Episode 26 夏休み前だから
「...ということがあったので、皆さんはできるだけ一人で帰らないように気をつけましょう。私の娘も皆さんと同じくらいの齢の頃によく夜遅くまで遊んでいて、携帯で連絡したら『花火やったら帰る』なんてメールが来るんですね。近隣住民の方から警察に通報があったらしくて、学校にもそれが知れて集会が開かれるなんてことがありましてね...」
「おい、今何秒だ」
「22分12秒...記録更新まであと2分11秒!」
椿は隣の田中が右手に握っているストップウォッチと壇上で話す校長を交互に見ながら終わるのを待っている。ここの校長は星乃ヶ丘の高校生とその保護者の間では話好きということで名が知られている。今日もそのイメージに反さず時事問題から世間話、自分の家族の話まで実に様々なことを話した。終わりそうな雰囲気になってきて、生徒たちの姿勢が徐々に崩れてゆく。椿もあぐらと体育座りを使い分けて脚の痺れを防ぎ、落ち着きのない人みたいになっている。
「ということで、夏休み明けにまた元気な姿を見せてください。終わり」
生徒たちは心の中で歓喜の叫びをあげていたことだろう。この灼熱のイベントが終わるとホームルームがあり、それは担任の短い注意喚起だけで終わる。その時間すら惜しいと思う椿は身体のどこかしらを素早く動かして暗に急かし、『さようなら』の直後に鞄を持って教室を飛び出た。
もちろん、向かう先は和室部の部室。今日はテストの結果を部員に公開する日であり、到着の早い者は赤点を免れたことを証明できる。椿がいつもの陽並みに急いでいるのは、そういうことである。
「いっちばーん!」
これだけ急いだのだ。先客があるわけないと思い、ドアを盛大に開け放つ。するとひんやりした空気が彼女の火照る身体を癒し、男性の声が彼女を迎えた。
「残念でした、二番手です」
「なにー!?」
「いいでしょ、最初からエアコンガンガンなんですから」
「お前...いや、お前も私と同じということか」
椿が客観的な立場に立って考え、夏休みストレートイン(課題なし)の部員がいることで二番手以降に甘んじることは決して悪くない、むしろ喜ばしいことだと結論付けた。
「ふふん、お前もホリデーエンジョイ組か」
「『も』ということは部長もですね」
互いに手を伸ばし、ハイタッチ。いつも早いメンバーが遅いと心配になるが、いま部室にいるのはそのメンバーである。そのうち椛、ノイエ、桜と続いて入ってくるだろう。その予想は正しかった。
「いつもより早く来たつもりだが...」
「この二人には勝てなさそう」
「いなかったらどうしようと思ったよー」
誰一人として憂鬱な目をしていない。和室部の試験対策は功を奏したようで、全員が赤点を免れた。
「よし!全員揃ったところで点数公開といこうか。新入りに教えておくが、各教科で最下位の奴は罰ゲームがあるぞ」
「えっ...俺一つ確定してますがな...」
五人全員が受けている科目は『現代文』『古典』『現代社会』『数学』『英語』『日本史』『世界史』の七科目。一年生と二年生では問題の難易度が違うだろうが、ここでは同じものとして考える。
《罰ゲームについて》
最下位が以下の種目をやる。
現代文...教科書の好きな部分を音読
古典...オリジナル俳句を詠む
現代社会...好きな政治家のマネ
数学...数学用語を使って一発ネタ
英語...ノイエの言うことを一つ聞く
日本史...武将のコスプレをして撮影
世界史...世界地図に土下座
各々が点数を公開し、罰ゲームをやった。現代社会ではノイエが総理大臣のモノマネをして爆笑の渦を起こし、それを陽の数学ネタが沈静化した。
「英語の最下位は部長ですけど、ノイエの言うことを聞くって運要素がありませんか?」
内容が事前に把握できないので、ノイエの気分でとんでもなく恥ずかしいことをさせられたり、あっけなく終わったりする。今回ノイエが言い渡した命令は...
「お腹が空いたからスーパーで幕の内弁当を買ってきてくれ」
陽が土日にやっていることだった。椿はこれを受け入れ、陽を誘って買い物に行くことに決めた。陽は椿が全員分を買ってきてくれると思い込んでいたのでひどく落胆したが、それでも断らなかった。
「ミスったなー。罰ゲームなんてやらなきゃよかった」
「ノイエが優しくてよかったですね」
「こんなクソ暑い中買い物行けってのもなかなか酷なもんだと思うが...いや、そうじゃなくてさ、夏休みの予定を立てるために今日はあるのであって、罰ゲームなんかに時間を使ってる余裕はないんだって」
「いいじゃないですか。面白おかしい思い出ですよ。この後のノイエのコスプレ、すごく見たいですよ」
「エロくはならねーぞ?」
「わかってますよ。部長は俺を何だと思ってるんですか」
「エロガッパ」
「『うへぇ~ベロベロベロ~!』なんて俺のキャラじゃないでしょ」
「今のマジでキモかった」
「二度とやりません」
椿とは気楽に話せる。というのも、あまりに美人過ぎて緊張する相手でもなければ、あまりに偉大すぎて畏怖する相手でもないからであり、陽は彼女のことを部長と呼びながらも、妹のような扱いをしている。兄に敬語を使う妹がいるのだから、その逆があってもよいのではないだろうか。




