Episode 13 楕円の宴
陽が五枚のチケットを持ってきた。そこには連番で席の番号が書かれており、大きな文字で日本代表対イングランド代表とある。
「見に行きましょうよ」
「いいけど...お前の友達はいいのか?」
奥田と高木を誘ったほうが盛り上がるのではないかと椿は考えたが、陽はサッカーを知らない人こそ盛り上がると根拠のない論を呈した。サッカーに深い興味があるわけではないが、陽の誘いを断るのは自分の中で勿体ないという気持ちが溢れるので部活で行くことにした。そうすれば皆来てくれるし、盛り上がることは間違いない。
「じゃあそういうことで。グッズを買う必要はないっすよ。ただ暑いので半袖とタオルは必須ですわ」
「イングランド代表って強いの?」
「サッカーの本場だから強くないわけない...んじゃないの?」
「うちの代表が敵わないほど強いぞ」
ジブラルタルには代表チームがあり、ヨーロッパ選手権予選でイングランドとは対戦している。競技人口に大きな差があるため、その戦力も大きく差をつけられている。ノイエは国内のサッカーが盛り上がらないのは、周囲が強すぎてナーバスになっていることが一つの理由であると考えている。アンダー世代の試合で1点を決めたことが大きな話題になるほどで、よく言えば伸びしろだらけの国だ。日本人の気分で日本を応援するだろうが、彼女は欧州の人間特有の視点を持つかもしれない。
「ワールドカップで優勝経験のある数少ない国だよ。最近はブラジルとかフランスがやたら強くてその陰に隠れがちだけど、前回のワールドカップの予選は首位通過だよ」
「じゃあ日本負けるじゃん」
「負けるだろうね。ぶっちゃけ日本はアジアの中では強いってだけで、世界的に見たら弱いし。ベスト8が最高だし...イングランドはランキング5位だし」
2082年の世界ランキングはブラジル、アルゼンチン、フランス、ベルギーに次いで5位のイングランド。若手育成が強力で、他国のリーグに毎年多くの若手選手を移籍させている。国内に限らず、海外にも数多くのファンを持っているチームだ。
「アンセム?...ってのは知らないけど、大丈夫なの?テレビで見るとみんなピョンピョンして歌ってるじゃん」
桜はテレビでよく映る熱狂的なファンを見て、スタジアムで観戦するならあのように激しく応援しなければいけないルールがあると思い込んでいる。それは大声を出すのが苦手な椛も懸念していることだった。ちなみにアンセムは聖歌とか讃美歌という意味で、サッカーでは入場時や選手と審判が一列に並んだ後に流れる。桜はチャントと間違えたのだろう。
「知らなくても大丈夫だし、ガチ応援勢と観戦したいだけ勢の席はちゃんと分けられるから大丈夫...席にランクがあって、ガチは一番見やすいS席を買うんだ」
「私は『お~マモニィ~ッポ~ン』ってやつだけ知ってるぞ」
「それ『バモニッポン』ですね。『さあ行こう』みたいな意味です。ナショナルチームの応援ってクラブのと違って覚えやすいですよ。クラブだと選手の固有のチャントがありますからね」
サッカーのルールはなんとなく知っている和室部女子だが、家での試合観戦以外のことでサッカーに関係していないことに気付いた。せっかくサッカー経験者の陽がいるのだから、もっとサッカーが楽しくなるようなことをしたい。そう思っている彼女らが実際にスタジアムの独特の空気に触れたら、自然と身体が動き出すに違いない。
試合会場は東京・調布にある東京スタジアムだ。飛田給駅に降り立った和室部はまるで選手団のようにスタジアムへ続く道の真ん中を歩いていた。先頭を歩く陽は中学生の時に買った日本代表のトレーニングウェアを着ている。スポンサーである飲料会社のロゴと日の丸をモチーフにしたシンプルな二色のデザインは非常に人気が高く、期間限定の販売であったために非常にレアなものだ。後ろに素人を連れて玄人間を出してきた彼を畏れるように、周囲のサッカー好きたちが唾を飲んだ。
「お前がそれ着てると私らが場違いみてーに思えてくるんだが」
