェラだが、隊の移動列には加われぬ為、川原での待機となった。
そして、ダリヤの護衛役は一時的にヨナスが引き受けてくれている。
やがて着いた山際は、緑が少なく、砂の上、大小の岩がひたすら並んでいる。
だが、鎧蟹はおろか、動物一匹の影も見えなかった。
「あとはこちらで待機だ。グリゼルダ、ランドルフ、頼んだぞ」
「お任せください」
「行って参ります」
グリゼルダとランドルフの二人が赤鎧を身につけ、槍を二本ずつ持って岩場に向かう。
魔物と対峙する先駆けは、赤鎧の仕事ではないのか。副隊長は今日だけ赤鎧なのか。
それとも鎧蟹については特別な担当があるのだろうか。
ダリヤの不思議そうな顔に気がついたらしい。横のグラートが声をかけてきた。
「ロセッティには説明していなかったな。鎧蟹は戦闘時や非常時に赤くなるため、赤鎧は、戦いに来た敵と認識される。そして、鎧蟹は自分より大きい身体のものとは、基本、戦わないで隠れる。だから、あの二人を前に出しておくと、より大きな個体しか出てこないのだ」
「えっ?」
グラートの説明に上ずった声が出た。
副隊長のグリゼルダにランドルフ、二人とも軽く二メートル超えの大男である。身体の厚みもかなりある。自分が鎧蟹なら、むしろ全力で逃げる。
彼らよりも大きい個体とは、一体どんな蟹なのだ。
「あの二人に応戦で出てくるなら、群れのリーダーぐらいだろう。ここの群れは数を減らさぬよう、雌と小さい個体は取らないようにしている」
鎧蟹は魔物だが、素材にも食用にも重宝される。そのため、取りすぎに配慮されているのだろう。
そして、どこの世界もリーダーは責任が辛い。
グリゼルダにランドルフが二本の槍の穂を、カンカンと打ち鳴らす。
しばらくすると、呼応するようにカチカチと硬い物を打つ音がした。
「ああ、出てきたな」
「あれが、鎧蟹ですか……?」
どうやって隠れていたのか、謎に思えるほど大きな赤い蟹が現れた。ランドルフ達より大きいので、遠近法が完全に狂った感じがする。
鎧蟹の形は前世のズワイガニとタラバガニを足して二で割った感じだ。
トゲトゲしい甲羅はしっかりと太く、足は太い上にとても長い。
「なかなか形がいい。あの大きさなら全員分、余裕でありそうだ」
満足げに言うグラートに、ダリヤは必死に表情を作る。
おいしそうにはまったく見えない。むしろこちらが食べられそうだ。
蟹の独特の目がぎょろりぎょろりとこちらを見る。ガチンガチンと威嚇に鳴らされるハサミの音に、背筋が冷えた。
「ここは――そうだな、ヴォルフ、行けるか?」
「はい!」
傍らの大剣を持ち上げたヴォルフが、ほんの一瞬、自分を見た。
『気を付けてください』そう言おうとして、声が出ない。
思わず伸ばしかけた右手、持っていたメモ帳が落ちた。慌てて拾い上げて姿勢を戻したときには、ヴォルフの背中が見えていた。
ああ、そうだ。
これがヴォルフの、魔物討伐部隊の仕事だ。
自分の足がすくむほどの魔物に、一切の躊躇無く向かっていく。
怪我をするかもしれぬ、死ぬかもしれぬ――その不安を面に出さぬため、唇の内側を噛んで見送った。
止めることはできない。
自分ができるのは、わずかばかりの応援と、無事の戻りを祈るだけ。
「来たか、ヴォルフ!」
グリゼルダが己に向かってくる大バサミを、槍で受けさばいていた。
酸を吐こうとした口を、ランドルフが二本の槍で叩いて止める。
「行きます!」
「応!」
二人が下がるのと同時に、ヴォルフは蟹の下に滑り込む。
そして、腹側から斜め上に向け、大剣を一息に差し込んだ。
ばりり、岩が割れるような音がし、その巨体が大きく揺れる。蟹の目と目の間から、剣の先がわずかに見えた。
「ーッッッッ!」
音にならぬ鳴き声が一度だけ響き、鎧蟹は力なく崩れ落ちた。
「相変わらず見事な腕だ」
グラートがヴォルフを褒めている。
それはわかるのだが、ダリヤには正直、速すぎて目も理解も追いつかない。
「急所を一撃か。流石、うちの『魔王』だ」
「まったくだ。もうちょっと見せ場を作ってもいいぐらいだな」
とりあえず、ヴォルフがとても強いのと、魔王呼びされているのだけは確認した。
だが、鎧蟹ほど大きいならば、疾風の魔弓で遠距離で仕留めた方がいいのではないだろうか。
ふと思ったことを、近くにいたカークに尋ねてみた。
「鎧蟹には、疾風の魔弓はお使いにならないのですか?」
「はい、疾風の魔弓と疾風の魔剣は午後の予定です。鎧蟹の中身がこぼれるともったいないので!」
「……確かにそうですね」
青年のいい笑顔に、ダリヤは少しこわばった笑みを返した。
あんなに怖そうな蟹も、彼にはおいしい食材にしか見えぬらしい。
カークと話し終えると、ガチンガチンとハサミの音が戻った。
まださっきの蟹が生きていたか、そう慌てて見れば、別方向からもう一匹の鎧蟹が出てきていた。
先程の個体より一回り小型だが、それでもかなり大きい。
「お、運がいい、二匹目が来た!」
「王城の留守番連中にみやげが増えるな!」
皆の緊張感のなさに、鎧蟹の怖さが少しだけ薄れる気がする。
「グラート隊長、ロセッティ会長に灰手の効果をご覧頂いては?」
「え?」
いきなり自分の名を出されて慌てるが、今一つ話がわからない。
グラートの魔剣で、鎧蟹を焼く実験でもするのだろうか?
