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149.スライムの研究者

 その後、ダリヤ達はイエロースライムとレッドスライムの小部屋を見た。


 イエロースライムは槽の端に集団で固まっており、大人しかった。

 他のスライムより仲間意識が強いらしく、全体数が減るとなぜか一匹ごとの食事量が減るのだという。


 ダリヤ達が近づいても、あまり反応はなかった。

 ただ、イデアが近づくとゆっくりと寄っていくので、やはりなついてはいるらしい。


 レッドスライムは他三種と違い、動きが大きく、すばしっこかった。

 一匹ごとにテリトリーがあるのか、個体同士が離れ、密集していない。


 ブルースライム、レッドスライム、グリーンスライム、イエロースライム、この代表的なスライムの中では、レッドスライムの発見個体数が最も少ないのだという。

 ヴォルフもあまり遭遇したことはないそうだ。


 レッドスライムは好奇心が強いのか、ガラス越しに見ていると人間の方に寄ってくる。

 一番多く寄られていたのはやはりイデアだったが、ヴォルフが近くで観察できると、とても喜んでいた。


 四色のスライム部屋を満喫した後、警備員とすれ違いながら、通路を奥へ進んだ。


 向かう先にあったのは、漆黒の表面に、赤い火の魔法陣が大きく刻まれた一枚ドアだ。扉自体が禍々しい気さえする。

 イデアは鍵を開けながら話し出す。ここだけは別途、専用の鍵があるらしい。


「こちら、一個体だけブラックスライムがおります。研究したいのですが、まったく分裂しないので、開設当初からそのままです」

「……ブラックスライム」


 ヴォルフが眉間に深く皺を寄せた。


 ブラックスライムの槽はかなり小さめで、ガラスが分厚かった。

 聞けば、二重構造で内側は硬化魔法を付与した特注の厚いガラス、外側は魔封じの水晶を入れたこちらも特注品だと言う。


 部屋の天窓までも魔封じの水晶が入っていると聞き、やはりブラックスライムへの警戒は必要なのだと納得した。


 槽に近づくと、中央に黒く丸まったブラックスライムがいた。

 ハンドボールほどの大きさだろうか。四人が近づいても、まったく動きはない。

 久しぶりに近くで見たが、半透明の艶やかな黒である。にじみ出る強い魔力は、スライムの中では別格だ。


 黒曜石を思わせる色合いに見とれていると、不意に、ブラックスライムがふるりと動いた。

 思わず凝視すると、ゆっくりとダリヤの方向へ這い進んでくる。

 近くで見るいい機会だとも思ったが、途中から妙な寒気を感じ、つい後ろに下がってしまった。


 すぐかばうように前に出たのは、ヴォルフである。

 その広い背中から、妙な重圧を感じるのは気のせいか。


「ヴ、ヴォルフ?」


 思わずその名前を呼んだとき、バリンと何かが砕ける音がした。


「え?」


 ブラックスライムが内側のガラスにぶち当たったらしい。一瞬の跳躍だった。 

 物理防御と魔法防御をほどこした水晶板も、ブラックスライムの一点集中攻撃には耐えきれなかったようだ。槽の内側、一枚目のガラスに薄くヒビが入っている。


「ブラックスライムを刺激しないでください!」


 悲鳴に似たイデアの声に、ヴォルフが胡散臭い笑顔でふり返った。


「すみません、遠征のときのクセで、つい『威圧』が……」


 槽のヒビについては、すぐ修理するという。

 ヴォルフが弁済を申し出たが、担当者が魔法で修理できるので不要だと説明され、安堵した。


 謝罪と話を終え、また四人で移動することにする。


 なんとなく気になって振り返ると、自分に近いガラス部分に、ブラックスライムが真っ平らになってくっついていた。

 ダリヤは無言で、視線をそっと外す。


 とりあえず、初対面のブラックスライムにも、敵意を向けられているか、恨まれているらしいことは認識した。

 ダリヤは振り返らぬまま、黒いドアの部屋を後にした。




 次に通された部屋はさらに通路の先で、ドアにイデアの名前が書いてあった。

 部屋の中はそれほど広くない。小さな槽がいくつかあるが、同じ槽にレッドスライムとブルースライムがいたり、イエロースライムとグリーンスライムがいたりと、交ざっている。


