第0話
前置きのようなもの(?)
私は誰?
誰も答えてくれない
コレは私のじゃない
そっか、思い出した
これで9回目ね
ふふっ楽しみね
天才は苦労するよね
誰も気づかないうちに。誰にもわからないうちに。また一人の天才が、この世から消え去った。そして消えた天才は、新たな天才の一部となる。
誰にも気づかれないうちに。誰もわからないうちに。また一人の天才が、この世に登場した。そして生まれた天才は、消えた天才の意に背く。
物語は終わらない。天才が存在し続ける限り終わらない。
ほら、また新たな天才が、渦中へと呑まれてゆく・・・
ほら、また新たな天才が、渦に変わり果ててゆく・・・
......
...
<???>視点
17年前、突然第四次世界大戦が勃発。現在も戦争は続いているが、この国は高い防御力を持ち合わせており、本土が攻撃されることはなかった。どういうわけか徴兵もされておらず、国民には戦争が起きているような感覚もなく、平和に日常を過ごしていた。
「・・・違ーーう!」
そんなある日、私立納詫高校のとある教室で、こんな叫び声が観測された。その声からは、必死に何かから逃れようと、そして訴えかけようとする意図が汲みとられる。
「ほう、ならば証拠を見せて貰おうか。」
続いて冷静な、凛と透き通るような声。彼女の声に、叫び声を上げた主である上武柊人は何も言えなくなった。どうやら彼女も、上武の声に含まれる僅かな抑揚を感じ取ったようだ。
「ぐ…くそ…」
「では、柊人を吊ってしまって構わないな?」
先程の凛とした声の持ち主である朱山沙紀が、再び教室に響く。彼女の声は冷静そうに聞こえるが、どうやら内心では必死に高笑いを堪えているようだ。勿論、彼女に反論する者はいない。
「ええ!?沙紀ちゃんが勝ちましたよ!?」
驚いて朱山の方に振り向いた彼女の名前は白岩雪菜。その外見から、高校生にはとても見えない。小学生…というのは極端だが、中学生程度に見えるのは間違いない。
「全く…沙紀、お前このゲーム、初めてじゃなかったのか?」
「うむ、全くの初心者だよ。いや、なかなかに楽しいものだな。」
彼女の顔にはこれ以上ない程の、満面の笑みが浮かんでいる。心なしか、その笑顔が邪悪なものに見える。
「気にすることはないよ、柊人。沙紀が頭おかしいだけだから。」
「むっそれは聞き捨てならんな、荒龍君。いくら初心者である私に勝てないからといって、人のせいにするのは良くないぞ?」
「なんか言われたらムカついてきた。あと苗字で呼ぶな。」
朱山に少し馬鹿にされた彼の名前は、荒龍昇。その苗字の特異性と、苗字と名前の絶妙なマッチングを本人は気に入っていないらしく、日頃から名前で呼ぶようにして貰っているようだ。
「あはは…確かに、20戦やって、沙紀ちゃんが0敗、私が8敗、昇君と柊人君は15敗ですからねえ。あまりにも強いですよ、沙紀ちゃんは。」
「ふむ…普通にしていたつもりだったが、何か問題があったのだろうか。」
「強いていうならお前の頭だな。なんだよIQ測定不可って。推定400とか人間やめてるだろ。」
「僕のIQが130とか言われてるから、単純計算して僕の約3倍賢いことになるよね。」
「いや、昇君も十分賢いですからね!?」
彼らの会話に出てきた通り、朱山沙紀は天才だ。因みにアルベルト・アインシュタインのIQは160と言われている所から、どれ程朱山が人間離れしているかが容易に想像できるだろう。記録上最も賢いであろう人物でさえ、そのIQは推定300だ。
「僕のは努力の賜物だよ。沙紀に追いつきたかったんだけど、まあ無理。」
「うん、お前が努力してるのは俺も見てきたから知ってるけど…でも、よくやろうという気になったよな。俺なんか沙紀に空手で負けそうになった時は本気で空手もやめようかと思ったぞ。」
