表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/568

143.遠征練習会

 魔物討伐部隊御用達商会、そして、相談役魔導具師。

 プレゼンの日、グラートに願われて、それを受けた。

 商会として隊に商品を納め、他にどんな物が必要かを聞いて、魔導具の話をするもの――ダリヤはそう考えていた。


 商業ギルドに戻って報告をしたところ、いつも物静かなギルド長のレオーネに、白い髭を揺らして大笑いされた。

 理由を尋ねる前にフォルトへの報告を勧められ、イヴァーノと共に服飾ギルドへ行った。


 フォルトに話したところ、第一声が『おめでとうございます。爵位授与のドレスは私とルチアに作らせてください』だった。


 意味がわからず呆然としていると、イヴァーノが質問をしまくり、内容をまとめてくれた。


 魔物討伐部隊御用達の商会は言葉通り、商会として優先的に物を納める。そして、それと共にある程度の保護も受ける。妨害行為や無理な取引は、魔物討伐部隊が代理抗議・対応できる。


 相談役は、王城で敬意を受ける扱いになるので、基本、爵位候補となる。こちらはダリヤに迷惑行為を働いた場合、同じく魔物討伐部隊が動ける。


 グラートの言う『囲う』の意味は、魔物討伐部隊で守るということだったと理解した。

 しかし、正直、本当にいいのかと落ち着かぬ気持ちの方がまさる。


 通常、男爵は推薦があってから査定で、叙爵までは一年ちょっとかかるという。

 説明後に『来年中には、ロセッティ男爵誕生ですね』とフォルトに微笑まれ、膝がかくりとした。


 確かに、ヴォルフの隣にいてもおかしくないよう、爵位はいつかほしいと願っていた。

 だが、心の準備もないうちに、こんな早さで進むとは思わなかった。


 なお、ルチアは状況をまったく理解していなかったが、ダリヤのロングドレスが作れると歓喜していた。


 その後、口から魂が抜けそうになりながら塔に帰ると、妙に立派な馬車で贈り物が届いた。

 白とピンクを基調としたかわいらしい花束、日持ちのする砂糖菓子、高級感漂う紅茶の葉――ヴォルフだと思って手紙の名前を見れば、ジルドだった。


 短い謝罪と「再度お目にかかれる日を楽しみにお待ちしております」の文字に、ダリヤは机に突っ伏した。


 夜になって、ヴォルフが東酒あずまざけを持ってやってきた。

 とりあえず仮祝いということで、カマスの干物を焼き、辛いオクラを炒め、作りおきを出し、二人で飲んだ。


 プレゼンで緊張したこと、隊長の申し出に派手に噛んでしまったこと――ついヴォルフに泣き言をこぼしてしまい、だいぶ慰められた。


 ヴォルフの帰り際、『ダリヤはダリヤだよね』と言われ、ようやく開き直ることに決めた。



 そして今日、早くも魔物討伐部隊の相談役魔導具師として、遠征練習会に参加している。


 王都外で遠征練習会を行うので、遠征用コンロの講習をして頂きたい――グラートからそう依頼を受け、イヴァーノと共に隊へ同行した。


 試す場は西の森の川原かわべり

 ヴォルフと食事をした川原より、王都に近い場所だ。


 馬車で移動後、川原に防水布を敷き、数が少しだけ増えた遠征用コンロと、小型魔導コンロを並べる。人数が多いので四、五人のグループに分かれ、実際に使ってみることになった。


 まぶしい日差しの中、川風が気持ちよく吹いていた。

 ダリヤの簡単な説明と注意の後、防水布の上、隊員達が遠征用コンロを稼働し始める。見た感じ、誰一人使い方に迷っているようには見えない。


「あの、皆さん、もう慣れてませんか?」


 同じ防水布に座るヴォルフに尋ねると、黄金の目を妙に細めた笑みが返ってきた。


「ここ数日、訓練場を使って交代で遠征練習をしてたんだ。魔導部隊の隊員も参加して」

「じゃあ、もうやる必要はなかったのでは?」

「いや、全員は参加できてないから。毎回、少し場所を変えてやったんだけど、ちょうど風向きが財務棟と事務棟でね。三度目に、頼むからやめろって両方から言われて中止したから」


