Episode 29 もう始まってる
星乃ヶ丘高校の最寄り駅であり、小宮山家の最寄り駅でもある草風駅周辺は星乃ヶ丘特別区でも一、二を争うインフラのよさであり、駅前を中心として都市開発が進んでいる。そのため商業施設が多く所在しており、隣の天絡橋駅前にはない家電量販店やフィットネスジム、ホームセンターなどがある。学校があることを考慮しているというわけではなさそうだが、生徒からするとこの上なく便利である。学校は駅の近くにあるためそれらの施設にも近く、他店では少ない客層である高校生を頻繁に見ることができる。
「文化祭のときすごく便利ですね」
「ああ。工具とか足りない木材なんかはここで買うな。軽トラ貸し出してるから暇な先生とっ捕まえて運ちゃんやらせられるんだぜ」
「いいんですか、そんなことして…」
「いいんだって生徒会長が言ってた。さすがに他のクラスの担任はダメだけど」
「なんでだろう、会長公認なのに安心できない…」
「ああ見えてうるうは先生からの評価かなりたけーぞ。悪いことは何もしてないからな」
「ボケやってるところばっかり見てるせいですかね」
ホームセンターに入ると季節ものの扇風機が並んでいて、その前で少しの間涼む。かき氷メーカーも同じく季節ものなのでその隣にあり、買い物はあっさりと終了しそうになった。
「どうせ来たんだから面白そうなもの探さねぇ?」
「トレジャーだ!」
「登山用具も置いているでしょうから見てみてはどうでしょう」
「ああ、そうしよう。あとは…」
「あっ!」
桜にひらめきがあったようで、彼女はいつもより大きな声で注意を引いた。
「どうした桜」
「キャンプってどうでしょう!?夏休みっぽくないですか!?」
桜はこの提案こそ受け入れられるべきだと言わんばかりの自信で強く言った。インドア趣味の多い彼女からアウトドアの提案があったのは意外だが、夏は文学少女すらも快活にするのだろうと勝手に思った。
「じゃあキャンプ用具も見ましょう。たぶん近くにあるはずです」
彼の予想通り登山用具売り場の隣にキャンプ用具売り場があった。見慣れない道具を手にとって女子たちはあちこち見つめる。
「これはなんだ?」
「これは簡易コンロだよ。ここを広げると脚になるから、うえにフライパンが乗せられるんだ」
「ああ、折りたたまれていたのか」
「御手洗くん、これって鉱山のおじさんがつけてるやつだよね?」
「ヘッドランプだね。日をまたぐ登山とか暗いところに行く人は必携だね」
「これは?」
「エマージェンシーシートです。遭難したときに怖いのは寒さで体力が奪われることなんですよ。だからこれを巻いて保温するんです」
「へぇ」
「詳しいなお前」
「おじいちゃんに教えてもらったんです。登山大好きだったんですよ」
「おっ、これ非常食じゃん。羊羹って日持ちするの?」
「缶詰に比べると短めですけどね。学校の廊下の裏に積んでありますよね」
「あれ非常食なの!?」
教材か何かだと思っていたらしい。
「こういうのは専門店で買ったほうがいいの?」
「うーん、ここで買っても問題ないけど、専門店の店員のほうが詳しいだろうね。山好きしかいないから」
珍しいもの好きたちは三十分くらい珍しいものを見てから気が済んだようでかき氷メーカーを買って学校へ戻ってきた。
「シロップねーじゃん」
椿は買って来いとすら言わなくなった。黙ったままでもサーヴァントが動いてくれるからだ。灼熱から帰還したばかりの陽は名前の由来にもう一度会いに行った。
「あっちぃ…」
彼はTシャツにハーフパンツというお気に入りのスタイルで夏のアスファルトの上を歩く。靴底が焼き付きそうな熱で足がくたばりそうになるのを堪え、おなじみのスーパーマーケットに入った。
「すずしい…」
財布の残額に余裕があるので菓子を買っていくことにすると本題を忘れそうになった。
「なんだこれ」
缶ジュース売り場に見慣れない商品が売っていたので手にとってみる。夏限定のエナジードリンクだ。
《部長にこれ以上のエネルギーはいらねーな》
陳列棚に戻した。
レジにかごを持っていくとレーン入り口に特売の菓子が売っていたのでそれも入れる。たまには大盤振る舞いも悪くないだろう。
夏は陽が落ちるのが遅いので、まだまだ遊んでいられる。
「なあ知ってるか?かき氷のシロップってどれも同じ味らしーぜ」
「そうなんですか?見た目からまず違うじゃないですか」
「果汁が入っていないっていうのは知ってるけど…」
「色と匂いでごまかしてるんだな」
「おいしけりゃなんでもいいよ」
風鈴の涼しげな音を聞きながらかき氷を食べる。なんとも夏休みらしいことだ。




