第5話 ~地下へ~
<沙紀>視点
書斎の扉を勢いよく開ける。…柊人への仕返しだ。驚け。
「うおっ!…なんだ沙紀か。そ、そんなことより、さっきの爆発音はなんだ!?」
予想通り柊人が驚いてくれた。…ふふふ♪
それにしても、だな…。なんだこの散乱した本は。コイツら、どれだけ努力して鍵を探そうとしているんだ…なんだか、騙したみたいで申し訳ない気分になる。
「ああ、3階への階段が爆発した。あそこには絶対に近寄るな。それと、鍵はもう大丈夫だ。」
そう言って、カードキーを見せる。
「そ、それ…沙紀、鍵ってカードキーのことだったのかよ…それを言ってくれ。あと、どこで見つけたんだ?」
「なに。少し3階でな。悪いが、流石に危険だと判断したから一人で行くことにしたのだ。騙すような真似をしてすまなかった。だが、お前達、私が一人で3階に行くなんて言ったら絶対に止めるだろう?」
「そりゃあそうだろ!ってことはあの爆発音は、罠だったんだな?」
首を縦に振る。柊人がいてくれた方が戦いやすかったのだが、結果を見ると恐らく柊人はあの爆発に巻き込まれて、タダでは済まなかっただろう。…私も何故あの瞬間、咄嗟に跳んだのか、今冷静に考えてみるとわからない。人間の勘というモノだろう。
「じゃあ、あの時泣きそうな顔で女の子座りしていたのも…」
「……決して認めたくはないが、アレは素であんなことになっていた。昇には感謝している。助けてくれなければ私の計画が完全に狂っていたところだった。」
なぜ…何故私があんな恥ずかしい格好を見せなくてはならんのだ…!
「何ソレ。おい、昇。写真撮ったか?」
「勿論。」
「消せーーーーっ!」
「いや、冗談だよ。第一、僕達何もかも取られていたでしょ。携帯電話も含めて。」
…昇の冗談は笑えない。万一あんな写真なんて撮られたら弱みを握られてしまう…
「ま、まあ。それは置いておくとしてだな。これからの予定を伝える。」
「しかし、どこに雪菜がいるんだ?あと、残りの四肢も。3階にはなかったんだろ?」
そうだな。全て見たわけではないが、恐らく3階にはなかっただろう。もし3階に何かあったなら、爆弾の制限時間はもう少し長かったはずだ。だから私の考えに間違いはない。
「恐らく、な。では、今からエレベーターに乗るぞ。」
「ちょ、ちょっと待てよ。エレベーターは危険じゃなかったのか?」
「事情が変わったのだ。とりあえずエレベーターに乗るぞ。」
状況は刻一刻と変わるものだ。臨機応変に、最もリスクの低い行動をしなければならない。始めは確かにエレベーターを使うリスクが高かった。結果的には恐らくエレベーターには何もないのだろうが、それはあくまでも結果論だ。エレベーターに乗るリスクが高いのならば、エレベーターは使わない。それだけのことだ。
2人を誘導してエレベーターを呼ぶ。1階に止まっていたエレベーターはゆっくりと上昇し、私達のいる2階で止まり、ドアが開く。
「念の為聞いておくけど、罠はないよね?」
「恐らくな。」
万一、罠があった時のことも考えて、乗り込む順番は私→昇→柊人だ。具体的にどういうことを考えたのかは想像してみて欲しい。
さて、何事もなく3人が乗り込んだ。中は相当広く、15人乗りのようだ。
「コレ…1、2、3はわかるが、Bってなんだ…?」
ボタンパネルを見た柊人の感想。勿論だろう。
なぜなら、あの館の地図には勿論地下なんて書かれていなかった上に、それらしき階段もなかったからだ。
「そのままの意味だ。地下があると受け取れ。」
「あ、Bって地下だったのか!」
…想像以上の馬鹿だった。確かに柊人は
Q.8代目の徳川将軍は?
A.暴れん坊将軍
などなど、様々な珍回答を生み出す馬鹿だとは知っていたが、日常生活にごくありふれたモノさえ知らないとは…。帰ったら拉致して付きっきりで勉強だな。夜も寝かせない。この前実施された期末テストで全教科90点以上取れるまで帰らせない。因みに柊人の期末の合計点数は、15教科100点満点で、666点だ。狙ってるとしか思えないが、これが素だ。私は1500点だったぞ?
