Episode 1 はじまるよ!
この作品はフィクションです。実在する団体・組織・大会などと名称が似ているものが登場しますが、実在するそれらとは一切関係ありません。
東京都立星乃ヶ丘高等学校。
新入生は手を膝の上に乗せ、校長の話が嫌がらせレベルで長いのも知らず、真剣な表情を維持したまま耳を傾けている。その一方で在学生は部活動に励むものあり、家でゴロゴロしているものあり、入学式には在校生は参加しなくてよいと知らず、間違えて来てしまうものあり...実に様々である。
「話長くね?」
隣の男子生徒がこちらを向いて囁く。彼はどうやら厳粛な雰囲気に飽きたらしく、脚を組んだり指を遊ばせたりして校長の『おわり』の言葉を今か今かと待っている。
「うん...」
うまい返事が思いつかず、無難な返しをした男の名は御手洗 陽。小学校では元気なリーダーというキャラクターで定着していたが、中学校で成長に伴う学力や運動能力の差を思い知りリーダーの座を諦め、有象無象の役割なし、特筆すべき事項なしのまったく面白みのない男になってしまった。では高校で本来の自分を取り戻すのか、という問いに対しては、彼は首を横に振る。目立つ必要はない。ただ、友人をつくって楽しいことをしたい、というイージーな願望を持っているだけだ。
入学式が終わり、陽はクラスでの自己紹介や入学後の面倒な準備を経て(たとえば、机などに名前シールを貼ったり、置き勉できるものをロッカーに入れたりして)放課後を迎えた。未だ友人と認定できる者はクラスにいない。引き出しの中に明日も使う筆箱や持ち帰る必要のないプリントなどを入れて教室を出ようとすると、教卓によりかかる男子二人の会話が耳に入った。
「今週のプレミア俺んちで見ない?」
「どこ対どこ?ジョイナス・ユナイテッドの試合時間いっつも夜なんだよね!」
「お前ジョイナスサポか!今週の土曜21時からリトルロンドンダービーだぜ!?俺の家で見ようぜ!」
「高木君の家で見られるの!?」
「俺ファンナビ契約してるから見られるぜ!」
「すごいや!見よう!」
サッカーについての会話だった。陽は小中とサッカー部に所属しており、海外サッカーには強い興味がある。教卓の二人が話していた内容はまさに彼の興味のど真ん中であり、首を突っ込まずにはいられなくなった。ファンナビとは衛星放送サービスのことであり、海外サッカーを中心に多くの試合の生中継をしていて、陽も契約している。
「ねえ、プレミアムリーグ見るの?」
二人は陽の接近に気付いており、自分たちの会話についての台詞を送ってくるだろうことを予想していたので、返しは早かった。
「おう...御手洗だっけ?」
「うん」
「名前が憶えやすいから憶えてるんだ。まだ名前憶えてない人、けっこういるんだよね」
「高木くんと奥田くんだよね」
「ああ。お前もプレミアム見たいのか?」
「見たいね!リトルロンドンダービーってジョイナスとカントリーのだよね!?今4位と6位だからチャンピオンリーグの出場権争いになってて見逃せないんだ」
しっかりと注目していることをアピールすると、高木と奥田の二人は彼がファンであることを認め、グループに誘うことに決めた。陽は一言がきっかけで二人の友人を得て気分よく廊下をスキップしていた。
しかし、風よし波よしの高校生活という大海原へ船を出した彼に、それを大きく変えるイベントが待っているとは誰も予想しなかった。