Episode 27 高校生の夏休みはたった三回
ミンミンゼミとアブラゼミ、あとよくわからない虫の共鳴が真夏を感じさせる公園沿いの並木道。風鈴を買いに来た店の前を通り、普段は行かない大きいスーパーマーケットへと向かう。昼食を買うのならばいつも行く近くのスーパーマーケットでよいのだが、陽が椿との会話に夢中になって道を外れたせいでこうなってしまっている。
「なんだお前ニヤニヤしやがって」
「えっ、ニヤニヤなんてしてませんよ」
「いいやしてたね。アレか?夏だからか?」
今度は椿のほうがニヤニヤして陽を責める。横腹をつつかれた陽は照れくさそうに早歩きをして彼女の質問から逃げた。
「逃げんなよ。デートみたいで楽しいだろ」
「...俺が言わないでいたことをさらっと言った」
「いいじゃんかマジじゃねーんだから。私は嬉しいんだぜ?去年妄想してたことをお前が叶えてくれたことがよ」
「去年の今頃は何をしてたんですか?」
心を覗いてまで知りたがる陽に椿は過去を教えることにした。
「先代の部長は私と同じように楽しいことを追い求める人だったが、誰か一人と深い関係を築こうとする人じゃなかった...みんなで仲良く、ってのが理想の人だった」
「じゃあ二人きりで買い物なんてことはなかったんですか」
「滅多になかったな。もちろん楽しいことはたくさんしたさ。みんなで計画して、みんなでイベントに参加することがほぼ毎日のようにあったけど、誰かと二人っきりっていうイベントはなかった」
「ふーん...俺らはけっこうありますよね、そういうの」
「そうだな。いや別に不満ってわけじゃねーんだ。でも個別のほうがイベントの密度は高いだろ?」
「それがきっかけで深い関係になることはありますね...あ、見えてきましたね」
「ノイエは幕の内弁当だったよな」
「はい。椛先輩と桜には何を買いましょうか」
「見てから考えよーぜ」
惣菜売り場には様々な商品が売っていて、幕の内弁当のほかにも握り寿司と軍艦のセットやネギ玉丼、ロコモコ丼などが並んでいる。
「俺は...寿司にしようかな。部長は?」
「私はこれだ!」
ロコモコ丼をかごに入れた椿が嬉しそうにしていたので理由を尋ねる。
「ハワイ行ったときに食べたんだけどさぁ、すっごい美味いんだよね、これ。五年くらい前の話だけど、未だに憶えてるのさ」
「あー、確かに美味そうですねコレは。俺もロコモコ丼にしようかな。でも握り寿司も食べたいな...両方買うか」
「あいつらがそれ食いたいって言ったらどーする?」
「ちょっとわけるくらいなら構いませんよ」
「ロコモコ丼と寿司買ってさ、みんなで好きなの食うってどうよ?ポテチのパーティ開けみたいにするんだ」
「あ、そうしましょう。そうすればみんないろんなのを食べられる」
ロコモコ丼と寿司セットを三つずつかごに入れ、ついでに飲み物とポテトチップスとお茶請けも入れて支払いを済ます。陽の財布に全額分を超える金がなく、代わりに椿が払った。そのお礼も込めて陽は両手に買い物袋を持ち、椿に当たらないように少し距離をとった。
「お前って何に金使ってんの?」
陽が金欠なのでそれを話題にすることにした椿が男子高校生の金遣いについて質問した。
「主にはゲームですね...あとちょいちょい服とか本とか」
「あー、あのラノベかぁ」
「一冊けっこうな値段するんですよ。『ちょっとアニメ見てみようかな~』って調子で見てハマっちゃったらもう出費がドバドバです。原作とグッズはたいてい買っちゃいますからね」
「オタクって資金力豊かだよなぁ...」
「オタクはまだわかるんですけど、"腐女子"の資金力がわかりませんよ」
「腐女子?」
高校生ならば誰もが聞いたことのある単語だと思っていたが、そうではないらしい。椿はあまりアニメには強い興味がないらしく、部室で王道少年向け漫画雑誌を読んでいる程度だ。
「男同士の絡みが好きな女子のことです。マイナーだと思いきや、今やアニメショップにコーナーができるほどの市場規模ですよ」
陽は嘆くような口調で言った。愛顧していたアニメショップは腐女子市場(BL市場)が隆盛するまでは彼好みの品揃えで充実したショッピングを楽しんでいたが、ショップがその市場に注目してからはコーナーが拡大し、彼向けのコンテンツの品揃えが悪くなってしまったのだ。また客層も腐女子の割合が増加傾向にあり、どうも居心地が悪くなってしまったとのことだった。
「女子ってあくまで俺のイメージですけど、服とかアミューズメント施設とかにお金をかける割合が強くありませんか?腐女子だってそのへんを疎かにしているとは思えないのに、自身の腐趣味のために使うお金がそれを遥かに上回ってるんです」
彼が腐女子に話を聞いたわけではなく、テレビ番組の特集で得た情報だ。
「バイトしてんじゃねーの?」
「そうなんですかね...男子はほら、服装がどうでもいいとか、家にいるのが落ち着くっていう人がけっこういるんですよ。女子より人付き合いがさっぱりしてるからでしょうね」
「お前はどうなんさ」
「今俺の財布が寂しい理由は昨日ラノベをまとめ買いしたからです。余裕があるときとか臨時収入があったときは人並みに服も買ってますし、外にも出ますよ」
「前にも訊いたかもしれねーんだけどさぁ、お前って部活ないときなにしてんの?」
椿が部長になって陽が加入してからはほぼ毎日あるので陽は何をしているか忘れかけていたが、しばしの間をおいて答えた。
「山に行くことが多いですね。電車でちょっといくとすぐ埼玉県で、西側にはいっぱい山があるんですよ。あのへんは登りやすいのが多くていいですね」
「一人で行くのか?」
「ええ。軽装で行けるところまでですけどね。いい運動になりますよ」
「よし、いいことを思いついた。こんど皆で山行こう。お前、私らでもいけそうなとこ調べておけよ」
「おっ、興味ありますか。それなら喜んでガイドしますよ」
一度も会話が途切れることなく部室まで戻ってきた。互いに話していると楽しいと思っていることの証明だ。まだたった四ヶ月の付き合いだが、距離感は完璧に掴めているようだ。




