第3話 ~謎の子~
<柊人>視点
沙紀に書斎はしっかりと調べておけと言われた。書斎の場所は昇に教えて貰った。…なんだかんだで結構覚えてるじゃねえか、という突っ込みも気にせず昇は自分の持ち場に向かった。
「さてと…ここが書斎だな。…って!鍵かかってるじゃねえか。」
ドアノブを回そうとしても、ガチャガチャ音がするだけで開かなかい。結果的に沙紀の鍵を取っておく、という判断は正しかった。幸いにも俺が鍵を持ったままだから二度手間にもならなかった。
「さて、鍵を開けて、と」
………
「…。なんで、開かないんだ…!」
扉は何故か開かなかった。沙紀がいれば原因はすぐにわかるのだろうが…俺は馬鹿だ。原因なんてわかりはしない。
「おかしいな。確かに鍵が開いたような手ごたえはあったんだが。…よし、ならば!」
扉は木製。鍵も開いている。しかし開かない。でも開ける必要がある。なら、俺が出来る範囲で取れる行動はただ一つ。
「…ハァッ!」
本気で蹴ったらバァン!と小気味良い音がして扉が開いた。なんかついでにメキッって音もしたけど、それは多分問題ない。誰かを驚かせた可能性があるって?はは、そんなわけないじゃないか。沙紀は大きな音程度では動じないだろうし、昇も多分聞き流す。
「うん。何かが壊れた様子もないし、大丈夫だろう。さあて、鍵…か。」
しかし、マスターキーもあるというのに、どうして今更鍵が必要なのだ?まあ、沙紀に任せておけばいいか。しかし、ぶっちゃけると、俺は物を探すということが苦手だ。なぜ沙紀が俺に大切な物を探させているのはわからないが、まあ最大限の努力はする。
その時。ふっと、何者かの視線を感じた気がした。
「気のせい…だよな。」
扉が少し開いていたから(反動で戻ったのだろう)、念の為そちらを注視するが、誰かが覗いている様子はない。まあ、本当に気のせいだったのだろう。
「手始めに、そこの本棚でも調べるか…」
天井まで高さがある本棚には、びっしりと本が詰まっていた。…よくこんな量の本を読もうという気になるよな。俺は1冊も読めないぜ。
「でも、本に挟まってるかもしれんしなぁ…」
よし、こうしよう。本棚を探すのは最後だ。それ以外の所を探して、なかったら本棚を探せばいい。
「しっかし、この書斎の持ち主も趣味悪いな…」
本棚を見てたまたま目についた本の題名が『催眠術の全て』だ。催眠術なんて信じてどうすんだっつうの。…いやまてよ。馬鹿な俺でもこのくらいの予想はできる。もし、今この状況が催眠術によるものだったとすると、結構辻褄が合う。太陽がない、突然大穴が…などの怪奇現象も全部催眠術で説明できる。
「…あとで沙紀に聞いてみるか。」
とりあえず探すぞ。幸い、書斎はそれほど広くない。一面の本棚と机程度だ。…ゲームで見たことがあるし、まさかとは思うけど、一応絨毯の下も見ておくか。
「さあて、机の上には…何もないな。」
机の上は綺麗に整頓されていた。ぱっと見た感じで何もなかったし、念のため置物などの隙間という隙間も探してみたが何もなかった。いや、ちょっと待て。
「この筆に何か書いてるな…」
よっぽど古い代物なのかはわからないが、筆立ての筆に何かの文字が彫られていた。
『A□□□A□A』と書いている。(□は判別不能だった)…はて、何のことだ?まあ、書斎に置いてあった筆に彫られているのだから、持ち主か何かなのだろう。
さて、お次は引き出しか。ここで見つかってくれないと本棚の本を一つ一つ探すとかいう、アホみたいに面倒くさい作業をしなければならないから、しっかり探さなければ…
「いやあ、それにしても…なんだこの書類の山は。いや、コレは何かの論文か?」
引き出しの一番下を開けてみると、ぎっしりと紙がつまっていた。適当にその一部を取り出してみると、文字がびっしり書かれたプリントだった。タイトルは…
「『人格のコントロール』…だと?」
催眠術の話と何か関係あるのだろうか。催眠術で人格も操れるというのだろうか。…俺が賢かったらこの論文、しっかり読んで沙紀をもう少し可愛げのある性格にしてやりたい所だが。今のままでも十分可愛いし、別にいいか。
しっかし、この引き出しの中には他にも結構面白そうな物が入ってそうだな。…まあ、探してみればますます色々な謎が深まる気がするからやめておくか。それに、面倒くさい。この際、書類を全部持ち出して沙紀に読んで貰うのもアリだとは思うが、流石に沙紀の負担を考えると、そんなことは出来ない。こんな場所にもう一度来るのはごめんだが、機会があればここの書類の全てに目を通したいものだ。
さて、一番下の引き出しには何もなかった。…ところで、沙紀は何て言っていた?確か『鍵を見つけて来い』とだけ伝えて、雪菜のことも四肢の事も、何一つ言っていなかった。つまり、沙紀は書斎には何もない、とわかっていたのだろうか。…まあ、念の為ということもある。一応、そちらも探しておくか。
…真ん中、一番上の引き出しも全力で捜したのだが、それらしい鍵は見つからない。こちらもなんだか変な書類ばかり入っていた。具体的には『極秘』とだけ書かれた封筒であったり。中身は調べたが、空っぽだった。恐らく、読んでそのままどこか別の所にでも片付けてしまったのだろう。
「ってことは、この本棚を調べるのか…」
もう見るのも大変だ。本に挟まってるとかマジでやめてくれよ…!どこから探して良いのかわからなかった俺は。とりあえず本棚から一旦全ての本を取り出すことにした。
......