 それは新手の嫌がらせか。

 確かに先日は財務部長と一悶着あったが、魔物討伐部隊は財務部と事務部に恨みでもあるのかと尋ねたい。


「なぜ、そこでやったんですか?」

「偶然。ちょうどその訓練場が空いてたから。流石に悪いと思って、副隊長と一緒にお詫びに行ったよ、小型魔導コンロと燻しベーコンと干物を持って。決算前なんかは徹夜も多いから、手元にあれば重宝しそうだよね」

「もしかして、来るとき、小型魔導コンロの大量発注があったって、イヴァーノが喜んでいたのは……?」

「よかったね、ダリヤ」


 確信犯の笑顔がそこにあった。


 この際、商会の営業に、ヴォルフを正式にスカウトすべきではないか。

 いっそ危険な魔物討伐部隊の赤鎧ではなく、商会の営業として隣にいてもらえないだろうか――つい浮かんだおかしな考えを、ダリヤは全力で振り払った。


「……ありがとうございます」


 ヴォルフへの礼の声は、少しだけ小さくなった。



 遠征練習会用の食材は、なかなか豊富だった。

 黒パンによるチーズフォンデュ、燻しベーコン、ハム、卵、干物各種。干し野菜と干し肉たっぷりに塩と香辛料を先に調合して合わせた、煮るだけでできる具だくさんスープ。


 あとは動物や魔物を捕まえたときを想定したという、山のような生肉もあった。見る限り、こちらは絶対にバーベキュー用の肉である。


「すみません、ロセッティ商会長」

「はい、なんでしょう?」


 ダリヤは呼ばれたグループをイヴァーノと共に回り、質問に答えていた。


「干し魚がぱさぱさになるんです。さっき頂いた魚のようにふんわりしなくて」

「強火で焼いて、早めにコンロから下ろしてください。その方がふっくら仕上がります」


 干し魚の焼き方には少々コツがいる。

 焦がすのを気にして、弱火で乾燥させすぎてしまっては、ぱさついてしまう。


「この肉、火が通りづらくて焦げてしまいそうなんですが」

「厚めのお肉は片面を焼いたらひっくり返し、蓋をしめて蒸し焼きにするといいかもしれません」

「なるほど、それなら硬くなりすぎない」


 試行錯誤しつつ料理をする隊員達だが、皆、いい笑顔である。

 革袋のワインの追加も、あちこちで配られている。


「この肉につけるタレがうまい。後でレシピを頂けるだろうか?」

「説明書の一番後ろに、タレが三種類ありますので。あ、これは一番目のです」

「そうか。これは家でもやってみるとしよう。うちの息子が好みそうな味だ」


 父の顔をのぞかせた隊員に、ダリヤはつい笑んでしまう。イヴァーノも隣で笑っていた。

 そうして一回りした後、最初にいた場所へと戻ることにした。



 少し離れた防水布の上では、ドリノ達がクラーケンの塩漬けを焼き、野菜スープを温め、チーズフォンデュを食べている。

 ヴォルフと一緒に食事をすることもあったので、ドリノもランドルフも手慣れたものだ。


「これ、次からの遠征で食べられるんだよな?」

「ああ」

「黒パンが、この溶けたチーズをつけるだけで、すっごいうまいんだけど」

「このクラーケンの塩漬けもおいしい。遠征練習会とは思えない……」


 同じシートの隊員のしみじみした声に、ランドルフが大きくうなずく。

 その横、ドリノは真面目な顔で両手を組み、片膝をついた。


「どうみても川原で楽しい慰労会です。本当にありがとうございます」

「ドリノ、俺も神に祈りたいよ。これは本当にありがたいな」

「お前は何を言ってるんだ? 祈るのはダリヤさんに決まってんじゃねえか」


 ドリノの言葉に、大きく笑いがあがった。



 そのダリヤはと言えば、同じシートにいるヴォルフ、イヴァーノ、副隊長のグリゼルダと、魔物討伐部隊の仕事の話になっていた。

 防水布の上では、ワインの革袋がすでに三つほどカラになっている。


「疑問だったんですが、他の騎士団の方って、どうして魔物討伐部隊を下に見るんですか?」

「爵位の高い家の子弟は、第一と第二騎士団に多いですからね。その影響が大きいです」

「隊は騎士戦にあまり参加しないし、しても人間相手だと魔物とは違うから。人間相手では弱いとか、どうしても言われるね」


 イヴァーノの質問に、グリゼルダとヴォルフが少しあきらめの入った顔で答えている。


「魔物の方が怖いじゃないですか? 魔物討伐部隊が弱いって言う人は、遠征に一緒に行ってみればいいんです」


 ダリヤは、つい言ってしまった。

 天狼スコルの腕輪を使うヴォルフの動きを見たことがあるので、余計にそう思う。


「いや、遠征には来ないんじゃないかな。遠征が大変なのは流石に知られているし」

「いっそ、そこはもち上げて頭を下げ、その後に悩み相談を装って、『ぜひ一度お力添えを頂きたい』って言ったらどうですかね? 一度同行したら一考してくれるかもしれませんし」

「そういう手がありましたか」


 イヴァーノの言葉を聞き、副隊長が指で顎を押さえた。


「イヴァーノ、それ、ついて来る人に何かあったらこっちが困る」

「え、なんでです? やる気も自信もあって、本人希望なら任せていいじゃないですか。騎士なら誇りある自己責任ってことで。あと、偉い方のいる場とか、周りに人が沢山いるところで先に言質を取っておけば、多少のことがあっても問題ないんじゃないですか?」


 商談がうまく進み、少しばかり飲み過ぎていたか。イヴァーノはつい、饒舌になった。


「なるほど。にぎやかな方には、こちらが頭を下げ、相談の上でお力をお貸しくださいと言う――そういう方法もあるのですね。メルカダンテ君といったね。ちょっとあちらで、私の『個人的な相談』にのってもらえないか?」


