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わしつぶ -うるう星 The Side of W-  作者: 立川好哉
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Episode 15-16 野球をしよう

 体操着を持って部室に来た陽を待っていたのは、野球のユニフォームを着た椿だった。口を開けっ放しで呆けた彼を椿は傍らの野球バットでつつき、こう言った。

 「今日は野球日和だな」

 「サッカーじゃねぇのか」

 「おお、サッカーは昨日で腹いっぱいだ。だが運動はしたい。ってきたら野球しかねーだろ」

 「他にもあるでしょう...ってか今日真夏日なんで死にますよ」

 5月の中旬には30度を超える日が何日かある。熱中症対策の商品が多数店頭に並び、小中学校でも注意喚起がされ始めるのがこの頃で、暑さに弱い陽が体調不良になるのもこの頃である。今日は幸いにも元気だが、この日差しを浴びて運動をしていれば悪くなるだろう。しかし椿は用意周到だった。

 「ちゃんと備えはあるわ。校庭を見ろよ」

 「お?」

 朝礼台の両脇に簡易テントがあり、大容量の給水機が設置されていた。片方のテントの下には野球部がいて、もう片方には椛がいた。

 「...まさか」

 「ああ。親善試合だ。野球経験ゼロの宇宙人部の皆さんも呼んだぞ。9人いればできっから、私は涼しい日陰で監督をする」

 その宣言を聞いてか聞かないでか、宇宙人部の部長が部室のドアを開けた。

 「おいおい監督はこの私だろう」

 「あ?お前運動できるんだから出ろよ」

 「椿この前日焼けしたいって言ってたやん」

 「ああもう登校するときに十分焼いたわ。お前白いから焼いとけよ」

 身長差のある二人が額を合わせて威嚇し合っているので陽は外の椛の手伝いに出た。こちらの決着がつかなくても、約束した以上は試合は開催される。

 「勢いだけで試合を組むんだもん...」

 うんざりした様子の桜が溜息をついて野球部を見た。彼らはやる気充分で、はきはきした掛け声で準備運動をしている。

 「負けると分かっている試合を楽しめというのは難しいオーダーだな」

 不満続出だった。それを加速させるかのように、後から合流した宇宙人部もナーバスな様子を見せている。

 「運動苦手なんですよね...」

 文学少女の天王洲和は日に当たるのも嫌がって日陰のど真ん中にいる。星名部長のお墨付きツッコミ役の夜月庵は尖ったアホ毛が湿気でうねっているのを気にして試合の準備ができていない。まったく役に立ちそうにない助っ人たちだ。陽は圧倒的不利をどうにかして楽しむのが椿の望みだと捉えてせめて自分だけは全力でやってやろうという気になった。喧嘩を終えた部長二人が戻ってきてウォーミングアップが始まった。野球の試合前はどのような動きをすればよいのか誰も分からなかったのでストレッチ、ダッシュをしてそれからはひたすらキャッチボールを続けた。審判が整列の合図をしたので全員が並んだが、一人分はみ出たことを誰も言わなかった。

 「ハンデはあって当然だろうよ」

 「あれ、さっき誰が監督で争ってなかった?」

 「喧嘩を終わらせるために呼んだんだ。ギガンテスのOBだから安心しろ」

 東京ギガンテスは日本の野球のチームであり、内陸リーグに所属している。所属選手が日本代表に選ばれ、スカウトと育成には高い評価がついている。そのOBが来たということで、勝つ可能性が僅かに生まれた。

 「監督より選手やらせりゃ勝てるんじゃ...?」

 「それはチート」

 線引きが椿に依存しているため陽の正義では判断できない。流されるままに試合が始まり、予め決まっていないポジションに無理矢理配置される。陽はセンター、4番打者。中学校のソフトボール大会でホームランを打ったことを誰かが知っていたようだ。サッカー以外にも高いレベルでできるスポーツがあるとは恐ろしいが、サッカーの上手い奴はたいてい何をやらせても上手いという傾向がある。

 「プレイボール!」

 ピッチャーは手足の長い神宮寺楓。ピッチャー返しなら難なくキャッチできるとのことだったので任命したが、それが本当かはわからない。宇宙人とは嘘の得意な種族であるとの情報が庵から入っている。

