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129.チーズケーキと友の誤解

 ダリヤは一人、午後すぐに王城に来ていた。

 三度目となるが、やはり慣れない。

 ただ、今回は遠征用コンロと靴乾燥機の見積書を届けるだけなので、あまり緊張はしていなかった。


 本当はイヴァーノと来るはずだったが、彼の仕事が立て込んでおり、ダリヤの方から断った。

 いつの間にか、イヴァーノが靴乾燥機の大量発注の見積書まで準備し、持たされたのには驚いたが。


 ヴォルフは訓練中とのことで、ランドルフの迎えで魔物討伐部隊棟へ向かった。

 だが、なぜか見積書を渡すべき受付ではなく、三階の奥へ案内される。

 『魔物討伐部隊隊長室』とドアに銀のプレートがあるその部屋で、グラートと壮年の騎士が待っていた。


 見積書を渡すと、壮年の騎士からソファーを勧められる。

 おそるおそる座ると、紅茶と菓子が運ばれてきた。

 靴の中敷きか、遠征用コンロで何か問題があったか、それとも水虫の話か、そう構えていると、グラートが困ったように笑った。


「忙しいところをすまない。せっかく来てもらったので、半時ほど茶を共にできればと思ってな」

「こちらは王城の中央棟のチーズケーキです。王も同じものを食べているんです」

「あ、ありがとうございます」


 ダリヤの目の前に、なんだか畏れ多いベイクドチーズケーキが来た。


 お店で買うチーズケーキより少し大きめ、ずっしりと言いたくなる厚みがある。

 全体はきれいなクリームイエローで、表面は美しい焼き飴の茶だ。横に添えられたたっぷりの生クリームには、花型の小さな飾り砂糖が載っている。

 紺色の皿の上、なんとも芸術的な眺めだ。


 二度勧められてようやく食べ始めたが、意外なほど甘くなかった。

 かなり濃厚なチーズで味が強いが、甘みがそれほどでもないので重く残らない。その後に、チーズの味は柔らかくなり、甘みが淡く上がってきた。

 食べ進めてようやく気がついたのは、表層と下層のチーズの味と食感の違いだ。このための厚みかと納得した。


 チーズケーキに生クリームをつけて食べるというのは初めてだったが、合わせるとチーズの塩で甘みが増し、味が変わるのが楽しかった。


 グラートと壮年の騎士、ダリヤとランドルフでチーズケーキを食べ、その後に魔物や遠征の話を聞いた。

 珍しい魔物や討伐の話、遠征の移動や食事の話など、ダリヤにはどれも興味深い内容だった。


 魔導具についても聞かれたが、答える度に質問が増え、話が長引く。

 結局、午後のお茶の時間まで長引き、紅茶を多めに頂いてしまうことになった。



 ・・・・・・・



 帰り際、ランドルフが気を利かせてくれたらしく、馬場へ戻る前に一階のエチケットルームに入ることができた。

 流石に紅茶三杯は飲み過ぎだと反省する。


 しかし、王城の女性用エチケットルームはどれもこれほどに広いのか、それとも来客用だからなのか、少々考えてしまった。個室ですら塔の四倍は広い。しかもどこもかしこも高価そうな大理石である。


「すみません!」


 落ち着かない気分で個室から出たところを、後ろからぶつかってきた女性に謝られた。


「お召し物を濡らしてしまい……不慣れなもので、お許しください……」


 魔物討伐部隊棟の担当なのだろう。いつも見かける濃灰の服を着たメイドだ。

 必死に謝りながら、ダリヤのスカートの後ろを拭いている。そのたどたどしさに、こちらが落ち着かなくなる。


「いえ、お気になさらないでください」 

「本当に、本当に申し訳ありません……」


 メイドは数度頭を深く下げると、逃げるように出て行った。

 来客に失礼があったとなればきっと大変なのだろう、そう思いつつ、ダリヤもエチケットルームを出た。


 廊下を少し歩くと、紺色の髪をした騎士が廊下に立っていた。先ほどランドルフのいた場所である。


「ロセッティ商会長、急で申し訳ありません。グッドウィンが所用で呼ばれたため、私が馬場までお送り致します」


 挨拶を終えた騎士は、不意に眉をひそめた。


「その、大変言いづらいのですが……スカートにインクが付いているようです」

「え?……教えて頂いてありがとうございます」


 スカートを少しだけ引っ張って見れば、薄緑のスカートの脇から後ろへ向かい、黒インクがにじむ痕があった。さきほどのメイドに拭かれたところだ。

 どうやら、汚れた布で拭かれてしまったらしい。紺や濃い緑の服であれば問題なかったのだが、今日の服装ではかなり目立つ。


「ここでお待ちください。メイドを呼びます」


 メイドのことを言うべきかどうか、少しばかり迷った。あれほど慌てていたのだ、嫌がらせだとは思いたくない。


 少し考えたが、幸い今日は上着とロングスカートという組み合わせだ。スカートを後ろ前にし、鞄を持てば、それほど目立たないだろう。


 ダリヤは一言断ってエチケットルームに戻り、スカートを後ろ前逆にして戻った。


「お待たせしてすみません。このままでけっこうです。鞄で隠せば、ほとんど見えませんし」

「なるほど、その手があったか……すみません、口が滑りました」


 騎士は気まずそうに、青い目の向きを斜めにずらした。


「お気になさらないでください。私は庶民ですし、できましたら話しやすい方で」

「では失礼して……一度会議で会ってるが、俺はヴォルフと一緒に赤鎧をやっている、ドリノ・バーティという。庶民の下町上がりなので、礼儀がなっていないのと口が悪いのは許してほしい」

「私も西壁近くなので、楽に話して頂いてかまいません」

「そう言ってもらえると助かる」


 ヴォルフの友達だとわかると、少しうれしくなった。

 ドリノは、ヴォルフの『数少ない隊の友人』の一人なのだろう。


「赤鎧だと、ランドルフ様とも一緒ですね」

「ランドルフ? ……ヴォルフに、ランドルフ……ああ、ずいぶん早いな」


 ついにっこりと笑んだダリヤに、ドリノはいきなり冷えた目を向けた。


「女を前面に出してなくて話しやすい。確かにヴォルフのまわりにはいなかったタイプだ。ランドルフまでとは驚いたが」

「え?」

「あのヴォルフが全然警戒してなくて、ずいぶん手なずけるのがうまい女がいるんだと驚いた」

「手なずけるって、ヴォルフは友人で……」


 目の前の男もヴォルフの友人だ。

 なんとか誤解を解きたいと思うが、自分とヴォルフの関係を、友達以外で説明する言葉はない。


「ロセッティ商会の商品は、魔物討伐部隊にはありがたいと思ってる。ホントに感謝もしてる。でも、お願いだから――あいつらを泣かせるようなことだけはしないでくれ」


 ドリノは深く頭を下げて言いきると、返事を待たず、そのまま先を歩く。

 廊下を行き交う人の目もあり、ダリヤはそのまま押し黙る。


 そのまま馬場に着くまで、ドリノとは会話ができずに終わった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ〜ドリノ君!君、水虫談義で一緒にいたじゃああああああああんんん!!!なんでそう受け取るのおおおおおお!!!あの水虫談義で困ってた女性がそんな人なわけないじゃああああああん!!!!!!
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