「何か嫌な予感がするが気のせいだな。何かあっても沙紀がいるし大丈夫だ。それより、このBってボタン、押しても反応しないんだが?」
彼は、味方も時には敵となる事を知らないようだ。哀れな奴だな。それはともかく、やはりか。雑居ビルなどに多いのだが、特定の階層を止まらないようにロックできるエレベーターがある。コレもその内の一つだろう。
…問題は、それを鍵穴にしたことだな。
「私がする。まあ見てろ。」
こういう鍵穴は30秒もあれば開く。…ほら。すぐに解除できた。
「さて、地下に行くか。」
「そんな簡単にピッキングって出来る事じゃないでしょ…いや、出来たらマズい。僕の家、チェーンも常に使おう…」
「チェーン程度なら突破出来るが?」
「…セキュリティなんてなかったのだ。」
実際、チェーンなんてどうにでもなる。鍵も私の前では意味がない。まあ、心配しなくても常識はわきまえているつもりだから大丈夫だ。もし柊人が家に立て篭もったとしても、何の苦もなく突破出来る、というだけの話だ。民家のセキュリティを突破して何かをする為に覚えた技術ではない。
現実は、鍵をピッキングで開けている所なんて警察に見つかりでもしたら間違いなく職務質問だろう。
何の変哲もないブレザーの女子高生が『私はただ、彼の成績に不安を感じているだけなのに、彼が家に閉じこもるから実力行使しようとしただけだ!』とか言いながら30秒でセキュリティを突破するなんて光景を見たら私でも職務質問をしたい。
その話はまた別の機会に詳しくしよう。本当に話が進まない。
私達を乗せたエレベーターはゆっくりと動き出した。1階をさらに通り過ぎ…止まる気配がない。だが、罠なんてことはないだろう。恐らく余程地下深くにあるのだろう。だからこそ、『B』としか書かれていなかったのだろう。
「そういえば沙紀。このエレベーターで3階に行こうとしたらどうなったんだ?」
その話か。確かに、そう思うのは仕方のないことだ。
普通に考えるならば、3階への階段が封じられたなら、エレベーターを使えば良いではないか。だが、その心理こそが絶好の罠を仕掛けるチャンスだ。
このエレベーターを使わないと、恐らくこの空間からの脱出は不可能となる。だから、下方向…具体的には、地下から2階までは自由に行き来できるようになっている。いや、出来ないと駄目だ。誘拐理由が私達の実力を測ることであることは、あの女の言葉からも、罠の仕掛け方からも推測できる。ならば、当然の事ながら無傷で脱出する方法は必ず存在する。
話は戻るが、安易にエレベーターを使って3階に行こうものなら…
「恐らく、落ちただろうな。今から向かっている地下に自然落下だな。」
「え?いや、でも今は落ちて…」
「余計な事は考えるな。昇なら大体わかるだろうが、柊人は無理だ。それよりも、万が一の時の為に身体は常に動かせるように準備をしてくれ。」
エレベーターの構造上、不可能な話ではない。例えば、エレベーターの客室(?)が、ある一点を通過するとロープが切断される…などな。他にも色々と方法はあるだろう。
そんな会話をしていると、エレベーターが止まり、ゆっくりと扉が開く。
「なに…ここは。」
真っ先に声を上げたのは昇だった。驚くのも無理はない。私も驚いている。
扉が開いた、その向こうには。とてつもなく長く、薄暗いせいもあるが終わりが見えない通路だったのだ。
「見ての通りだ。通路だな。さあ、何も考えずに行くぞ。私を信じろ。」
「何かあったらすぐに頼れよ。」
柊人がこんな言葉を言い、昇はゆっくりと頷いた。
さあ、ここで最後だ。雪菜、もうしばらく待っててくれ。私が絶対に助けてやるからな。それから…
「柊人。何かが、仮に私の身に何かあった時は、できるだけ助けて欲しい。だが…」
「なんだ?」
「私と離れ離れになってしまった時は、迷わず昇を連れて1階まで行って、館から出てくれ。罠はない。それから、昇は柊人をサポートしてくれ。なに、お前なら大丈夫だ。迷わず私を見捨ててさっさと逃げろ。」
「もしそうなったら…絶対に、助けに行くからな?」
うむ。いい返事だ。これなら大丈夫だろう。
「期待してるよ。まあ、大体は自分でできるからな。安心してろ。それから…」
時間が空いた時に書いておいたメモを昇に渡す。
「私がいない時に困ったことがあれば、このメモを見ろ。恐らくお前達の役に立つ。今回だけではなく、常に持ち歩いておけ。いいな?」
「優秀な軍師がよくやるヤツだよ、こういうの…まあ、受け取っておくよ。そんな事態に陥らないことを祈るばかりだね。」
……これだけは運命だ。私は回避する術を持たないし、知らない。
昇も柊人も雪菜も、私がいなくとも何とかしてくれるだろうな。
…まあ、これはずっと先の話だ。今はまだ関係ない。
......
...
