112.類は友を呼ぶ
王城の馬場から帰りの馬車に乗り込むと、ダリヤはようやく一息ついた。
横に座ったルチアも同じだったらしい。長いため息が聞こえた。先ほどのワインのせいか、その頬がほんのりと赤く染まっている。
「ルチア、平気?」
ルチアはアルコールがあまり強くない。グラスにすれば半分もないワインだが、もしかするととても酔ってしまったかもしれない。
「……さっきの立ち姿、すごくかっこよかった……」
ルチアはダリヤの問いには答えず、再び長いため息をついた。
向かい席に座ったイヴァーノが、なんともいえない顔でこちらを見ている。
「ああ……あの三人、服はがして、着せ替えしたい……」
「ル、ルチア」
ここが馬車の中であることを喜ぶべきだろう。王城でこれを口に出されていたら、友人の口にハンカチを押し込まねばならなかった。
「スカルファロット様は、カラフルなものも着こなせるし、白や黒なら甘めのフリルブラウスとかもいけると思うのよね。あ、ロングコートも合いそう。ジェッダ様は白髪がとても素敵だから、淡色コーデはどうかしら。ああ、凝った模様付きでもきっといいわね。フォルトゥナート様はいつもスーツだけれど、騎士服系とか乗馬服っぽいのとか、王子系もいいかもしれないわ……」
露草色の目は、自分しか見えない何かを探して遠くなる。
こうなると、ルチアは思考を出力するまでしばらく帰って来ない。自分も魔導具でたまにこうなるのでよくわかる。
ダリヤは暗記カードと共に持ってきていた、生成り色の紙と鉛筆を手渡した。
「これ使って。顔は描いちゃだめよ、不敬になると悪いから」
「うん、わかってる! ありがとう、ダリヤ!」
さらさらと紙に描かれはじめるのは、三人の男達をモデルにした服だ。男物にしては、やや装飾多めともいえるが、王都の流行とはまた違う、ルチアらしい服である。
「えっと、ダリヤさん、ルチアさんは、服を作るのが好きなんですか?」
「ええ。好きだし、すごく上手です。ルチアの服は全部自作ですから」
「そりゃすごい……」
イヴァーノの視線に気づかないのか、気にしていないのか。ルチアはヴォルフらしい人物像に、ロングコートのような服を着せ、裾を変則的なカーブにした絵を描きはじめている。今、色鉛筆がないのが悔やまれるところだ。
「ルチアさん、ヴォルフ様とかルイーニ様って、どう思います?」
懸命に描き続けるルチアに、イヴァーノが声をかけた。彼女は顔を上げず、声だけで答える。
「ヴォルフレード様は長身で服が映えるわよね。フォルトゥナート様もそれなりに背があるし、髪が長めだから、髪型を変えると着こなしのイメージが広がりそう。あ! 二人とも貴金属と毛皮が似合いそう!」
「一般女性の夢として、ああいう方々とお付き合いしたいとかありません?」
「ないわー。貴族相手に毎回、作法とか気にするのヤだし、仕事以外の話は合わなそう。黙って笑顔で着せ替えさせてくれるならいいけど、顔だけなら、姿絵か記憶で充分」
ルチアは一瞬のためらいもなく言いきった。
「案外いるんですね、ヴォルフ様が平気な人って」
「イヴァーノさん、何の確認をしてるんですか……」
「いや、うちの商会に関係する人は、できればこういったことに動じない人がいいかなと。面倒ごとは避けたいじゃないですか」
確かに、ヴォルフやフォルトゥナートに視線を奪われ、仕事にならないのでは困る。
だが、そのハードルは高いのか低いのかが謎だ。
「ルチアさん、失礼なことを伺いますけど、今、恋人はいらっしゃいますか?」
「いないわよ。デートはしたいけど」
「どんな人が好みです?」
「やっぱりデートするなら女の子よね。かわいいお洋服をいっぱい着せるの。あ、細めの男の子もいいかな。一人で男装女装できたら最高よね」
「え?」
唖然とするイヴァーノに、ダリヤはそっと説明する。
「ルチアの恋人は、布とレースとリボンだって、ルチアのお兄さんが言ってました」
「……納得しました」
「一緒に出かけると、もれなく着せ替え人形になります」
「ダリヤは背があるし、骨格がいいから服が映えるのよね。やっと似合う服も着るようになったし、メイクもするようになったからうれしいわ。今度、丸一日付き合わない?」
ルチアは紙に服の材質を細かく綴りながら言った。
「考えておくわ」
「たまにはいいじゃない。午前中は魔導具のお店にずっといていいから、午後はお洋服屋さん回りましょ」
「それ、午後の方が時間は長くなるじゃない」
「だって魔導具のお店の方が数はないし、狭いじゃない。見るものってそんなにある?」
「お店の数と大きさは関係ないわ。魔導具はひとつずつ見るのに時間がかかるから」
「服は、ランジェリーも靴もアクセサリーもあるんだから、もっと時間がかかるわよ」
「魔導具だって、家で使う物から、外で使う物、戦いで使う物までいろいろ種類はあるもの。同じものでも仕様は違うし、見る時間はかかるわよ」
ダリヤは少しムキになってしまい、はっとする。
向かいのイヴァーノが、目だけで笑っていた。
「じゃ、平等に一日ずつにすればいいのよ。最初にダリヤの希望の魔導具のお店回って、次の休みにお洋服。午前はあたしの家で着替えてメイクして、午後はお店を回るの。ね、いいでしょ?」
「ルチア、私に何枚着せる気なの?」
「着せられるかぎりに決まってるじゃない」
若い女友達らしい会話と言うべきか、それとも魔導具師と服飾師らしい会話と言うべきか。まとまりそうにない話は、まだ続いている。
イヴァーノは微笑みつつ、そっと背もたれに体を預けた。
「ああ、これが、類は友を呼ぶ、ってやつですね」