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148.スライム養殖場見学

 冒険者ギルドに行った二日後、ダリヤはスライム養殖場を訪れていた。


 スライム養殖場は、王都を出て東側すぐの草原にあった。

 流石に王都の中では難しかったらしい。


 高い黒レンガの塀に囲まれたそれなりに広そうな敷地で、出入り口は分厚い鉄の門だった。

 厳重な牢獄を思わせる外観だが、中に入ると、緑の芝生部分が多く、奥の養殖場は意外に小さかった。


 スライム養殖場へ共に来たのは、ヴォルフとイヴァーノだ。

 ヴォルフに『一緒にスライム養殖場を見に行きませんか』と手紙を書いたところ、即折り返しで了承がきた。

 空いている日付を四つ教えられたので、冒険者ギルドに使いを出したところ、一番早い日取りにしてくれた。

 それが今日である。


 早すぎないかとも思ったが、増設前の今の方が、予定が空いているのかもしれない。ありがたく見学させてもらうことにした。


 冒険者ギルドからの手紙では、同行者を増やしてもかまわないと書かれていたので、他にも尋ねてはみた。

 ガブリエラに声をかけたら、忙しいから無理と即答された。


 服飾ギルド長のフォルトは、すでに三度行っていると聞いた。

 ルチアも誘ったが『生きているスライムは、銀貨をもらっても会いたくない』と言われた。

 絹糸を吐くかいこの見学なら喜んでする彼女なのに、もったいない話だ。


 スライム養殖場の門を過ぎると、すぐに馬場があり、空色の髪の女性が待っていた。


「ロセッティ商会の皆様、お越し頂いてありがとうございます。スライム養殖場、研究主任のイデアリーナ・ニコレッティです。イデアとお呼びください」


 イデアの見た感じから年下だと思ってしまったが、主任というあたり、ダリヤと同じか、それよりも上なのかもしれない。ダリヤより背が低く、紺枠の眼鏡に柔らかな面差しが印象的な女性だった。


