146.冒険者ギルド
午後、お茶の時間の少し後、ダリヤはイヴァーノと共に冒険者ギルドを訪れていた。
冒険者ギルドへの挨拶と、二角獣の素材受け取りのためだ。
見事な赤レンガで建てられた冒険者ギルドは五階建て、商業ギルドよりも新しい。
冒険者ギルドの建物は左右に分かれている。依頼を受けたり素材を売ったりする冒険者の出入り口は左、素材の受け取りや商売関係で来る来客は右の入り口だ。
冒険者の出入り口の方が人が多く、にぎやかそうだった。
ちょっとだけ冒険者達の姿を見たい思いにかられたが、大人しく来客用の入り口を通る。
「おや、ダリヤ嬢。珍しいところでお会いしましたね」
入ってすぐ、聞き覚えのある声がした。
声の方向に目を向けると、銀髪に銀縁の眼鏡の男が立っていた。その後ろには、妻であるエルメリンダの姿もある。
お互いに挨拶を交わすと、オズヴァルドが素材受け取り用の赤い羊皮紙を上げてみせた。
「私は二角獣の素材受け取りですが、もしや、ダリヤ嬢もですか?」
「ええ。加工が済んだとご連絡を頂きましたので」
どうやら二人とも同じだったらしい。
魔物討伐部隊では複数の変異種の二角獣を仕留めたと聞く。
この素材を待っている魔導具師は、他にもここに来ているかもしれなかった。
「そのうちに、授業で二角獣も使ってみましょうか?」
「ぜひお願いします」
二角獣の変異種――一度も使ったことがない稀少素材だ。
どの部位でどのような効果があり、どんな魔導具ができるのか、考えると胸が躍る。
つい想像の海に浸っていると、オズヴァルドが右手を胸の前で横にし、優雅に会釈してきた。
「遅ればせながら――ロセッティ商会長、魔物討伐部隊御用達、ならびに相談役へのご就任おめでとうございます。併せて、男爵叙爵がお決まりになられたこと、心よりお祝い申し上げます」
「あの、オズヴァルドさん、相談役と言っても特には、それに爵位はまだ決まったわけではなく……」
いきなり商会長呼びになったことと、丁寧な祝いの言葉に、ダリヤは慌てふためく。
「ゾーラ商会長、お祝いの言葉を頂き、ありがとうございます。ご指導の賜物と深く感謝しております。まだ青葉の商会でございますので、今後ともご教授いただければ幸いです」
後ろにいたイヴァーノが自分の隣に来て、流れるように挨拶を返した。
「……イヴァーノは合格。ダリヤは補習ですね」
オズヴァルドの低いささやきに凍りついていると、黒髪の女が上着の袖をそっと引いた。
「旦那様、お約束のお時間が」
「そうですね、参りましょうか。ダリヤ嬢、イヴァーノ、また次の授業でお会いしましょう」
オズヴァルドはいつもの静かな顔に戻り、エルメリンダと共に二階へと上がっていった。
その後ろ姿を見送り終え、ダリヤはようやく呼吸を取り戻す。
どうやら、オズヴァルド先生は、自分を魔導具師としてだけではなく、商会長としても鍛えてくれるつもりらしい。
しかも、結構厳しそうだ。次の授業がすでに怖い。
「会長、たぶん、これからこういうのは増えると思いますので……頑張りましょう」
背後の部下の声に、つい遠い目になってしまったダリヤだった。
その後、なんとか気を取り直し、受付へ向かう。挨拶をすると、すぐ最上階に案内された。
今日の一番の目的は、冒険者ギルドの副長の、アウグストへの挨拶である。
王城で財務部へプレゼンをした日、アウグストから商会の推薦状が届いたという。ダリヤが魔物討伐部隊長のグラートからそれを聞いたのは、つい数日前だった。
急いでアウグストへお礼の手紙をしたため、今日の面会予約をとった。
スライム養殖の件もあるので、ギルド長にも挨拶をと考えた。が、冒険者ギルド長は年に一、二度しか王都に戻らず、常に支部を回っているという。
自ら稀少素材の魔物を獲りに行ったりもする、現役の冒険者でもあるそうだ。
実質、副ギルド長のアウグストがギルド長のようなものだと、ヴォルフに聞いた。
豪華な応接室で型通りの挨拶を交わすと、すすめられた濃茶のソファーに腰をおろす。
アウグストは今日の予定がつまっているようで、先に時間を区切ることを謝られた。おそらく、無理をしてこの面会を入れてくれたのだろう。
ダリヤは急いで礼を言い、小型魔導コンロ二台と微風布のマフラー二本の包みをイヴァーノから渡してもらう。