「こちらはお見合いというか、他色のスライムと交配ができないか、研究している槽です」

「交配ですか? スライムって、通常は同種分裂で、同じ特性の個体が増えていくものですよね?」

「ええ、そうです。でも、たまに変異種が出るので、可能性のひとつかと思いまして……いくつかの種類のスライムを同じ槽にしたりして実験中です」


 変異種の誕生は、場所が条件ではなく、スライム交配によるもの――その発想はなかった。

 ここで変異種が生まれれば、特性によってはそれを証明できるかもしれない。


「あの、イデアさん、ブルースライムがレッドスライムを攻撃しているみたいですが……」

「ええ、でもあの個体はぬるい攻撃はしますが、仕留めないので。レッドスライムの方が、ブルースライムを追いかけ回していることもあります」


 目の前の二匹は仲が悪いのかと心配したが、じゃれているだけらしい。もしかすると案外、相性がいいのかもしれない。


「スライムにも、色を超えた恋とか、恋の駆け引きってあるんですかね?」

「わからないけど、それ以前の問題という気がする……」


 イヴァーノの素朴な疑問に、ヴォルフが難しい顔をしていた。


「これも養殖の一環でしょうか?」

「いえ、養殖というより私個人の研究なので……この部屋をお借りして、私の槽を置かせてもらっています」

「あの、もしかして、ご自分で槽を?」

「はい、職員割引で買えました。養殖場の職員施設で寝泊まりができるので、貸し部屋もいりませんし、食料も配達してもらえるので。研究に回せて、とてもありがたいです」


 にこりと笑う女には、一点の迷いもない。


 ああ、これ、一点集中タイプだ――ダリヤは自分を棚に上げて思う。

 重なって思い出してしまったのは父、カルロだ。


 自分も魔導具研究になると、少々夢中になって周囲が見えなくなることはあるし、高額素材にも手を出すことはある。が、父ほどではない。


 父は、妖精結晶をはじめ、稀少素材への挑戦が多かった。

 若い頃からいろいろな魔導具を制作し、収入もそれなりにあったはずだ。


 だが、亡くなってから口座を確かめると、かなり少なかった。おそらくは若い時分から素材関連につぎ込んでいたのだろう。

 商業ギルドの口座を閉じるとき、立ち会いの係員にかなり心配された。ダリヤは自分で働けるので何の問題もなかったが。


「こちらの槽、この子が変異種かもしれない個体です」


 一番小さな槽に手を向け、イデアは笑顔で言った。

 中にはソフトボールほどの大きさの、濃い灰色のスライムがいた。


「灰色のスライムですか?」

「グレースライムと呼んでいます。イエロースライムとグリーンスライムを入れていた槽にいまして。捕獲のときにはこの色のスライムはいなかったと冒険者の方が言うので、おそらくこの養殖場生まれです。まだこの子だけで、分裂していませんが」

「新しい魔物か……」

「ある意味そうなりますね」


 ヴォルフの言葉にダリヤがうなずく。

 ちょっと魔剣制作が思い出されたが、今は考えないことにする。


「グレースライムは、特性がわからないんです。攻撃も一切してこなくて、魔法も確認されていないので。二個体以上に増えたら『成分確認』をしようかと思っています」

「成分確認……」


 ヴォルフが低い声で復唱した。


 ふるり、グレースライムが震えたように見えたが、気のせいにちがいない。




 見学が終わると、イデアは渡したい書類があるとのことで、事務所へ行った。

 ダリヤ達は待ち時間の間、もう一度ブルースライム達を見せてもらっていた。


 ゆるゆると動くスライム達を見ながら、つい思い返してしまう。

 イデアの手は、スライムの溶解液による火傷か、あちこち赤かった。


 彼女の研究室はけして広くはなかった。

 けれど、彼女が購入したという槽はきれいに掃除をされており、観察書類は、きちんとそろえてまとめられていた。


 研究主任のイデアがどのぐらいの給与なのかはわからない。

 だが、魔法付与のあるガラスの槽は、けして安くない。


「イヴァーノ、あの、相談があるんですが……イデアさんの研究費用の援助をしてはいけませんか? 槽の分だけでも。もしかしたら、新素材になるかもしれないスライムですし」

「いいですけど、それは会長の財布からじゃなくて、商会からにしましょう。あと、うちが出さなくても、アウグスト様に提案したらいけるかもしれません。ああ、フォルト様に相談して一緒に提案すれば早いかも……その件、任せてもらっていいです?」


 どこぞのギルド長への巻き込み発言を混ぜつつ、イヴァーノが紺藍の目を向けてきた。


「はい、お願いします」


 二人のやりとりを、ヴォルフは黙って見守っていた。



 イデアが戻って来たのは、それからすぐのことだった。


「すみません、お待たせして……ダリヤさん、こちら、お役に立つかどうかはわからないのですが、よろしければお持ちください」


 差し出されたのは分厚い羊皮紙の束だ。紐でまとめられており、ずっしりと重かった。


「この養殖場で育てたスライムの成分表です。冒険者ギルドのタッソ部長から、許可は得ていますので」

「貴重なデータをありがとうございます」


 一番上の羊皮紙を見れば、几帳面な字で、スライムの種類、重量、状態、成分が細かく記されている。

 これだけのデータをとるのに、一体どれほどの時間と手間が必要だったろう。


 それでも、イデアの顔には苦労など一欠片ひとかけらもなく、うれしさと誇りにあふれていた。


「ダリヤさん、個人的なことですみませんが――私は子供の頃からスライムが大好きでした。でも、学院では人気がなく、予算もつきづらく……それが、今、こうして研究と飼育ができるようになって、とても感謝しています」

「私だけではなく、各ギルドの皆様あってのことですので……でも、教えて頂いたことを、とてもうれしく思います。スライムの研究、楽しみにしていますね」

「はい、今後もよろしくお願いします!」


 差し伸べられた手に、ダリヤは迷いなく手を重ねた。しっかりと握手をし、互いに笑い合う。


 その姿をイヴァーノは微笑ましげに、ヴォルフは少しまぶしげに見ていた。


「増築次第、グリーンスライムの他、いろいろなスライムも増やしますので。ぜひ、またいらしてください」


 イデアの笑顔の向こう、槽のスライム達はいつもより少し強く震えていた。

活動報告(2018.10.25)にて、書籍「魔導具師ダリヤはうつむかない1」の発売御礼をアップしました。応援してくださった皆様、関係者の皆様、読者様へ心より御礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう基礎研究開発が発展・進歩の土台になるんだけど、現実では重要性が理解されず予算を削られるんだよね…… 真に豊かな社会ってこういうところにお金を回せることだと思う これ以上はこの場に…
[良い点]   [一言]  変異種は唯一種(子孫が増えない)なのかもしれないね。
[良い点] グレースライムは『成分確認』されたくないから分裂しないんじゃ…
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