Episode 2 やばい人との遭遇
「ふんふんふーん」
男が鼻歌交じりのスキップをすることは気持ち悪いことなのだろうが、周囲に人の姿はない。貸切状態の長い廊下を勢いよく飛び跳ねる陽が階段へ近づいた時だった。
「止まれィ」
教室の扉が開き、中から出てきた女子生徒に呼び止められた。彼が振り返ると、小柄で、小豆色のセミロングの少しクセのある髪で、整った顔立ちの少女がいる。どうして子供が高校にいるのか...と不思議に思ったが、自分も子供だし、少女は制服を着ているのでここの生徒だということが分かり、陽は言葉を発しなかった。その代わり、少女が大声を出した。
「お前は今日から和室部の一員だ!」
突然の大声に萎縮した陽の手を強引に引いた彼女は彼をどこかへ連れて行こうとした。彼は踏ん張る時間を与えられず、弱い力に体勢を崩したまま彼女に続いた。
「ちょっと待ってくださいよ!誰ですか貴女は!」
「細かいことは後だ!黙ってついて来いっ!」
陽は自分勝手な暴虐への抵抗を始めた。それは一瞬で、引っ張る力を上回る力で逆方向へ引っ張ると、二人の身体がぶつかった。
「きゃっ」
「あっ...ごめんなさい」
加減を誤ったらしく、少女は女の子らしいか弱い悲鳴をあげた。陽は突如強烈な罪悪感に襲われ、理不尽な暴虐に憤る身体の熱が急に冷めるのを感じた。
「なんだよ...」
「その...事情を先に話してくれませんか?」
「...ちっ」
少女は陽を睨み、元気を失った静かな声で彼の願いに応えた。
「あと一人で部が存続できるんだ。誰かを引き込もうと交渉を続けてきたが、すべて失敗だ。私が帰ろうとしていた時に偶然お前が気持ち悪いスキップをしていたのだ」
陽は柄にもなくはしゃぐ自分を女子に見られた恥ずかしさより『気持ち悪い』と言われたことにショックを受けた。
「気持ち悪かったですか...?」
「吐き気がするくらいだ。お詫びにお前には我が和室部の奴隷になってもらう」
「部長なんですか...残念ですが、俺はサッカー部に入る予定です。和室部...には入れません」
唐突な部活動への勧誘…というより強制を、詫びの気持ちを添えて断った。
「残念だが、それはできない」
「どうしてです?」
少女は腕を陽に見せた。陽が引いた箇所が赤くなっている。陽ははっとした。
「お前はさっき私の腕を強引に引いた」
「それは貴女が無理やり俺を引っ張るから...」
「痛かったんだぞ」
陽は吐き出しそうな文句を止め、罪悪感の二次波に心を痛めた。
「ごめんなさい。そのお詫びはします...」
謝罪の言葉を聞いた少女は主導権を握った将軍のような勝気な顔になり、抵抗を止めた陽を部室棟に連れ込んだ。一階の手前から二番目の部屋のドアを開けると、広々とした部室が広がっていた。間仕切りがないことから、どうやら部屋二つ分がデフォルトの部屋らしいことがわかる。奥のキッチンを除くと、部室にはすべて畳が敷かれている。
「和室...」
「おかえりお姉ちゃん。その人...部員?」
柔らかい口調の女子生徒はお姉ちゃんと呼ばれた部長と同じ小豆色の髪を二つおさげにまとめ、美しい姿勢で正座している。
「こいつは私のエモノだ。ここで処刑を行う」