魔境!モンスターの巣食うフリュケイル溶岩洞窟は毒煙を見た!?
1.舞い込んだ一通の手紙
ゼロリスクダンジョン攻略法の研究と新しい弟子の育成、魔法を使った小道具の作成。そして筋トレ。あと筋トレ。悠々自適ながら、忙しさも備えた生活を送る伝説の賢者カズマ・バルトリンの元に、かつてゼロリスクダンジョン攻略の講演を聞いてくれた公証人のゼーカー氏から手紙が届いた。
いわく
「トヘロ市の近くにあるフリュケイル溶岩洞窟にモンスターがたくさん生息しており、トヘロ市からゼロリスクダンジョン攻略の話がありまする。一度、話を聞いてくださらんか」
とのこと。関心をもった賢者はさっそく現場を訪れてみることにした。
「よしいくか。エレミア!四十秒で支度しなければ留守番だぞ」
「支度はいつでもできてます!戸締まりに時間が掛かるんですよ、アホ師匠!!」
呼ばれた弟子のエレミアはパッキング済のカバンを師に投げよこした。カズマは、ファンは弟子にとらない主義なので、これまで育てた弟子の大半が才能豊かなツンデレである。彼女のデレ期はまだ来ない。
「賢者に向かってアホとはなんだ。アホ賢者の弟子は、アホ賢者になるしかないぞ。アホ賢者と思って弟子入りしたならアホな弟子よ」
「あー、もぉーっ!」
若草色をした髪の弟子は青筋を立てて、下ろし戸を乱暴に締めた。
2.火山が生んだ溶岩ダンジョン
フリュケイル溶岩洞窟は名前の通りフリュケイル火山が溶岩を噴出した際にできた洞窟である。表面の溶岩が冷えて固まっても――その溶岩が断熱材になって――内部の溶岩は流動性を保ったまま流れていく。
そうして中身だけが流れ去ってできた地下のチューブが、フリュケイル溶岩洞窟だった。周囲は後の噴火による溶岩で満たされ、洞窟の位置は地下深い。
成因の関係もあってフリュケイル溶岩洞窟の入り口は麓にあり、中腹に向かって坂道を登る構造になっていた。中腹や山頂にも入り口があるのかもしれないが、一般には知られていない。
そのため実績のある水攻め作戦は難しかった。賢者は、サイフォンの原理を使えばあるいは?という妄想を弄んでみたがコストをさらに増やせるわけもなし。
(なぜゼーカー氏は私を紹介した?)
悩みつつカズマは市議会や現地の学者、弟子にも相談して計画を立てていった。いざとなったら実力で攻略すればいいので、気持ちに余裕がある。
3.水攻めに代わる方法を探せ
水は低きに流れるが、バカと煙は高いところへ行く(実際には重いガスもあるのだが)。カズマは今回、毒ガスで内部のモンスターを倒す計画を立てた。
問題は毒ガスの漏洩による事故である。どこに小さな隙間があるかもわからない。逆に残留してしまった場合も心配だった。
そこで、まずはガスが漏れる場所を見極めるため、試しの煙を洞窟内で起こした。ただの煙ではない。巨大な蛾のモンスターであるスターモスの雌を大量に集め、すりつぶしたものを混ぜている。調合は知り合いの薬剤調合師フレットさんに依頼した。さらに知り合いの神官ゴリョーク氏に頼んで、お香を分けてもらう。これなら水攻めでは倒せなかったゴーストにも少しは効果があるはずだ。
蛾の雄は、雌そのものよりも「雌をすりつぶした物」に強く反応する。擬人化して考えるとおぞましい習性を利用して、賢者は溶岩洞窟のリーク部分をひとつずつ突き止めた。
放ったスターモスを追いかけて漏洩箇所にたどり着いたら、スライムを張り付けて石化させる得意の方法で穴を塞いでいく。いざという時の脱出口にするため、しるしの蛍石を投げ込んでおく念の入れようである。暗い洞窟内で特殊な光魔法を使えば、蛍石が輝くのだ。
