Episode 4 食べる人と育つ人
「どうも」
「おお椛」
椛と呼ばれた女子生徒は濃茶の髪を短めに揃え、眠たそうな目をしている。部室に入った彼女は見慣れない人物の正体を椿に尋ねた。
「こいつは陽。伝説の五人目だ」
「御手洗陽です。昨日入部しました」
「神宮寺椛、2年」
椛の声は落ち着いていて、表情からも物静かな雰囲気が感じられる。自分から会話を始めるのが苦手な陽としては少し扱いに困る人かもしれないが、初対面で抱いた印象ですべてを決めてはいけない。
彼女は卓袱台を囲むように置かれた4つの座布団のうち、空いているのに腰を下ろした。何をするのかと観察していると、彼女は鞄からポテトチップスの袋を取り出して開けた。その袋には『ポテチくん 辛うま味』と印刷されている。じっと見つめていた陽に気付いた椛は袋の背で合わさっている部分を掴み、"パーティ開き"にした。
「食べる?」
「あっ、いただきます」
一枚だけでも口の中が苦しくなるほどの辛味が広がり、涙が出てきた。その様子を見た椿がにやつく。
「おい椛、新入りをいじめないでくれよ」
「いじめてない...」
「けっこう辛いですねこれ...」
「そう?」
涙目の陽を気の毒そうに見た桜が椛に言った。
「椛先輩は辛いの平気なんですね。昨日も食べてた」
新入生の桜が既に椛と仲が良いのは彼女が椿の妹だからだ。春休みのうちに卒業生がいなくなって寂しくなっていた和室部に参加していて、高校に入って正式な部員になった。
「桜は食べないの?」
「わたしは辛いの苦手で...」
「そうなんだ...喉渇いたな」
陽が財布を持って外に出ようとすると、桜がその手を引いた。柔らかい肌から、微かに熱が伝わってくる。
「紅茶淹れようか?」
「ああ、そこのキッチンに一式あるんだね」
茶箪笥には紅茶やコーヒーの粉末やグラス・カップが人数分ある。キッチンに近づいてみるといろんなものを発見できる。
「このレシピ、桜が書いたの?」
「春休み中に作ってみんなから好評だったのをメモしたの。フライパンとオーブンレンジでつくれて簡単なの」
「食べてみたいな...ここの紅茶は使っちゃっていいの?」
「わたしが淹れるよ」
「そう?ありがとう」
「桜の淹れる紅茶はうまいぞ~。茶葉もこだわってるんだ」
「紅茶とコーヒーに関しては趣味で淹れることもあるよ」
桜が茶葉を急須に入れようとしたその時、出入口の扉が開いた。
「ハロー」
背の高い軽くウェーブのかかった金髪の女子が入ってきた。陽は自分より大きい女子を見上げ、顔を下ろして豊かな身体を視界に入れた。彼女からすれば、自分をじっくりと見つめる背の低い少年は不思議な存在だろう。
「このボーイは誰だい?」
「おー、ノイエ。こいつは御手洗陽だ」
「ノイエさん...?」
「ノイエでいい。私はフレンドリーなのがいい。私と話すときはタメ口でプリーズ」
「じゃあ...ノイエ」
「そうそう。けどまだ緊張しているね」
ノイエが陽の両肩を掴んで軽く揺する。陽はもうすこしで鎖骨に当たりそうな彼女の胸にばかり意識が向かい、余計に固くなってしまった。
「あっ、ノイエの座る場所がないね...」
「私の定位置はそこのパソコンの前だ。ラボと呼んでいる」
ノイエの指差す先にはデスクトップのパソコンが置かれており、その周辺にはパーツが散らばっている。この時代には非常に珍しいもので、ノイエはこれを修理しているようだ。
「サクラ、これフレンドから貰ったんだが」
「あら、いいわね。今日はこれを淹れましょうか」
ノイエから渡された高級茶葉を使った茶と辛うま味を食べ終わった椛が取り出したじゃがバター味のポテチくんとでティーブレイクになった。