101.スライムと氷剣もどき
夕暮れの作業場、ダリヤとヴォルフは、ライム入りの炭酸水を飲んでいた。
イヴァーノとフェルモは、さきほど、呼んでいた送り馬車で帰って行った。
酒が入ったことで親交が深まったのか、二人がお互いを呼び捨てにしているのが印象に残った。
「ダリヤ、『妖精結晶』の他に、探している稀少素材ってある?」
粉でしか見ていなかった妖精結晶、その固体を見ながら、ヴォルフが問いかける。
テーブルの上、きらきらと虹色に光る結晶体は、夕暮れのオレンジを呑み込み、なんとも不思議な色合いだ。
「今、注文しているのは、ブラックスライムの粉ですね。残り少なくなってきたので」
「ブラックスライムって、どうしてもいるもの?」
「いえ、そういうわけではないんですが。うまくいくと使えそうじゃないですか」
「他のスライムじゃ代わりにならないかな?」
「他もそれなりに使ってますよ。もうちょっと研究はしたいところですけど」
スライムと言えば、代表的なのは四種類。
ブルースライム、レッドスライム、グリーンスライム、イエロースライムである。それぞれ、色のイメージに合った、水、火、風、土の弱い属性魔法を持っている。
ヴォルフが敵視するブラックスライムは、高い溶解力を持ち、扱いが難しい。
だが、制作品によっては、かなり使えるのではないかと思っている。
もっとも、それでできあがってしまったのが、人工魔剣『魔王の配下の短剣』なので、開発方向はよくよく考えなければいけないようだ。
「ヴォルフは、スライムってよく戦います?」
「遠征ではみかけるけど。大量にいないと駆除対象じゃないからね」
スライムは山野に当たり前にいて、一匹であればそれほどの脅威ではない。ただし、大きい群れは怖いらしい。
腕の立つ冒険者でも、大きな群れに当たれば命を落とすと聞いたことがある。
「稀少って言えば、シルバースライムは素材として見たことはある?」
「いえ、ないですね。数が出てないんだと思います」
シルバースライムは、鉱山の奥で発見されたと聞くが、実物を見たことはない。特性もわからないし、素材としても出回っていない。
「変異種はどう?」
「あまり使いませんね。安定供給できないものは、一般魔導具の素材にできないので……」
魔物に多いことだが、スライムも、変異種を含め、地域によって特性の微妙に違うスライムがいる。
変異種は数が少ないし、遭遇確率の低いものは、大量に作る物の素材には向かない。
スライムは、昔は『武器壊し』と呼ばれ、儲からない素材の代表だったそうだ。
だが、今は魔導具素材としてそれなりに需要がある。冒険者ギルドの方で養殖をしているのもそのせいだ。
機会があれば、一度、ギルドのスライム養殖場を見学したいものだ。
「見てみたいとしたら、幻の『ホワイトスライム』ですよね、やっぱり」
ホワイトスライムも存在する説があるのだが、自分を含め、周囲では誰も見たことも聞いたこともない。
「ホワイトスライムか……回復してくれるって話なんだけど、見たことないんだよね。学院の頃は、神殿にいるんじゃないかって噂があったけど」
「ありましたね、高等学院の王国七不思議のひとつでしたっけ?」
「王国七不思議か、なつかしいな……」
学生の多くは、不思議な話や怪談が妙に好きである。
高等学院の頃に必ず聞く、王国七不思議もそれに含まれる。
王国七不思議のひとつ、まことしやかにささやかれるのが『神殿には回復魔法を使うホワイトスライムがいる』だ。
実際、神殿にホワイトスライムがいるという話は聞いたことはないが。
「ブラックスライムが粉で付与できるなら、ホワイトスライムも剣に付与できるのかな?」
確かにできるが、その効果を考えて、ダリヤは首をひねる。
「ホワイトスライムって回復ですよね? 刺して回復させることに意味はあるんでしょうか?」
「間者に吐かせる拷問とか。刺しても回復するから死なないし、痛みは継続するし、効き目がありそうだと思わない?」
「やめてくださいよ、怖いじゃないですか!」
どうしてそう怖いことを、毎回さわやかな笑顔で言うのだ。
「ごめんごめん。真面目な話、不死者系の魔物には効くかも」
「不死者ですか……神官さんの浄化魔法とどっちが効くと思います?」
「神官。大神官あたりはもう、本当にすごいよ。俺達が懸命に剣をふっても復活してくるのを、呪文ひとつで広域浄化だからね」
確かにそれはすごい。
それに、不死者側にもその方がいいかもしれない。
「大神官さんは、不死者の浄化って怖くないんでしょうか?」
「ああ、平気だった。一応護衛してたんだけど、不死者への緊張感がまるでなくて。『生きてる人間の方がよほど怖いですよ』って笑ってた」
呪文ひとつで不死者の浄化ができる方の、なんともな至言である。
「俺は仲間に『お前も少し浄化されてこい』とか言われてたけどね……」
「生きている人間って、なにか浄化されるんですか?」
「いや、がんばって魔物を倒してるだけなのに、仲間に『魔王』とか呼ばれるから……」
なんともかわいそうな話である。苦労と努力が、この見た目で薄まっているのかもしれない。
少しは元気づけたいと思ったとき、グラスの氷がカランと音を立てた。
「ヴォルフ、『氷剣もどき』を作ってみましょうか?」
「『氷剣もどき』?」
「魔剣制作と言うより、簡単なお試しですけど。公園に行ったときに話した『氷剣もどき』を刃側で試してみようかと思いまして」
きょとんとし、少年のような顔になっているヴォルフが、少し笑える。
「氷の魔石を柄に入れて、反射材をつけて、刃の方に流してみると、氷の刃が作れるかなと思うんです。威力より見た目になっちゃいますけど、ひとつの確認にはなるかなと」
「……それ、楽しそうだね」
今回も『魔剣に行きつく病』がうまく発動したので、詳しく説明してみた。
「付与魔法だと、私の魔力では冷たさが少しの時間続くだけです。でも、柄に氷の魔石を入れれば、それなりに形になるかもしれません。他に付与しなければ、反発も魔力拮抗もないから組み上げるのに問題はないですし。ただ、短剣は一本、ムダにしちゃうかもしれないですけど……」
「いや、ぜひお願いしたい。『氷の短剣』なんてかっこいいじゃないか」
黄金の目がきらきらと光って、ダリヤを見る。その輝きは妖精結晶に負けていなかった。
「じゃあ、とりあえず、やってみましょう」
相変わらずの前例なき挑戦で、魔剣製作がはじまった。