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わしつぶ -うるう星 The Side of W-  作者: 立川好哉
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Episode 33 雨は《悪》天候?

 朝八時半、陽の携帯電話にメッセージが届いた。送り主は椿、そうだろうと思っていた。なぜなら、今日は雨だからだ。しかし陽はその内容の予想は誤った。

 『雨の日にしかできないことするぞ!来いよ!来なかったらお前ん家まで行くからな!』

 どうやら和室部に染まるとノーマルを忘れるらしい。

 『学校が近くて助かりました。ちょっと遅れるかもしれませんが行きます』

 遅れる気はこれっぽちもないが、免罪符のようなものをつけておいたほうが椿の予想より遅くても許してもらえるだろうと思ったのだ。

 「雨の日にしかできないことって何だろう…?」

 母がつくってくれた朝食を食べ、電車の時間に間に合うように家を出た。プラットフォームには人の列がいつもより長くできていた。その最後尾につき、携帯電話をなんとなく確認する。部のトークルームには『雨だから気をつけて来てくださいね!』という桜のメッセージがあった。

 《桜は気配りができるなぁ》

 些細なことでも陽の好感度が上がる。陽は了解のスタンプを送った。

 『お客様にお知らせいたします。さきほど草風駅におきまして天井が崩落する事故が発生いたしました。処理が完了するまでこの電車はお隣・天絡橋駅にて待ち合わせを行います。お客様にはご迷惑をおかけいたします。草風駅より先へお越しのお客様におかれましては、天絡橋駅前から草風駅前行き、三鷹駅行き、府中駅行きバスが運行しておりますのでそちらをご利用いただきますようお願い申し上げます』

 車内からは絶望の声が聞こえてくる。九時始業の会社に勤める社員たちはさぞ困惑していることだろう。陽も楽ではいられなくなり、天絡橋駅で降りて学校までは歩いて行くことにした。

 《バスは絶対混む。歩いていったほうが早い》 

 部のトークルームで電車運行見合わせの報告をすると、椛とノイエから困ったという旨のメッセージがあった。陽は天絡橋駅でノイエを待ち、一緒に学校まで行くことにした。

 「椛先輩はどうしよう…」 

 天絡橋駅の上りホームは一つだけで、陽が乗っていた電車が停まっている。後発の電車はその隣、陽の最寄りである光台駅止まりになってしまう。光台駅前からは学校方面に向かうバスは通っていない。となると、タクシーを使うか自動車を運転できる人を頼るしかない。陽は椛に聞いてみた。返信を待つまでの間にノイエが合流し、二人は駅前のコンビニに入った。

 「椛先輩はタクシー使うって」

 「私らで分担してやらないか?彼女の非ではないだろう?」

 「そうですね。部の問題ですから、俺は賛成です。んじゃあそろそろ行きましょうか」

 雨降る線路沿いの道を二人並んで歩く。雨の所為なのか汗の所為なのか、二人のYシャツは濡れて肌にくっついている。

 「ノイエ、これ着な」

 「濡れるぞ、いいのか?」

 「寒いでしょ?それに、下着透けるとまずいよ」

 ノイエは陽の脱いだ薄手のカーディガンを着た。

 「ありがとう」

 胸のところがきつそうだが、透けて見えてしまっていた下着を隠すことはできた。

 さすがは東京と言うべきか、少し歩いただけで隣の駅についてしまう。ここからはよく知っている道だ。

 「こういうのも悪くないな」

 「そう?雨はあんまり好きじゃないな」

 「雨じゃなくて、ヨウとこうやって歩くのが、だ」

 「俺は何か楽しいことを言えていた?」

 「そういうことじゃないんだ。こうしてジェントルな振る舞いをしてくれる人はヨウが初めてだから、こういうのも悪くないって思ったんだ」

 「まさかぁ、ジブラルタルにも優しい男の人はいたでしょ?」

 「ヨウとはまるで雰囲気が違うんだ。もっとラフというか、性別を気にしないガキ友達のような関係だ」

 「性別ねぇ…まあ、意識してないといえば嘘になるか。それを渡したのも性別を意識したからだし」

 「もっと見ていたかった?」

 「もう、ノイエまで部長みたいなことを言うようになってしまった」

 「ハハハ、ツバキの影響力は強いな」

 部室に着くとすぐにYシャツを脱いで干した陽はインナーも干そうかと思ったが、それは風邪をひきそうなのでやめておいた。ノイエは彼から借りたカーディガンを寒そうな格好の陽に返した。陽はインナーが濡れているのをひどく憎み、悔しそうにそれをハンガーで吊った。

