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わしつぶ -うるう星 The Side of W-  作者: 立川好哉
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Episode 14 アジア王者の意地

 日本は直近5回のアジア大会で優勝している。しかしアジアと他のエリアの戦力には大きな差があり、アジア王者でもヨーロッパの最下位に敗れることがある。国際舞台での躍進を目指す日本は、イングランドというヨーロッパの強豪に勝利して力を見せつけておきたいところだ。後半に入って応援にもますます熱が入るが、戦況は日本に不利に傾いてきている、そう陽が分析した。

 「右サイドがバテてきてるのに気づかれてる。左サイドにいた足の速いやつを右にして突破しようとしてる」

 「右サイドバック?のやつを交代すればいいんじゃねーの?」

 「そろそろ交代の指示が出るけど...日本の右サイドバックのサブはまだ若い選手ですから、経験の浅いうちに強豪をぶつけるとあっさりやられて自信喪失なんてこともあるんです」

 日本の弱点は右サイドバック。海外リーグで活躍する日本人が最も少ないポジションで、国内で活躍する選手はまだ若い。ベストチョイスであることに疑いはないが、それがベストチョイスであることは好ましくない。

 「でも逆もありえる」

 ノイエが期待してるのはその若手が強豪を完封して自信をつけることだ。スピードもテクニックもある相手を体格で劣る人が完封するのは極めて難しく、仲間との連携が不可欠である。難易度の高い任務に燃えてくれるか、注目が集まる。

 「向こうも交代か...!」

 層の薄い日本とは対照的にイングランドの選手層は厚く、どのポジションにも人選に悩むほど多数のスーパースターがいる。つまり、交代で出てくる選手もかなりの強さを誇る。しかも日本には都合の悪いことに、出てきた選手は世界トップクラスのスピードを持っている。

 「ブチ抜かれて終わりだな」

 悪い予想は大当たりで、静止した状態からのドリブル勝負で置き去りにされた若手DFは追いつく前に中への浮き球を許し、長身のFWにヘディングを決められてしまった。待望の先制点に沸くイングランドサポーターと、勝利のために2点が必要になって落ち込む日本サポーターの境界がはっきりと見えた。

 「おい!あっさりやられたぞ!?」

 「ああいうゴール前の動きでミスらないのがイングランドです」

 「どうやって逆転するの?」

 軽食をつまみながらキックオフで再開した日本を見守っている椛が言う。正直に言うとバテている日本がまだまだ元気なイングランドから2点を奪って逆転することはほぼ不可能だが、唯一あるとしたら、

 「水上を出す、ですかね」

 「?」

 ベンチにいる水上隼は日本屈指のスピードを持っており、決定力に定評がある。イングランドのDFはフィジカル重視で選抜されるため、スピードはさほど速くない。その裏にスルーパスを出してGKとの1対1をつくれれば、ほぼ入ったと思ってよい。それを2回成功させるまでに相手からゴールを護るのが、日本のミッションだ。

 「ただ監督は若手を使いたがらない。なんてーか、スポンサーとかの都合がいろいろあるんですよね」

 スポンサーがCMで起用している選手を活躍させることが日本のサッカー協会に望まれている。それゆえ、監督は名の知れたベテランを優先して起用する。有望な若者の出番は少ない。

 「まあ、最終手段としてそれを使うんでしょうけど、ベテランのほうも若者にポジションを奪われたくないので頑張るでしょう」

 ベテランには数多くの大会での勝利の記憶がある。アジア王者としてのプライドも人一倍強い。それがうまく生きれば、陽の負の予想を裏切ってくれるだろう。

 

 後半もあと5分で終わる。日本は超攻撃的な戦術に変更し、イングランドの守備を崩そうとしている。交代枠を使い切り、水上の出番はなかった。それでも敗北を甘んじて受け入れるような弱気な態度は感じられない。選手たちは互いに大声で鼓舞し合い、身振りも使って指示を送り、作戦を共有している。今までの85分ちょっとで相手の傾向をはっきり掴み、攻略法も各々が考えていた。それを何回実行できるかで結果は変わる。

