第4話 ~超能力~
<沙紀>視点
…昇と柊人は書斎に釘付けになっているだろうな。鍵を探しているのだろう。恐らく書斎にある確率は半分…といったところだ。そして、こんな時間になっても帰ってこないということは、書斎にはないのだろう。だが柊人のことだ。見つかるまで必死に探して、探して、探しまくるだろう。
…驚きすぎて意識を半分失ってしまったが、昇のおかげでなんとかなった。感謝しないとな。腕の発見は、まあ予想通りといった所か。では、もう2階に用はない。2人には『何があったも3階には来るな』と言っておいたから、仮に何かあっても3階には来ないだろう。
私の予想では、3階は相当危険だからな。流石に2人も護りきる自身がない。だから、柊人・昇には書斎で少し時間を潰して貰う。勿論、書斎で鍵が見つかればそれで済んだ話だったから少し待っていたのだが。そんなことを考えながら、居間を出る。
「さて…まずは階段、か。」
正直、ここから先は何が待ち受けているのか、私でもわからない。普通の罠なら予想できるのだが、ここから先は非日常。私なら、大切な物を隠す所の警戒は強くする。そして…何度も入られないように、制限時間を設ける。
「さて、3階に…って、なんだ?」
階段の1段目を踏むとカチッという音がして、電子音が聞こえ始めた。…制限時間、か。時限爆弾の始動音だろう。すぐに爆発はしないと思うが、それほど長い時間があるわけではないだろう。
階段の真ん中に差し掛かった所だろうか。
突然、世界がひっくり返った。いや…突然、重力が上方向になったのだ。
「なんてことが出来るんだ…2人ともいなくて本当に良かった…」
天井があるから大丈夫だと?何を言っているんだ。2m上から、頭から落ちたら誰だって重症だ。最悪、死に直結する。手すりを咄嗟に掴んで大事には至らなかったが、だからといって天井に立って歩くのは危険すぎる。恐らく、この重力が逆の区間は階段の一部のみ。階段が終わったとき、重力は元に戻る。先程は手すりがあったからなんとかなったが、天井にはなにもない。勿論、頭から床に落ちる。それだけでなく、天井が抜けて永遠に上空に落ちていく可能性がある。私は腕の力を使って、手すりにぶらさがりながら移動した。
「…2回目の急旋回!…っと」
案の定、重力は階段が終わると元に戻った。私も元の体勢に戻った。
「しかし…とんでもない技術だな。こんな事まで出来ようようとは…」
空間を切り離している時点で物凄い科学力なのは承知していたのだが、ここまでの事が出来るとは思ってもいなかった。
「さて…3階は、部屋が3つだったかな。それ以外の所は何もなさそうだ。」
私が現在求めているのは鍵のみ。…私の考えが合っているならばそれで良い。四肢の一部分なんて、3階には何もないと考えてよい。では、どこに存在するのか、だと?そんなのは後々わかることだ。
「さて…まずはこの部屋か。さっさと済ませたい所だが。」
最も階段から遠い部屋から探す。
「っ!…なんだ、コレは?」
ドアを開けると、不思議な結界のような物が張り巡らされていた。
「…コレを、突破しろと?」
いきなり手を出すのは危険だ。もし手を触れただけで即死するような代物なら笑えないからな。試しに服の一部を破って突っ込んでみると、案の定、服の切れ端は真っ青な炎を纏って燃え始めた。その時、一瞬だけ指が触れてしまったようだ。
「ぅあっち!…ほう。そういうことか。」
私の中にある考えが浮かび上がってきた。もう一度…今度は少し大きめに服を破って…一瞬だけ入れ、さっと取り出した。
「ふむ。やはり燃えない、か。」
仮にこの結界が普通の炎となんら変わらないものとしよう。…青い炎の時点で普通ではないのだが、そこは考えないでおこう。炎は、一瞬だけなら触っても特に熱く感じないものだ。ならばこの結界も一瞬触れる程度なら問題ない、と考えた。
「…一瞬、か。よし、いくぞ!」
十分に助走をつけ、勢いよく結界に突っ込む。…やはり一瞬だけ熱く感じたが、身体にこれといった変化はないようだ。
「…よかった。」
これは、かなり分の悪い賭けだった。ここは、恐らくあの女が創り出した空間。それに、あの女は高い技術と卓越した頭脳も持っているだろう。そんな人物にとって、この程度の結界はいとも簡単に再現できることだろう。最初から私達は不利なのだ。まあ、何はともあれこの結界は突破出来た。
