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高校生男子による罰ゲームと巻き込まれた私

作者: 夏山雪虫

「罰ゲーム!次負けたやつ、女子に告白な!」


 放課後の廊下、通りがかりの教室からゲラゲラと響く笑い声。うおー、まじかよーなんて盛り上がる男子集団。

 悪趣味だな、と他人事に思っていました。所詮は他人事だって。


「去年同じクラスだった時から、高松さんのこと感じいいなと思っていて、あんまり話したこととかなかったから驚いたかもしれないけど、良かったら付き合ってください」

「そんな、ひどい」

「え、あれ、え?」


 神様、他人事だとおごっていた私は根性が悪かったかもしれません。しかしこれはひどい。


 「付き合ってください」「え、ひどい」というつながりの悪さに混乱する三島くんに、先だっての放課後、罰ゲーム云々と騒いでいたのが聞こえていた旨説明した。

 真っ青になって、気まずそうに、かつひどく焦って弁明しようとする相手の言葉は遮り、そういうことをされると女子は傷付く、といった内容の意見を告げてから呼び出された校舎裏の中庭をあとにした。


 十七年生きてきて、生まれて初めてされた告白が罰ゲーム案件だなんてあんまりだ。取って付けたような告白理由が真実味を出すための小細工っぽくてより泣ける。あんまり話したことなくて感じ良いってどういうことなの。


 中庭に呼び出された時点でかなりいやな予感はしていた。というかこうなるだろうとほぼわかっていた。罰ゲームだなんだって悪ノリして騒いでる男子を見たばかりのこのタイミングで、当の集団に参加していたあまり話したことのない男子に呼び出されたらそりゃ誰だって気付くと思う。

 実際その通りだった。

 それでも、事態に直面してみると衝撃は思った以上だ。

 ショック。すごいショック。あまりの動揺に、言いたいことの半分も言えなかった。いや無理だ、これ。

 ちょっと落ち着こう。


 自分が人より可愛いとか優れているとか、うぬぼれているつもりはなかった。でもまさか、あいつに告白するのが罰ゲームな、っていう対象の女子に選ばれるほど、自分が男子に低く見られているというか、からかってもいいと思われているというか、そういうことに選ばれるほど下方向に印象が突出しているとは思ってもみなかった。

 思い上がりかもしれないけど、そして自分勝手で嫌な考え方だと思うけど、そういう罰ゲームに選ばれるのはもっと、私より地味で、私よりブスで、私よりクラスで浮いている、そういう子だと思っていた。

 私はもうちょっとは平均的で、そんな悪意には選ばれないだろうって勝手に安全圏にいるつもりでいた。そういう対象として目をつけられるほど悪い印象はないだろうと油断していた。

 実際は、そこまでひどく思われているのじゃないのかもしれない。あいつに告白するなんて罰ゲームだって言うほどじゃなくて、あいつなら真面目だからリアクションが面白いんじゃないかとか、あいつならそうそう怒らないんじゃないかとか、そういう軽い気持ちで選ばれたのかもしれない。というかそうだって思いたい。


 あの中庭に、他の男子も隠れていたのかな。私と三島くんのやり取りをにやにやしながら眺めて、ネタばらしのタイミングを計っていたのかな。もしそうならあの後せめて気まずい思いをしていればいいと思う。

 勝手に人を罰ゲームに巻き込むような性根の腐った人間には、罰が当たればいいんだ。間違っても「ばれてたかー」なんて笑い話にしないでほしい。

 でも、笑われてるのかもしれない。あの時も、今この瞬間も。そう思うと恥ずかしくって悔しい。もっと上手く思ってること全部言ってやればよかった。もっと落ち着いて、筋道立てて、向こうが笑ったりなんかできないくらいに、正しいのはこっちなんだってびしっと突きつけてやれば。


