132.友の暴露大会
「さて、うまい食事で酒も回ったんで……自己紹介代わりに、暴露大会ということで」
「え、ここでやるんですか?」
「そっか、ロセッティ商会長は暴露大会は知ってるんだ。それじゃ、説明しなくていいな」
ドリノは青の目を細め、どこか悪戯っぽく笑う。
「ドリノ、騎士同士では自己紹介代わりにやるが、女性に対してはどうか?」
「いや、ここはやっておきたい。ということで勝手に暴露大会。俺はヴォルフを最初、いけすかない奴だと思ってました!」
自爆のような打ち明け話に、むせそうになった。
ダリヤは飲みかけのグラスを、ようやく口から離す。
「初対面の挨拶は型通り、貼り付けた笑顔、女からの手紙を触れもせずに返す、告白は途中でへし折る、泣かれても放置。どれだけスカした奴なのかと思ったら……中身がこれでした」
「ドリノ、『これ』ってどういう意味? あと、俺、これ聞くの三回目なんだけど」
ヴォルフは苦笑しつつ補足した。どうやらこの話題は、友人間でもすでにあったらしい。
「お前の理解度を上げておこうかと。あと、ロセッティ商会長に話せるネタが少ない。俺の基本ネタは知っているだろ?」
「やめておけ、ドリノ。あれは女性のいるところで話すものではない」
「それなら、ヴォルフの歴代のつきまとい女について語るか? 衝撃順に上位三番くらいまで。破廉恥順に三番でもいいが」
「やめてくれ、酒がまずくなる!」
声を大きくしたヴォルフが、食べようとしていたサラダのラディッシュを落とした。
花柄のラディッシュは皿に戻り、マヨネーズが手と袖に飛び散る惨事となった。
ネタの内容よりも、袖のマヨネーズが落ちるかどうかの方が気がかりだ。
「ヴォルフ、あの、染み抜きしますか?」
「平気。ちょっと手を洗ってくる……」
しぶい顔をしつつ、彼は早足で部屋を出て行った。
「ロセッティ商会長、謝罪に来たのに、うまいものを食べさせてもらってありがとう。埋め合わせにはならないけど、ヴォルフのことで心配なこととか、聞きたいことってあるか?」
「いえ。もしあれば本人に聞きますので」
ドリノの気遣いはわかるが、誰かを介するより、本人から聞く方がいい。
噂で事実がねじ曲がるのは、ヴォルフでよくわかったし、自分も体験しているところだ。
「そっか。じゃ、いないうちにヴォルフの暴露大会」
「本人不在というのはどうか……」
「あの、ヴォルフが不快になるようなことは聞きたくないです」
言ったそばから話し始めるドリノに、ダリヤは断りを入れる。
だが、彼はグラスのワインを一息に干すと、言葉を続けた。
「他から言われる可能性もあるから、王城で有名な話をしとく。去年、ヴォルフが兵舎に女を連れ込んだって噂があったが、あれ、夜中にヴォルフの部屋に窓から忍び込もうとした猛者がいただけだから。なお、あいつの部屋は三階」
「……気合いがありますね」
男性が女性の部屋に向かい、屋外から告白する――物語でそういったものは読んだことがあるが、実行したと聞いたのは初めてだ。
きっと行動力のある女性だったのだろう。
しかし、三階とは非常階段からベランダ沿いに進んだか、長いハシゴでも準備したのだろうか。
「ヴォルフが留守でよかったし、女が窓の手すりから落っこちなくてよかった。被害は、登るのに利用された木が根元から切られたのと、隣部屋の俺が、窓開けて腰抜かしただけだ」
「……同情します」
夜に三階の窓を開け、見知らぬ者が登ってきているのを見るとは、ある意味ホラーだ。
塔で同じ目にあったら、叫んだ上に魔物対策用の魔石を投げつける自信がある。
「……友がいないうちにというのも気がひけるが、暴露大会」
「結局、お前もやるんじゃねえか!」
ドリノがつっこんだが、ランドルフの表情に変化はない。
両手を机の上にそろえると、ダリヤに向き直った。
「ヴォルフとカークという後輩が親密だという噂が出回っている。アストルガ先輩が、かばっていた。こちらもそのうちに聞こえるかもしれない」
「あー。最近のカークは、いっつもヴォルフの横にいるもんな。先輩は、二角獣のときに一緒だったから、あれがカークだと思ったわけか……」
ドリノがぶつぶつとつぶやいているが、意味がよくわからない。
