第2話 ~非現実~
<沙紀>視点
洋館の前に来た。驚くべきことに、例の小屋から徒歩20秒。外から見てわかるだけの情報は、3階建てでとにかく大きい、ということだけ。そして今気付いたが・・・
「この空間、何かがおかしいと思ったが影がないのか?」
「確かにそうだね。でも、影がないわけじゃないと思うけど。」
昇は空をぐるっと見渡す。私も釣られて昇のように空を見渡した。その空には太陽がなく、全方位から均等に照らされているような感覚を受けた。
「うお!?太陽ねえじゃん!じゃあなんで明るいんだ?」
ふむ。何故、と問われると考えてみたくなる。普通に考えるならば、どこかに光源があると考えるのが普通だろう。しかし、光源が1点しかないのならば、多少の影が存在するはずだ。つまり、光源が1点ではないと推測できる。しかし、光源が無数にあると考えるならば・・・テレビの画面のような物だろうか?・・・うむ、世の中には考えなくても良い物があることはよくわかった。
「私の推測だが・・・ここは空間的に元の世界とは繋がっていないと言っていたよな?つまり、あくまでも空間的な部分以外は繋がっているのであって、光のようなものは元の・・・すまん、説明してる方が頭痛くなってきた。」
「沙紀でさえよくわからんのなら、俺らはわかるわけがないな・・・」
いや、ぼんやりとは何をしたのかわかる。でも言葉ではとても言い表せないな。あの女の『少し違う』も今なら良くわかるよ・・・
「で、どうするの?この館の扉、開けるよ?」
「あ、それは私がやる。何だか嫌な予感がする。」
大体、こういうのはトラップがたくさん仕掛けてあるとかいうオチだ。大方、扉を開けたら槍が飛んでくるとかそんな所だろう。
「ふむ…では、開けるぞ。」
ギギギ…という音を立てて扉が開く。
………
「何も、飛んでこないな…」
「逆に、何があると思ったの…?たまに、というかよく沙紀って変なこと考えるよね。」
「いや、そんなはずは…」
なんてことを呟いて館の中に一歩を踏み出した瞬間。
「やっぱりなぁぁ!?」
床に大きな穴が開いた。冗談ではない。私は間一髪の所で跳んで避けたが、こんなの警戒していなければ絶対に引っ掛かるぞ…?まあ、女に『護りながら』とか言われた時点である程度のことは覚悟していたから特に予想外ではない。
「お、落とし穴…どうやって床を抜いたんだ?というか、沙紀、お前こんなことまで予想していたのか?」
「ふむ。まあな。で、昇。次のトラップだが、人間はこの落とし穴を目の前にするとどういう行動を取ると思う?」
「何って…そんなこと聞かれても…」
それが自然な反応だろう。なぜなら、何をするかなんて普段は考えていないからだ。まあ、条件反射のようなものだ。
「いいか、穴を見たときに人間というものは不思議なもので、その穴を覗き込もうとするのだ。」
「あ、言われてみれば確かに。沙紀がいなければ絶対に覗き込んでるね。」
「そこから予想されるトラップは?柊人。」
「は?ええと、わからん。」
これだから馬鹿は…穴を覗き込む、つまりその瞬間、『上』に対しての注意は0になるわけだ。大方、覗き込んだ瞬間、天井が開いて上から槍でも降ってくるのだろう。
「よし、ならば私が実際にやってみよう。」
そうして、穴を覗き込む。…予想通り、天井がベリベリベリ!と破られる音がした。
…は?
「おい、沙紀!上!」
槍ならば掴めば問題ないと判断していたが、嫌な予感がして咄嗟に後ろに跳ぶ。
…案の定、上から某ゲームに出てくるような、トゲトゲの鉄球のような物が目の前を通って穴に落ちていった。
「ふむ。少し予想外だったが、こんなものだろう。」
「沙紀…お前、楽しんでるだろ?」
「なんてことを言うんだ柊人は。雪菜の命に関わっているのにそんな、遊んでいる暇なんてないじゃにゃっ」
「……」
「……」
痛い…二人の視線が痛い…もう穴があったら入りたい…
「穴なら、目の前にあるのでどうぞご自由にお使いください。」
「うむ、そんなことは放って置いてだな。この穴、本当にどこまで深いのだ?」
あれだけ重量があるであろう鉄球が落ちていっても何の音も聞こえない。鉄球が落ちていってから既に20秒が経過する。つまり、音の秒速を340m/秒だと計算しても、少なくとも3400mの深さがあるということだ。…考えたくはないが、この穴…
あと今、昇の奴心を読まなかったか?