「お招きありがとうございます。ロセッティ商会長のダリヤ・ロセッティです。私もダリヤとお呼びください」


 続いて、ヴォルフが商会保証人として、イヴァーノが商会員として挨拶をした。


 馬場から奥の養殖場までは少し歩く形だった。

 スライムは馬に怯える個体も多いため、その対策でもあるらしい。


 奥の養殖場のドアは分厚く、こちらも鉄製だった。イデアが二本の鍵を使ってドアを開け、全員が中に入ってから、内側からまた鍵をかける。


「ご不快でしたら申し訳ありません。万が一に備えて、毎回鍵をかけることになっておりまして」

「いえ、お気になさらないでください」


 安全管理は徹底されているらしい。ドアノブの周囲には魔封銀の板が艶やかに光り、両壁には大きな魔法陣が刻まれていた。おそらくは、風と火の魔法陣だろう。

 同時起動させれば、通路はすぐ火の海になりそうだ。使い道はちょっと考えたくないところである。


「最初に、ブルースライムの槽からご案内しますね」


 イデアと共に通路を進むと、青い飾りプレートのついた二枚ドアを開く。

 進んだ先は大部屋で、ガラスでできた四角い槽が十以上並んでいた。

 上にある蓋だけは、ガラスではなく、魔法系の水晶を混ぜ込んだものらしい。高窓からの陽光が、きれいな虹をいくつも作っていた。


「蓋だけは魔封じの水晶を入れています。スライムは意外に力があるので、蓋をずらして逃げられるのを防ぐためです」


 説明を受けつつひとつの槽に近づくと、小さいブルースライムの一群がいた。


「こちらが生まれて一週間のスライムです」


 ゆるゆると寄ってくる小さなブルースライム達は、ピンポン球ほど、動きものんびりとした感じだ。

 餌であるというクズ野菜やクズ肉を粉にしたものを入れると、のたのたと集まってきて、丸い体をふるふると動かして食事をする。

 近くにいてもまったく怯える気配はない。むしろ、餌を入れたイデアに自ら寄ってきている。


「スライムって、こんなになつくんですね」

「幼体は子供のようなものですから、成体よりなつきやすいんです」


 森や湿地では会いたくないが、こうして見るとなんともほのぼのする。このままなら、水槽に入れて飼っておくのもいいかもしれない。


「こちらが四週間ほど育ったブルースライムです。この大きさから外部に出せるようになります」


 少し進んだところの槽、先程よりもだいぶ大きく、両掌にちょうど乗るぐらいのスライムがいた。学院時代によく見ていたスライムの、七、八割程度の大きさだ。


 ダリヤは少しだけ近づき、ガラス越しにスライム達を見た。

 半透明の青く丸いスライムが、ゆるゆると動いている。遊ぶようにぽふぽふと跳ねている個体もいた。


 スライム達を落ち着かせるためなのか、それとも食材としてなのか、槽の真ん中に少し太めの木のみきがおかれている。

 どうやら木の周りは人気らしく、多くのブルースライムがくっついていた。


 この大きさになると、防水布の材料として出荷可能になるそうだが、一匹あたりどのぐらいの粉になるのだろう。

 天然物よりわずかに青みが薄く感じられる。天然と養殖で、成分差異は出るのだろうか。魔法を付与するときに違いはあるだろうか。


 そんなことを考えつつ、ガラスにぴたりとくっつくと、目の前のブルースライム達がじりじりと反対側へ移動しはじめた。


「……あぁ」


 ブルースライム達に自分の思考が伝わってしまったのか、あるいは、自分がスライムの恨みを買っているため、何かがにじみ出ているのか。

 いろいろと思い当たる節がありすぎ、ダリヤは軽くため息をついた。


「こうしてみると、案外かわいいものだね」


 後ろにいたヴォルフも、なごんでいたらしい。

 ダリヤのため息には気がつかなかったようで、少し離れた場所で、何気にガラスに手を伸ばす。


 その途端、近くにいたスライム達は、勢いを増して反対側へと離れていった。ぼふりと音を立てて飛んでいった個体もいくつかいる。

 誰がどう見ても、全力で警戒・避難されていた。


「……俺、ここまでスライムに嫌われているんだ」

「……大丈夫です、私も似たようなものです」


 微妙な顔で話し合っていると、背後からためらいがちに声をかけられた。


「あの、お二人とも、できれば槽から少し離れて頂けると……ブルースライムはたいへん繊細で、初めて見た方を警戒しやすいのです」


 イデアはそう言うが、二人から少し離れたところにいるイヴァーノの前では、ブルースライムが重なり合ってたまっている。

 ガラスに思いきり顔を近づけているのに、まるで警戒されていない。


 ダリヤの視線に気がついたか、彼は笑って言った。


「髪の色じゃないですかね? 俺の髪、黄色の入った茶ですから、美味しそうな落ち葉に見えるのかもしれませんよ。ダリヤさんの髪は赤ですから、火を連想して逃げるんじゃないですか?」

「俺の髪は黒なんだけど、土とか落ち葉は連想してくれないらしい……」

「いやいや、ヴォルフ様、そこは魔物討伐部隊の迫力と誇ってくださいよ」


 苦笑するヴォルフに対し、イヴァーノが少しばかり無理があるなぐさめを告げる。


「スカルファロット様は、魔物討伐部隊の方なのですか?!」


 不意に、イデアが青藤あおふじ色の目を輝かせて食いついてきた。

 にじりよって距離をつめられ、ヴォルフは軽く身構える。


「ええ、そうですが……」

「ぜひお教えください! 野生のブルースライムというのは、やはりこれより攻撃的でしょうか? 横を通っただけで攻撃されることもあると本にはあったのですが……」

「いえ、攻撃しなければ基本攻撃をしてくることはありません。ただ、うっかり踏んだときと、湿地帯や沼地で数が多い場で、そこをテリトリーとみなしていると、横を通るだけでも攻撃されることはあります」