 副隊長が、笑顔でイヴァーノの肩をつかんだ。

 大きな手の平にすっぽりと肩をつかまれ、イヴァーノは一歩も動けぬままで返事をする。


「え、ええ、かまいません。ダリヤさん、ちょっと行ってきますね」

「あ、はい……」


 グリゼルダはいつもの笑顔なのだが、なんとなく今は離れたい、そんな微妙な寒気を感じる。

 二人の背を、ダリヤはそのまま見送った。


「イヴァーノは気に入られたね。しばらくかかるかな……あ、フォークが足りないようだから、ちょっと取ってくるよ」


 ヴォルフはカトラリーを積んだ馬車へと早足で向かって行った。


 残されたダリヤは、鍋の中、厚めの肉をひっくり返す作業に移る。


 目の前の肉は赤熊レッドベアらしく見えるのだが、お高くはなかったのだろうか。

 いや、遠征ではきっと魔物を捕まえて食べることもあるという、こういった肉を使うこともあるかもしれない。そう思いつつ、火の入りを確認していた。


「あの……ロセッティ商会長!」


 呼ばれて体勢を変えると、そこには話したことのない騎士が四人ほどいた。

 ヴォルフ達よりも全員若い。軽鎧のきれいさから見るに、新人騎士達のようだ。


「はい、なんでしょう?」

「大変失礼なことをお伺い致しますが、ロセッティ商会長は、ヴォルフレードさんとお付き合いをされておられますか?」

「友人としてお付き合いをさせて頂いています」


 質問の意味を理解しかね、無難な返答をする。


「その……ロセッティ商会長は、最近はお忙しいでしょうか?」

「はい。とてもありがたいお仕事を頂きましたので」


 微妙な質問に営業用の笑顔で答えていると、壮年の騎士に横から声をかけられた。魔石の交換方法についての質問である。

 ダリヤは一度魔石を取り出し、くわしい説明を始めた。




 新人騎士達はダリヤへ話を続けられなくなり、それまでいた防水布の場へと戻った。

 遠征用コンロと小型魔導コンロのスイッチを入れ、野菜スープを温め、肉を焼き始める。


「ロセッティさんと、もう少し話したかった……」

「有能な魔導具師、スタイルよし、叙爵予定。俺達より少し年上だけど、なかなかない好条件だよな」

「しかも、あのスカルファロット先輩が隣にいて、態度がまるで変わらない。性格よさそう……」

「顔は気にしないタイプかな? だといいな……」

「先輩と友人としてお付き合いということは、可能性はゼロじゃないよな。当たって砕けてみる価値はあるんじゃないか?」

「ということは、まずはなんとか距離をつめて、お友達から……」


 こそこそと話していると、黒く長い影がいきなり目の前に伸びた。


「ねえ、君達、とっても楽しい話をしているようだけど?」

「ス、スカルファロット先輩……」


 いつの間に音もなく移動してきたのか、手が届く距離で、黒髪の男が笑っていた。

 正確には、その表情筋は笑いの形を作っているが、黄金の目は絶対に笑っていない。


 身を凍えさせそうな冷たく重いものが、いきなり真正面から叩きつけられた。

 一気に呼吸ができなくなり、四人は口をぱくぱくと小魚のごとく開け閉めする。


