Episode 6 桜と陽
「すー、すー...」
陽が腕を枕にして眠っていると、HRを終えた桜が部室に来た。どうしてか先輩方の姿はない。
「御手洗くん、寝てる...」
彼と向かい合うように座った桜は書棚から西洋文学の翻訳書を抜いて卓袱台の上で開いた。しばらく読書に集中していたが、ふと何かを閃いて本にしおりを挟んだ。
ピピッ、というカメラのシャッター音が鳴り、桜は笑顔で読書を再開した。しばらくすると、人気を察知した陽が目覚めた。
「はっ...寝ていた」
「ぐっすりだったねー」
桜がいたずらに微笑んでいる。それが少し怖い陽は周囲を見回し、二人きりだということに気付いた。
「この前は部長と二人きりで...今日は桜と?」
「お姉ちゃんたちはまだ来てないね...」
「うん...」
「紅茶飲む?」
「あっ、飲みたい」
動きがある状態だと話がしやすくなるようで、陽は先日の椿にしたのと同じ具合で話を始めることにした。
「桜は春休みからここに来てたんだっけ?春休みも活動してるってなんだか運動部みたいだね」
「たしかに...大会がないのに活動してる部はうちだけだったかな。御手洗くんはサッカー部だったんだよね。やっぱり春休みも忙しかったの?」
「春休み...何やってたっけなぁ。新入生が見学に来てたからそれの対応をしてたような思い出が...」
「わたしと同じだね」
他人と同じであることは安心感を与える。陽は桜という興味を抱く相手と共通することを見つけたことを嬉しく思い、頼まれていないのに詳しいことを語りだした。
「5月くらいに沼田杯っていう16歳までが参加できる大会があって、それに向けた練習のために3月から始める人もいるんだよね。先輩にコネがある人を中心に大勢の部員候補が来てたよ。桜は部長に誘われたんだよね」
「うん。予定がなかったからほぼ毎回来てたよ」
「桜は他の部活に入る予定はあったの?」
「なかったよ。お姉ちゃんと同じ学校に入るんだし、同じ部活にいたら安心かなって思ってね。お姉ちゃんの友達とも仲良くなれると思ったし」
「桜は人見知りするタイプなの?そうは見えないけど」
「キャピキャピしてる人たちの輪に入るのは苦手かも。話が合わないだろうし」
桜はいわゆる"一軍"にはいない。クラスのおしゃれさんたちのコミュニティで無理して彼女らに合わせるより、気の合う人と積極的に付き合う"二軍"の位置にいるほうが楽しいという。陽も二軍の女子が好みのようで、桜のことをもっと知りたくなった。そのため質問だらけの会話になってしまったが、桜はそれを嫌がらず、一つ一つに丁寧に答えてくれた。
「こんどはわたしが御手洗くんに質問していい?」
「もちろん。どんな質問にも答えるよ」
陽の気分は高揚していた。表に出そうになっている興奮を止め、邪念を捨てて誠実な返答を心掛ける。
《俺のことについて質問してくる女子ははじめてだ...》
少し優しくされたり、興味を持たれたりするだけで相手に過剰なまでの好意を寄せてしまうのは非モテにありがちな傾向であり、よく『勘違い』だと誹られる。もしかしたら今の彼の表情にそのような感情が浮き出ているかもしれない。
いくつか質問を受け、それに返事をしたところで部室のドアが開き、2年生組が入ってきた。