119.魔導具師の知識
「稀少素材に関する説明をしたいと思いますが、知りたい素材はありませんか?」
「天狼について教えて頂きたいです」
オズヴァルドの問いかけに対し、ダリヤは最も気になっていた素材をあげた。
天狼――漆黒の体躯で、金や銀の目を持つという狼のごとき魔物。
空を駆け、コカトリスや一角獣、天馬など、他の飛行系の魔物を主に食べるという。
ダリヤは実物も、牙以外の部分も、一度も見たことがない。
「天狼は、見た感じは狼のようですが、飛行系でもあります。強い風魔法と音攻撃を持っていて、討伐はなかなか大変な魔物です」
「音攻撃、ですか?」
「ええ。魔物図鑑にはありませんが、咆吼に威圧や混乱の効果があるそうですよ。戦った冒険者が言っていました」
天狼と戦ったのが騎士団ではなく、冒険者というのに驚いた。
竜騎士のように何かに騎乗するのだろうか、それとも風魔法などで空が飛べるのか、あるいは魔法で撃ち落とすのか、気になるところだ。
「天狼は、牙が風魔法と音攻撃防止、毛皮は物理防御、心臓の魔核は魔法防御の素材になります。爪は武器に強度上げとして入れられることがあります。入手しづらい素材ですし、それなりに高価です」
オズヴァルドが魔封箱を出し、中から天狼の牙を取り出した。
白銀に輝くそれは、牙と言うより、宝飾品の材料のようにも見える。
「私も牙しかストックしておりませんが……この大きさの欠片で、魔力が九あれば可能です。できれば十ある方がいいでしょうね」
その牙は、ダリヤが腕輪を作るときに使ったものより、少しばかり小さい。
自分の行った付与の危うさを痛感し、たらりと汗をかく。
無事に生きていて、本当によかった。
「天狼の魔法付与は途中でやめることができないので、具合を悪くすることもあります。魔導具に加工する場合は、必ず同室に人をおくように。雌よりも雄の方が魔力を必要とします。性別と、特殊個体や変異種ではないかの確認は必ずしておきなさい。特殊個体や変異種は数倍の魔力を必要とすることがあります。確認ができなければ、金銭的にはかかりますが、力のある上級魔導師に鑑定・分割してもらってから、使う方がいいでしょう」
「力のある上級魔導師というと、どのぐらいでしょうか?」
「魔力測定で、できれば十五、もしくは測定不能ぐらいあれば安心ですね。侯爵家か公爵家に関連する方々でしょうか。あとは王族ですね」
魔導書に綴っていたペン先が止まった。
お願いするべき相手が、雲の上の人である。完全に無理な話だ。
「鑑定や分割が必要であれば、私か、ジェッダ子爵へご相談ください。紹介状をお書きしましょう……ああ、それよりも早い方法があります。ヴォルフレード様に、お兄様へのご紹介をお願いするといいでしょう」
「ヴォルフ様の、お兄様ですか?」
「ええ。グイード・スカルファロット様です。王城で魔導部隊の中隊長をなさっています。魔導部隊は力のある上級魔導師が多いですから、相談にのって頂けると思いますよ」
「……覚えておきます」
オズヴァルドにそう返事はしたが、頼ることはまずなさそうだ。
ヴォルフは家族とこれまで距離をおいていた。
少し前から、兄とは話すようになったと言っていたが、弟の友人、しかも庶民からのお願いは、正直、迷惑に違いない。
「ヴォルフレード様がお使いになっているのでわかると思いますが、天狼は、強い風魔法の付与になります。ただ、少ない魔力でも効果が大きい、制御が大変難しい『暴れ馬』です」
狼なのに暴れ馬なのかと、つい笑ってしまいそうになる。
が、天狼の腕輪で怪我をした自分としては、納得せざるをえない。
「完全に魔法制御ができる方か、最大魔力がわずかな騎士、体外魔力がない人が紅血設定で使うのがいいでしょう。ただ、誰に制作するか、販売するかはよくお考えなさい」
「はい。今のところ販売は考えておりません」
「その方がいいですね。ああいった魔導具は何に使われるかは難しいところがあります。騎士の動きをサポートし、魔物から国を守れることもあれば、暗殺者が悪用し、国を傾けることもできます」
