表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/562

131.緑の塔で夕食を

「すみません、ちょっとお料理の見た感じが……子供っぽいかもしれません」


 二階で椅子を勧めつつ、ダリヤは少し小さい声で言う。

 男達三人はテーブルの上の皿に、目が釘付けになっていた。


「すげえ、ハムがバラみたいになってる……」

「ラディッシュも花だ……」


 女性だけの夕食だからと、大皿のサラダは飾り切りで遊んでしまった。

 とはいえ、ハムとラディッシュで花、キュウリで葉を作った程度だ。それほど凝ってはいない。


「ウインナーが、魔物?……」


 問題はウインナーである。

 肉屋で安売りをしていたのでたくさん買い、前世を思い出して調子にのった。

 八本足を作り、皿に自立させている。魔物と言われるのも無理はない。


「それ、魔物ではなく、タコのつもりでした……気にしないでください」


 これでは量が足りないので、ヴォルフの差し入れのチーズやハムをカットしてくるつもりだ。


「先につまんでいてください。今、飲み物と料理を持ってきますので」

「ああ、俺も手伝うよ」

「じゃあ、チーズとハムのカットをお願いできますか?」

「その……俺達にできることはあるだろうか?」

「ドリノ、追加分のカトラリーを持ってくるから、他と合わせてセッティング頼める?」

「ああ」


 最早、塔の住人のようなヴォルフだが、違和感はなかった。



 ヴォルフと台所に来ると、すぐに魔導コンロのスイッチを入れる。


「イルマさんて、ダリヤの幼馴染みだったよね。お母さんは今も塔の近くに?」


 チーズをギザギザの刃のナイフで切りながら、ヴォルフが尋ねてきた。


「今は旦那さんの仕事で中央区へ引っ越してます。久しぶりに会えるかと思ったんですが……」

「使いの者も出さないで、いきなり来てごめん。イルマさん達がいるときに来てたら迷惑だったね」

「いえ、悩まずにすんだので、ありがたかったです」


 答えつつ、台所のオーブンにも火を入れる。中にはすでに料理が入っているので、温めるだけだ。

 あとは鍋の油の温度を見つつ、冷蔵庫から準備していた食材を出す。


「それ、だいだいエビ?」

「ええ、大漁だったそうです。魚屋さんが売り込みに来ました」


 だいだいエビは、ダリヤにとっては大きくて調理しやすい、普通のエビである。

 『庶民のエビ』とも呼ばれ、普通の赤いエビより安いが、少々泥臭い。

 だが、一日に水を数回換えて絶食させ、高熱での調理をすれば問題ないのだ。


「これ、エビフライにします。男性にはもの足りないと思うので、乾杯したら追加で何か出しますね」


 やや大きめのエビを十匹買っておいてよかった。

 ちなみに一人二匹と考えて六匹、残りの四匹は冷凍し、ヴォルフが来たときに出すはずだったのは内緒である。


「切り終わったら、お酒を選んでもらえますか? 皆さんの好みはわからないので」

「すまない、今日の埋め合わせは必ずする」

「いえ、ヴォルフのせいではないので。あの……バーティさんを責めないであげてください。これから喧嘩になったら嫌ですから」

「ああ、ここからは喧嘩しない……」


 語尾が消えるように言うヴォルフに視線を向ければ、反省したような顔をしている。

 もしかすると、この後にまた注意するつもりだったのかもしれない。先に言っておいてよかった。


「……なんだか、すごくいい匂いがする」

「匂いだけかもしれません。だいだいエビのビスクスープです。お店みたいにきちんと作ってませんので『もどき』ですけど」


 ビスクスープというと、名前はかっこいい。が、エビフライでよけた頭と殻で出汁をとり、余り野菜のみじん切りとトマト、そして生クリームを目分量で入れただけだ。

 一日鍛錬をしてきた騎士達にはあっさりすぎると思えたので、塩とバターを少しばかり足しておく。

 その後にエビフライを揚げると、スープや料理の皿を運んだ。



 居間に戻ると、落ち着かなそうなドリノと、じっと座っているランドルフの前に、皿を並べる。


「じゃあ、乾杯を、ダリヤかな?」

「ええと……では、魔物討伐部隊の皆さんの安全と、明日の幸福を祈って、乾杯」

「乾杯」

「……ロセッティ商会長の慈悲に感謝して、乾杯」


 一人だけ低く違うことを言っている者がいるが、黙っておくことにした。

 渇いた喉で甘めの赤ワインを味わっていると、周囲からつぶやきがこぼれてくる。


「おいしい……」

「うまっ! トマトスープかと思ったらエビだ……」


 ヴォルフとドリノには味が合ったらしい。楽しげに味わう姿に、正直ほっとする。

 静かさが気になって向かいを見れば、表情を変えず、品のある仕草でスープを飲むランドルフがいた。

 ランドルフならば正式なビスクスープを味わっていることも多そうだ。あまり比較されないことを祈りたい。


「これは、アスパラ?」