飛び込んだ部屋は男の部屋のようだ。…部屋のインテリアの趣味から判断した。
「さて…まさか、大切な物が床に落ちている…なんてことはないだろう。」
ゲームなどでよく見かけるが、大切な物が変な所に落ちていたりする。だが、ここはゲームではない。大切な物は、大切に保管されているはずだ。例えば…
「そこの、金庫とかな。」
鍵を使うタイプのようだ。念の為鍵穴の形を覚えておこう。
「電子ロックではなくて助かったよ。鍵なら30秒でピッキングできる。」
そこらに落ちていたクリップを使ってピッキング開始。程なくして、カチリという音がする。
「…簡単だな。鍵なんて使うからだ。」
言い忘れていたが、私が探しているのは、鍵は鍵でもカードキーだ。鍵穴なんて私がどうにでもできる。
「さて…何もないな。」
金庫の中にあったのは、ただの金品だった。カードキーらしきものはどこにもない。
「でも…この金庫は使えそうだな。後は、念の為引き出しも見ておくか。」
金庫は何かと便利なものだ。いざという時には、鈍器にもなる。引き出しの中だが、手帳程度しか目ぼしい物はなかった。
「…読んだら、また何かありそうなのだがな。今は時間がない。後で読むか。」
手帳には、何かと大切なことを書かれていることが多い。大体の人は手帳を有効に活用していることだろう。この手帳も恐らく例外ではない。かなり使い込まれた形跡がある所からも、それは判断できる。何かというのは…私の杞憂だと良いのだが、どうせまた意識が朦朧とするだろう。こんな所で正気を失ってしまうと、恐らく死に直結する。それだけは避けたいところだ。
さて、この部屋はもうこれで良い。さっさと次の部屋に行こう。入ってきた時と同じように、飛び出す。勿論無傷。
そのまま、次に階段から遠い部屋の前まで移動しようとしたが。
「…もう、やだ…」
部屋を出ると、異形の怪物がいた。容姿こそ人間に似たような所はあるのだが、爪は鋭く、ツノまで生えている。身体も硬そうだ。どこかしらの本では、私のようなキャラはこんな怪物に捕まって『く、殺せ!』なんて言ってしまう気がするのだが、こんなのに捕まったら絶対に殺される。
「…手っ取り早く頼むぞ。」
2分後。
「く、殺せ!……なんてな。なんとかなるものだ。」
本当になんとかなった。適当に蹴ったら効いたようだし、殺せないわけではないようだ。…目の前に転がっている奴も、恐らく生きてはいないだろう。首が180°回転したからな。しかし、1匹だけだから何とかなったものの、3匹以上は少し辛い。柊人と一緒なら何匹でも大丈夫だと思うが…
「…とにかく急がないとな。2分損した。」
駆け足で2番目の部屋に向かう。しかし、あの怪物はどこから出てきたのだろうか。それが気になる所だ。とりあえず、2番目の部屋のドアを開ける。
「ひゃあ!つ、冷たい…」
異様な冷気。最初の部屋の結界のようなモノだろうが、今度は違う。何が違うか?簡単だ。先程のは、近くにいても熱気を感じなかった。触れて初めてその熱を感じとれた。だが、これは少し違う。傍にいるだけで伝わってくる冷気。つまり、何かしらの物体が『存在する』ということだ。…ならば。
「そこに転がってる奴、突っ込んでみるか。」
少し重かったが、特に問題はない。推定50㎏程度だろう。
「軽くないとあんな動き、不可能だからな。軽くても不思議はない。とりあえず…っと。」
怪物を突っ込んでみると、そこから下はぽっかりと空間ができた。つまり、この冷気を放つモノは液体のようなモノであり、塞き止める物体があれば塞き止めることが出来る、ということだ。ならば取るべき行動は一つ。
「コイツを頭上に持ち上げて、私がこれに触れないようにすると、問題なく入ることができるな。」
余談だが、怪物は完全に凍ってしまっていた。余程冷たい物体なのだろう。私は特に被害を受けることもなく、簡単に部屋に入ることができた。
ぱっと部屋を見渡すと。
「…アレだな。」
すぐにわかった。机の上にそれらしいカードキーが置かれていた。これで私の目的は達成。
「…他に色々見ておきたい所はあるのだが…爆発がいつかわからない以上、長居するのは危険だな。」
仕方がないので入ったときと同じように部屋を出る。すると、案の定と言うべきか。
…例の怪物がざっと見るだけでも、10体はいた。
「…勘弁して貰いたい。」
奴ら、綺麗に階段を塞ぐように立っている。いや、妨害しているのだろう。しかし、だな。