やってみると作業のために火山を駆け回るのは、ゼロリスクとは言い難く、賢者も自分の計画に疑問を感じないではなかった。人のためになる仕事には弟子も黙々とつきあってくれるので、やめるにやめられないだけだ。
二週間におよぶ作業でつぶせる限りの穴をつぶした賢者は、待望の毒ガス投入を試みた。洞窟の入り口で火が焚かれ、毒々しい煙が奥に吸い込まれていく。
入り口側では穀物の籾殻と実を風でわける唐箕の巨大なやつをゴーレムに操作させて大量の空気を送り込ませた。ダンジョンへの潜入中は送風を続けさせる予定だ。
毒ガスには昆虫系菌類系モンスターには致命的なものと、動物系モンスターには痺れを与えるものを混ぜている。自滅を避けるためだ。痺れなら致命的になる前に魔法薬や魔法で治せる、たぶん。
ただ、効果が永続しないので突入のタイミングが難しい。ひとまず三日したら蛾を使って発見した中で最上部の漏洩部を破壊、麓と中腹の気圧差によって洞窟内を排気した。
4.洞窟の深部で賢者たちが見た物とは?
「さあ、宝探しだ」
伝説の賢者は弟子を促して、フリュケイル溶岩洞窟に踏み込んだ。今回は戦士を連れていかず、師弟二人の魔法使いパーティーである。生存したモンスターがいても動きが鈍っているので対応できるはずだ。ゴースト出現の可能性を考えても魔法使いで固めてしまっていいとの考えだった。それに、分け前が減ると言うか、人件費が掛かるので人手は増やしたくない。
残留ガスへの対策に籠に入れた小鳥だけは連れて行った。
火山の内部で、元々溶岩が流れていた場所。そんなイメージに反して、洞窟内は寒かった。モンスターがあまり生息していない時代には氷室などにも利用されていたらしい。おかげで中身の粗末な宝箱がたくさんあった。宝箱をひらく弟子の目がだんだん死んでくる。
カズマたちのフードを被った暑苦しく露出の少ない格好は、このダンジョンの攻略には向いていた。ギザギザしたパホイホイ溶岩で引っかき傷を作る心配もない。
鍾乳洞とは違うので石筍、石柱などはなく、その点では歩きやすい。複雑な風の流れがときおり凄まじい雄叫びを洞窟にあげさせて、エレミアの肩を竦ませた。意地を張って師匠にすがりついてきたりはしなかったが。
鳥籠片手に師匠が声を掛けた。
「小鳥の止まり木は、片方空いてるぞ」
「なにをわけのわからないことを……」
モンスターたちはイイ感じで毒ガスにダメージを受けており、魔法で一蹴することも、数が多くて面倒なら逃げることも簡単だった。依頼のことを考えれば一掃してしまった方がいいのだけれど、伝説の賢者も魔力は無限ではない。まずは全体の把握を優先する。
モンスターとの遭遇場所をだいたい押さえておいて、余裕があれば帰り道に倒すこともできる。
そして、ありがたくないことに、魔力の温存が報われる時が来た。
「ピィイイイ、ピィ――ッ!!」
毒ガスを疑い、二人は足を止める。小鳥がうるさすぎてモンスターを呼び集めそうだ。動きが鈍っていても取り囲まれたら厄介である。しかたなくカズマは睡眠の魔法を「探検の仲間」に使った。カンテラ係のエレミアが言う。
「師匠。先に広い空間があります」
「広い空間なのにガスが?」
試しに魔法の光を投げかけてみると、そこは一時的に溶岩がたまった空間らしく、ちょっとした運動会が開ける広さがあった。天井も高い。十メートル近くはありそうだ。
今度は自然の火をつけた小枝を放り込んで、空気があることを確認する。毒ガスが完全にないことは確かめられないので、やっぱり慎重に足を進めた。少しだけ硫黄の臭気が漂っている気がした。
(使ったガスとは異なる火山起源のガスか?)