「ええ、そうです」


 大皿に積み上げたのは、アスパラのベーコン巻きだ。

 長いアスパラにぐるぐるとベーコンを巻き、端がカリカリになるまで焼いた。皿に盛ってから、黒コショウをかけたので、まだいい香りがしている。


 フォークに刺して口に運べば、ベーコンの塩味と脂身、アスパラの甘さがなんとも合う。

 隣のヴォルフの咀嚼回数も多いので、どうやらお気に召したらしい。


 が、斜め向かいでは、ドリノがベーコンをナイフで切るのに苦戦していた。


「ナイフでは切りづらいので、フォークで刺して食べる方がいいかもしれません」

「すまない、行儀が悪くて……」

「いえ、うちではそれが普通です。父は手で持って食べてましたし」

「ロセッティ商会長のお父さんて、男爵じゃなかったか?」

「ええ。でも庶民から上がっただけですし、行儀はよくなかったです。私も同じようなものです」

「俺もここに来たときは楽にさせてもらってる、ありがたいことに」


 言いながらヴォルフがフォークにアスパラを刺し、そのまま口にした。

 ドリノは、ほっとした顔で続きを食べ始める。

 ランドルフは無言で食べている。ヴォルフがワインを勧めたが、断っていた。


「なんか高級そうなエビだ……」

「いえ、だいだいエビですので」


 各自一枚の皿に載るのは、大きめのエビフライ二匹だ。タルタルソースと葉物を添えてある。


 まだ熱いエビフライを一口噛めば、ぷりぷりの身が濃いエビの味を伝えてきた。

 カロリー無視でタルタルソースをたっぷりつければ、混じり合う味がさらにおいしい。


「……絶対違う、庶民のエビじゃねえ、貴族じゃないなら大商人だ……」


 ぶつぶつとエビに向かって話しかける者がいるが、食べるのに忙しいので、そっとしておくことにする。


 エビフライを食べ終えたところで、ダリヤは一度、台所へ戻った。

 沸かしておいたお湯でパスタを茹で、時間のかからないペペロンチーノを作る。塩は少し濃いめ、唐辛子とニンニクは多めにした。


 その後のヴォルフとドリノの食べっぷりは、見ていてとても気持ちのいいものだった。

 追加の皿もきれいに空き、満足そうな顔を見ることができた。


 だが、ランドルフには追加の皿を断られた。しかも、ワインから切り替えて水を飲んでいる。

 やはり味が合わないのだろう。付き合わせてしまい、なんとも申し訳ない。


「あの……デザートにパンプディングがあるんですけど、いかがですか? かなり甘めですが」

「すまない、俺は入りそうにない」

「同じく。あんまりこっちがうますぎて目一杯もらってしまった」

「……お願いしてもいいだろうか?」


 二人が断る中、ランドルフだけが頼んできた。

 おそらく自分に気を遣っているのだろう。さらに申し訳なさが積み上がる。


 台所で急いで温めると、ランドルフの前、小さな木皿の上に、熱いパンプディングの陶器を置く。

 彼は礼を言って食べ始めたが、スプーンですくう量が、二口目から半分ほどに減った。

 口にするのも辛いのかとあせり、残すように言おうとして、声を止めた。


 ランドルフの目尻は、少しだけ下がっている。

 彼が持つと小さく見えるスプーンで、一口ごと、とても大事そうに味わっている。


 もしかして、ランドルフは甘いものが好きなのではないだろうか。

 彼が酒量はいらないというのも、酒より甘いものが好みだとすれば納得できる。


「ランドルフ様、よろしかったら、もうひとつありますから、いかがです?」

「その……いや、ありがとう」


 一瞬崩れた表情は、はにかむ少年のようで。

 ダリヤは、こそりと蜂蜜を増量することを決めた。


 その後、パンプディングと共に、追加でかける蜂蜜を小鉢で添えて渡した。

 ランドルフはそちらをたっぷりとかけ、きれいにたいらげていた。


 ランドルフにもなんとか食べられるものがあってよかった。そう安堵していると、彼が赤ワインの瓶を手にした。


「ダリヤ嬢、すべておいしかった。礼を言う。一度、ワインをつがせて頂きたい」

「あ、ありがとうございます」


 いきなりの言葉に少し驚いた。

 横のヴォルフが、目を細めてこちらを見ている。


 貴族の場合、自分から下の者にワインを注ぐのは感謝や励ましだったか。礼儀の本で何かがあった気がするが、とっさには出てこない。


「ああ、座ったままでかまわない。貴族の礼儀はここでは無効だ」


 立ち上がりかけたダリヤを止め、ランドルフが立ち上がった。


 歩みよってグラスに注がれた赤ワインは、ほっとする甘さだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「……絶対違う、庶民のエビじゃねえ、貴族じゃないなら大商人だ……」 よかったね立派なエビフライに生まれ変わった橙エビ、大出世だな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