そう、彼女は運動神経も良く、呑み込みが速い。流石に経験を積んだ柊人に勝てることはなかったが、高校1年生だった頃に空手で全国優勝している柊人の実力を考えると、恐ろしいことだ。
「柊人は馬鹿だからな。行動が丸わかりだった。」
「だまれ貧乳」
「よし、柊人。夜道に気をつけるんだぞ。そして私は悲しいよ。親友を一人、不慮の事故という非常に残念な形で失うことがな。そして恐らくその事件の犯人はいつまでも見つかることはないだろう。なぜなら自殺として処理されるからだ。」
・・・そんな朱山にも気にしている点があった。まあ簡単に言うと、少しばかり胸の発達が一般人より遅いのだ。普段は気にもかけていないように見えるが、彼女の目の前でその事に関する話題はタブーだ。
「柊人君、そんなこと言っちゃだめですよぉ。沙紀ちゃんも一人の女の子なんですから。で、沙紀ちゃんも落ち着いてください。毎度毎度、本当に夜道を襲っちゃいそうで怖いんですよ…」
「おお、そういえば、最近行方不明者が増えていたな。」
「さ、沙紀…まさか、お前本当に…!」
「ふふふ…さあ、どうだろうね?」
不気味に笑う朱山。しかし、その目をよく見ると柊人をからかって遊んでいるだけだということが読み取れる。余談だが、行方不明者が増えているのは本当の話だ。警察は必死に捜査しているようだが、未だに事件の真相はわかっていないようだ。
「アレを果たして女の子と言えるかどうかは、僕は知らないけどね。それより、今度の夏休みに久しぶりに皆でどこかに行かない?」
「おっいいな、それ。ついでに俺らが出会った10周年記念でもするか?」
彼らは8歳からの幼馴染である。朱山が8歳の頃、3人の小学校に転校して、それから彼女達は仲良くなった。現在の彼らは17歳、高校2年生だ。高校3年生になると大学受験もあり、忙しくなる。高校生活で遠出するならば、これがラストチャンスだろう。
「×××の方面はどうだろうか?」
「おい沙紀、そこは3年ぐらい前に結構大きな事件があった所だぞ?少し怖くないか?」
「なに、事件などどこでも起きているのだが…ならば、○○○の方面は?」
「それいいですねー。私も行きたかった所ですし、ここにしますか?」
「じゃあ、決定だね」
「いやお前ら、距離を考えろ距離を。流石に遠すぎないか?」
「むう…ならば柊人はどこが良いと言うのだ?」
「それは勿論…」
4人の話は遅くまで続いていた。
―コーン― ―コーン― ―コーン―
――下校時刻の10分前となりました。校内にいる生徒は直ちに・・・――
彼らが旅行の話に花を咲かせて、いよいよ話がまとまりかけていた頃に下校時刻10分前の鐘の音が鳴り響いた。
「おっと、もうこんな時間?では、また明日にしようか。」
「じゃあ沙紀ちゃん、帰りましょうか。」
「うむ。また明日元気で会おう。あ、夜道に気をつけるのだぞ。」
「いや、怖いから!やめてくれよ!…よし昇、一緒に帰ろうぜ」
旅行話に花を咲かせていた彼らは各々の帰宅準備を始める。普段通り皆は下校し、彼らは普段通りに明日の朝登校するだろう。だが、彼らは気づいていなかった。校門にひっそりと佇む2つの人影に。いや、片方は果たして人と言っていいのだろうか。ソレは明らかに人間ではなかった。凶悪なツメ、そして凶悪なツノ。身体は硬化しており、血の気がない。ソレの近くに佇む人の表情は…暗くてよく判らないが、邪悪な笑みを浮かべているのは確かだ。
談笑し、全く気づいていない4人の後ろに忍び寄り…
4人の意識は刈り取られた。
次に目覚めた後、彼らは気付くだろう。これが全ての始まりだと。そして踏み込んだら最後、もう2度と渦から抜け出せないことを。
いつも通りの日常が、楽しい日々を送っていた彼らの人生が、一瞬で壊れ、彼らは闇に呑まれてゆく。下校時刻の鐘の音が、彼らの苦難の始まりの合図のように聞こえる…