ぞくり、背中を冷たいものが走った。
それを見越したように、銀の目が静かにダリヤを見る。
「その手で作る魔導具が、誰にどう利用されてほしいか、ほしくないかを、自分でよく考えなさい」
「はい、充分気を付けます……」
オズヴァルドの言葉が耳に痛い。
天狼の腕輪に関しては、できるかどうかのノリで作り、自分は怪我をし、ヴォルフにいきなり試させるという、勢いでの制作だった。
反省点があまりに多すぎる。
「さて、ダリヤの魔力量は、八と言っていましたね?」
「はい」
「測定し、足りなければとりあえず魔力を九にしましょう。実技の際にはそれぐらいあった方がいいですから」
「あの、そんなに簡単に上げられるのですか?」
魔力はくり返しの作業で自然と上がるものだと思っていた。
急な上げ方など、学院で習った覚えもなければ、父からも聞いたことがない。
「人為的に魔力量を増やす方法は、別に非公開の技術ではありませんよ。学院や本で魔力量を増やす方法を教えないのは、器ができないうちに魔力を上げ、体を壊すことを避けるためです。それに、自分の扱えないほどの魔力は『魔力過多症』となってしまいますので」
『魔力過多症』は、自分の魔力に体が耐えきれなくなる症状だ。
人によっては、心臓が止まったり、呼吸ができなくなるなどすると聞いている。
貴族の幼子に稀にあると聞くが、人為的に魔力を上げても起こるとは知らなかった。
「増強する方法は簡単です。身長の伸びが完全に止まってから、魔力を使いきって、そのときに魔力ポーションを飲んで、再度魔法を使えばいい。体はまだ余裕があると勘違いし、器を少し引き上げます。それを十回から十五回もくり返せば、一は上がります」
「魔力ポーション、ですか」
簡単だと言うが、魔力ポーションは一本金貨二枚ほどする。
十回から十五回と言えば、ダリヤの感覚では二百万から三百万ほどになる。そうそう簡単に実行できるものではない。
「貴族やそれなりの商家でゆとりがある場合、子供の身長が止まり次第、一つか二つ、上げておくものですよ」
「知りませんでした……」
「普通、魔力量を増やすのは、自分の魔力単位から三つまでです。毎日魔法を使い、自然と増やせるのもこの範囲ですね。ですから、ダリヤは最初が八、そこから三つですから、十一までが安全ですね」
「十一……父には追いつきませんね」
「は?」
オズヴァルドが怪訝な顔をする。聞き返された声には、珍しく動揺がこもっていた。
「失礼ですが、カルロさんは亡くなる前にいくつだったのですか?」
「十二でした」
「私の記憶では、カルロさんは学院の頃は七でした」
「え……」
「人の体は魔力の器でもあります。許容以上の魔力を流し続けると体を壊します。魔導具を使っても同じです。これは学院で習いましたね?」
「はい」
「人為的に魔力量を増やすのにも限界があり、五以上の増強は危険になります。カルロさんの十二は、普通に考えれば、無謀だとしか思えません」
何も聞かされていなかった。
父は、いつの間にそんな無茶をしていたのだろう。
塔にいるとき、ダリヤは魔力ポーションを飲んでいる父を見たことはない。
それとも、自分が学院に通っている間に、魔力量を上げていたのだろうか。
記憶をたぐれば、天狼の牙を渡されたとき、父は大型給湯器に『風魔法効果の熱暴走防止』を付与したと言っていた。
珍しい素材、大型の魔導具。
そのために、少しの無理をしたつもりの、魔導具師としての挑戦だったのか。
それほど無理をしてまでやってみたい仕事だったのか。
父を問いただしたくても、もう二度と声は聞けない。
「父は……天狼を使って、大きな魔導具を作ってみたかったのかもしれません」
「ただ作ってみたかった、ということですか。ある意味、カルロさんらしいです。でも、もしそうなら、あなたを残してまでやることではなかったでしょうに……」
「……ホントです」
深い残念さを隠さぬ男の声に、ついうなずいてしまった。
魔導書の文字が、少しだけにじんで見えた。