 イデアが白衣の胸ポケットからメモ帳を取り出し、記入しながらの質問は続く。


「なるほど。あと、野生で最大個体の大きさはどのぐらいでしょうか?」

「見たことのある最大のブルースライムは、私の身長の三分の二ほどでした。大きめの鹿を捕食していたので、その体積分もあるかと思いますが」

「そのスライムは、核が一個でしょうか?」

「私は確認しておりませんが、槍を使う騎士が一撃で倒しましたので、おそらく一個だけだったかと……」


 その後、しばらくヴォルフが質問責めにあった。

 メモをとりながら早口で尋ねるイデアに、ダリヤは妙な親近感を覚える。


「ありがとうございます、とても参考になりました。あの、ダリヤさん、よろしければ槽に関するご意見を頂けないでしょうか?」


 ヴォルフへの質問が終わると、今度はダリヤに話が振られた。


「自然環境との比較は難しいと思いますが、ブルースライムには少し明るさが強いかもしれません。暗めのところを好む個体も多いようなので」


 塔で逃げ出した一部のブルースライムが、棚の下やバケツの影に隠れていたことを思い出しつつ話す。イデアは深くうなずいた。


「なるほど……観察に便利なのでつい明るくしてしまっていましたが、生育が少し遅いのはそれもあるのかも……槽を少し布で覆うなどして、どちらに寄るか確かめてみます!」


 その後も、イデアとダリヤは、スライムに最適な水質や温度、特性などについて話が続く。


 ヴォルフは盛り上がってきた二人から、少しばかり距離をとる。その肩が息を吐くために少し揺れた。


「……ヴォルフ様、ええと、たぶん大丈夫です」


 ヴォルフの隣まで移動し、イヴァーノがささやいた。


「会話が全部スライムで、ヴォルフ様について尋ねることは一言もありませんでしたよね? イデアさん、たぶん、ダリヤさんやルチアさんと同じ種類です」

「……理解したよ。自意識過剰ですまない」

「いえ、そこは『自衛』と言ってください」



 その後、四人はようやく廊下に出て、次のスライムの部屋へと移動した。

 ドアのプレート飾りは緑、グリーンスライムの部屋であるらしい。 


「こちらはグリーンスライムの槽です」


 ブルースライムの部屋、その三分の一ほどの広さに、ガラスの槽が並んでいる。

 天窓からの光が多く当たる部分に、みっしりとグリーンスライムが並んでいた。あまり動いている個体がいない。

 一匹ごとの大きさはブルースライムよりも大きめだが、高さはあまりなく、槽の中で平べったくなっている。


「グリーンスライムは冒険者の被害も過去にないので、生態があまりわかっていません。養殖だからなのか、ひなたぼっこをして動かないご高齢の方のような感じで……あまり餌もとらないのです。それでも成長速度はそれなりに速いんですが」

「あの、グリーンスライムって、光合こうごう、いえ、太陽の光で栄養を作るからじゃないでしょうか。植物と同じく」


 前世の記憶から光合成と言いかけ、なんとかとどまった。確か、今世にその言葉はない。

 ただ、日光が植物の成長に不可欠であるというのは、植物学の授業で普通に教わった。


「植物と同じ……ああ、そう考えると納得できます。動物よりそちらに近いのかもしれませんね。勉強不足で申し訳ありませんが、グリーンスライムに関して、そういった文献か本はありますでしょうか?」

「すみません、記憶が曖昧で……先輩か先生方との雑談で伺ったのかもしれません」


 確か、光合成の話は学生時代に父と話した。

 父は、ダリヤにとって魔導具師として先輩で先生なので、嘘ではない。


 カルロは光合成の理解は早かった。

 だが、『光合成というヤツは人間にも取り入れられないだろうか。そうしたらその場から動かなくても暮らせるのでは?』と真顔で言われた。

 そのため、ダリヤは二度とその話題を振らなかった。


「いえ、大変よいことをお伺いしました。日当たりをよりよくした槽で、比較実験をしてみますね!」


 満面の笑みで言うイデアが、なんだかまぶしく思えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じ種類………類は友を呼ぶ、ですね。
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