14.泡ポンプボトル
ダリヤは魔導ランタンの魔石を入れ替えると、作業場に吊るした。
外はまだ雨だ。
魔導ランタンは、祖父が最初に作った魔導具だという。
油の代わりに火の魔石を使い、ランタンそのものを小型化、高性能化した。魔石ひとつで長時間持つので、旅や夜警にも重宝されている。
祖父が作った当時は、油の方が安かったが、魔石が普及した現在は、維持コストは同じぐらい。購入価格は油のランタンの方が安いが、安全や手入れを考えれば魔導ランタンがいいと、それぞれ使い分けられている。
この国で最も発展している魔導具の分野は、生活魔導具だ。
ダリヤの感覚では『家電』である。
家電関連の魔導具は、祖父の時代から一気に発達したらしい。魔石の研究と普及の影響ではないかと父は言っていた。
ダリヤは作業場の机に様々な部品を並べ、生成り色の紙にメモをとりつつ、考えをまとめていく。
この国では植物から作った紙も、鉛筆に似た筆記具もやや高めだが普通に流通している。筆記具の方は、中心に細い炭芯があり、周囲が硬い紙で覆われたものだ。
契約書などは今までの歴史から羊皮紙が多いが、このところは紙の書類の割合が上がっていると商業ギルドで聞いた。
婚約破棄の翌日から作ろうと考えていたのは、石鹸水用の泡ポンプボトルである。
魔導具ではないが、気分転換となつかしさもあって作ることにした。
泡ポンプボトルの主な作りは、容器本体、蓋の上のプッシュ部分、蓋、そして蓋側につけるポンプだ。
蓋部分を押すことによって本体内部に圧力をかけ、ポンプ部分の管を通して引き上げ、網状のフィルターを通して泡にし、外に押し出す。押すだけだと戻らないので、バネを入れ、押した部分を上に戻す機構も必要だ。
幸い、学校の授業で実際に分解や組み立てをしたので、おおまかなところは覚えていた。会社に入ってからも泡ポンプボトルの設計は見たことがあるので、とりあえず試作をしてみることにする。
作業を始めると、こちらの世界で便利なのは、やはり魔法だと痛感する。
魔導具の部品関係は、魔力によって硬度や形状をある程度変えることができる。
金属の種類は様々で、前世のものはもちろん、ミスリルや魔銀、オリハルコンといったものもある。
また、プラスチックはないが、それなりに代替にできる、スライムやクラーケンといった魔物素材がそろっている。
高等学院の魔導具科で、どう組み合わせるかの基礎は習ったが、意外な組み合わせや加工が功を奏すことも多い。
ひたすらに試し、自分の求める答えをみつける作業――ダリヤにはそれがたまらなく楽しかった。
メモをとりながら部品を作り、魔法で調整、作りを確認しつつ、組み立てる。
加工をするときに出る虹色の光、独特のその輝きが夜の作業場に何度も光る。
分解しては作り替え、合わせ直し、メモを取る。ただ無心でそれを繰り返した。
ちなみにダリヤの魔力は庶民にしては多めである。
これは代々魔導具師をしている先祖と、貴族出身だった母のせいだろう。
もっとも、ダリヤは母の顔すら知らない。
母は押しかけ同然に父と結婚したものの、ダリヤを産みに実家に帰り、そのまま戻って来なかった。自分だけは父の元に返され、こうしてここにいる。
魔力は平民にしては多目と言われたが、高等学院では中程度、高位貴族には到底及ばなかった。
魔導師の派手な魔法の話を聞き、せっかくの転生なら、魔力チートがほしいと思ってしまったこともかなりある。
だが、ダリヤには、弱い魔力を長時間安定して出せるという特技があった。これは細かに部品を作り、修正していくのには大変便利で、魔導具師向きだ。
今は深く感謝しているところである。
試行錯誤を繰り返していると、あっという間に時間は飛ぶ。
ポンプ部分とバネの調整で手間取り、ほぼ徹夜になってしまったが、とりあえず試作品が2本できた。
あとは石鹸水の濃さによる泡の状態を、浴室で確認し、また修正を繰り返すだけである。
ダリヤは一息入れる為、サイドテーブルに出していたワインのグラスに、ようやく手を伸ばした。
ワインはすっかりぬるくなってしまっている。
馬車を返した帰り、赤ワインを買うつもりで店に行き、つい白ワインを買ってきてしまった。
ワインが喉を滑り落ちるとき、魔剣について夢中で話す男が思い出された。
たった数時間だったが、二人で話すのはとても楽しかった。
つい、今も反芻して笑ってしまうほどだ。
自分が男だったら、あるいは、ヴォルフが女だったら、きっと連絡先を教えていたに違いない。
広い王都で彼と再会する確率は低い。
もし、再会したところで、視界がずっとぼやけていた彼は、ダリがダリヤだとはわかるまい。
二度と会うことはないだろうと思いつつ、ダリヤは彼の回復をそっと神に祈った。
「……ヴォルフさんの目が、ちゃんと治りますように……」