 「いくぞォら!」

 宇宙人から豪速球が放たれ、キャッチャーの閏のミットに鋭く突き刺さった。回転の摩擦で煙が出ている。なぜか置かれた速度計には信じられない速度が表示されている。

 「あれコレ勝てるんじゃね...?」

 試合内容は非常に退屈だが、全員三振で完封はありえる。肩にヘンな薬を塗ったのではないかと疑われるが、男勝りの体格の楓なら男勝りのピッチングができてもおかしくない。

 

 しかし試合が進むうちに経験の差が顕著に出ているのがわかる。あっさりと豪速球の攻略法を見出され、後衛に鋭い打球が襲来する。触れることも叶わずボールは遠くへ転がり、大量得点を許してようやくこちらの攻撃になった。

 「おい、すでに10点取られてるんだが」

 「まあまあ私で1点はとれるんだから焦らない」

 閏が美しいスイングを見せ、打席に立った。なんだか打ってくれそうな気がする。ならこの人を4番打者にすればよかったのでは?と思うが、閏は3番まででスリーアウトになると予想していたようだ。これは侮辱と勘違いした椿たちを奮い立たせるための策かもしれない。

 「ヘイヘイピッチャーびびってるぅ」

 「そりゃあ会長にデッドボールは死刑だもの」

 コントロール重視の緩いボールがストライクゾーンに向かう。その芯を捉えたバットが振られ、ボールは高く遠くへ飛んで行った。外野が走って落下地点へ向かったが、『ここからホームラン』の白線を超えたためキャッチしてもホームラン扱いになる。

 「いえええええい!」

 早速1点を返し、続く2番の楓に繋いだ。彼女は学校で三本の指に入る運動得意であり、どんなスポーツでもそれなりにできる。ピッチングを見ればバッティングにも期待できる。

 「スクリーンをぶっ壊す!」

 「スクリーンねぇけどな!」

 言葉の駆け引きの後に野球の駆け引きが行われる。会長ではないからという理由で理不尽に放たれたストレートはバットの端に当たってファールになった。最速の感覚を把握した楓は宇宙人特有の機械的な修正能力で次のバットの振り方を決めた。見事に修正に成功し、今回二度目のホームランが出た。

 「やばい...これはホームランじゃないとダメなやつだ」

 「俺も打ったんだからお前もホームラン打てよって言われて打てる人は少ないですよ」

 「ミッション・インポッシブルだな」

 後続の打者たちが震えている。この二人が異常なだけで、普通の人はその要求を満たせなくても責められることはない。日本特有の同調圧力に毒されている3番打者の椿はバットの持ち方がおかしい。

 「部長はうるうだけじゃねーぜ。平部員のお前が部長様に敵うはずがねーぜ」

 「いや、敵うでしょ」

 冷静なツッコミと豪速球を受け、椿の握るバットは後方に弾かれた。運の悪いことにキャッチャーの閏の頭に当たり、彼女はマンガにありがちな星を飛ばして倒れ、すぐ起き上がった。

 「会長のスキルだ!」

 「いやいや、ありえないっしょ。仕込んでたよアレは」

 キャッチャーマスクに仕込んでいたようで、決して魔法ではないと庵が言った。仕込むにしても試合開始で自分がキャッチャーをやると決まってからのことなので、誰かしら気づくはずである。それを気づかせずにやるのは閏にしかできないことだ。

 「おい!全然当たんねーぞ!」

 椿は三振に打ち取られた。

 次の打者は陽。男であるというだけで人一倍の期待を集めている彼だが、ソフトボールの経験こそあれ野球の経験はない。小さなボールをホームランの範囲まで運べるだろうか。

 「いいとこ見せるチャンスだし、やるしかねぇな」

 「いいや、いいとこ見せるのは俺だね」

 ピッチャーはモテたいらしい。これだけ多くの女子に囲まれている陽のことを羨むのは無理もない。ベンチの野球部たちからも『一人よこせー!』と声が放たれている。

 「俺だよ!」

 陽は思い切りバットを振った。三塁の手首を砕く勢いの打球はその後方へ流れ、捕球されるまでに陽は塁を一周してホームに戻ってきていた。速いくせに急制動も上手いとはなんとも敏捷性に優れた男である。ただその実筋肉には大きな負担を強いることになり、彼はしばらくベンチで治療をしていた。


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