 去年同じクラスだった三島くんは、好ましい男子だったのに。派手じゃないけど誰とでも上手く付き合えて、クラスの一番遊んでる男子とも、一番地味で目立たない男子とも、分け隔てなく接してて、女子とはそんなに仲良くしてなかったけど用事があれば気負いなく声をかけてくるしかけられる、そんなバランス感覚の良いタイプで、実は女子の間でも結構良いよねって思われてた。男子とばっかりつるんでたから表面化してなかったけど、もうちょっと積極的だったら彼女だってすぐにできてたと思う。


 見損なったよ、三島くん。悪ノリでこんなことできちゃう人だったなんて。私嫌われるようなことしてなかったはずなのに。もしも嫌われてたとしたって、それでも去年同じクラスだった女子がターゲットになったら真っ先に止めてくれるタイプだと思ってたのに。

 ああ、でも真っ青だったな。ノリでやっちゃったけど、罪悪感はあったのかな。どうかこれに懲りて改心してよ。


 気持ちが浮いたり沈んだり、怒りや悲しみや悔しさが入り交じって、部屋にいてもご飯を食べてもお風呂に入っている間も、ふと思い出してはモヤモヤした嫌な感じが付きまとう。


 「私こんな嫌がらせされたんだ」って、誰かに話しちゃいたいような気もするけど、罰ゲームで告白されたなんて格好悪くて、こういうことを相談できる親友って私にはいないなあって思った。

 何度目かスマホを取り上げては戻しながら、電話帳を眺めて思う。何でも相談できる一番の親友。憧れるけど、実際のところは難しい。仲の深い浅いはあっても、友達に常に順位をつけているわけでもないし、誰には言って誰には黙っているとか、バランスだって難しい。

 家族には知られたくないし、クラスの特に仲の良い子にだって、私が罰ゲームに選ばれるような子なんだって知られたくも思われたくもない。

 それともこんな風に無二の親友がいないから、私は学校カーストで自分が思っているより下にいて、本当はもっと明らかに嫌われていたりするのかな。


 いや、ちょっと落ち込んで悪い方に考えてるぞ。

 大丈夫、少なくとも今のクラスで一緒にいる友達は、私の陰口を言ったりしない子達だって知ってるし。性格の良い子が揃ってるから、私がこんな目に遭ったって聞いたらきっと一緒に怒ってくれる。ひどいねって言って、なんだったら男子に文句を言ってくれるかも。

 でもそんな風に騒ぎたいわけでもないんだよなあ。結局大した被害があったわけでもないし、あの罰ゲームの男子たちだってそんなに言い触らしたりはしないと思うし、だったら忘れちゃってなかったことにしたいんだよなあ。

 私が自分の気持ちを納得させられたら、それで終わる話なんだって思う。

 ああでも、モヤモヤするよぅ。


 幸い翌日からも、私への罰ゲーム告白が話題になっている気配はなかった。罰ゲーム集団の男子らしい人たちが気まずそうにちらちらこっちをみてくることはあったけど、無視してれば話しかけては来なかったので助かった。

 あれから三島くんが話しかけたそうにしてくることもあったけど、今はクラスも違うし避けて会わないようにした。

 もっと動きがあれば友達に相談することも考えてたけど、これくらいならもう少したてばなかったことにして忘れられそうだな、と。そう思ってたんだけど。


 中庭に私を呼び出した三島くんに続き、三島くんを徹底的に無視している私を放課後の空き教室に呼び出したのは斎藤くんだった。三島くんの親友の斎藤くんだ。それが「あ!高松さん、帰りちょっと話せるかな」と実にさりげなく誰の注目も集めずに声をかけられたので、迷いはしたけど話くらいなら聞いても良いかと、呼び出しに応じることにした。


