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最初の英雄

 転機が訪れたのは、ある戦場。激戦を生き延びた一人の兵士がいた。孤立し、援軍は遠く、敵はまだ辺りに潜んでいる。今はなんとかやり過ごしているが、見つかるのも時間の問題だろう。辺りには、無数の兵士だったものと、ネイバーだったものが散乱している。この世の地獄がそこにあった。それゆえの狂気だったのだろうか。あるいは好奇心や探究心、はたまた単に飢えだったのかもしれない。何を思ったか、彼はネイバーの屍肉を食ったのだ。不思議なことにあれほど頑強だった皮膚も、死後は人の顎でも噛み切れる程度の硬さになっていた。意外と臭みはなく、しかし味もほとんどしない。不味ではないが美味でもない、奇妙な味だった。

 異変が起きたのは、食べ終えた後のこと。全身が燃えるように熱く、凍えるように冷たい。身を裂くような激痛が走り、蕩けるような快楽が身を包む。上下左右の感覚が消失する。耳鳴りがする。数々のありえないものが視界に映る。果ての無い暗黒を見た。太陽が三重に輝く空を見た。どこまでも続く瑠璃色の砂漠を見た。根拠のない喜びが湧き上がり、怒りが身を焦がし、哀しみが影を落とし、楽しさが全てを押し流した。ありとあらゆる感覚が肉体を蹂躙し、ありとあらゆる感情が精神を撹拌した。


 そこへ、彼らが現れた。数は三。彼が乗っていた車両と、頼みの綱の重火器は既にスクラップと化している。銃は携帯しているが、自決するくらいしか使い道はないだろう。だが、もう必要ない。彼は銃を捨てた。身につけていた装備も全て捨て去った。彼は咆哮した。湧き上がる獣性のままに。そのまま彼らへと突撃した。砲弾のごときネイバーの拳が迫る。分厚い鋼板すらひしゃげさせる凶器。彼はためらわずに、自らの拳をぶつけた。砕ける、両者の拳が。砕けてむき出しになった骨を、相手の顔面へ思い切り叩きこんだ。頭蓋を貫かれたネイバーの四肢がだらりと垂れ下がる。別の一体が、彼の肩口に牙を突き立てる。強靭な顎が、肉も骨もまとめて食いちぎった。彼は残った腕で、皮だけで辛うじてつながっていた片腕を引きちぎり、そのまま相手の頭目がけて思い切り振り抜いた。半ば砕けたネイバーの頭が宙を舞う。残りの一体の腕が、彼の腹を貫いた。彼は怯まず、むしろ前進し、そのまま相手の首筋に噛みついた。首の骨を噛み砕き、力任せに片腕で首をもぎ取った。

 ネイバーの首を抱え、彼は再び咆哮した。今や彼にとって、苦痛と快楽は等価だった。恐れはなく、ただ悦びだけがあった。咆哮を聞きつけ、無数の彼らが押し寄せた。


 ようやく人類側の援軍が訪れた時、四肢を全て失い血まみれのぼろきれのようになった彼は、それでもなお闘志を失わず、一体のネイバーの首筋にかじりついていた。

 居並ぶ無数の砲が、一斉に火を噴く。降り注ぐ砲弾の雨が、彼もろともネイバー達を吹き飛ばした。無理もない。そこにいたのはもはや人ではなく、人の面影を残したネイバーだったのだから。

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