「すまない、隊の話が混ざった。カークは隊の後輩で、仲間思いのいい奴だ。ヴォルフを尊敬して、後をついて回ってる。ヴォルフも訓練をつけてやったり、いろいろ面倒をみてる」
「仲がいいのは、いいことじゃないですか」
ヴォルフはどうやっても目立つ。
ちょっとしたことでも噂にされるのは、止めようがない。
「ロセッティ商会長、ヴォルフは女性の方が好みなのは俺が保証する。いや、俺が保証してどうにかなるもんじゃないけど……」
「あの、男女どちらでも偏見はありませんよ。仲がいい人がいるのはいいことですし、私が気にすることではありませんので」
この王国、割合としては少ないが、恋愛も結婚も男女の垣根はない。
それに自分は、ヴォルフが誰と恋愛関係を結ぼうとも、気にしていい立場にない。
会話がふと止まる。
気がつけば、ランドルフがその赤茶の目でじっと自分を見ていた。
「なるほど。これが、この国でいう『正妻の余裕』というものか」
「は?」
「ランドルフ、ちょっと黙れ。後でヴォルフに、お前のわかる言葉できっちり説明してもらうから」
ドリノは手で額を押さえつつ、ダリヤに向き直った。
「ロセッティ商会長、悪い。ランドルフは言葉とか感覚が隣国に近い。たぶん、単語の理解がおかしいんだと思う」
正妻の余裕は結婚していない自分にはそもそも関係がない。
隣国の言語もわからないので、ランドルフがどんな言葉を伝えたいのか予測がつかなかった。
「気にしないでください。あの、むしろ、商会長付けで呼ばれる方がこう……落ち着かないというか」
「じゃ、俺はドリノで、様付けはなしで。こっちはダリヤさんと呼んでも?」
「あ、はい」
商会長と共にロセッティ呼びまで消えたが、今さらな気もする。
ドリノもヴォルフの親しい友人だ。誤解も解けた今、できればいい関係でありたい。
「感謝する。で、蒸し返しになるが、今日は本当に申し訳なかった。その……俺から見ると、今のヴォルフは、なついている犬みたいに見えたんだよ。やっとあったかい寝床と餌を知ったばっかりの」
「犬って、ヴォルフは……」
「いや、悪い意味じゃなく。前はホント、一匹狼みたいな奴だったんだぜ。自分のことは全然喋らないし、遠征で怪我しても隠し通すくらいひどくて。俺達とこうして話すのに、三年かかった。だから、おかしな方に心配しすぎた。すまなかった」
三年という言葉に、思い出が少しだけ音を立てる。
自分は友人としての付き合いはあるが、目の前の二人ほど、時間を共にしているわけではない。
魔物討伐部隊の仕事でも友人としても長い時間を支え合ってきたのだ。
自分というぽっと出の存在は、心配されてもおかしくはないだろう。
「もう謝らないでください。本当に気にしませんので」
「ありがとう。あ、そうだ、あのスカート、染み抜きできた?」
「ええと……染めてしまいました」
「染めた? 自分で?」
「ええ、深緑色の染料があったので。いい色になりました」
塔に帰ってから、スカートのインクを取ろうとして取れず、その上にドリノの言葉を思い出して悩んだ。
なので落ち込みを振りきるべく、料理の合間にさっさと染めてしまった。
深みのあるいい緑になり、今は陰干ししているところである。
「あれって、椅子にインク汚れがついてたとか?」
「その……メイドさんとぶつかったとき、スカートを濡らしたと拭いてくれたのですが、汚れた布だったみたいで」
「魔物討伐部隊として謝罪する。汚したメイドの人相がわかるなら教えてほしい。隊長に相談して、こちらで対応する。もちろん弁償もする。その、ヴォルフ絡みの可能性があるかもしれない……」
「ありがとうございます。でも、その方の顔をはっきり覚えていないので結構です」
実際、茶系の髪と、メイド服ぐらいしか覚えていない。それだけでは、本人特定は難しいだろう。
「メイド全員の顔通しをすればいい。『威圧』の使える騎士が何人か同席すれば、表情に出るだろう。出入りの商会長に失礼を働いたなら、減給か解雇だ」
ランドルフが静かに言いきる。
今までになく冷えた声に、少し緊張しつつも、首を横に振った。
「お気遣いありがとうございます。でも、本当にうっかりしただけということもありえますし、次からは気をつけますので」
ダリヤが言い終えたとき、ちょうどヴォルフが戻って来た。