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わしつぶ -うるう星 The Side of W-  作者: 立川好哉
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Episode 38 いっぱい食べる君が好き

 7月最後の日、星乃ヶ丘は記録的な猛暑に襲われた。光台駅前の温度計が示す気温は37.5度。市役所は注意喚起のために車を走らせ、熱中症対策をアナウンスするとともに、高齢者のいる世帯に経口補水液を配布している。草風駅から始原駅(中央線でいう八王子のあたり)を繋ぐ星乃鉄道の駅前は統一したデザインであり、背の高い木が一本あること、歩行者のための道が幅広であること、ベンチがあることが共通している。そのベンチに腰かけ、携帯電話をいじるのは、陽のここ最近のこの時間帯の行動として共通している。

 今日は椛からの呼び出しだ。さんざん夏っぽいことをしようと提案していた椿は閏との遊びに7月の最終週を捧げ、すっかり和室部をおざなりにしてしまっていた。和室部は基本的に彼女がいないと部活動が成り立たないので、来月初頭のフードフェスまでは各自、自由行動となったのだ。そこで陽以外の部員は共謀して陽とのデートと称した暇つぶしを交代でやることにした。初日は椿、次の日は桜、その次はノイエと来て、今日は椛というわけだ。なにかしらの理由をつけて彼を誘う決まりに則り、椛はしっかりとメッセージにこう記していた。

『光台駅の近くに食べ放題の店ができたらしいから行きたいんだけど、御手洗君って最寄駅光台だよね?』

 椛はどう口実をつけて陽を誘おうか悩んでいたが、ふと目にしたチラシで閃いた。偶然にも食べ放題という彼女が好むものであったため、陽は不自然に思わないだろうと思ったのだ。彼の善意であれば、これに応えてくれないはずがない。そして、陽はその通りに承諾したのだった。

「早いね」

 椛は寡黙なスポーツウーマンというイメージが強いが、今日はそう感じさせない装いをしている。白いTシャツのうえに紺のキャミソールを重ね(レイヤード)、下は膝丈よりやや長いスカートという組み合わせだ。今日は『食べ放題』に行くので、気合が入ったのだろう。

「まだ十五分前ですよ…朝ごはんは食べてきたんですか?」

「もちろん。御手洗君は?」

「俺は抜いてきました。食べ放題だから、ちょっとでも多く食べられるようにしないといけませんので」

「朝ごはんは抜かないほうがいいよ。男子高校生が一日に摂取するべきカロリーは2800キロカロリーで、朝1200、昼夜で800ずつがベストって言われてる」

「そうなんですか。俺、起きるの遅いからたまに抜いてたんですけど、明日からちゃんと食べるようにします」

「お願いするね」

 食に関することを一つ後輩に叩き込めたことに満足した椛はチラシで店の位置を確認して歩き出した。

 陽と椛が二人きりになることは少ないが距離感はどちらも掴んでいるようで、陽が椿、桜、ノイエにしたような話を始め、椛がそれに答えて広げるというような会話が続いた。入部したての頃の椛の面影はもうなくなっていて表情も柔らかくなったのを陽は感じており、椛も陽がただ遜るだけの和室部の奴隷ではなく、自主性を持って人と接していることがわかり、素の自分を見せられるようになった。それがたとえ、二人きりだとしても。

「ここだね」

 開店祝いの花が飾られていて、チラシを見た客が既に待ち行列をつくっていた。神が人類に裁きを下すかのような猛暑に曝されたままでは干からびてしまうので、呼び出し待ちのチケットを発行してもらって別の場所で避暑することにした。待ち時間はおよそ三十分なので、通りを挟んで向かいにある本屋に入る。

「そういえば先輩ってどんな本読むんですか?」

 和室部の活動中、教科書や参考書以外の本を読んでいる椛を見たことがない陽が尋ねる。

「スポーツ雑誌が多い。月刊ワールドサッカーとか、バスケットボールアディクトとか」

 海外のスポーツ選手の写真が多く掲載されていて、大会参加チームの分析や、選手の移籍情報などが載っている雑誌だ。付録もついていて、それ目当てで購入する客もいる。

「俺もそういうのたまに読みます。メインはラノベですけどね」

「ラノベ…ってかわいい女の子が表紙に描かれてる小説だよね?」

「それはラノベの中でも萌えラノベって呼ばれてるやつですね。バトルものとかミステリーものとかもあって、男キャラも描かれてます」

「ふーん…中を読んだことはないけど、絵は可愛いと思う」

「興味があったら本棚にあるんで読んでみてください。ちょいちょい仕入れてるんで」

「わかった。あと、最近は表現辞典にハマってる」

「表現辞典?」

「語彙とか表現を豊かにすると会話が面白くなるし、頭いい人って思われるでしょ?ちょっと憧れある」

「ああ、確かにそうですね。中学のときラノベ作家になりたいと思ってちょっと書いていたんですけど、語彙力が乏しくて読み返したときに失望しました」

「再開しないの?」

「再開か…先輩は俺の書いたラノベ、読みたいですか?」

「内容による」

「そうですよね…じゃあ、和室部での出来事を書くって言ったら?」

「読みたい。できれば主人公視点のナレーションで」

「主人公…椿先輩かな、部長だし」

「御手洗君じゃないの?」

 椛は陽の今までの心情を知りたいと思っていたようだが、陽は和室部のことを書くなら主人公は最も和室部であることに寄与している椿こそふさわしいとした。それはそれで面白そうだったので、椛は陽の作品に期待すると言った。

「今度その表現辞典、貸してくれませんか?まだ語彙も表現も乏しいままなので」

「いいよ。満足いくまで読んで」

 陽は一度は挫折したノベリストとしての生活を再び始めるに至った。紙に書くのは修正が面倒なので、ノイエのパソコンを借り、文書作成ソフトで作ることにした。

「そろそろ呼ばれますね。戻りましょうか」

「待ってた」

 涎が垂れそうなのを抑えた椛が足早に店へ向かう。少し早かったが、待合席が空いたので椛は呼ばれるまで座ることができた。

「コースあるんでしたっけ」

「バイキング形式だからないよ。ぜんぶ選べて三千円弱」

「じゃあ飽きませんね」

「全種類コンプ目指す」

「いけるんですか…?」

 席に案内されると早速トレーに目に留まったものを並べ、陽よりずっと重そうにして戻ってきた。

「いきなりとばしますね…」

「様子見というところ」

「その量でですか…」

「御手洗君はそれで足りるの?」

「一気に詰め込むと後半失速するタイプなので」

 事実、陽と椛の胃のサイズは大きく異なり、陽が残り三十分で腹が一杯だと言うと椛はひどく驚いて彼の分まで食べ始めた。それでも涼しい顔をしているので陽は怖くなった。

「パフェおいしいな。みんなにも教えよう」

「スイーツは別腹のはずなのに…食べる気がしない…」

 片方が満腹でげんなりしているのはもう片方の気を削いでしまいそうなので陽はできるだけ長く食べていようとした一方、椛は気を削ぐなどとは考えずにただ只管に美味しそうに食べていた。

「これで三千円弱だもんね。お得感がすごい」

「いくら分食べたんでしょうね…」

「この後フタバ行かない?新しい味が出たらしいから試してみたいんだけど」

「ああ…はい。ご一緒します」

 その後も彼女の食欲は止まらず、結局夕食まで一緒にすることになった。

 その夜、陽は椛の食事中の笑顔を思い出し、一枚でも写真に収めておけばよかったと後悔し、また誘うことを決意し、そして今日のような満腹を味わうことを覚悟した。


モデル体型でも細身よりむっちりが好きです。

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