顔を袖で覆って、嗅覚を研ぎ澄ます。しかし、次に反応したのは聴覚だった。水音につづいて地鳴りが響いてくる。賢者はまさかのタイミングで噴火という最悪の予想をした。
しかし、空洞の奥からノソノソ歩いてきた「岩」をみて合点がいった。
「ははぁ、中で成長しすぎて外に出られなくなったんだな」
言葉に含まれるあざけりを感じ取ったように、そいつは甲羅から突き出した足をどしんどしんと踏みならした。全長は五メートル近い。
「し、師匠?」
「モンスターの獅子亀だ。洞窟の主ってところか……ちょうどいい、エレミア一人で倒してみろ」
「うぅ~、わかりました」
いつも反発しているだけに、こういう時はかえって逆らいにくい。弟子は両手で杖をぎゅっと握りしめて、師匠の前に出た。
「心配するな、奴もガスで弱っているはずだ。いざとなったら援護してやるし、回復魔法も掛けてやる。あ、来た道に立てこもるのは最後の手段な。体当たりで崩されると面倒だから」
獅子亀が首を伸ばして口を開けると、硫黄の臭いが強くなった。名前の元になった首回りの毛は、濡れて甲羅に張り付いている。注意するべきは無数の細い鞭に分かれた尻尾だ。いかつい頭部に圧力を感じても後ろに回り込まない方がいい。
腕組みをした賢者が見守る前で、フリュケイル溶岩洞窟の主と、賢者の弟子はバトルを開始した。
「はっ!」
エレミアが景気付け半分に放った複数の火球は大半が甲羅に弾かれてしまう。敵が引っ込めかけた頭部に命中した火球も鱗を乾かしたのみ。
「属性も考えろよー」
「うるさい!いま探っているんですっ」
彼女は弟子になって日が浅い。モンスターの勉強不足というのは酷だった。獅子亀は噛みつきというより呑み込み攻撃を仕掛けてくるが、モーションが大きすぎて動きも鈍っている状態では当たらない。
しかし、至近距離から風の魔法で吹き飛ばそうとした弟子の反撃も対象の体重がありすぎて無効だった。敵は亀。ひっくり返してしまえば、こっちのものなのだが。
弟子は大振りの攻撃をかわしては魔法を打ち込むのだが、頭や足を甲羅に引っ込められ、いまいち効かない展開が繰り返される。だが、エレミアの方は獅子亀の動きが弾き飛ばす石つぶてが当たったりして、消耗してきた。師匠の回復魔法があるから立っていられる。
「すまん、ちょっと手強すぎたか?」
思ったより獅子亀の動きが鈍っていなかったので、師匠は弟子にわびた。
「まだやれます!」
「じゃあ、ヒントだ。氷の魔法でたてがみを狙ってみな」
言葉にしたがうのも「しゃく」だが、回復してもらっておいて、いまさら助言を拒否するのも変な話だ。言われたとおりエレミアは氷魔法で獅子亀のたてがみを狙った。
水に濡れていた毛は凍り付き、敵の動きを悪くする。首が引っ込めかけた状態で固定された影響は大きかった。距離を取り、更なる氷魔法の追い打ちをしかける。
「ゴゥオオオオオッ」
苦痛に獅子亀が叫んだ。
「いけるっ!」と意気込んだ時が危ない。獅子亀の尻尾が絡み合い一本となって渾身の力で地面を叩く。巨体が浮かび上がり、次の一振りによって側転の要領で、突っ込んできた――カズマの方へ。弟子をいちいち回復する彼を倒さなければ勝ち目のないことを、長生きのモンスターは理解していたのだ。
「師匠!」
「こらこら、こっちに来るな、よッ!と」
賢者が床を杖で強く打つと、そこから前方に向かって、溶岩が裂け、割れ、隆起する。溶岩には急冷されて生じた非晶質な部分が含まれている。いわいる黒曜石だ。彼はそこに働きかけることで、効率的に溶岩を動かせる状態にし、獅子亀にぶつけたのであった。