 「ん?なんかいつもと陣形が違うような...」

 陽は日本代表のフォーメーションの変化に気が付いた。いつもは4-4-2の陣形なのが今は3-5-2になり、より攻撃的になった。点を取られるリスクを負ってでも点を取りに行くスタイルだ。守る相手をパスで引き出し、GKとDFの間にスペースをつくる。そこへスルーパスを送るという戦術だ。ドリブル突破では追いつかれても、完全に裏をとったのであれば足の速い選手でも相手がシュートするまでに追いつけない。連携のとれた相手DFはなかなか裏をとらせてくれないが、終了間際に絶妙なタイミングでヒールパスが決まり、裏に抜けたFWがGKと1対1になった。スピードスター水上なくして裏抜きを成功させ、千載一遇のチャンスをつくりだしたのだ。相手がシュートコースの選択肢を絞らせ、『こっちに蹴れ』というように誘っている。最後の攻撃を任された日本のFWはそちらに蹴るようなモーションを見せた。相手がしめたと思って飛び込んだ。しかし、シュートは放たれなかった。

 「キックフェイント...!」

 咄嗟に相手を騙せるプレイヤーは多くない。もとから意図していたのだろう。相手の飛び込んだ方向と逆にワンタッチで振れると、守る者のいなくなったゴールへ転がす。唖然とした会場は、ネットの揺れと同時に歓声に包まれた。

 「きたー!」

 椿が陽の背中に飛びつき、両拳を前方に突き出して歓喜した。日本が格上のイングランドを相手に同点で試合を終えた。これは快挙であり、まるで勝った時のように気分が高揚している。日本サポーターからは『ニッポン!』のコールが続き、誰もが一体となって健闘を称えた。イングランドサポーターからは落胆の声も聞こえたが、それ以上に意地を見せた日本と必死に攻め続けたイングランドへの拍手の音が大きかった。

 

 帰りの電車の中でも日本のサポーターがユニフォームを着たままで興奮冷めやらぬといった様子で語っていた。サッカーファンでない人からすると迷惑かもしれないが、彼らもスタジアムで見ていれば興奮していたはずだ。それほどあの試合は魅力的だった。

 「サッカーってテレビで見るのと会場に行くのとでは全然違うんだな」

 いつも自分が主導権を握り、思い通りに事を進めていた椿が不覚にも周囲の熱気に圧倒されたとサッカーファンの勢いの強さを痛感した。彼女がこれに慣れてサポーターを率いるくらいになったら、いよいよ陽でも抑えられないだろう。

 「ちょっと怖いって思ってたけど、慣れると楽しくなってくるね」

 「久しぶりに大声出してすっきりした」

 会場の雰囲気に呑まれていた桜と椛もこの空気を悪くないと言ってくれた。サッカーという競技を通じて新たな楽しみを発見できたようで、和室部としては喜ばしい限りである。普段は自我を強くして主張することの少ない二人には、積極的に提案をしてもらいたいと陽は思った。

 「いい戦いだったな。日本はもっと弱いと思っていたが、そうじゃなかった」

 ヨーロッパサッカーを見てサッカーとはレベルの高いものだと思っていたノイエは日本を低く見ていたが、海外組を中心にヨーロッパ式を取り入れている日本の意外性のあるプレーには驚かされたと高く評価した。ジブラルタルと対戦する機会があれば、彼女は間違いなく最前列で見に行くだろう。


 翌日。起床してすぐ携帯電話にメッセージが来た。椿から『体操着を持ってこい』とのことで、今日の部活は運動をするのだろうと予想した。

 

 「ワールドカップ前にいい試合ができたな。イングランドと引き分けなら予選突破あるべ」

 サッカー部の二人と陽は昼休みに机を寄せ合って弁当を食べつつ昨日の話をしていた。家で見ていたという高木が陽たちがカメラに映っていたと言ったので奥田が肩を落とした。

 「なんだ~、変顔すればよかったよ」

 奥田は小柄で気弱に見えるが、実はけっこうお調子者で、今もさりげなく陽の弁当箱からちくわの磯部揚げを奪おうとしている。海外のサポーターがカメラで撮られていることに気付いて変顔やダンスをするのを見て、自分もやってみたいと思っていたようだ。

 「俺気づいてたー」

 陽は気づいていて、隣の椿と一緒に目をいっぱいに開く変顔をしたそうだ。

 「お前がやってっから妹と爆笑したさ。やめろよなー」

 時を同じくして、椿のクラスメイトもそのことに言及していた。


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