「そうですよ、隊長、ぜひ!」
「ここは灰手にも出番を!」
当のグラートは、赤い目を微妙に細めて部下達を見た。
「で――お前達、怒らないから本音を言ってみろ」
「そちらは蒸し蟹がいいです!」
「甲羅の方は焼いて頂ければ、戻ってすぐ食べられますので!」
「わかったわかった……まったく、うちの部下達は最近、隊長使いが荒くなってきたな」
グラートは苦笑しながら言うと、左腰の赤い長剣を抜く。
魔力の大きな揺れを感じた瞬間、刃から薄く白煙が立ち上った。
灰手――バルトローネ家の血族固定の魔剣である。
刺したものを灰にできるという、強い火力を持つ魔剣。
使えるのはバルトローネ家の血筋、剣が認めた者のみ。王族すらも使えぬという、王都では有名な魔剣だ。
「行ってくる」
グラートはそのまま鎧蟹に向かい、緊張感なく進んでいく。その後ろ、たなびく白い煙が生き物のようについていった。
蟹はハサミを振り上げ、グラートを叩き潰そうとしたが、魔剣の方が速かったらしい。
大バサミは斬り飛ばされ、ずしりと音を立てて落ちた。
「キィァァァァァー!」
グラートは助走もなしに地を蹴り、そのまま暴れる蟹の上に立つ。
そして、甲羅のど真ん中、深く魔剣を差し込んだ。
「灰手!」
名前を叫ばれた魔剣が、リリリリ! と甲高く鳴いた。
独特なその音と共に、蟹がすべての足を長くまっすぐに伸ばす。その口や関節部から白い煙がたなびき、焼き蟹と蒸し蟹の独特な匂いを漂わせる。
鎧蟹がそのまま地面で平らになると、グラートはゆっくり魔剣を引き抜いた。
「流石、グラート隊長!」
「最高の腕前!」
隊員達から高く歓声が上がる。
蟹を一撃で仕留めたことに関してなのか、それとも魔剣によるちょうどいい焼き具合と蒸し具合に関してなのか、微妙に判断できない。
「いいなあ、灰手……」
いつの間にダリヤの隣に戻って来ていたのか、ヴォルフがせつない声で言う。
恋人に向けるようなまなざしが、灰手に向かっている。
確かに、あれこそ本当の魔剣――素晴らしい魔導具だ。
どんな素材を使っているのか、どんな経緯でできたのか、魔剣は不明な部分が多いというが、なんとも興味深い。
常時、大量の魔力を安定保持し、持つ者が使用するときだけ、高出力で温度調整できるようだ。
緑の塔で作っている人工魔剣では、到底追いつかない。
だが、あれは無理だとしても、いつか、ヴォルフの満足する人工魔剣を作り上げたい、そう思う。
「お疲れ様でした――ヴォルフも、いつか『いい魔剣』を手にできるといいですね」
小声で伝えると、ヴォルフは楽しげな笑顔で答えた。
「ああ、とても楽しみにしてるんだ。いつか『凄くいい魔剣』を手にする予定だから」
拳を握りしめるダリヤの周囲では、隊員達がまだわきたっていた。
「こちらは青だったか……変異種だな。面倒な毒持ちではないといいのだが」
ヴォルフの仕留めた鎧蟹は、戦闘時の赤色が引いていくと、青色に変わった。
「とりあえず俺が毒消しの指輪を着けて食べてみます。で、幻覚とかがなかったら外してもう一回。それで問題なければ皆で食べましょう。俺が暴れたりおかしなこと言い出したりしたら、神官様、お願いします!」
「わかりました」
毒見役はドリノだ。いい笑顔で食べる準備を始めている。
白い衣に黒いマントを重ねた神官も、当たり前のようにうなずいていた。
今世の人間の食い意地、ではなかった、食への情熱を舐めてはいけない。
軽い毒のあるものは、おいしく食べて後、毒消しを使う――それが通用する。
だが、毒消しの指輪や腕輪はすべてに対応できるわけではない。
強い毒や珍しい毒に関しては、より効果の高い専用の魔導具や、治癒魔法の使える神官、魔導師が必須だ。
「ロセッティ会長、どうぞご心配なさらないでください」
自分が不安そうに見えたのだろう。神官が真面目な顔を向けてきた。
「解毒と状態異常回復ならお任せください。私は回復魔法が得意ではないのですが、本日このためだけに呼ばれましたので……」
神官の青い視線が、斜めに泳いだ。食事のための要員であることを嘆いているらしい。
「いえ! 大事なことだと思います。変異種に襲われて、もし毒消しが効かなかったら困りますし、今後どう対応するかの訓練にもなるかと」
「そうですね。まあ、変異種には滅多に遭わないかと思いますが……」