 「お前、鍛えた?」

 「ええ。腕とか見られて恥ずかしくない程度にはしておこうかなと思いまして」

 「充分だろ。ってかお前やべーな、細マッチョってやつか?」

 「脂肪が少ないだけです。ガリですよ」

 「あー、うぜーから遜るな。いいか陽、女子に脂肪の話はタブーだ」

 「気にするほどの人いないじゃないですか」

 「御手洗くん、女の子は男の子が思っている以上に体型のことを気にしてるんだよ」

 「あー、これも女になってみないとわからないってやつか」

 「なんだお前、また女になりたいのか?」

 椿がいたずらに笑む。陽は両手の振りで拒絶したが、かわいいと褒められるのは悪くないと思っている。

 「で、雨の日しかできないことって何ですか?」

 「それをこれから考えるんだよ。椛が来たらな」

 「考えなしに呼んだんですか…」

 わざわざ雨に濡れてまで来て何も思い浮かばなかったら損なので、陽はひらめきを求めた。

 「記憶が曖昧なんですけど、むかし雨に打たれながら歌うMVばっかり使ってた歌手いましたよね?」

 「あれ雪じゃなかったっけ?えっと…小浦さん…?」

 「それ違う人だ。小浦さんは演歌の人だ…ほら、Yシャツにハーフパンツっていうよくわかんない格好でさぁ…」

 「TMSじゃね?トーキョーモードセレクション」

 椿の記憶にははっきりと残っていたようで、陽の記憶を補完した。

 「それのパロみたいなMV撮影したら面白いかななんて…」

 「私ら歌手じゃねーよ…私らが歌をつくればいいのか」

 この発想が小宮山椿である。『ない』を『ある』に変えるリトル・マジシャンの提案は有無を言わせず議会を通り抜け、本日の部活動の内容となる。

 「椛先輩が来る前に決まった…」

 「まあいいだろ、考える時間勿体無いし」

 ドアが開いて椛が入る。彼女はタクシーを使ったのでまったく濡れておらず、濡れている陽とノイエを労った。そこへ言い渡される今日の活動内容に、彼女は困惑することになる。

 「歌を作るって…そんなに簡単なことなの?」

 「編曲は必要ねーよ。歌詞と主旋律だけ考えりゃいいんだ」

 「でもそれだとMVのネタに困らない?みんな突っ立って歌ってるだけじゃ面白くないでしょ」

 珍しく椛が語ると思ったら、彼女は中学生のときにクラスの卒業企画でMVの制作をしたことがあるという。

 「エディターが必要ですね。ノイエ、そういうフリーソフトってある?」

 「機能が限定されているものでよければある。どれが使いやすいのかはわからない」

 「実際に演奏しなくてもサンプルとって楽譜つくれば自動でやってくれんじゃねーの?おい、軽音部の奴呼んで来い」

 「FCBでいいですか?」

 FCBファッキン・チェリー・ボーイズとは星乃ヶ丘高校が誇る学生ロックバンドであり、学校のある草風を中心にコアなファンがいる。力強い歌声と速いテンポが特徴だ。

 「あいつらこういうの好きそうだな。よし、部長を呼んで来い」

 「冗談で言ったんですけど…ってか俺にそんな権限はありませんよ」

 「あー、そうだな。私が行かんとダメだな」

 陽に押し付けると思いきや、椿は自分が交渉に行くと言って部室を出た。しかしあっさりと戻ってきた彼女の隣に、男の姿はなかった。

 「今日ライブあるって言ってたな…」

 「じゃあ俺たちでできるところまでやりましょう。椛先輩はなんとなくわかっていそうなので指示を、ノイエは操作をお願いします」

 「うん」

 「わかった」

 こうして和室部は和室部らしからぬことを始めた。


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