Episode 20 友好の証
不動産屋と床屋に挟まれる位置にある店の外観は陽のような男には入りづらいと思わせるような洒落たものだが、彼はこの店をよく知っている。昔懐かしい木枠のドアを開けると、涼しげな鈴の音が響いた。
「いらっしゃ~い、あら、陽くん」
「こんにちはー。お久しぶりですねぇ」
暖簾を押し上げて顔を出したのはエプロン姿の女性で、珍しい男性客に驚かずに声をかけた。この人は陽の小学校の同級生の母であり、彼の母とはとても仲がよく、昔から彼にはよくしてくれていた。店を開いたのは彼が高校に入る少し前のことであり、彼も開店準備を手伝った。
今日は土曜日なのでもしかしたら、と思い、こう言ってみる。
「芳宏は部活ですか?」
「今日は大会なんだって。ところでそちらの子は?」
『もしかして、彼女?』とからかわないのは陽のような地味な男には似合わない美女だからだろうというのは、陽の被害妄想である。
「こちらはノイエ。先輩なんですけど、同級生のようなお付き合いをさせてもらってます」
「えらい別嬪さんねぇ。どこの出身なのかしら?」
「ジブラルタル...ご存知ですか?」
「まあ、日本語がお上手ね。ジブラルタルって...ジブラルタル海峡の?」
「そうです。ヨウ、買い物に来たんでしょ?」
「そうだった。ちょっと見させてもらいますね」
「ゆっくりしていってね~」
陽が最初に手にとったのは金魚が描かれた風鈴だった。なるほど、この季節には欠かせないアイテムだ。夏しかできない体験をしたい椿は気に入るに違いない。
「どのデザインがいいかな?」
「これはどうだ?」
ノイエが陽に見せたのは波が青系統の色で描かれたもの。青は涼しく感じる色であり、あの部室に適しているといえる。
「いいね。これにしよう。あとは...あった」
陽が手に取ったのは花の装飾が綺麗なかんざしだった。ノイエが首をかしげて問う。
「これを私に?」
「うん。さっき和服が似合いそうって言って、ノイエは着たことないって言ったでしょ。個人的に着て欲しいから、そのときにこれをさしてくれたら、なんて思ったんだ。ノイエにはいつも仲良くしてもらってるから、これは友好の証」
陽の思いつきだが、ノイエは彼からのプレゼントを喜んでくれた。袋を手に、かんざしでまとめるほど長くない髪を揺らした。
「髪が伸びたらみんなで着物を着るのはどうだろう」
「いいね!部長もきっと賛成してくれるよ」
「ああ、夏祭りのときに着るかな?」
「髪、伸びてるかな...?」
「あ、そうか...」
陽はこのとき、この部に入ってから人と話すのが楽しいと思うようになってきた。それは彼が話すことに慣れたからでもあり、苦手意識のあった女子が何の障害もなく話してくれるからでもある。入学前の彼が諦めかけていた理想の青春は、今の彼が体験している。
椛から頼まれたポテトチップスを買ってコンビニを出たとき、ノイエが陽に問うた。
「ヨウ、他の人にもプレゼントをするのか?」
「もちろん。部長にも桜にも椛先輩にもよくしてもらってるからね。形あるものでかどうかはわからないけど、お礼はしっかりしなくちゃ」
「喜んでくれるといいな」
来た道を帰る。住宅地は木が少なく直射日光が当たるが、ノイエは傘の半分を彼に被せてくれた。
「おっ、ありがとう」
「カップルみたいだな...なんて」
「カップル...あはは、そうだね。ちょっと恥ずかしいや」
かといって傘から離れようとしない陽が好きなノイエだった。
「ノイエ、何をじっと見つめてんだ...?」
椿が卓袱台に何かを置いて見つめるノイエに問う。見ればそれがかんざしだということがすぐわかる。
「かんざし...いつ買ったんだよ?」
「貰ったんだ...宝物さ」