「まあ、これだけは俺にもわかるぜ。この穴に落ちたら死ぬ。」
「ふむ、まあそうだろうな。それにしても、このエントランスの天井を突き抜けてきた、ということは上空から落としたのだろうな。」
今更だが館に入ると、真上には何の部屋もない、吹き抜けとなている広いエントランスホールだった。恐らく、他に罠があるとしてもこのエントランスホールには何もないだろう。仮にあったとしても、私が歩いたところと全く同じところを2人が歩けば何の問題もないだろう。
「で、今からどうするの?僕は沙紀について行くだけだから。」
「ふむ。私の予想では、この館には、四肢のうち1つあると考えている。」
「はあ?これだけ広いのに1つしかないのか?」
恐らく、という話だ。…4つの『提供』を最大限使うなら、それしか考えられない。勿論私の深読みだという事もありうるので断定はできない。
「人間の心理を考えるならば、ならな。そして、これだけ高度な罠を考えるような奴が相手だ。恐らく私の読みは正しいぞ。」
「うん、まあ毎度の事ながら沙紀の考えることはわからないから、信じるしかないんだけど。」
「ふふふ、いずれわかるさ。とりあえず1階はこのホールだけのようだな。ならば2階の部屋を全て探してみるとするか。」
…あ、一つ忘れていた。
「いや、そこのフロントっぽい所からマスターキーか何かを取るのが先だな。もし全ての部屋に鍵がかかっているならば、再び取りに戻るのは面倒だからな。」
あ、じゃあ俺取りに行ってくるわと言いながら柊人がマスターキーを取りに言った。…もう少し危機感か何かはないのだろうか。まだ、罠が恐らくない、なんて一言も言っていないはずなのだが。横を見ると昇も呆れた顔をしている。私が何も言わないので大丈夫と彼も判断したのだろうな。…これは私が仮にいなくなっても、大丈夫そうだな。
「おう、あったぜ。コレだろ?」
「すまん、助かった。あと、柊人。もう少し気をつけろ。」
「え?何のことだ?」
「うん、罠があった可能性、全然あったよね?」
「…あ!そうか!なんで教えてくれなかったんだ!?」
…見ていて楽しいから、だな。とりあえずマスターキーは手に入れた。まあこれは保険だから意味はないかも知れないがな。
「あ、そうそう。エレベーターは絶対に使うなよ。扉が閉まると、二度と開かないと思うからな。それから、階段は最上段の一段手前あたりは抜けて落ちてしまうから気をつけろ。」
「なんでそこまでわかるんだよ…」
エレベーターは、恐らく最も罠にしやすい所だ。扉が閉まればほぼ完璧な密室になる上に、落下させることも可能だ。まあ扉はこじ開けることも可能だが、それはどうにでも対策できるから問題ない。手っ取り早く処理しようと思えば毒ガスか何かを使えば簡単に処理できる。
次は階段だが…入り口の罠を生き残ったような人なら
当然次の罠も警戒する。階段も十分に警戒して進むだろう。そして階段が終わりかけると、当然気も緩む。そこが狙い目であることは自明だ。
「うむ。まあ勘だな。」
「沙紀、お前絶対全部考えた上で、わざと勘って言ってるよな?」
「ふふ、どうだろうな。さて、階段をのぼるぞ。」
しかし、なんだ。ここまでの罠を仕掛けるとは、殺しに来ていると考えてもよいだろうな。だが本格的には殺しに来ていない。殺そうと思えば意識を刈り取られた時に殺せるからな。それに、罠ももう少し増やせばそれだけで死亡率は上がる。
恐らく、この誘拐を無事に切り抜けたとしても、次から次へと私を殺しに来るだろう。…私は別に構わないのだが、この先も皆が巻き込まれると仮定すると、私は果たして全員を護りきれるのだろうか…?私も神様ではない。いつかは限界が来るだろう。
これも私の勘だが、私を誘拐した奴はいつまでも私を追い続けるだろうし、私が生きている限りは3人も同じように追われるだろう。…いや、私が死んでしまっても3人は口封じの為に殺されてもおかしくなんてない。
…ならば、私が死ぬ前に悪を根絶しなければいけないな。そうしない限り私達の命はないのだから。あの女を殺そうと思えば殺せるが、恐らくそれは根本的な解決にはならない。
なんてことを考えていると。
「ひゃあ!?危ない…」
やはり階段が一段抜け落ちた。しかし予想に反して、階段の終わりかけではなく、真ん中の方だった。…一杯食わされたな。
「お前、案外可愛い悲鳴上げるんだな。」
「わ、忘れろ!」
「でも、沙紀の予想が外れるなんて珍しいこともあるんだね。」
そうだ。今回はこの程度で済んで良かったが、他の、もっと危険な状況で予想が外れるとどうなるだろうか。最悪の場合はそのまま死に直結する。もう少し考えなければな。
…しかし、私を出し抜くとはあの女もなかなかやるな。賢い奴用の罠と馬鹿な奴用の罠、両方を用意しているのだろう。これは厄介だな。