「ロセッティ商会の保証人、商業ギルド長のレオーネ・ジェッダ子爵、あと俺。魔物討伐部隊の相談役で、大事な大事な魔導具師なので、少しでも失礼があったら、全力で責任追及するからよろしく」


 言葉が終わると、叩きつけられていたものがぱっと消えた。


「す、すいませんでしたーっ!」

「き、気をつけますっ!」


 全員がきれいに頭を下げ、全力で謝る。

 ヴォルフは笑顔でうなずくと、さっさとダリヤのいる場へ行ってしまった。


「……さっき、スカルファロット先輩、『威圧』出てたよな?」

「出てた。チビるかと思った。魔物よりひどい。流石、死神魔王……」


 額の汗をぬぐいつつ、ようやく声を出す。膝の震えがおさまらない者もいる。


 ヴォルフの威圧は本気で肝が冷えた。

 新人とは言え、基礎訓練も実地も受け終えた自分達だ。魔物ともある程度は戦い慣れたはずなのに、指一本動かせなかった。


「もしかして、ロセッティ商会長って、スカルファロット先輩をツバメにしてる?」

「いや、あのスカルファロット家だぞ、先輩の方が余裕あるだろ?」

「え、じゃあ逆?」

「いや、そもそもスカルファロット先輩、前公爵夫人と付き合ってるじゃん」

「そこは同時進行もありだろ、女性の種類が違う」

「でもさ、先輩なら、よりどりみどりじゃないか? 仕事つながりだからって、見た目『中の上』を選ぶことは……」


 今度は聞き取られぬよう、さらに声をひそめて話す。

 目の前で肉の焼ける音の方が、よく響いていた。


「よう! お前ら、明日からの訓練、大変だな」

「自業自得だ。発言の責は己で償え」

「はい?」


 肉を運んでいる先輩達にいきなり声をかけられ、全員の動きが止まる。

 青い髪の男は、苦笑いを隠さずに続けた。


「あのな、ヴォルフ、耳がいいから、たぶん全部聞こえてんぞ」

「えっ?!」


 全員の視線が、離れた場所、ダリヤの隣にいるヴォルフの背に向く。

 彼はタイミングよく振り返ると、いい笑顔を浮かべ、その胸を二度、拳で叩いた。


「よかったな。胸を貸してやるから、かかってこいってよ」

「有意義な鍛錬となるだろう」

「ええっ?!」


 若い騎士達の悲鳴に似た声が響いた。



 翌日以降、魔物討伐部隊の一部で、二日連続で続いた自主訓練があった。

 訓練場の地面がえぐれるほどの激しさだったが、内容については、参加者の誰も口にしなかった。

・自主訓練=魔王役が楽しく追いかける鬼ごっこ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「中の上」扱いにぶちギレるヴォルフさんですネ。分かります( ˇωˇ )
お互いに友達だって言い切ってるのに他人の恋路は邪魔しようとするの、シンプルに性格が悪いなって思う。 ツバメうんぬんに関しても自分がそういう噂を立てられるためにやってることなのにいざ言われたらムカつくと…
中の上ひでえww!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