<雪菜>視点
「沙紀ちゃんは超能力を持っていない、ってどういうことですか?」
彼女から聞いた超能力のこと。昇君、柊人君、私を含めて地球上の人類は皆何かしらの超能力を持っていると聞きました。しかし、沙紀ちゃんだけは…現在生きている人間としては唯一、超能力を持たないそうです。
「そのままの意味ですよ。朱山沙紀は、現在生きている人間の中では、唯一と言っても良いでしょう。超能力を持っていません。まあ、あの頭脳が超能力と言えばそうなるのですが…」
「…沙紀ちゃんは人間ではないと?」
自分でも変なことを言っているのはわかっています。でも、そのくらい頭が混乱しているのです。
「いえ、彼女は人間ですよ。ただ…」
一度言葉を濁して、こんなことを言いました。
「…まあ少しなら、心当たりがあります。というより、心当たりしかないです。」
沙紀ちゃんに何か、もっと重大な秘密があることはわかりました。ですが、それが何であるのか私には検討もつきません。
「心当たりとは何ですか。ちゃんと説明して下さいよ。」
「いえ、これは教えるわけにはいきません。例え、何があろうとも。ですが、ヒントだけはさしあげましょう。長いのでよく聞いて下さい。」
ヒントがあれば何かわかるかもしれない。そう思って彼女の言葉に集中します。
「まだまだ、科学的には説明できないことも、たくさんあるんです。例えばその超能力。コレ、どう頑張ってその力を証明しようと思っても、不可能だったんです。それに、超能力だけではありません。呪文…とでも言えばいいのでしょうか。その類のモノも存在しますし、実際私も使っています。でも、何をしても証明できない。だって、考えてもみてくださいよ。生きる為のエネルギーって何ですか?この時点でまず詰まる。そして…貴方の能力を使って説明しますと、例えばこの空間を一瞬で200℃に変えたとします。では、その熱量はどこから出てきたのか?私は生きる為のエネルギーだと思ってるんですが、そのエネルギーを証明できないので超能力も証明できない。」
彼女はさらに続けます。
「呪文なんて、もっと不思議ですよ。ただ一定の言葉を呟くだけで何故効果が現れるのか。それに、実験はしたのですが、呪文は生きる為のエネルギーを使いません。ただ、疲れる。それになんとなくですが、あとどれくらいで疲れきって倒れるか、なんてことも感覚でわかるんです。」
この後も色々喋っていたのですが、長いので3行でまとめると、
・超能力は曖昧なモノであるし、科学では説明できない。
・呪文も存在し、それは自分で作ったりできるらしい。
・沙紀の存在は科学が発達した証拠
…だそうです。沙紀ちゃんの存在が科学発達の証拠…?つまり、沙紀ちゃんは科学の力で生まれたってこと?それって…
「沙紀ちゃんは、人工的に作られた…いわゆる、人造人間ってやつですか?」
「いいえ、それは違います。彼女は間違いなく、ある人の体内から生まれています。」
見当違いだったようです。結局、沙紀ちゃんだけが能力を持ってない理由、結局わかりませんでした。でも、科学や呪文で説明できないことが秘密ということはわかりました。それから、沙紀ちゃんが普通…かどうかはわかりませんが、とりあえず人造人間的なアレではないことは確かになりました。私の考えなので、確実とは言えないですが…
そういえば。
「何故他人の超能力がわかるんですか?」
「それこそ、呪文の力です。私は、自慢ではないですが、しようと思えば自分の能力と呪文を使って、大体のことは出来ますよ。」
しようと思えば何でもできる…ね。
「ならば、私が今ここで、貴方を殺そうとしても?」
「やめておきなさい。まだ死にたくないでしょう?」
つまり、なんとでもなるということですか。私でも相当強い能力を持っているらしいのに、それに勝るということ…え、ヤバい。
「というより、仮に貴方がこの空間を絶対零度にすると、貴方は生き残れるのかしら?私は呪文で防げるわよ。」
「…あ、自分にも影響あるんですね。」
「そんな都合の良い話なわけないじゃない。そりゃあ、空間の範囲は自由に指定できますけど…普通に対流したりはしますよ。」
「教えていただきありがとうございます。」
知らないまま使ってたら即死していました。案外使い勝手悪いんだなぁ…
「では、使い方を教えますね。」
その後。特訓のおかげで、なんとかある程度は制御できるようになりました。『発動条件は気合』とか言われた時は殴りたくなりましたけど。なんとかなるものです。
でも、どうしてわざわざ教えるのでしょうか?
そう疑問に思っていた時、彼女はこう言いました。
「…貴方が助かるのもそろそろのはずよ。彼女達が最後の場所に辿り着いたみたいね。」
「それに…今考えると、貴方を…雪菜さんを真っ先に助けなかったのは、私が雪菜さんに一定の情報を与える所までを読んでいたのかも知れないわね。」
想像以上に賢い子だわ…と呟きつつ、彼女はすっと消えました。またどこかに行ったのでしょう。
それより。私、もしかしてすぐに助かっちゃったりしたんですか?
セリフが長くなりすぎた。次から気をつけます。
次回→10%(投稿時)