 斎藤くんは罰ゲームっぽい変な空気も作らず、顔を出した私にごく自然な感じで礼を言い、そして気負った様子もなく用件を切り出した。


「あの時一緒にゲームしてて、止めなかったし、俺にも腹立ってると思うんだけどさ、それはごめん」


 確かに声は聞こえていた。

『あんまりでかい声で騒ぐなよー』

『金は賭けるな、金銭絡めちゃ駄目だぞー』

 うん。悪ノリの中にも良識的だった斉藤くん。斉藤くんも去年同じクラスだったよね。男友達の多い三島くんの、中でも親友だもんね。

 でもだからって別に恨んじゃいないよ。参加者全員憎んでいるってわけでもないんだし。


「三島もさ。馬鹿なことしたこっちが悪いのはわかってるんだけど、あいつ、本当に悪気とかはなかったんで。高松さんも気分悪いとは思うんだけどさ、良かったら、もう一回謝るチャンスくらいもらえないかなと思うんだよね。このまま最悪な印象で嫌われたままだと、あいつ再起不能だしね。まあ勝手なこと言ってるんだけど、どうかな。顔見るのが吐くほど嫌とかじゃなければ、ちょっと言い分聞いてやってもらえない?」


 ああ。男同士の友情ってこうなのか。三島くんにはこうして心配して私に謝りに来てくれる友達がいるんだな。私は今回のことを相談する相手もいないのにな。

 そう思ったら悪いのは絶対三島くんをはじめとする男子の方なのに、その三島くんに友人関係で劣るのかとお腹の底から悔しい気持ちがわいてきた。

 私は被害者のはずなのに、何でこんな負けた気持ちにならなきゃいけないんだろう。三島くんなんか友達の一人もいなきゃいいのに。私と同じく、一人でうじうじ悩んでお腹痛くなればいいのに。


 そんなことを思ってますます悔しくて、友情に厚い斎藤くんに、三島くんとは金輪際話すつもりがないから放っておいてほしいと伝えた。

 斎藤くんはしつこく押してくるようなことはなく、「そっか。まあ仕方ないよね。ほんとごめんね」とあっさり答えてくれたので、この人いい人だなあと感心してしまって、ついでになんだか三島くんに対していつまでも怒っていても仕方がないか、という気持ちにもなった。本人ではないけれど今回の件の関係者にこれまでのもやもやをぶつけて、肩の力が抜けたせいかもしれない。それもかなり八つ当たりだなと自覚のあった言い方を、正面から受け止めてもらって謝罪されたから余計にだ。

 というか怒っているのも私が気に病むのも馬鹿馬鹿しいし、向こうにいつまでも怒っているしつこいやつだと思われるのも癪だなって思った。そしてこの飄々とした斎藤くんなら、この辺りの機微を正確に受け取ってくれるんじゃないかという気もしたので、私は今の気持ちをもう少し説明することにした。


「なんか、大仰に謝られるのも嫌だし、本当はもうそんなに怒ってるわけでもないんだよね。だからもう一回話し合いとかそういうのはもういいから、忘れてほしいって言うのが正直な気持ちなんだ。私ももう忘れることにするし。あ、でも罰ゲームとか人を巻き込むのは本当にやめてほしいよ」

「うん、こっちが無神経だったよね。ごめんね。これからは物真似とか、内輪で済む罰ゲームをするよ」

「うん、そうして。それに斎藤くんなんて他人事じゃないじゃん。負けてたら斎藤くんが私に告白する羽目になってたかもしれないもんね。そんなのやっぱり嫌でしょ」

「……。え、なんで?あれ?なんか誤解してない??」


 誤解、ってなに?斎藤くんは今なんでその発想はなかったみたいな表情をしている?


「あのさ、高松さんもしかしたら誤解してない?うん、こっちがもう百パーセント悪いのは確かなんだけどさ、言い訳する気はないんだけど、でもちょっと、誤解されてるなら解いておきたいことがあるんだけど、あー、ちょっと聞いてもいい?」


 斎藤くんは、髪をかきあげてみたりよそ見をしたりと落ち着かない。何故かここいちばんに気まずそうな顔をしている。

 

「え、なに?」

「三島の告白は罰ゲームだったって、そうなんだけど。罰ゲームの内容って分かってる?」

「そりゃ分かってるよ。女子に告白でしょ?」


 今更なんだっていうんだ。そもそもそれが発端なのに。


「えーっと。えー、これ俺が言って良いのか?いや、しゃーないか?」

「ちょっとなんなの?斎藤くん。はっきりしてよ」


 勿体ぶった斎藤くんに詰め寄ると、まぁいっか、と口の中でつぶやいて


「うん、罰ゲームってその辺の女子とかじゃなくて、好きな女の子に告白なんだけど。ちょっと誤解があったのかと思ってさ」


 ……好きな?


