Episode 3 荒れ狂う海への船出
「処刑ってどういうこと?」
「コイツは先ほど私の腕を強引に引っ張り赤くさせた!だから処刑を行う」
妹はゆっくり立ち上がり、姉のエモノをじっと観察した。男慣れしていないのか、目と目が合うと頬が薄赤に染まる。それが陽の緊張を誘い、彼は話を進めることを乞うた。
「お前が死ぬ前に私の名前くらいは教えてやる。私が部長の小宮山椿だ!」
「わたしは妹の桜です。1年です」
「俺は御手洗陽です。俺も1年です」
「よし、名を知ったところでお前の死は揺るがん。私はお前に死刑宣告をしてやろう」
「俺、ここで死ぬんですか...?」
陽が怖がっている。小宮山姉妹は申し訳なさ皆無の表情で腕組みをした。
「ようこそ、和室部へ!」
「あの俺、サッカー部に...」
陽はサッカー部を諦められずにいる。目の前の美少女二人も捨てがたいが、それよりも自分が今まで大切に積み上げてきたサッカー経験を、高校でも積みたい。それに、高木と奥田という友人と、高校生活を盛り上げたいのだ。
「お姉ちゃん...」
陽の顔から元気が失せてゆくのを見た桜は一度考え直し、姉の強引な引き込みを咎める立場に変わった。
「何だ桜、お前はこいつの味方をするというのか?」
「帰宅部希望ならともかく、サッカー部に入りたいって言ってるんだよ?もし和室部を抜けて途中からサッカー部に入ろうとすると気まずいじゃない」
結成から数ヶ月で組織風土が完成し、新規は入りづらくなる。高木と奥田というコネクションはあるが、彼らとそれ以外の部員とで対応が変わってしまう懸念がある。桜はそれを憂慮し、陽に正しい選択をするように助言した。
「また部員探しかー。あと2週間で締め切りだよなー。5人いないと部室奪われるんだよなー」
椿が窓の外に向けて聞こえる声量で話した。先ほどの桜の気遣いに心を打たれた陽はそのぼやきにも促され、より深い迷いに陥った。
《俺はどちらを選べばいい...?》
こちらに傾く理由は、陽が今まで女子のいる部活に入っていなかったこと、自分と積極的に話をしてくれる女子を逃したくないこと、そして困っている部を救いたい気持ちがあることの三つ。陽は人生の分岐点に立ったとき、どちらの道においても将来を想像し、楽しいと思う方を選ぶ。今まで彼はゴール量産機やアシストマシンとなり、キャプテンマークを腕に巻く自分を想像してきた。それはとても楽しいし、それを実現させたい。しかし今は椿の提案を受けた道の先にそれに遜色ないほど魅力的な未来が見えている。彼は未知の探究者となることも悪くないと思った。それに、誘ってきたのはあちら側なのだから、自分を酷く扱うことはないだろうと信じていた。きっとこの選択を、高木も奥田も理解してくれる。
「決めました。俺、和室部に入部します」
「へっ」
「御手洗くん、いいの...?」
「いいんだ。部長がここまで強引に俺を引き込もうとするってことは、それだけこの部を続けたい気持ちが強いってことでしょう?」
「...」
渋々ではなく、自分の固い意志で仲間となることを決めた陽の真剣な表情を見た椿はすぐに恥ずかしそうに斜め下を向いた。希望が叶ったなら声をあげて喜ぶべきだが、描いたシナリオ通りに進まなかったから新たな感情が芽生えたのだろう。
「それに、楽しそうだしね」
この日、御手洗陽十五歳の日常は崩壊し、和室部は存続を決定した。