「うむ。気をつけよう。次からは絶対に外さないからな。安心していいぞ。」
「…僕達は信じることしか出来ないんだよ。扉の所だって、沙紀がいなかったら、僕だけなら確実に死んでた。」
「おう、俺も馬鹿だからな!いざって時には俺達が助けてやるから心配するなよ!」
何度も思うが、昇にも柊人にも私は助けられてばかりいる。私がこういった所で何かしなければ、彼らにも申し訳ない。私一人では、絶対に生き残ることが出来ない。彼らの力も最大限借りなければな…
「…よし、行こうか。確か2階は…書斎、食堂、台所、トイレ、居間があったよな?」
「ごめん、覚えてない。」
入り口の方に地図があったはずだ。私の記憶が正しいならば、それで合っているはずだ。
「まあ、とりあえずそこの居間からだな。行くぞ。」
階段から一番近い部屋が居間だ。鍵を使わなくとも、扉が開いた。
「…罠はどんなのだ?」
「恐らく2階には何もないぞ。安心していい。別々に探そう。」
大体の人間なら、近い2階から探し始めるだろう。入り口の罠、そして階段の罠を見せられたら、今の柊人のように、確実に警戒する。それに、1階を生き残っているのはある程度賢い人間だろう。十分に警戒している賢い人間を罠に嵌めるのは至難の業だ。私なら、どうせ引っ掛からない罠を仕掛けるのは面倒だから何も仕掛けない。
「じゃあ、僕は台所とトイレを探すよ。」
「お、昇がそうするなら俺は書斎と食堂を探すぜ。」
「いや待て。昇はそのままでいいが、食堂と居間は私が探す。それよりも、書斎をしっかり探してくれ。恐らく…鍵か何かがあるはずだ。最低限、それだけは見つけて欲しい。」
私の予想では、こんな所であまり時間を使っている暇はあまりない。分担して探すのは非常に効率的だろう。
鍵についてだが…これも、目的達成の為にはここで見つけないと辻褄が合わない。
「お、おう…沙紀がそう言うなら、その通りにする。頑張るぜ。そっちは頼んだぞ!」
「では探してきます。」
「あ、絶対に3階に勝手に行くのではないぞ!探し終えたら居間に戻ってきてくれ!」
2人がそれぞれの持ち場に行ったようだ。…さて、私も探さなくては。予想では、この2階には少年の四肢のうち、一つがあるはずだ。それを探さなくては。
「まずは、引き出しの中を調べるか。それからソファーの下。後は…そうだな。居間に隠せそうな所はないな。」
引き出しを全てひっくり返す。しかし、特に怪しそうなものは見つからなかった。
「…それにしても、やけに古い物ばかりだな。なんだこれは…第四次世界大戦以前の物ではないか!どうしてこんな所に…」
そして、私はふと見てしまった。いや、自然に目がそこへ向かったのだ。なぜなら、その写真は…
「…あの女の写真!?」
そう、あの不思議な女の写真だった。それに、よく見なくてもわかる、決定的におかしな部分があった。
「何故…何故この写真の女は、こんなにも大人びているのだ!?」
普通に考えるならば、写真に写った物は過去の物だ。だが、どういうわけかこの女は写真に写っている物の方が大人に見えるのだ。…いや、どちらかというと私が実際に見た方がやけに幼く見える。
これでは、まるで幼児退行しているような…いや、違う。この世界が、もし未来の世界だとすると?駄目だ。それも矛盾する。第四次世界大戦以前の物と一緒に入っていた時点でその線はない。ならば、今考えられる結論は2つある。
一つ、女が幼児退行している。
一つ、女が過去からやってきた。
…どちらも現実的でないが、そうとしか考えることが出来ないのだ。いや、そもそも私達がこんな世界にいることが現実離れしているのだ。
…『進みすぎた科学は魔術のように見える』とは、よく言った物だ。恐らくこういった世界を創造することは私でも十分に環境が整えば可能だとは思うが…
「…そんなこと考えている場合ではないな。ただの、他人のそら似ということも有り得るではないか。さあ、さっさと仕事に戻ろう。」
『バァン!』
「うお!なんだ今の音…」
突然の大きな音に私は少し驚いてしまった。そして、ソファーを調べようと私はよろめきながらソファーに近づいた。ここになければ、居間には何もない。少し休憩しよう、と思いながらソファーを持ち上げようと手をかけた。
その時、またもや有り得ない、現実では考えられない現象が私を襲った。
幻覚…だろうか。一瞬だが、例の女と…見知らぬ男が談笑しているような光景が見えた。この女は写真に写っていた、大人びている方のようだ。しかし、瞬きを一回するとその光景は消えてしまった。
「…本当に、どういうことだ…?」
写真の事で少し混乱し、大きな音で驚き、疲れていた私は幻覚という不思議な現象に…とどめを刺された。思考は完全に止まり、目の前が真っ白になり。何もすることが出来ず、そのままへなへなと座りこんでしまった…
少し短いかな?