「でも、やっぱり備えは大事だと思います。変異種も味がよかったら、次からおいしい食料が増えるかもしれないじゃないですか」
ダリヤもいつの間にか影響されていたらしい。フォローの言葉の中、鎧蟹が食料認定になっていた。
「……変異種が、おいしい食料……」
神官は何かがツボに入ったらしい。くつくつと笑い始めた。
「ロセッティ会長、お言葉をありがとうございます。確かに、私の仕事も大事ですね。なんといっても鎧蟹はおいしいですから。もしかするとこの青い個体は、通常の蟹よりおいしいかもしれませんし」
開き直った笑みに変わった神官につられたように、周囲も笑った。
なお、今回見つかった変異種、青の鎧蟹は、この後も稀に現れる。
珍しさと他とは少し異なる味から、食通達に『鎧蟹の頂点』と讃えられ、『鎧蟹王』と呼ばれるようになっていく。
しかし、青いからといって群れのリーダーになれるわけではない。
人間に狙われる確率が上がっただけの青い蟹には、ただただ迷惑な話だったに違いない。
・・・・・・・
毒見役が変異種を食べて問題がないのを確認すると、解体準備が始まった。
鎧蟹をそのまま運ぶのは、その大きさ故に難しい。川原に戻る前に、脚を外し、防水布で包んで持ち運ぶことになった。
甲羅だけは素材の関係もあり、一枚の大きな防水布でくるみ、四人で持つ予定だ。
寒いこの時期、腐る心配は少ないが、臭いで魔物が来ぬよう、手早く作業する必要がある。
「今日のロセッティ会長は、男装がなかなかお似合いですね」
この場の隊員達からは少し離れた所、ダリヤが広げた防水布を整えているのが見えた。
王城で見る姿とまるで違うので、つい視線が向く。
「森で目立たぬよう男物を着た上に、魔物を寄せないためにと声まで低く変えておられるな」
「いつもながら仕事に対する熱意が高い方だ……」
「なかなか自然だな。いつもが女装とか言われても納得しそうなほどだ」
こちらも防水布を広げつつ、騎士達がダリヤについて会話を交わす。
そのとき、一人の騎士が手を止め、声を低くした。
「……いや、ロセッティ会長は男物は着ているが、男には見えんだろう」
「え、あんなに頑張ってるんですよ。ひどくないです、先輩?」
「そういう意味ではない。その――首のあたりを見るとわからないか?」
「……ああ、なるほど」
薄い巻物、その隙間からのぞく白さと予測される細さに、数人がうなずく。
ちょうどそのとき、ダリヤが防水布のめくれを直そうと左手を伸ばし、こちらに横顔を向けてかがんだ。
「手首も細いですね……」
「……やはりいろいろと女性らしいですな」
それまで黙っていた魔導師が、わざとらしい咳払いを二度した。
「皆さん、ロセッティ会長の努力に対し、そういったことを語るのはどうかと……」
「失礼しました。ただ――あなたも本日、ロセッティ会長をだいぶご覧になっているようですが?」
ゆるく注意した魔導師に対し、壮年の騎士がじと目を向ける。
数秒の沈黙の後、魔導師は声をひそめて答えた。
「個人的に――ロセッティ会長は、眼鏡が大変お似合いになると思います」
「……同意する。次から普段のお姿にあの眼鏡でいらして頂けないだろうか?」
「いいや、やはり今のあのお姿で眼鏡でしょう」
「先輩方、なぜそこにこだわるんですか……?」
ひそひそと言い合っているところ、不意に影がさす。
今日は天気がよかったはずだが、急な曇りか――そう思って見上げれば、目の前に青い鎧蟹がいた。
「……皆さん、お話に楽しく盛り上がっていらっしゃるところを大変恐縮ですが、解体をしてもよろしいでしょうか?」
蟹を頭上高く持ち上げた男が、丁寧に尋ねてくる。
目の前の蟹のごとく青ざめつつ、騎士と魔導師達は固まった。
「ヴ、ヴォルフ……」
「ス、スカルファロット殿……」
「ヴォルフ先輩、あ、あのですね……」
一言も責められてはいない。威圧もされていない。
なのに、ひれ伏して全力で謝罪したくなるのは何故だ?
「とりあえず――口にひとつかみの塩を入れて閉じ、手足をすべてもいで動けぬようにし、背中側からじりじりと焼いてみたいと思います」
唇だけで笑んだ男が、ひどく冷えた黄金の目を自分達に向けている。
「……ヴォルフ、それは蟹の話、だよな……?」
騎士の上ずった声に、魔物討伐部隊の『魔王』は、何も答えなかった。