壮絶な音を立てて、岩と岩のような生き物が激突し、火花を立てて瓦礫をまき散らす。
「むう」
カズマはローブの裾で顔を覆って破片への盾にした。半分密閉された空間なのに砂煙がすごい。毒ガスの可能性がなくても息苦しく感じる。
獅子亀の突撃は目標の手前で勢いを失い、溶岩の穴にはまり込んで動けなくなってしまっていた。
「いまだ」
「はいっ」
エレミアは隙だらけの獅子亀に向けてトドメの「十撃」を見舞った。反撃不能状態でも、それくらい攻撃しないと巨大なモンスターは倒せなかったのだ。動きを止めた強敵の前で、彼女は息をつく。
「はーっ、はーっ」
師匠は弟子の頭にフードをかけ直してやった。
「よくやった。こいつの甲羅は金になるぞ。そのまま運び出せれば」
「……無理じゃないですか」
「うむ、どうしたものかな」
5.地上で待っていたのは日の光と……
大空洞の奥を探索すると、水音から予想されたとおりに水場があった。獅子亀は水に潜って毒ガスを凌いだものと思われた。もともと火山ガスへの耐性があって、それが助けになったとも考えられる。
「冷たっ!温泉じゃないのか。残念」
「温泉だったとしても入りませんからね」
じろりと睨む弟子の埃まみれの姿は問答無用で温泉に放り込みたくなるものだった。
大空洞からは登りだけではなく下りの別ルートも見つかった。だが、ここは魔力の残量を考えて、一旦洞窟を出ることにする。チェックしていないルートには細いロープを張って、モンスターの通過が分かるようにした。
「さぁ、帰るぞ」
弟子の表情がわずかに明るくなったことを師匠は見逃さなかった。
(宿屋についたら美味いものでも食べさせてやるか)
だが、冒険は宿屋につくまで終わらないのだ。
ようやくフリュケイル溶岩洞窟を出た二人は、町への道中で巨大な蛾の大軍に襲われた。まさに殺到のいきおいで、互いに空中衝突を起こすのも構わず、向かってくる。ここまでくると生理的嫌悪感による精神攻撃力もあなどれない。
「なんで!?」
「数が多すぎる!洞窟に戻るぞ!!」
群舞乱舞。母体に合わせて巨大な鱗粉が激しく飛び散って、ちょっとだけ幻想的な空間を師弟は疾走した。
考えてみれば最初に燻した雌スターモスの粒子が、洞窟に潜入した二人の身体に染み着いていたのだった。かなりマヌケな失敗である。ほうほうのていで洞窟に逃げ込んだカズマは笑ってしまった。エレミアにそんな余裕はない。
「どうするんですか!」
「どうしようねー」
とりあえずゴーレムが洞窟内に風を送ってくれている間は大丈夫。ただし、上にあけた穴からは、雄スターモスが入り込んでいるかもしれない。
これでは駆除の意味がない。少なくとも、もう一度虫用の毒ガスを流し込んだ方が良さそうだ。
結局、師弟は服を脱いで洞窟内の箱に入っていたボロ布に着替えた。なけなしの飲料水を頭から浴びる。小さなゴーレムに蛾の灰をつけて、四方に走らせ囮にすると、こそこそとトヘロ市まで戻ったのであった。
なお、カズマには強引に突破する余力もあったが、同じ蛾ばかりを殺し続けていると生態系が壊れそうなので、強攻策は避けた。
こんな結果でも今回の仕事は一応の黒字になった。大半の作業を賢者と弟子だけでこなしたからだ。
しかし、時給換算するとバカバカしくて寝てしまいたくなる程度の黒字である。カズマは弟子のいい修行になったのと、彼女が着痩せするタイプだと分かったので、よしとした。
あと、なぜか洞窟に一時的に隠しておいた荷物の中から自分の下着だけがなくなっていた。