「こんなの、一々相手にしていられん。一気に突破するか。」
ほんの1分部屋に入っていただけでこんなにも増えたということは…部屋の位置も考慮すると、最も階段に近い部屋が魔窟となっているのだろう。それが正しいなら、時間が経つにつれて序々に数も増えるだろうう。
一点突破しようと、怪物のど真ん中に突っ込んだ。攻撃を避け、受け流し、今度はこちらが蹴り、殴り…
地獄のような時間は無限に感じられた。1分程で階段まで辿り着く。確認はしていないが、3体程殺したはずだが、逆に数が増えているような気がした。やはり、部屋から出てきているようだ。
「階段は…反重力だったか!?」
手すりを掴んで階段に足を踏み入れる。そして、本日3回目の世界反転。
もう後ろは見なかった。見るのが怖くて出来なかった。何時の間にか、金庫も手放してしまっている。というか、腕で全体重を支えている状態だから、当たり前なのだが。
そして本日4回目の世界反転。重力が元に戻ったようだ。階段を足でしっかりと踏む。その瞬間、なんだか嫌な予感が身体中を駆け巡った。考えるよりも先に身体が動いた。咄嗟に階段から飛び降りる。なるべく離れた場所に。
その瞬間、『ドォン!』という爆発音が後ろから聞こえた。振り返ってみると、異形の怪物、そして階段の残骸が天井を突き破り、上空に向かって落ちていった。なかなかにシュールな光景である。
「本当に、間一髪だったな…。鍵は手に入れた、不満はないのだが…手帳の内容は知りたかったものだ。」
多少の不満こそ残ったものの、目的を果たした私は、2人のいる書斎に向かった。
......
...
<雪菜>視点
「それはご想像にお任せします。」
私の質問に、女性はこう答えました。否定しないということは、遠回しに肯定しているのですが…
「このこと、沙紀ちゃんに言ったらどうなります?」
「ああ、ご安心下さいな。そんなこと出来ませんよ。」
出来ない、とはどういうことでしょう。哀れになって伝える気がなくなるのだろうか。
「一種の私の超能力のようなものですよ。言おうとしても、その事に関する言葉は絶対に口を突いて出てこなくなります。」
「超能力なんて…本当にあるんですか?」
超能力が実在するならば、世の中はもっと便利になっていたでしょう。
「実は、人間は誰でも超能力を持っているの。気付いているか、気付いていないかの差であって。まあ、大半の人間は気付いていないので、気にすることはないでしょう。貴方も例外でなく超能力を持っているのですが…教えましょうか?」
信じられない話ですが、もしも逃げ出そうと思わないことも、その超能力の一環だと考えれば納得できます。
少々強引ですが…
「…一応聞いておきます。どんな超能力なんですか?」
「それは…そうですね。周りの温度を自在に操れる…みたいなものです。」
やけに曖昧な言い方ですね。というか、温度操るってなんですか。北極でも50℃にすることができるとでも言うのでしょうか。
「やろうと思えばどこまででも可能ですよ。範囲、温度…制限はないです。ただし、勿論それ相応の代償はありますよ。」
当たり前です。無制限に際限なくそんな能力使えたら、地球温暖化なんて一発で解決しちゃいます。灼熱の太陽も頑張れば0℃に出来るってことですから。
「体力ですか?」
「いいえ、簡単に言うと寿命ですね。要は体力なんですが…。生きるためのエネルギーを力に変えて、超能力を発動させることができるんですよ。目安は…そうですね。地球の平均気温を絶対零度にするだけで70年程の寿命が消し飛びます。」
「…それ、案外低コストでは?」
というか、滅茶苦茶低コストじゃないですか。この部屋の温度を-50℃にしても1日ぐらいしか短くならないんじゃ…
「そうですね。確かに低コストに見えるかもしれません。ですが、歴史上の超能力に気付いた者は、調子にのって使いすぎて早死にしているケースが殆どなんですよ。」
くれぐれも使いすぎには気をつけろ、ってことですか。…そんなことしなくても軽く地球を滅ぼせそうなんですけど。コレ強すぎやしませんか。
「ところで、どうやって使うんですか?あと、昇君にも、柊人君も、沙紀ちゃんも超能力、あるんですよね?」
「使い方は…まあ、それは今から教えますよ。昇さんは『風を操る』。柊人さんは『身体の一時的強化』沙紀さんは……」
彼女の言葉に、私はまたもや驚かされました。
次回→40%(投稿時)