...
<昇>視点
ええと、僕の担当は台所とトイレだったよね。当たり前だが、こんな広いお屋敷のトイレだ。確か2階だけでも2つトイレがあったはず。
「…面倒くさい。」
館中を歩くのは流石に骨が折れる。まあ、台所が近いからそこから探せばいい。僕が好きな音楽を脳内で再生しながら台所へ向かう途中に『バァン!』ていう音が響いた。…どうせ柊人だろう。しかし、一体何があったのかな?念のため音が聞こえた方に向かってみる。
まあ予想通り柊人が担当している書斎だった。ドアに若干ヒビが入っている所から察するに、ドアがなかなか開かなかったから蹴ったのかな。こんなに古そうな所だから、大方蝶番が錆付いていていたんだろうね。隙間からそっと覗き込むと柊人が元気に動いてたから、何の問題もないだろう。さあて、僕もそろそろ探さないとね。
台所と書斎は割りと近い所にあった。僕はすぐに台所まで辿り着き、遅れた分を取り戻そうと早速作業にとりかかった。そこら中を探しまくった。調理器具入れ、調味料入れ、食器棚、食器洗濯機の中、いかにも怪しげに置いてあったIHの上の鍋の中…。全力で探したが、何も見つからない。
…いや、待てよ。
「まさかとは思うけど…あの中とかは…」
換気扇の内側。雪菜は流石にいないと思うけど、少年の一部は隠されていてもおかしくはない。おそるおそる、手を突っ込んでみる。
「…ビンゴ、か。」
案の定、とでも言うべきだろうか。少年の右腕が出てきた。それは汚れてはいるが、まるで本物の人間の腕を掴んでいるみたいで気持ちが悪い。でも、こんな所に隠すとは…先が思いやられる。
「他に隠せそうな場所もないし。一旦沙紀に報告するか。」
それが最善だろう。沙紀は…居間と食堂、だったかな?食堂と台所は繋がっていて、沙紀がこちらに来た様子もないので、まだ居間にいるのだろう。早足で居間に向かう。
「おーい、沙紀…って、何やってるの!?」
沙紀も熱心に探しているのかと思えば、なんか割座で遠くを見てブツブツ呟いていらっしゃる。…沙紀も相当な美少女の部類に入ると思うから、決して変なことはない。変なことはないんだけど…
「あの、沙紀さん?そんな無表情でブツブツ呟かないでくれません?」
「……んで……たしは………んな………ない……」
本当に何を言っているのかわからない。ここに来てから、沙紀の様子がおかしいけど大丈夫なのかな。まあ、とりあえず正気に戻してあげないと…ん?沙紀の近くに写真が落ちている。僕は、その写真に写っている女に見覚えがあった。沙紀はこの写真に何か衝撃を受けたのかな。なんでもいいや。
「沙紀!起きて!朝だよ!」
「…んぅ……ん?」
「意識はある?」
「…あ、ああ。なんとかな。」
ようやく沙紀が意識を取り戻して、1秒かけて何があったかを理解したようだ。
「その腕は見つけたのか?」
「うん、換気扇の中に。大丈夫、ちゃんと洗っておいたよ。台所だし。」
沙紀は特に驚いた表情をすることもなく、そうか、とだけ答えた。…普段の沙紀も、どこまで、何を考えているのかわからないから少し気味が悪い。常に1週間後のことまで考えていてもおかしくはないと思ってる。
しばらく無言の時間が流れていたが、沙紀が申し訳なさそうな顔をして僕に頼みごとをしてきた。
「すまない、昇。柊人の手伝いをしてやってくれないか。トイレと食堂はもう探さなくても大丈夫だ。私は…少し疲れたから、休憩していてもよいか?」
…そんな表情で頼まれたらとても断れない。最初から断るつもりなんかなかったけど。
「いいよ、わかった。ゆっくり休んでね。あ、腕は置いていくね。」
「本当にすまない…」
沙紀はそう呟いてから、近くにあったソファーに寝転がった。本当に疲れていたのだろう。さて…僕は柊人の手伝いだったよね。
......