「そうですか?『玄人が興味のある女子を連れてきて新しくファンができたらいいなぁ』って周りは思ってますよ。ってか部長、これ着ます?」
陽は下に白と青のTシャツを着ていて、玄人ウェアを脱いで椿に渡した。椿にはぶかぶかのそれを被ると短パンが隠れてメジェド神みたいになる。
「ユニフォームはレプリカでもなかなか高いんで、タオル買って首から提げましょ。そしたら場違いじゃなくなるんで。もとから場違いじゃありませんけど」
スタジアム内にあるショップに行くと、日本代表とイングランド代表のグッズが多数並んでいた。ここは日本なので日本人が多く、日本代表の売り場には多くの観戦客がいる。それを避けるようにイングランド代表コーナーのほうから見て回ると、選手のブロマイドが目に入った。
「おい桜!めっちゃかっけーぞこの人!」
「わ...!ハリウッド俳優みたいー!」
サッカーの楽しみ方はなにも競技だけではない。好みの選手を探して調べるのも一つの楽しみだ。日本のイケメンに満足せずに、是非とも海外のイケメンも探してみてほしい。
「あっ、この人見たことある」
世界的プレーヤー、アダム・ウィルソンだ。22歳にしてイングランドリーグ得点王に輝き、今シーズンは惜しくも2位になったものの、リーグ戦30得点とトップクラスであることを証明した。海外メディアも彼に注目し、プレーのみならず私生活まで深く取材が及び、日本でもニュース番組のスポーツコーナーで頻繁に見ることができる。
「この前怪我したんで今日の試合には出られませんが、代わりの選手もすごいですよ」
「出ないのか...」
「ワールドカップには間に合うみたいですよ」
筋肉系のトラブルでさほど深刻ではないため数週間ほどで戻ってこられる。全世界が注目するワールドカップの初戦で復帰し、いつも通りの活躍を見せてくれるだろう。
選手が入場し、両国の国歌が流れた。ピッチから遠い席に横一列に並んだ和室部一行は双眼鏡を代わりばんこに覗いて緑に散らばった選手たちの様子を窺った。誰もが気合十分という様子で、ウィルソンの代わりの選手は殊に張り切っている。主審の長い笛でキックオフ。序盤はイングランドが日本の出方を見るようにしてボールを保持している。日本は積極的に奪いに行くスタイルで相手を焦らせる。しかしサッカー発祥の地で育った人々は巧みなボールコントロールで日本のゴールを脅かす。しばらく日本の防戦一方であったので、椿が身体を動かして応援を始めた。
「ディフェンス!連携してないよ!?」
まるで監督のように腕を組んで黙ったり、プレーに対して拍手をしたりして一喜一憂。しだいに桜たちも身体に動きがでてきて、前半が折り返す頃には周囲のグループと同じようにジャンプをしながら応援歌を歌い出した。力強い応援を背に受け、日本代表の選手たちは反撃の狼煙をあげた。相手陣内でボールを奪うと、サイドと中央のパス交換で相手守備陣を散らし、空いたスペースに浮き球を放り込んだ。中で合わせたFWのボレーは惜しくも相手GKに弾かれたが、日本らしい組織的な崩しを見せつけて観客を沸かせた。
「いいゲームだな」
「格上相手に意外と粘るのが日本の特徴だね。誰かがやらかしてそこから失点するオチさえなければ、引き分けられるんだけどなぁ」
「今のところ集中は切れていないようだが...むしろ熱が入ってきたように思える」
「うん。下剋上の意識が強いのかも。このまま後半に入れば相手が点を取りに攻撃的になるから、その裏を突くんだ」
社交性の高い椿が隣のグループとなにやら盛り上がっている。後半の彼女がバテて消沈しないように軽食と飲み物を買いに行った。いちばん近い自販機に並んでいると、肩を叩かれた。
「よっ」
「奥田!来てたんだ」
「家族でな。お前は部活か?」
「うん、興味あるって言うから連れてきた...ってお前何人家族だよ?」
「7人。両親と弟三人と妹一人」
「毎回ちょっとした騒ぎになるね」
「はは、その通り。お隣さんももう慣れっこだ」
後半が始まるまでに席に戻ると、椿が青い法被を着ていた。