「好きな子?」

「だから俺が負けてたら俺は高松さんじゃなくて俺の本命に告白してたし、まぁ負けないからそういうことはないんだけど。っていうか三島のやつがはっきりしないから結構みんなで三島をはめて負けさせようって感じでいたというか。だからこれ、すっごい俺が言うべきじゃないって分かっててごめんなんだけど、三島は高松さんに去年からずっと片思いしてるんだよね。告白自体はガチだから。申し訳ないけどその辺りを踏まえた上で、もっかい三島と向かい合ってもらうわけにはいかないかな?」


 う、わー。

 えー嘘だ、嘘だぁー。


「なんか本人いないところで俺から伝えちゃってマジごめん。まぁでも三島は自業自得だから、高松さんは気にしないでね」


 テンパる私の気も知らないで、斎藤くんはそう言った。いやこれ気にしないわけにいかないでしょ。私、初めて告白されちゃったって浮かれていいところだったの?


「だっ、いやっ、だって、えー?!嘘だぁ、去年って、今に至るまでそんなそぶりひとっつもなかったよ?!」

「うん。だよね。あいつったらね。えーと。なんなら今のは聞かなかったことにしてもらったらすごく助かるかも、俺が。お前の気持ち告っといたからー、とか三島に言うのさすがに気まずいしさ。この話は無かったことで、今回のところは高松さんは俺の顔を立てて三島の謝罪を顔を合わせて聞いてやる。で、その後は三島の頑張り次第。そんな流れで一つ、どうだろう」


 気の利く斎藤くんはそんなフォローまでくれた。うん、こちらこそ黙っていてほしい、かも?


 罰ゲーム仲間の男子にも誰にも言わないことを約束してくれて、お返しに私は斎藤くんの仲介を受け入れて三島くんと話をすることにした。

 明日の放課後、また中庭で。


 そうそう、三島くんに呼び出された時、中庭には誰もいなかったと斎藤くんは言っていた。ゲームをしていたあの空き教室で同じメンバーで、三島くんの報告を待っていたのだそうだ。真っ青になった三島くんが「罰ゲームだってバレてた、怒らせた」と絶望的な顔で戻ってきたものだから、空き教室には動揺が走り、みんな一気にお通夜ムードになったらしい。

 慰める言葉もないほど三島くんは打ちひしがれていて、しかし罰ゲームの発端となった男子の誰のことも責めなかったせいで、かえって罰ゲームを言い出した男子の罪悪感がひどいものだったそうだ。斎藤くんは端的に「いたたまれなかった」と証言した。その情景を思うと、ちょっと溜飲が下がる。私だけ悩んでいたわけじゃなかったんだ。

 今回の謝罪の間も、多分同じ空き教室で待つことになるだろうという話。みんな心配してるからね、と斎藤くん。やっぱり三島くんは、友人に恵まれているようだ。もう悔しくはないけど。


 私が胸に重い苦味を抱えることなく、クラスの仲の良い友達に「告白されちゃった」って言って、囃されたり羨ましがられたり、祝ってもらって盛大におおはしゃぎするのは、また後日の話。


三島くんは紆余曲折乗り越えて自分の口から見事告白できました。斎藤くんの代理告白は無事なかったことになっています。斎藤くんの座右の銘が「知らぬが仏」になったとかどうとか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男子のバカっぷりも、罰ゲームという単語を聞かれちゃっててされた告白の流れも、良い勘違いですね。 [一言] 男子視点でお通夜状態になった所を読みたくなる位面白かったです。
[一言] 三島くん視点で是非!
[良い点] 青春~! >私と同じく、一人でうじうじ悩んでお腹痛くなればいいのに。 この文がもう、切ないやら面白いやら、お気に入りです! 斎藤君がいい仕事しました。 惚れそうです(笑) 面白かったで…
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