...
<柊人>視点
本を全部出した。疲れた。もう休みたい。正直、こんなに本があるとは思わなかったし、こんなに本が重いとも思わなかった。おまけに、目に付く本のタイトルもおかしいし。もうこんな作業は二度としたくないね。…でも、この中から鍵を探さなければ、なんだよなあ。…死にたい。
なんて絶望していると、扉が開いた。
「やあ、柊人。順調…って、これは酷いね。」
「仕方ねえだろ。引き出しの中になかったんだから、ココぐらいしかないんだよ。」
昇が入ってくるなり、床一面に散乱した本の山を見て、面倒くさそうな声を出した。…俺と昇の立場が逆でも、間違いなく俺は似たような声をあげていただろう。
「それよりも、なんで昇がここに?」
「さっさと持ち場を終わらせて沙紀の所にいったら、柊人を手伝えだとさ。」
「へえ、そりゃあありがたいぜ。」
…しかし、沙紀のアドバイスは本当に的確だな。まるで俺が書斎で四苦八苦するってことを最初から知ってたようだ。さて、昇と一緒に本を一つ一つ調べていくか…
......
...
<雪菜>視点
暇です。何もすることがない。それに、不思議なんです。大した拘束もされていないし、逃げようと思えば出来ると思うんですけど、何故か逃げ出す気がおきないんです。そんなわけで、ただぽけーっとしていると。
「暇ですか?」
あの女性が、いなくなった時と同じように突然目の前に現れました。
「ええ、勿論ですよ。これが暇じゃないとでも思ってるんですか?」
「命の危機なのに?」
確かに私には命の危機が迫っています。体感で、あと4時間程度でしょうか。でも、私は。
「私は、沙紀ちゃんを信じていますよ。それに、命が危ないのは私だけじゃないです。どちらかというと、私も含めた4人分の命を背負ってる沙紀ちゃんの方が苦しいんじゃないですか?」
「ふふ、そうでしょうね。それに彼女は…」
「彼女は…どうしたんですか?」
「いいえ。なんでもないわ。貴方には関係のない話。」
沙紀ちゃんに何か重大な問題でもあるんでしょうか。…ここだけの話で、沙紀ちゃんも知らないはずなんですが、実は私よりも胸がないこと…はどうでもいいですよね。はい。多分、沙紀ちゃんに私達が知ることも出来ないような大きなアドバンテージがあるのでしょう。
「なんでもいいですけど、沙紀ちゃんをあまり軽視しないで下さいね。」
「勿論。彼女の事を一番知ってるのは、今は多分私でしょうし。」
「本人よりも…ですか?」
「彼女、記憶がないのですよ。幼少期の。」
…幼少期。私達が出会ったのは9年前。もうすぐ10年です。確か、誘拐される前にそれに関係した会話をしていました。そんなことはどうでもよくて。あの時、私達のクラスにいきなり沙ちゃんが転校してきました。家は、マンションの一室。あの頃から彼女は一人暮らしでした。幸いにも私もそのマンションに住んでいたので、私のお母さんが沙紀ちゃんの面倒を見始めたことで、私達との交流が生まれました。
詳しくは知らないのですが、沙紀ちゃんのご両親は亡くなったとだけ聞きました。記憶がないとすると、転校前でしょうけど…そんなこと、初めて聞きました。
「では、何故貴方は沙紀ちゃんのことを知っているのですか?」
誰が聞いても、当然導き出される疑問でしょう。何故、ずっと近くにいた私達でさえ知らなかったことを彼女が知っているのか。
「…それは…それは、彼女をずっと見てるからですよ。ずっと前から、計画に組み込まれていた一員として、ずっと監視していました。」
「まだまだ疑問が増えますね。まあ、聞いてもどうせ答えてくれないでしょうし、いいですけど、一つだけ聞かせて下さい。」
説明を聞いて、一番気になった事。一番怪しい事。それは…
「沙紀ちゃんは…記憶がない、じゃなくて、記憶を消されたのですか?」
3日に1回程度の投稿を前向きに検討する方向で善処いたします。
次は早い・・・かな?
沙紀の秘密は重要になってきます。この子が中心ですから。