「これが、噂の微風布ですね」
微風布の包みに、アウグストはうれしげに赤茶の目を細めた。
ダリヤはその顔に、少し不思議になった。アウグストもやはり王城での会議などで、暑さが辛いのだろうか。
「妻達に布だけでもとねだられておりましたので、大変助かります」
『妻達』の単語を耳が拾った。アウグストにも二人以上の妻がいるらしい。
「スカルラッティ様、一商会員の身で大変失礼なことをお伺い致しますが、奥様はお二人で、ご息女様はいらっしゃいますか?」
「……妻二人に、娘が二人おります」
イヴァーノのいきなりの確認にあせるが、アウグストはひどく真面目な顔で答えてきた。
「どうぞこちらをお納めください」
「お気遣いをありがとうございます」
イヴァーノが追加の微風布のマフラー二枚を鞄から取り出すと、アウグストが丁寧な仕草で受け取る。
一種儀式めいたそのやりとりを、ダリヤはただ無言で見ていた。
「今後、グリーンスライムの養殖には、特に力を入れていきたいと思います。何かございましたら、遠慮なく私の方へご連絡ください」
アウグストの上機嫌な笑みに挨拶をし、応接室を後にした。
「イヴァーノ、微風布のストック、持ってきてたんですね」
廊下に出てから尋ねると、彼は笑顔で答える。
「ええ。奥様が二人とは聞いていたんですが、娘さんについては詳しくわからなかったので……男親としては、ちょっと『いいところ』を見せたいかなと思いまして」
「微風布を渡すだけで、『いいところ』になるんでしょうか?」
色もつけていない薄緑色のまま、ただ織りの少しいいガーゼ地のマフラーである。模様も飾りもないので、貴族の装飾品としては、かなり微妙に思える。
「切って服の下にするのもありじゃないですか。それに今だと、あれを持っていること自体がステイタスになるらしいですよ」
「微風布が、ステイタス……?」
頭の中でグリーンスライムがぴょこりと跳ねた。
どうにも微風布とステイタスという単語が、結びつかない。
「フォルト様から伺ったんですが、首にチョーカー代わりに巻いたご婦人がいて、風で髪が流れるのがとても優雅だったとか。あと、袖の手首側に縫い付けた紳士がいたそうで、踊るときに女性が涼しかったとか、いろいろな話があるみたいです。貴族への販売は全部フォルト様経由なんで、仕掛け人もそうなんでしょうけど」
ここで話していいことなのかと思ったが、イヴァーノのカフスボタンが赤く輝くのを見て納得した。盗聴防止の魔導具をずっと動かしていたらしい。
「貴族の方は、流行の最先端にいたい方が多いんじゃないですかね。女性なら特に」
「そういうものなんですか……」
同じ女性ではあるのだが、ダリヤは服関係の流行にうとい。
婚約破棄前の服装では、ルチアに『二世代前の服装』と言い切られたこともある。
最近は合格ラインと言われているが、それでも時折、ダメ出しされることがある。靴の形や長靴下の色までもチェックされるので、なかなか大変だ。
魔導具の流行と最新型になら乗れるのだが、服に関しては別に好みでいいではないか。そうも思うが、商会長という立場もあり、王城に出入りする身だ。信頼を得るためにも、気を付けなくてはいけない。
それに、ヴォルフの隣であんまりな格好もしていられないと考え、ルチアのアドバイスはできるだけ取り入れていた。
「もうこんな時間ですか。すみません、会長、一度商業ギルドの方に戻ります。ギルドの打ち合わせが終わり次第迎えに来ますので」
「大丈夫です、イヴァーノ。あとは素材を積んでもらって、馬車で塔に帰りますので」
そう答えたが、彼はその紺藍の目で、ひどく心配そうに自分を見る。
「タッソ部長と会うのに、俺、本当に同席しなくていいですか? なんでしたら打ち合わせをずらしても……」
「いえ。こちらは、父と私、ロセッティ家でのお詫びですから」
イヴァーノはまだ心配げな顔をしつつも、黙って包みを手渡してきた。
今まで自分の代わりに持っていてくれた、ジャンへのお詫びの品である。
ダリヤは一度だけ深呼吸すると、ジャンのいる部屋へと足を進めた。
活動報告(2018年10月19日)にて、書籍の特典情報とアンケート用SSをご紹介しております。
よろしければご覧ください。